2008年3月27日 (木)

線路は続くよどこまでも

サークルの追いコンだった。

私が今まで参加してきたどの追いコンより、素敵な会でした。
それだけに諸先輩方には申し訳なく思いますが、
本当にありがとうございました。

あんなに人が集まってくれると思っていなくて、驚き。
これもひとえにヨシヲくんやwakくんをはじめとする同期のみなさんが、
後輩の面倒をよく見てくれたおかげですね。

お忙しい中、一次会から顔を出してくださったOB・OGにも感動です。
ちゃっかりお花やお菓子までいただいてしまった、うれしい。
乱暴狼藉があったことは、私から深くお詫び申し上げます。
後輩たちの、私の扱いのひどさを心配してくださったJPSさん、
ありがとうございます大丈夫です、強く生きてます。

みなさんに一言ずつ書いていただいた色紙を拝領し、
不覚にも涙が湧いてきてしまった。
それを見たmameが、何だよ泣くなよ、とあやしてくれたのだが、
恥ずかしさのあまり、その手を振り払ってしまったのであった。
きっと覚えてないだろうけれど、どうも親切を無碍にしましてすみません。

しかし、件の色紙の言葉のほとんどは、どう考えても感動に至る言葉ではない。
フェンス、まゆげ、おでこ、エロ、酒、って。
「別に悲しくありません」「どうせしょっちゅうおいでになるんでしょう」
って、3年男子2人め。

でも何度読んでも、却ってそんな言葉の方が心動かされたりして。
そんな言葉をくれる人たちとは、きっとこの先も何だかんだで会えそうで、
でもどうしても頻度は減ってしまうのであって、それを思うと、しんみり。

1次会・土間土間、2次会・つるのや、3次会・うたひろとはしゃぎ通し、
朝には恒例となった東京タワー詣でに、なぜか大所帯で繰り出す。
「何か意味あるんですか」とkっちゅうに聞かれるが、あるわけがなかろう。

それでやっぱりオール明けおなじみのすかいらーくに移動し、
これから面接に臨むつぁんを送り出した。
そんな日なのに、朝まで付き合ってくれた彼女には、本当に頭が下がる。
こんなに大事にされて、いいのかな。

大学が開いたら、ヨシヲとwakとsuzuとなげちゃんとmonicaくんとで、
部室に行って、なぜか勢いで映画を撮った。
最後の最後に、映画サークルらしいことができた。
みんな疲れでひどい顔をしていたけれど、随分笑ったなぁ。
編集あがるの、楽しみにしています、よろしくね。

撮り終えてヨシヲくんを送ったら、淋しくてたまらなかった。

私にとっていちばん居心地のよいところが、しねけんです。
お酒を飲むのがすきなのだが、
そういうすきな時間をたくさん一緒に過ごしたのが、サークルのみなさん。
お酒以外にももちろん色々したけれど。

本当はひとりひとりに謝辞を送るべきなんだろうけれど、
言ったら最後になるような気がしてしまうので、いいや。
みんなまとめて、ありがとう。

先輩も同期も後輩も、これからもよろしく。
色紙にも書かれましたが、「ウツにならないように」頑張ります。

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2008年2月22日 (金)

南の島

ハワイに行ってきた。

帰りの電車で泣きたくなるくらい楽しかったです。
サークルの同期のみんなには、本当に感謝感謝。

以下、例のごとく旅記録。

1日目。

予想を裏切らずmameが遅刻するも、無事8人揃って、mugaに送られ、成田を発つ。
幹事のくせに、自分たちがハワイの何島に行くのかすらわかっていない私だったが、
機内でasariとヨシヲくんのガイドブックから色々学ぶ。
中華航空は、機内食が中々美味しいと思う。

2日目。

早朝、ホノルル着。

においが違う、暖かい。
ジャケットを脱ぎ、パンプスをサンダルに履き替えて、南国に浮かれる。

が、しかし、待てど暮らせどなぜかriiくんが出てこない。
中国人と疑われているのでは、などと笑い飛ばそうとするも、
あまりの遅さに不安が募る。
募ったところで、やっとriiが出てくる。

なまじ英語が使えるだけにいらぬ質問を浴びせられ、
その質問を取り違えて怪しまれ、別室にまで連れて行かれたらしい。
愛用の立派なカメラも、怪しさを増す小道具に過ぎなかったようだ。
あぁ、旅行の目的すら聞かれなかった私って、幸せ。

何にせよ、無事8人揃って、現地代理店「さわやかハワイ社」へ。
ガイドブックも持たない私が幹事である。
当然、何の予定もない。
代理店のお姉さんたちの猛攻を受けつつも、ここでやっと予定を立てることに。

各日を午前・午後にわけ、予定表を作るhori。
執拗なまでのお姉さんの攻撃を軽くあしらうrii。
イルカにはしゃぐsuzu。
借りたばかりの携帯をいじくるwak。
マナーモードに設定しろと言われて困るasari。
ハワイに来てまで、美術館とごねる私。
器用に眠るmame。
至極真っ当に意見をまとめるヨシヲ。

という感じでどうにか予定を立て、印象の悪い代理店を後にした。
午後は予定に従い、wak・ヨシヲと別れて美術館に向かう。

当初は現代美術館に行くはずだったが、うまくバスがつかまらない。
結局、仕方なく代替案としてホノルル美術館に行き先を変更する。

仕方なく、代替案、などと書いたが、これがまた素晴らしい美術館だった。
西洋美術だけでなく、東洋美術も充実しており、個人的には代興奮。
人の少ないことをよいことに、騒ぎながら見て回る。

ある仏像には、suzuとasariと3人して一目惚れ。
私の中では、広隆寺の半跏思惟像と、
朝鮮の名も知らぬ寺の名も知らぬ仏とが、最高級の仏像だったけれど、
ここで出会った中国出身の彼も、それらに劣らない素敵さであった。
帰りにミュージアムショップで、彼が表紙の薄い本を衝動買いする。

美術館を出た後は、ショッピングセンターに寄って、
何も買わずにコーヒーを飲み、ホテルに戻って2人と合流し、
フロアの回転するレストランで美味しいものを食べ、
お酒を買い込んで帰ったけれども、珍しく飲まずに、長い1日を終えた。

3日目。

8時にロビーで、との予定だったので、7時に起きることにした。
suzuは7時半でよいと言うので、目覚ましが鳴る前に起きようと思った。

日本とハワイの時差はマイナス19時間で、
つまりハワイの朝7時は、日本の翌日午前2時である。
そう、日本時間は2時、日本時間は。

しかし何を思ったか、ハワイ時間の2時に起きる私。
全く気付かずasariを起こし、suzuまでも起してしまい、シャワーまで浴びる私。
浴室を出たら2人が爆笑しており、やっと間違いに気付く。
爆笑で許してくれる2人で、本当によかったです、ごめんなさい。

この日はハナウマベイで泳ぐ。
透明な水と珊瑚礁ときれいなお魚に、浮かれる。

初めてシュノーケリングをしたけれど、息ができるって素晴らしい。
ものすごく楽しかった。
riiくんなどは、シュノーケルセットがあれば太平洋も横断できる気がするらしい。
このまま泳いで日本に帰って、また入国審査で手間取っても嫌だろうな。
とにかくこのときはかなり浮かれていて、寝起きのryoくんに電話などする。

そしてsuzuは、レンタルショップの少年に胸キュンし、
巨匠riiを連れて写真を撮ってもらっていた。
彼女にとって、この旅行のベストショットがこの写真だったらどうしよう。

たっぷり遊んだあとは、ごはんを食べて、
suzuとriiとhoriとmameがフリスビーで遊ぶのをぼけっとしながら見ていた。
何か、心和むよい眺めだった。
みんな、わんこみたいだった。

wakを除く男性陣がダイヤモンドヘッドに向かう一方、
女性陣3人はホテルに戻って周辺をぶらつく。
しかし見事にお土産になりそうなものが見つからない。
露店が並んだ一帯を見つけ、胸ふくらむのも束の間、
全ての露店で同じようなものが並んでおり、しかもどれもそそられない。
観光地なんてそんなもんか。

夕食は鉄板焼き。
ロブスターを食す。
店員のおねえさんが量が少ない、と言ったメニューを頼んだが、充分だった。
アメリカ人サイズと一緒にされては困る。
帆立が美味しかった。
アメリカの野菜は大きくて美味しいと思う。

ホテルに戻って、コロナを飲みながらまったりする。
riiとasariが絶賛するジャンクなスナックを食べながら
riiとhoriが教育について熱く語っているのを横目で見ながら、
某国指導者の死を願う、低レベルな4人であった。

4日目。

早朝からイルカツアーに繰り出す。

欧米人の母娘が、遅刻してくる。
謝罪の一言もなしに、陽気にhelloと言う彼女たちに思わず笑う。
きっと誰かさんも、この日本との差に何かを思っているだろうと思っていたら、
案の定、夜になって彼女たちが話題に挙がったのであった。

それはともかく、イルカである。
モーターボートで沖に出て、イルカを見る。
本当にイルカである。
本当に群れをなして、並んで泳いでいる。
本当にジャンプなどしやがる、いや、あれは仕込まれていたんじゃなかろうか。

実はそこまでイルカイルカという程の魅力も感じていなかったのだが、
実際目にしてみれば、本当に愛らしいやつらなので、感動してしまった。

が、感動の一方、船酔いに泣く。
隣のasariとともに、船酔いに苦しむ。
まだ船が動いているときはよい、問題はとまっているときである。
元が白いasariなど、白を通り越して透けるんじゃないかという顔色だった。

いっそ飛び込みたい、と思っていたところで、飛び込む時が来た。
セクハラインストラクターに突き飛ばされ、海に落ちる。

最初こそ水温にがたがた言っていたが、最高に気持ちがいい。
足などつくわけもないが、何せライフジャケットがある。
何もしなくても浮く。
シュノーケルと足ヒレを装着すれば、もう怖いものなどない。
さっきまでの不快さを忘れ、ものすごい勢いではしゃぎ回る。

と、亀発見。

何とまぁ、悠々とした姿なんでしょう。
いやはや、神ですね、亀は。
私はイルカより、亀に会えたことが本当に嬉しかった。
お腹の下、すれすれを何食わぬ顔で泳ぐ亀さんに、大興奮。
帰国してからもしつこいくらい亀亀亀と言うくらい、感激したのであった。

岸へ戻る船でも帰りのバスでも死にかけ、
一縷の望みであった再度の現代美術館閉館の報に、もはや立ち直れず、
みんなについてアウトレットに向かうが、もはや何をする気力もなかった。
ジャンクフードを求める一同と別れ、スタバでコーヒーを飲む。
日本にいるとき以上にスタバにお世話になっているな、と思う。

ちょっと快復したので本屋に入るが、ものすごく寒い。
私は外国の本屋というものが割とすきで、読めなくても楽しめるのだが、
いかんせん、寒い。
日本の歴史の本など立ち読んでいたが、いかんせん、寒い。
折しも、立ち読んでいた本には、日本家屋は夏を基準に作られている、とあった。

冷房に音を上げて、他の店をぶらつくが、サイズがない。
これはだめだな、と思っているとwakから呼び出しがかかり、
再びスタバのお世話になったのだった。
そういえば、ちゃんとハワイタンブラーも買ってきた。

夜はmameが求め続けたジャンクフードを食し、ビールをひたすら飲む。
いつもはビールなんて飲まないのに、ひたすらビール。
ご機嫌になって、ものすごく笑う。
ここでも寝ていたmameに、
お前の笑い声がうるさかったのはよく覚えている、と言われるくらい、笑っていた。
数人の友人に、おかしなメールを送りつけるくらい、ご機嫌であった。

5日目。

1時間半程寝たかと思うと、もう出発。

空港で集合写真を撮って、最後のお土産探しにふらつく。
見送りに来てくれたmugaくんに、何かお土産を、とは、
旅行の初めから言っていたはずだが、
誰もが誰かが買っているだろう、と、何も買っていなかった。
8人もいればそういうことになる。

空港でも写真集だのカレンダだの見ていたはずだが、
結局、お土産はポテチのみであった。
すみませんでした、気持ちだけはみんなあったんです。

やだやだやだやだまだハワイにいたい、などと言いつつも、
大人しく飛行機に乗り込み、即眠りに落ちる。
ヘッドフォンを配られた覚えもない。
その割に、ドリンクや機内食の頃にはしっかり事前に起きるから、不思議である。
おかげで、何だかんだ寝たり起きたりではあったが、まぁよく寝た。

通路を挟んだ斜め前に、U野先生そっくりの人がいて、
思わずasariとふたり、観察してしまった。

無事帰国してみると、mugaが待っていた。
まさかまさかいないよね、と笑いながら帰ってきたら、本当にいて、
私は大爆笑であった。
そんな後輩に、ポテチしか買ってこない我々のひどさと言ったらないなぁ。

帰国早々、せっかくヨシヲくんがいることだし、とつるのやに行く。
ヨシヲくんはちゃんとつるのやにお土産も買っていて、律儀だと思った。

そしてつるのやご飯が、改めて美味しいと思った。

私は海外に行っても、日本食を恋しく思ったことはほとんどない。
アジア各地はもともと好みの味だし、アラスカは自炊してたし、
あぁ日本食、と思ったことは、本当になかった。
が、たかだか3泊5日の末のつるのやは、何か、よかった。

阿藤さん、自称サーファーのちいにいが、ハワイに詳しくて驚く。

帰ろう帰ろうと思っていたはずが、いつの間にかカラオケにいて、
いつの間にかwak家に流れていて、
いつの間にか寝ていて、いつの間にか起きたら、すごく責められた。
ジョシツキがやたら喚いていたから起きたのだが、
何を喚いていたのかもわからないというのに、
寝たふりして聞いていたのか、と責められた。
責めるくらいなら喚くな。

なぜかねじののメールがひたすら読み上げられるという憂き目に遭い、
しかしそれを聞きながら私は、1年生、仲いいなぁと平和なことを思っていた。

6日目。

もはやハワイではないが、家に帰るまでが旅行である。
依然、wak家からひとりで帰れない私は、ねじのを無理矢理起こし、案内を請う。
福岡に帰るヨシヲくんに別れを告げるが、
寝ぼけていたせいか、3月頭に沖縄で会うはずなのに、
それじゃ卒業式で、などと言ってしまい、最後まで顰蹙を買う。

流石に疲れて、帰りはロマンスカーに乗って帰る。
成田エクスプレスでも、mameと話しながら泣きそうになったが、
改めて色々と思い出し、幸せだったなぁと思う。
もう8人で旅行なんて、きっとない。
そういう旅行が、これだけ楽しかったんだから、本当に幸せだ。

学生最後、というか人生最後の時期である。
バイトなんて辞めて、親にお金でも借りて、ぱぁっと遊んだらいい、
と言ってくれる人が結構多いけれど、
私はそこまでして遊ばなければならないほど、今まで我慢してこなかったと思う。
4年間充分、遊び呆けてきたと思う。

勿論、春休みは遊んで過ごしたいけれども、
そこまで必死になって遊びたいわけでもない。

そういう、満足の行く学生生活を送ってこられたのは、
そういう学生生活を一緒に過ごしてきた彼らのおかげであるところが大きい。
そういう彼らと、学生最後にこんな充実した旅行ができて、幸せであった。
どうもありがとう。

と言って、でもやっぱり今はたくさん遊んでおきたいし、
春からは学生に戻りたい戻りたい言うんだろうけれど。

さて、沖縄も楽しみだな。

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2007年8月26日 (日)

財産

またしても、千葉に行ってきた、今度はサークルのみなさんと。

やはり何と言っても、夏は海である。
今回は、砂にも埋めてもらって、幸せであった。
しかし身動きのとれない砂中の私の肩口に、
クラゲの死骸を置いて逃げたwakと、
本気で泣き叫ぶ私を助けてもくれなかったHは、まったくもって、ひどい。

夜は例のごとく飲み、飛び込み、歌い、踊り、絡み、笑った。
久々にN坂ステップを見て、xyzを聞き、
そんな伝統は確実に新入生に受け継がれた。
あぁ本当に、呆れるほど楽しんだ。

今回は柄にもなく、幹事などという責任ある役を自ら負ってしまったが、
いつも通り、責任など丸投げで、
それどころか幹事以前に、ドライバとしてあるまじき失態をかましたのであった。

失態、そう、失態。
車のライトを点けっ放しにして、バッテリがあがってしまったのであった。
しかも夜中に何度か車の前を通ったにもかかわらず、気付かないというこの愚かさ。
大体、Hがいなかったら、私はなぜ車が動かないのかすらわからなかっただろう。

「あーこれ、バッテリ、あがっちゃってるね」

と、Hが言ったときのあのショックは、ない。
そして前日の自分の軽率さを一瞬にして悔やみ、落ち込む。

が、しかし、仮にも私は幹事であり、ドライバであった。
しかも、若々しい後輩たちも、いた。
流石にいつものように、あぁあぁあぁごめんごめんどうしようごめん私本当最低、
とも言っていられない、と思い、何とか平静ぶってみた。

まぁ、平静ぶったところで、結局何ができるでもなく、
全てHにどうにかしてもらったわけだが。

全てどうにかしてくれたHはもちろんだけれど、
何も遮るもののない、じりじりの強烈な日差しの中、
いつもと変わらず、下手に慰めるでもなく、かと言って触れないでもなく、
殊更変わったことでもない、という顔で救援を待っていてくれたみなさんは、
本当に素晴らしい友人たちである、大感謝。
ありがとう、Sさん風に言わずとも、みんな大すきだ。

そんな失態に自分を戒めたのか、
なぜか帰りは、行きに比べて、随分と安全な運転をした私であった。
今後、ライトの確認だけは忘れません。
サイドブレーキを引いたまま走っていたcoldtopicを笑いません。

あぁ、楽しかった。
またしても傘を置き去りにしてきたけれど、もういいや。

N坂さんも私も、雨男・雨女の名を返上した旅行であった。

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2007年6月25日 (月)

いい加減眠い

ものすごく、肩と背中と目が痛い。

昨日今日と、ごく親しい方々と鬼怒川に行ってきた。
例の如く、旅行記録。

9時過ぎに、Eと地元駅で待ち合わせる。
いつも割と荷物の多い彼女だが、この日に限って恐ろしく軽装だった。
たかだか1泊とは言え、先日、築地に行ったときよりも荷物が少ない。
指摘してみると、何と彼女は、スーツケースを車に置いてきていたのだった。
そしてその彼女を送ってくれた車はと言えば、
父上によって既に自宅へと向かっていた。
ひとり笑いながら、Eは焦りながら、30分ほど待つ。

集合場所の五反田に着くと、いつも集合に30分はかかる面子だというのに、
10人中8人が集合時間に間に合っており、とても驚く。
そして、清々しい快晴を話題にあげると、
「こんなに晴れているから、君は来ないのかと思った」とYに言われる。
雨女の私が、ついにジンクスを返上したかと思ったが、
結局私は雨女なのだと翌日思い知ることになるとは、このときは知る由も無い。
しかし、雨女の私は、あの快晴にもかかわらず、傘をかばんに潜ませていた。

運転要員は、4人おり、車は2台だった。
2時間程度しか寝ていなかった私としては、運転は避ける気でいたが、
しかし4人が4人、似たようなコンディションだった。
仕方なく公平にじゃんけんをすると、見事運転を免れる。
しかし、なぜか面子の割り振りが悪く、
運転上級者HとK野さん、運転下級者まめと私、
というコンビで、それぞれの車をスタートさせることになる。

運転が久々だというまめが首都高を乗り切れたのは、
正直に感嘆するし、尊敬する。
しかし、あの、決して誇張でなくジェットコースターのような運転は、
楽しませてくれた一方、私の臓物を何度も縮み上がらせてくれた。
ナビ役の私の不注意もあったとはいえ、
まさか首都高で、数十メートルの間に3車線横断がなされるとは、
予想だにしていなかった事態である。
とは言え東北道では、助手席に座っているにもかかわらず、
安心してうとうとと少しばかり眠らせてもらったのであった。

日光に着いて、遅い昼食にゆば料理を食べる。
せっかく日光なのだから、ゆばだろう、と思って、
何の疑問もなくゆば料理を頼んだのだが、
一緒に食事をしたまめ車の3人は、ことごとく文句を言う。
ゆば料理を食べているというのに、
まめはカレーが食べたいと言い出し、Eは肉が食べたいと言い出し、
あまつさえasariは、食べ終わって満腹だと言いながら、
H車の面々が宇都宮で餃子を食べていることをうらやんで、
餃子が食べたいと言い出す。
もう、食事のことで私が何かを主張するのは辞めようと、心に誓った。

運転を交替して、東照宮へ。
春にも行ったばかりで、多少なりとも覚えていた知識をひけらかしてみるが、
あるいは某ミステリ作家から得たマニアックな知識をひけらかしてみるが、
素直に感激されてしまったので、気恥ずかしくなる。
3人につられておみくじを引くと、末吉で、何もかも悪いことばかりだった。
まめとまったく同じおみくじを引いたようで、
運転要員2人が、旅行運最悪という、嫌なことになってしまった。
まぁとにかく、私は東照宮はすきである。

この面子でまともな観光ができたことに感激しつつ、ホテルに向かう。
ホテルでは、なぜかどの人も日本語がおかしかったが、
方言を隠しているのだ、という適当かつありきたりな理由で無理矢理納得。
お酒類を買ってきてくれたH車組が到着し、
OGのKさんのご活躍ぶりをテレビで拝見し、
電車でいらしたverdeさんも無事到着し、とりあえず私は仮眠をとることにする。
食事までのたかだか30分の睡眠が、そのときの私には必要だった。
しかし、ホテルのおばさんが大声でお茶盆を替えにやってきて、
更に彼女は私がベッドに入っているのを見てなぜか声をあげて笑い、
声量を下げるでもなくひとりでしゃべり、私の眠りを消し去って、立ち去った。

眠気の醒めぬままに食事のために宴会場に行く。
そして集まった10人が10人、そんなテンションだった気がする。
誰もがぼけっとしながら席に着いていた。
しかし食事は美味しくて、みんな食べているうちに元気になっていっていた。
大きな小田巻蒸しが出て、茶碗蒸しのすきな私は嬉しかったが、
しかし小田巻蒸しは食べにくいものだと思った。
まずいとか、合わないとか思ったことはないが、なぜうどん、といつも思う。

温泉に浸かって、上がって、少しだらだらして、
verdeさんの、変な映画の話に爆笑し、ちらほら集まり出して、
女子部屋で宴会が始まる。
いつもの如く、大量のお酒を買い込んできてくれたが、
いつもの如く、余ってしまって持って帰るのは面倒と、
いつもの如く、みんな張り切って、かどうかは知らないが、とにかく飲む。
今現在背中が痛いのは、ryoくんが椅子を譲ってくれず、
しかたなく彼の座る椅子の座面の端に寄りかかっていたためではないかと、
ふと、書きながら思い当たる。

いつぞやのverdeさんが、
こういった面子で飲んでいる様子を、マッサージとセクハラの横行する宴会、
と書いていた通り、なぜか私はYとwakのマッサージをしてやっていた。
なぜ私があれほど彼らに尽くしてやっていたのか、
今となっては疑問だが、なぜかそのときは熱心に足裏を揉んでいた。
しかし誰かさんが欠席だったためか、セクハラは横行せずに済む。
しかし代わりにプロレスが横行し、ryoは気の毒であった。

欠席者coldtopicに電話をかけるが、
wakと私という、軽んじられるであろう2人がかけたためか、
純粋に忙しかっただけか、寝ていただけか、理由は知らないが、
見事につながらず、みんなで不貞腐れていると、
素晴らしいタイミングでカオス様から電話がかかってくる、感動である。
延々1時間強、みんなで電話を回しながら、話す。
酔っ払っていてすみませんでした、でも嬉しかったです。
それにしても笑ったのは、寝惚けていたK野さんである。

電話の後、wakとYとryoと私とで、夜中の散歩に繰り出す。
スタンドバイミーよろしく、線路の上を歩いていく。
スペーシアの上にも上れそうだったが、流石に踏みつけるのは遠慮しておいた。
コンビニの一軒も見つからず、
ryoくんに誕生日プレゼントとしてハーゲンダッツをねだる野望は潰えたが、
翌日、車で周辺を通ったところ、すぐそばにコンビニを見つけた。
歩いている間も、coldtopicに電話をかけ続けたが、
翌日、お酒も抜けた頭で考えると、迷惑極まりなく、
今となっては申し訳ない気持ちでいっぱいである。

ホテルに戻るともう4時で、流石に眠い。
しかし、毎度の如く、夜中にたっぷり寝たwakに、寝付くことを妨害される。
そしてryoくんはなぜか自分の部屋に戻らず、
もはや何度目かわからない、ベッドの取り合いになり、
asariいわく漫才のようなやりとりを延々と続ける。
相変わらずwakの妨害は入ったものの、気付いたら寝入っていた。

朝起きて、食事前に温泉に浸かりに行っていると、
その間にみんなが、飲み散らかした部屋を片付けてくれていた。
常に片付け係であった私としては、申し訳ない気持ちでいっぱいであったが、
たまにはそんなのもよいかな、などと思ってしまった自分が恐ろしい。
朝食も終え、チェックアウトまでだらだら過ごしていると、
verdeさんが箱根に湯治中のOB、N坂さんに電話をかけはじめる。
まだお酒の抜けていないらしいN坂さんは、朝から非常に元気だった。
彼は枠に収まりきらない、弾丸のような人なのだと、ふと思った。

チェックアウトし、とりあえず運転席に座り、巨大迷路に行く。
このときは、観光の間は運転するが、東京に帰るときには、
昨晩ぐっすり眠って元気なK野さんかHに頼もうと思っていた。
そんな目論見もありつつ、巨大迷路を楽しみ、
再び東照宮に行って、私は車内に残って少しの睡眠時間を得、食事となる。
食事時になると、やはり私は自分が雨女であるということを実感させられる。
急に雨が降ってきて、みんな非常に嫌そうな顔になっていた。
そして、ゆばラーメンなのにゆばが入っていなかったEは、
本当に不幸だと思った。
言ったら足してくれたが、そういう問題でもないだろう。
そして、小田巻蒸しではないが、ラーメンにゆばを入れる必然性はなかった。

さて、東京に帰るという方向になったが、
しかし目論んだはずの計画は、すっかり私の頭から消えており、
気付いたのはH車の人々と別れた後だった。
結局、帰りも運転は、私。
しかも、行きと違って、まめすらいない。
運転できるのは、本当に私、ただひとり、という車内。
加えて睡眠不足、悪天候。
泣きそうになりながら、とりあえず出発する。

首都高だけは無理無理無理、と言いながら走ってきたが、
本当に「無理無理無理」だったのは、首都高などではなかったと今にして思う。
問題はasariやverdeさんを送り届けた後、
車を返そうと戻ってきた五反田駅周辺だった。
既に暗く、雨で道路は反射し、車線のラインすら目に入らない。
加えて、スタンドの見つからない焦り。
解放をちらつかされただけに大きな、心身双方の疲れ。
ものすごく弱気になりながら、スタンドを探しにふらふらする。
wakがいなかったらどうするんだろう、と何度も思うが、
おだてるのも癪なので、黙っていたら、まるで不機嫌であった。

何とか車を返し、先に着いていたH車の面々に軽く挨拶し、
あまりの疲れに、沈みながら新宿へと向かう。
新宿あたりになると、元気になっており、しかしやはり疲れは無視できず、
旅行電車のロマンスカーの乗車券をとってしまう。
大学生にして、何たる贅沢。
とにかく快適な行程を選び、45分ほど電車に揺られて、
地元に帰ってきたのだった。

asariやEからもらったプレゼントも勿論嬉しいけれど、
この旅行自体が私にとってはプレゼントであって、
同期が、後輩が、そしてOB・OGまでもが来てくれて、幸せな2日間であった。
幹事のasariは勿論、他の皆々様にも大感謝である。

と、きれいにまとめたいところだが、
やはり疲れは疲れで、これはどうも風邪でも引きそうな予感がするが、
実はいっそ風邪を引いてしまいたいと思っている私がいる。

卒論中間発表、なんて、無理がある。

あぁ、楽しかった。

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2007年4月29日 (日)

再読はしないが

サークルの新歓合宿だった。
というわけで、今回も長い長い記録を。

「新歓合宿」で、しかもこの時期だというのに、
なぜか4年の参加率がいいのは、不思議だが、まぁ楽しいことである。
同輩たちとその他2名がレンタカーに乗り込み、
私の今年度初の合宿は幕を開けた。

車で行こうと言い出したのは、私だ。
だからと言うわけでもないだろうが、
他の免許保持者たちが運転を渋ったり、免許証を持ってこなかったりで、
とりあえず行きは私の運転で行くことになる。

確かに私は、それなりに車に乗る。
運転自体、どちらかといえばすきだ。
しかしあくまでそれは決まった車、道であって、
真鶴などというろくに知らない土地に、7人乗りの車で行くなど、
暴挙といってよい。

それでもriiのナビやらhの監督のおかげで、
それなりにまともと言えなくもないドライブが始まる。
が、しかし、忘れてはいけない、私は雨女だ。
雪すらも呼び寄せた女だ。
今回も、暴風雨を呼び寄せてしまう。

久々に高速に乗ったというのに、暴風雨。
風で車体はふらふらするし、そもそも借りた車の性格なのか、
ハンドルは軽いし、ブレーキはやけに効くし、アクセルはかかりが悪い。
相当こわい、というのは私だけではないから厄介である。

と思ったら、奇跡的に暴風雨が次第に遠ざかってくれ、
どうにか晴れ間が見えてきた。
わざわざ前日に、好きでもない渋谷にまで行って花火を買った私としては、
同乗者たちに輪をかけて太陽が嬉しかった。

しかし受難はまだ続く。
ひぃとかぎゃぁとか嫌だとか無理だとか叫びながらも、
何とか真鶴に着くものの、肝心の宿泊場所がよくわからない。
ナビが機能しないローカル具合なのである。
しかも道が狭い、そのくせ地元民なのか何なのか、対向車の勢いがよい。

怯えながらも、頭文字Hの冷静な助言に従って、
Uターンを繰り返しながら周囲を回るが、とうとう事件が起きる。
車が、煙を吐いたのだ。

少しばかり無理な地形のところを、どうにか行こうとしてアクセルを踏むと、
段差のために浮いたタイヤがぎゅぎゅぎゅぎゅるると音を立てながら、
いや、かなりひどい音を立てながら、空転を始める。
この時点で、ものすごく怯える私、驚く同乗者たち、冷静な頭文字H。
ぎゃぁぎゃぁ言っているうちに、なぜか車から煙が立ち上り、
まるで花火でもしているかのような臭いが立ちこめ、呼吸がつまる。
そして前にも後ろにも動けない。

恐怖。

同乗者たちの身の安全と、借りた車を壊したお代はいくらになるのかと、
恐ろしい想像が一瞬のうちに頭を巡り、喚きながら半泣きになる私。
因みに助手席のriiは、後から聞いたところによると、
これは爆発が起こると思って、ひとり車を降りて逃げようとしたらしい。

しかし頭文字Hは、依然として冷静だった。
私はこのときほど彼を頼もしいと思ったことはない。
無理無理無理無理と怯える私を降ろし、運転を代わってくれた上、
「いや、こんなの大したことないから勢いでいけばいいんだよ」
という素晴らしく強気な物言いをし、そしてそれを成功させたのであった。
すごい、すごい、すごい。

すっかり怯えた私に代わり、hがドライバーを務め、無事宿に到着。
あぁそういえば、なぜかryoくんは車を降りて走っていた。
何でだっけ、趣味ということにしておこうか。

宿の管理人は、ものすごくファンキーで印象的なおばちゃんだった。
いやもう、本当に、印象的としか言いようがない、素敵だった。
おばちゃんにスーパーのポイントカードを託されて、
夕食のバーベキューの買出しに出かける。

riiがものすごい量の肉を買い込む。
そして私は、文句を言われるだろうと知りつつも、大量の野菜を買い込む。
もちろんwakは、大量のお酒を買い込む。
私はあれほど長いレシートをいまだかつて見たことがない。
次から次へと担ぎ込まれてくるレジかごに、
店員は見るからに面倒そうな顔をしていた。
しかしおかげで、ものすごい数のポイントがたまる。

宿に戻って、人も揃って、バーベキューを始める。
バーベキューなんだから、バーベキューらしく、肉と野菜を食べればいい。
しかし何を思ったのか、明らかに朝食用のパンを貪る人々。
そしてバーベキューの締めとして欠かせないはずの焼きそばが、
riiが絶対食べると言ったはずの肉が、大量に残る。
何たること。

屋内に入って、食事から飲みに移行し、
OGのverdeさんに、酔っ払った人々が電話越しにぎゃぁぎゃぁ騒ぐ。
私は、久々に喋って、癒される。

いつの間にかwakは深い眠りに落ちており、
せっかく買った久保田を、iと私が何本も燗してやっているにもかかわらず、
なぜか誰も反応しない。
飲みたいというから作ってやったというのに、反応しない。
あまつさえryoくんは、日付が変わってから、
「何で久保田飲んじゃったんですか」と言っていた。
何たること。

仕方がないので、iと私とで、うまいうまいと言いながら、
延々と久保田を飲み続ける。
翌日iが体調の悪さに苦しんだのも、仕方がない。

wakが起き、yとともに飲み始め、何だかその場の異様な雰囲気に、
年寄りである我々は疑問を抱き始める。
何というか、1つのフロアにいるはずなのだが、
3つくらいのグループにわかれ、しかもそれぞれが何か講釈を垂れている。
難しい。

難しいことはわからない我々が、せっかく買ってきた花火をしようと、
がさがさと花火探しを始めると、いつの間にか全体が花火色になり、
結局全員で海岸へ出て花火をする。
iが体をはって頑張っていて、2年前を彷彿とさせたが、
そういえば今年は誰が海へとかけていくわけでもなく、
まぁiが雪駄をなくしたくらいだっただろうか。

と思ったら、大間違いだ。
今から思えば昼間の車中からやたらと元気だったryoくんだが、
更にものすごく元気になった彼は、海辺で何やら叫んでいた。
彼はすだち酎とジョッキ、カメラを持っており、
それにもかかわらず、足場の悪いところをふらふらし、
途中ですだち酎とジョッキは回収したが、いやはや、元気だった。
元気な彼は、みんなの集合写真を撮ろうと、
高い視点から「おい、全員こっち向けよ」と叫んでいたが、
yとwakと私の3人は、断固として背を向けたままであった。

さて、再度宿に戻り、飲み続けるが、朝方に近づくにつれ、
どんどんryoくんへの注目度が高まっていく。
強制的に、注目させられている、というか何というか。
一所懸命私を罵倒するryoくんだが、
そうかと思うと下手に出て取り繕おうとするものだから、まぁ面白かった。

verdeさんがいないと、ryoくんは抑えられない、という結論に至った。

さて、日の出前、外に出てcoldtopicと見た景色は、本当にきれいだった。
前を見れば三層に色付く空と影になった木々、
後ろを見れば明けの明星、らしき星と、凪いだ海。
あぁ絶景。

それからみんなで見た日の出も、恐ろしくはっきりした太陽で、
これを見たら確かに日の丸を国旗にしてやりたくもなると思った。

戻って、少しずつ片付けを始めるが、ryoくんはやはり元気だった。
片付けをしても、朝食をとっても、何かにつけてからまれる。
いや、私ごときにからむにとどまらず、
演説だかひとりボケツッコミだかを延々と繰り広げる。

さて、散々こうしてryoくんをネタに書いてきたが、
本当に、今回の合宿での彼はカリスマ的な厄介さだった。
にもかかわらず、私は勿論、みんながみんな、
ryoくんのことを愛らしいと思っているというのだから、
まったくもって得な人間である、羨ましい話だ。

結局、彼はそのまま爆睡し、チェックアウトの30分前から、
揺すぶって起こそうとするものの、幸せそうに微笑むだけで動かず、
やっと起きたかと思えば、なぜかシャワーを浴びに行き、
管理人のおばちゃんの前に半裸で現れた彼を見て、
おばちゃん2人はたいそう喜んでいた。

しかしそんなおばちゃんたちだったが、そう喜んでもいられなかった。
我々は、前夜に散々ためたはずのポイントカードを紛失していた。
そ知らぬふりで誤魔化す我々、悲しげにカードの行方を尋ねるおばちゃん。
…心が痛んだが、しかしどうしようもなく、その場を去る。

さて、帰りの車だが、やはりドライバーは私だった。
頼もしい限りの頭文字Hは、酔った体で全力疾走をしただか何だかで、
瀕死の状態となっていた。
10分とろくに寝ていないなど、お酒が残っているなど、理由にならない。
…というか、まぁ別に私は元気だったので、何と言うこともなく運転する。
しかし前日のトラウマは消えない。
7人のうち1人があまりの体調の悪さに脱落し、
3人が疲れや体調不良で眠っているにもかかわらず、
ぎゃぁぎゃぁ叫びながら、次の目的地、鎌倉を目指す。

強い日差しに日焼けしながら、何とか鎌倉に着くが、
しかし駐車場が見つからない。
そして鎌倉も、道がやたらと狭い、しかも観光客がふらふら歩いている。
だから、もう、恐怖なんだって。
そもそも、駐車場が見つかったところで、
私の車庫入れの下手さを忘れてはいけない。
やはり鎌倉周辺をやたらめったらふらふらする、怯えながら。

運転をする上で、ナビ以上にありがたいのは、
やはり冷静な同乗者たちだ。
ちゃんと駐車場を探してくれるのだから素晴らしい。
それも、車庫入れの下手な私が頑張らずとも、
駐車場のスタッフが車を停めておいてくれるという、あれだ。
おかげで駅のすぐそばに、私が頑張らずとも停車することができた。

しかしゴールデンウィークの鎌倉は、もはや歩くべき地ではなかった。
一体なんだったんだ、あの人ごみは。
大したことのなさそうな、普通の喫茶店や蕎麦屋が、
入り口から長蛇の列を吐き出している。
どこに行っても、食事にありつけない。
流石に疲れた私は、だいすきなピロシキに何とかありついた後、
もう何もしたくないと、eとriiとともに、駅前のマックに入る。

マックすらもものすごい混雑振りだから、嫌だ。
何とか席を確保し、100円の飲み物1杯で、
タイムスリップの話だとか、磁場の話だとか、何か色々話す。
しかし、私はものすごく眠い。
途中で帰らなければならなかったeが席を立つと、
riiが、寝ていいよ、と言ってくれる。
そしてその言葉に素直に甘え、図々しくも混雑した店内で本当に寝る私。

30分ほどして目を覚ますと、ものすごくすっきりしていた。
あぁ、あと2時間は運転できそうだ、と元気になる。
それにしても私が寝ていた間、riiはマックの店員から、
席を立てという願いを暗に含んだ言葉をしつこくかけられ、
というのもまぁ当然の話ではあるが、それでも私を寝かせてくれた。
申し訳なさと、ありがたさで、いっぱいであります。

さて、復活した私は再度運転席に乗り込み、
最終目的地へと車を発進させる。
アジカンを聴きながら、妙に高いテンションで楽しむ、
助手席のriiと、運転席の私。
他がみんな寝ている中、それでも監督役の頭文字Hは、
寝たり起きたりしながらも、私の危ない運転を支えてくれた。
高速だか有料道路だかで、いきなり停車したような危険な私だから、
ガソリンの入れ方すらよくわかっていなかったような危険な私だから、
きっと彼がいなければ、まだ帰宅できていなかっただろう。

素晴らしき同乗者たちのおかげで、無事目的地に着き、
車も時間通りに返すことができ、合宿を終えることができた。
部室に機材や何やらを置いて、だらだらしているとき、
あぁ本当に、事故を起こさなくてよかった、と思った。
そして、あんな運転でどうして帰ってこれたんだろうと、不思議に思った。

7人のうち私だけが反対方向の電車に乗って解散し、
途中の乗換駅で電車組にばったり遭遇して驚き、
寝るための電車のはずのローカル電車でも眠れず、
帰宅して、お土産の鈴廣なの蒲鉾などを食べ、
こんな記事をだらだらと書き、
何だか車のこととryoくんのことばかり書いてしまったと気付き、
他にもたくさん楽しかったこと、印象深いことはあったと知っているものの、
さすがにもう書く元気がないな、と思っているくらい、
眠い今現在である。

とにかく今回も楽しい合宿だったということだ。
また、同輩たちの進路がみな落ち着いたら、茂原にでも行きたいものである。
やはり車はよい。

あぁそれから、本当に私は、何の遺恨も持ってませんからね、ryoくん。
ネタにしてごめんなさい。

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2007年4月 7日 (土)

老いも若きも

サークルの新歓に参加してきた、4年にもなって。

見ていて面白いのは、3年の男性2人があまりに対照的なことである。
一所懸命、ややかたくなりながら説明をするcoldtopic。
だらだらと、えらそうに話を進めるryo。

いつも通り、そのうちのひとりは、お酒が入って元気になり、
今日もまた人のことを売女呼ばわりし、
私がほどいたわけでもない靴紐を結べと言い出し、
もう一方も饒舌になって、帰る頃にはナルシストぶりを発揮し、
いやはや、飽きない人たちだ。

1年前は、こんな若くて新鮮な新入生が、
このサークルに入って残ってくれるのだろうか、と不安を覚えていたが、
しかし1年も経てば、よくも悪くも何となく染まってきていて、
そんな2年生たちも、見ていて面白かった。

4年は相変わらず。
まぁでも、靴紐を結べとの3年男性に、
仕方なく応じようとした私に対してまめが言い放った、
「俺はそんなお前は見たくない」には、こっそり笑った。
あぁあと、私すら帰宅したような時間に、五反田在住のwakが寄越した、
「寝過ごしたみたいで今巣鴨なんだけど」には、真面目に笑った。

就職ブルーになっていると噂のverdeさんにお電話したところ、
流石にこちらのキャンパスには、とのことだったので、
まぁまた都内で飲みたいところです。

明日の選考を、切りたくてたまらない。

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2007年3月24日 (土)

何も終わらない

卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。

昨日は大学の卒業式で、サークルの追いコンだった。

正装した先輩方を誉めやかすため、でもないけれど、
本当は式会場に行きたかったが、結局今年も行けなかった。
あとでryoくんから写真を見せてもらって、行くべきだったと激しく後悔した。
そんな私は、適性検査で「あまり後悔しない」という項目があると、
迷わず肯定でもって答えている。

午後、用事を終えて、追いコンまで時間があったので、
coldtopicとryoと落ち合って、coldtopic宅に行く。
移動時間だけで空き時間の大半が潰されることはわかっていたが、
暇だったのでついていき、道中、先の用事で出会った椿事について話すが、
coldtopicには、恥ずかしいから寄るなと言われ、
ryoにはそんなことはあり得ない、脚色だと言われ、ひどいと思った。

決して私のせいではなく、2人のせいで集合時間にやや遅れるが、
主賓3人のうち、2人が遅れるとのことで、
いかにもこのサークルらしいと思った。

一次会では、そのお店の名から、suzuがしきりに、
「このお店、絶対オカマバーだと思った」と言いながら店員を凝視していた。
女性の店員に関しては、あれはカモフラージュだ、とまで言っていた。

珍しく、ryoくんのすべらない話が本当にすべらなかったが、
suzuには面白くなかったらしく不満顔で、
また笑った人々も、ryoくんの話が面白いという事実に不満顔だった。
気の毒なポジションの人だな、と、たまに思うが、
本人は恐らくそれを喜んでいるだろうから、別にいいだろうとも思う。

それはともかく、卒業生がプレゼント類をとても喜んでくれ、嬉しかった。
N倉さんが、OBのKじ原さんに、プレゼントを自慢していたのが笑えた。
Sほさんが、早速プレゼントしたピンをつけてくれて、
そのときはもちろんだけれど、朝になって見たら、もっと嬉しかった。

一次会を終え、二次会に移動する頃にはOB・OGが増えていた。
私の隣に席を移してくれたverdeさんが、
鰤の煮付けの入った椀を倒してしまい、
私のマフラーと鞄にかかったのだが、私が意に介さない一方で、
verdeさんとN倉さんが、鯖くさくなる鯖くさくなる、と、必死で拭いてくれた。
気にしなくていいのに、と言いつつ、私はその光景に笑った。
というか、鯖だか鰤だかよくわからない。

一次会でverdeさんにいただいたスカートをあけてみたら、
ものすごく愛らしくて、私好みで、何だかとても泣きそうになった。
しかし、卒業するのは私ではなく、
従って、ものをもらって泣くのも私ではなく、というか情けないので、こらえた。

二次会の店を探してきた私に対し、なぜかcoldtopicは、
神経が図太いとか何とか神妙に言い放った気がするが、
誉め言葉とか何とかまめに言われ、まぁそういうことにしておこうと思った。

同期の方と飲んでいたというOBのN坂さんは、
来たときには既に気分がよさそうで、
まるで漫画のように、ネクタイを頭に巻いていた。

三次会はカラオケで、いつものように好き勝手に歌い、叫び、踊り、
あるいは眠り、飲み、そしてN坂さんはステップを踏み、みんな騒いだ。
なぜか大量にビールばかりを注文し、ことごとく泡が消えたので、
私は一次会でryoくんがくれたオランダ土産のチューリップを、
マドラーにしてかき混ぜようかとも思ったけれど、
彼に悪いというよりは、何か化学物質でも溶け出したら恐いな、
と思って、やめた。

一晩中騒いで、朝になってカラオケを追い出され、
N坂さん、N倉さん、Sほさん、verdeさん、wak、ryoとすかいらーくに移動。
あぁ、何か、いつものメンバーだな、と思う。

verdeさんは今回も味噌汁を渇望し、wakは朝から再びビールを飲んでいた。
朝からよく飲むね、とみんな言っていたけれど、
そういう誰もが、つい数分前までは、
カラオケで泡の消えたビールを散々飲んでいたのだった。

コーンスープを飲んだあと、私はその場で睡魔に負け、
どれだけ寝たのかよくわからないけれど、目覚めたら元気になっていた。
朝に強いらしい、いまだお酒の残ったN坂さんと、
今年も東京タワーに行くことにし、今年はryoくんも道連れにした。
今年もN坂さんは手をつなごうと言い出し、
2人に挟まれた私は、捕らえられた宇宙人のようだった。

東京タワーは近かった。
去年は確か、5時頃に行き、ちょうど日が昇る頃に着いたけれど、
今年は7時頃で、既に明るくなっていて、その点はやや残念だった。
しかしそれでもやはり気分がよかった。
上ばかり見上げていたら、何となく気持ちが悪くなったけれど、よかった。

道中、というかすかいらーくから、
N坂さんは、しきりに結婚式に行きたい行きたいと言い、
同じくOBのK野さんあたりが結婚したら、
絶対に式をめちゃくちゃにしてやる、花嫁を拉致する、と言って憚らなかった。
三田線に乗るryoくんと別れるときには、
まだ10代の彼に、「じゃぁryoくん、結婚式には呼んで下さい」と言っていた。

N坂さんは、お花見に参加すると約束してくれ、
更に茂原の合宿に誘ったら、自分が行くことをシュミレーションしていた。
曰く、7つ年下の新入生に「誰このおじさん、くさい、寄らないで」と言われ、
どうしようもなくなって、まだ寒い海に飛び込み、
宴会場に戻って、飲みあかし、酔っ払って大の字になって寝て、
朝になってYしむあたりに起こされ、お酒の抜けないまま帰る、とのこと。
それにしても、「くさい」は一体どこから来たんだろう。

N坂さんと別れて、それから1時間ほど小田急に揺られている間、
卒業する3人のことを考えていた。
部室でだらだらしたりとか、毎週飲みに行ったりとか、
そういうことは確かになくなってしまうのであって、非常に淋しい。
本当に淋しい。
しかしN坂さんを始め、何かと遊びにきてくれるOB・OGを見ると、
まぁ悪くないかな、とも思わないでもない。

卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。

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2007年2月17日 (土)

忘れられない言葉

草津に行ってきた。
結論から言うと、楽しすぎて、はしゃぎすぎた。

4年生3人と、wak、私の遅刻組は17時半に上野に集まる。
しかし、どうも私の荷物はみんなのそれに比べて小さい気がする。
どうやらみんなは、セーターやら何やら、
防寒を意識した衣服でかさばっているらしい。
草津の寒さを甘く見すぎだと言われるが、同じく荷物の小さなN倉さんが一言。
「どうせふたりで一日中パジャマで過ごすからいいんだよ」

既に飲みながら電車に乗っていると、雪がちらほら降ってくる。
私は雨女どころか、雪女だったらしい。
バスを待つ間、降りしきる雪の中に飛び込んでいったSほさんは、
両手を広げて、空を見上げて、くるくる回りながら叫ぶ。
「見て見て、シザーハンズ」

宿に着くと、戦隊もののスーツを着た同輩・後輩に手厚く歓迎されるが、
適当にあしらい、Sほさん、verdeさん、私の3人は温泉へ。
温泉から上がると、石鹸の香りが残っていたのか、
いいにおいがすると言ってきたwakの言葉に、
硫黄臭かと思って、そう聞き返すと、Uえの先生が言った。
「ははは、硫黄ビームですね」

温泉ということで、やはり浴衣を着るが、
この合宿の前に、浴衣に関して、
「布一枚のエロス」との名言を生んでいたverdeさんだが、
この言葉を最も気に入っていたのはRうだと思う。
例のごとくいい気分に酔っているRうは、声も大きくなっており、
みんなと同じ浴衣を着ているはずのverdeさんの襟元をさして叫んだ。
「何なんですか、そのV字は!」

だらだらと飲み続け、しまいには山ほどあったはずのお酒もなくなり、
N倉さんの要望でお湯を飲むwak、Rう、私。
N倉さんとwakはお腹が空いたらしく、
日の出の写真を撮ろうと奮闘している健気な後輩・Rうに無理を言う。
「お前、先行って、早く食わせろって仲居さん脅して来い」

お湯を飲み続け、やっと朝食の時間となり、まずは飲んでいた面々が集まる。
次いで、この日のスキーのために睡眠をとっていた面々が集まる。
スキーと言えばRiiである。
雪女の私のおかげで、しっかり雪が残り、しかも晴れ渡ったこの日は、
彼を騒がせるに充分すぎるほどの状態であった。
同じく寝たものの、ワインが残るまめを横に、はしゃぐはしゃぐ。
後からやってきたスキーの友・Hりうちくんを見ると、叫んだ。
「やべーよこの天気。おれのためとしか思えない」

ひとり元気なRiiをよそに、居残り組は眠りにつく。
特にN倉さん、wak、Rうは、それはもうぐっすりと眠っていた。
私はと言えば、2、3時間と眠れず、ひとり風にあたっていた。
すると、深い眠りから覚めたverdeさんも起き出し、
寝起きだというのに、ふたりして窓辺ではしゃぎだす。
積もった雪を見ていたら楽しくなって、
前日のN倉さんのお言葉を無視して、着替えて外に散歩に出た。
温泉街とは思えないくらい、ちゃんと安くてとても美味しいラーメンを食べ、
雪の厚く積もった公園を、ずぼずぼと、ジーンズを濡らしながら突き進む。
私など、リクルート用のパンプスを濡らしながら、雪の中を行く。
はしゃぐふたり。
verdeさんは言う。
「私、よこたんが雪女でよかったってすごく思ってるよ」

宿に戻って、温泉に入ると、貸しきり状態。
verdeさんと私とで、歌詞もあやしいくるりを歌いながらご機嫌になる。
あったまると眠くなるもので、ちょうどよい睡眠欲におぼれようと、
Yしむらくんに詰め寄り、彼の部屋のふたつのベッドをいただく。
しかし、どうしてか彼の部屋はものすごくうるさい、騒音が絶えない。
結局眠れず、しかし眠く、困った時間を過ごしていると、
散々寝たらしいRうとN倉さんが来て、もう飲み始めることになる。
しかしYしむとHりが、やたらと就活の話をするものだから、
wakがそんなつまらない話をするなと言い出すが、Yしむは言う。
「wakは就活やってんのかっていつも俺が聞かれるんだよ」

既にいい気分になって、やっと夕食を迎える。
少しばかりこわい仲居さんに怯えつつも、非常においしい食事をいただく。
一日何をしていたかなどを話しつつ、和やかな時間を過ごす。
1年生ともよく喋る。
温泉合宿らしく、湯めぐりをしてきたNがせくんの感想。
「いや、本当、俺、今日一日で吸い付く肌になった気がする」

撮影のためもあって、貸切風呂を予約する。
合宿の参加人数は16、7名で、うち女性は5名。
こうなると、貸切を予約したところで、男性が入るという前提があるらしい。
ずるいずるいと文句を言っていると、撮影が終わったらしく、
足だけ浸かれば、とcoldtopicくんからありがたいご提案をいただく。
貸切のよいところは、温泉に浸かりながらお酒が飲める、煙草が吸える。
早速お酒を抱えてSほさんとふたり、貸切風呂に向かう。
吸収のよい状態で熱燗を飲み、既に気持ちよさそうなN倉さん、wak、Rう。
というか、赤黒いRう。
いつかの夏合宿でもこんなことをしていたな、と思いながら、
いい気分で5人でへらへらし、さて出ようとしたところで、verdeさんが来る。
「何で呼んでくれなかったの、私も入る」

上がると、また飲み始める。
しかし、みんなの集まっている会場に、なぜかいつものメンバー、
すなわちこの記事に登場回数の多いようなメンバーが、いない。
眠さと酔いで相俟って、淋しくなった私は、なぜかcoldtopicに向かって、
みんなずるい、と文句を言った、気がする。
探せば彼らは他の場所でひっそり飲んでおり、見つけた途端、
私はまた、淋しかった、ずるい、などと叫んだ、気がする。
そこでしばらくN坂さんなどの思い出話をし、元の部屋に戻って、
合宿係の趣向でゲームを行なう。
与えられたお題について演技をし、それに可・不可を出すというもので、
しかし少しばかり面倒くささを感じた私は、
ちょうどお題が配られたときに寝ていて、
何も知らずに起きたN倉さんに、お題の紙を押し付ける。
あたかもそれが最初から彼に与えられたものであるかのように。
彼の演技で使われた実話。
「いやぁ、東京出てきたとき、山手線は24時間回ってると思ってて」

このゲームではかなり多くの名言、名シーンを見ることができたが、
恐らくこういうゲームが苦手であろうverdeさんの演技は、
というか恐らくこのサークルの人間は大半が苦手であろうが、
とにかく彼女の演技は、内輪として非常に面白かった。
友人だと思って話しかけたら、別人だった、というお題で、
話しかけられて振り向いた相手に対し、あの名セリフを使ったのだ。
「あ、あの、手相の勉強してるんですけど」

眠くて、酔って、寝たり起きたりふらふらしたり絡んだり温泉に行ったりを、
私だけでなく、かなりの人が繰り返して夜を過ごす。
Hりが持ってきてくれたPS2は大活躍で、ご機嫌なRうは、
ひとりで踊り出し、傍観している我々を怒鳴り散らす。
HりはHり教集会を開き、集会に足を踏み入れた人間に、
やたらと困る質問をとばす。
とは言え、その場も普通の世間話になるが、そこに入ってきたwakは、
空気が悪くて気持ち悪いと言い出し、
そして話に花が咲き、彼に意識の行かない後輩たちの集まりを指し、
実にわかりやすく文句を垂れた。
「こいつら僕の話を聞いてくれないから嫌だ」

早々と寝ている、いじられたくてたまらない気性のRうをどうにかしようと、
wakとふたりで起こしに行く。
しかし、非常に気分がよく、しかも眠く、
もはやよくわからないテンションになっている私は、
Rうをどうにかするという本来の目的を失し、彼を押しのけて、寝る。
その割に朝になって、女性陣に優しく起こされた私は、
ちゃんと女子部屋に寝ていたから不思議である。
確かに、自分の布団を見定めて、もぐりこんだ記憶はあるのだが、
どうしてそれに至ったのか、どうも不思議な話である。
前日にあれほど朝食を早くしろと言っていたwakは、
声を掛けても全く反応せず、朝食を逃す。
飲んだ後の片付けは、いつも通りのYしむ、私に、合宿係が任を果たす。
グラスやら湯のみやらを洗おうと集めていると、
インスタント味噌汁の残骸・わかめのはりついた湯のみがある。
いつもながら細かいところまで手を抜かないYしむは言う。
「それ、そのまま流せないから、ティッシュでわかめとってから洗って」

片付け終えると、あまりの眠気にその場でまた眠りだす私。
ここで2時間弱の睡眠をとり、合宿係の声で目を覚ますと、
いつの間にか戻ってきていた周りも、見事に沈没していた。
それでもすっきりした私は、さっさと帰り支度をする。
さて、チェックアウトまであと15分だ、という頃になって、
いまだ浴衣で、寝惚け眼のwakがやってくる。
何やってるの、と驚き、呆れ、心配するSほさん、verdeさん、私を見ても、
何ら動じないwakはすごい、といつもながら感心する。
何だかんだ、チェックアウトを済まし、最後に温泉街を散策する。
ガラス細工の店に行き、あれこれとお土産を見繕っていたところ、
私が途中の土産物屋で見かけたこけしを欲しいといったためか、
ここはガラス細工の店だというのに、N倉さんが言った。
「ん、こけし買うの」

こけしではないものの、ちょっとしたものを買い、昼食へ。
前日の散歩で、verdeさんと私は、釜焼きピザの店を見つけており、
そこに行こうということになる。
しかし、目的地に着いてみると、
確かに見たはずの「釜焼きピザ」の文字がない。
というか、その店は、明らかに焼肉屋にしか見えない、というか焼肉屋だ。
それでも、時間もなかったし、そのままそこで食べる。
私はおいしかったので満足している。
この合宿中は、とにかく食には恵まれた。
急いで食べて、集合場所に戻りながら、合宿を振り返る。
それにしても、随分飲んだ、という話をしていたら、
N倉さんが、言うまでもない、答えの知れた疑問を口にする。
「それにしてもあれだけあったお酒は、一体どこにいったんだろうね」

電車待ちの間、映画の題名を使ってしりとりを始める。
そういえば、先日は日本史用語しりとりをしたが、
どうもここのところ、しりとりには縁があるらしい。
電車に乗っても、4年生3人と私とで、延々と続ける。
最後にくる文字というのは案外限定されているもので、
相当映画を知っている4年生3人がいながらも、
続けているうちに、ネタがなくなる。
ネタがなくなると、ありそうな単語から、
ありそうなありもしない映画のでっち上げ始めるが、即却下される。
大体そんな架空の題名は背景がわかって笑えるものだが、
何が何だかわからずに面白かったのは、Sほさんの創作である。
「プラスチックな関係、とか、ない、よね」

そんなこんなで、長時間の電車を睡眠に充てもせず、
無事上野まで帰ってきて、解散。
上野のNEWDAYSでは、幼稚園の制服のような格好をしたおじいさん、
という、かなり衝撃的な方を見かけてしまったのだが、
この感動を即座に伝える距離に誰もいなかったことが悔やまれてならない。
家に帰るまでが合宿です、とは決まり文句であるが、
私の場合、距離・時間を考えれば、実際それが当て嵌まる。
ひとり、ふたり、と降りていくみんなを見送り、
下北沢でまめとも別れ、それからまた1時間以上かけて帰宅する。
即座に寝るかと思っていたが、案外そうでもなく、
あれやこれやと色々やっているうちに目も冴え、
忘れないうちに、とブログの記事を書き始める。
するとRうとメッセが始まるが、そんなことに気をとられているうちに、
ちょこちょこと書いていた記事が、消える。
そして、疲れに重ねて酔いも回ったRうは、メッセの上で、
自分で質問しておきながら、私の回答に何の反応も示さず、寝た、ようだ。
その後もこうしてちまちま書いて、今に至る。
あぁ、合宿が終わってしまったな、と、感じている今。

さて、お風呂入って、寝るかな。

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2006年5月 7日 (日)

粗雑な説明

サークルの新歓合宿に行ってきた。
例年通り、茂原へ。

どうしても抜けられない授業のため、ひとり大遅刻での参加だったのだが、
タイミングよく飲み会から参加でき、まぁ馴染めたかな。
今年はミラーボールのある部屋ではなかったけれど、
やってることは毎年毎年同じで、まぁ楽しかったり疲れたり、とても楽しかった。
延々と、よく飲んだものだ。
訳もなく、自分の潜在的な性格についてうだうだ考えさせられたりしたけれど、
まぁそのときばかりはどうでもよくなるくらい、いい時間を過ごせたな、と。
気軽に会える相手でも、こんなときじゃないとゆっくり話もできないもので、
その点、合宿はやはりいいなと再認識。

そして今年も花火をし、恐らくこれのおかげで喉が焼けて、
今はまるでオカマちゃんのような声をしている私なのだけれど、
花火と言えば、当然海辺で、海辺と言えば当然飛び込む人々がいて、
今年はまださほど酔っていなかっただろうに、男性陣は体を張っていた。
いとーくん、coldtopicくん、全裸で飛び込むのは構いませんが、
下着を婦女子に預けるのはいかがなものかと思いましたよ。
まぁ、彼らが風邪を引かないでくれれば、それでいい。

同学年たちが、茂原へ来るのもこれで最後かな、なんて言うものだから、
とてもさびしく思ったけれど、何とか来年もまた行きたいものだ。

みなさんお疲れ様でした、wak君ありがとう。
そして深夜3時過ぎの突然の電話にも、快く応対してくださったカオス様、
本当にありがとうございました、やはりメタル様は違いますね。

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2006年4月30日 (日)

なんとかうちまで帰りつかなくちゃ

サークルのみなさんと、ボウリング大会をしてきた。
…腕が疲れた…。

ちょうど1年前もやはり幹事をやって、あわあわしていて、
しかしあの時は面倒見のよい先輩方が何もかも、
そう、スコアさえも助けて下さったのだが、今回はそんな先輩方もいなかった。

で、更にあわあわあわあわ言っていたのだが、
今回は同輩・後輩が何もかもをフォローしてくれた。
私は何も成長していないのに、周りはみんな成長したということですな。
いや本当、いつの間にか、みんながみんな「先輩」らしくなっていて、
非常に驚いてしまった。

みなさん、どうもありがとう。

面倒見のよい先輩のひとりであられるverdeさんは、
ご自分を後輩気質だと称しておられたけれど、私は彼女以上のそれなのだろう。

いやまぁ、そんなことはどうでもいいから、早く茂原に行きたいな。
1週間が長くてたまらない。

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2006年4月22日 (土)

一歩引いていないと

金曜日は、授業納めであり、サークルの飲み会、いや、ミーティングがあり、
とにかく毎週、だらだらと気楽に飲んでいるわけだが、
ここのところ、新入生がいたりなんかで、そうそう気楽に行くこともできず、
それなりに真面目に対応できるよう心がけている。

即ち、なるべく一般的な返答ができるよう、気をつけている。

しかし新入生の話は、なかなか今までにないようなものだったりなんかして、
ちょっとどうしていいかわからなくなったりなんかして、
やはりへらへら笑うだけでごまかそうと思ったりなんかしているのだった。
ニュータイプなんですかね、若者というのは。

まぁ、茂原過ぎたら、気楽も気楽、まただらだらな自分になるだろうな。

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2006年3月18日 (土)

本当のことを

映画監督2名を交えての飲み会に参加してきた。
幹事のmomo、というかsuzu、というかどっちでもいいけれど、とにかくありがとう。

s氏には、以前、講演をしていただいたこともあって、人となりは把握しており、
勿論非常に気さくでよい方だと認識していたのだが、
何せk氏はお会いするのも初めてで、作品から勝手に、
なぜだかちょっと堅い感じの方を想像していたのだけれど、
ところがどっこい、って初めて使う言葉だけれど、とても話しやすい方だった。
年が近いことも、サークルのOBであることも、もしかしたら関係あるのかも知れないが、
本当に、私のような恐ろしく低い視点に合わせてお話をして下さった。
これはs氏にも言えることで、本のお話ができたのはとても嬉しかった。
雨月は名作だから、読んだ方がいいって、面白いよ。
溝口の映画もいい。

立派な大人なのに、下の見方を忘れないというのは、
きっと中々できないことなのだろうけれど、
きっと何かを表現するには、かなり大事なことなのだと思った。

k氏が小説でも書かれたら、面白いのではないかと素直に思った。

焼酎おいしかったな。

とにかく、またこんな機会があったらいい。

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2006年3月11日 (土)

さあ、だから変人て

昨日は、1日サークルの日だった。

まずは、撮影。
無事クランクアップを迎え、嬉しい限りだ。
またしても私、何もしてませんが。
coldtopic君のベッドは寝心地が悪かったです。

その後は、追いコン。
皆さん無事卒業できててよかったです。
あとは私が進級できるかどうかです。

例の如く、酔っ払った私。
お土産を渡したのか何なのか、わからなくなった。
何度も聞いてすみませんでした…。
でも、身の安全を考えずに、というか何も考えずに飲めるのは久しぶりだったな。

酔っ払いつつも、二次会ではしっかり卒業生を写真に収めていた自分に拍手だ。
いやはや、与えられたての玩具のように、デジカメを楽しんでいる。
しかしいまいち使いこなせていないことは、公然の秘密である。
公然だから、ばらしてみた。

公然の秘密と言えば、割とみなさん、このブログを見ていたくせに、
申告もせずに隠していたなんて、ちょっと何ですかね、あれですね、
恥ずかしいね、あらやだ、見てたの、みたいな感じだ。
確定申告は15日までです、ブログ見てます申告も15日までです、嘘です。

人がどんどん消えていって、眠気に耐えられなくなって、
hりを座りにくくさせてまで眠りこけて、起きたらnがさかさんがやたら元気で、
とうとう前々からの約束を果たすこととなった。
東京タワー。

いや、夜にも、実は行こうとしたんだ。
店は出たんだ。
でも寒いし、眠いし、ふらふらだし、夜怖いし、ということでやめたのだ。
この時点で私は、もう行くことはないだろうと思った。

しかし、朝のnがさかさんは、いつになくやる気だった。
本気だった。
で、夜明け前に、二人でふらふらと三田の街を歩いて、
行ってきました東京タワー。
酔っ払ってるnがさかさんは、いつになく饒舌だった。

これほど東京タワーに感動したこともないだろう。
ちょうど明るくなり始めた、そんな時間の東京タワーは、文句なしにきれいだった。
真下から見上げる東京タワーは、人をおのぼりさん気分にさせるんだ。
登ってもいないのに、東京を征服した気分になりました…。

…それにしても、一体どうしてあんなに写真を撮ったのか。
いや、だって、証拠が証拠がってnがさかさんが言ったんですよ。
あーこれじゃ東京タワーだか何だかわからないね、とか言いながら、
何度も撮り直したりした訳だ。
2人で写真に収まろうとかいう、所謂バカップルめいたことを、
うまく行かずに何度も挑戦したりもしたのだった。
nがさかさんの満面の笑みが、たくさん残っている。

写真を撮るのに騒いでいるうちに、夜も明けてきて、爽やかな朝を迎えた。
こんなところで朝焼けを見るとは思わなんだ。
いやはや、思いがけずいい時間に来れたものだ。
帰る頃にはすっかり明るくなっていて、来た道と同じ道を通っているのに、
全く見覚えがないものだから、またそれに騒いでいた2人だった。

足の短い私のペースに合わせて下さったnがさかさんは、ジェントルです。
イギリスに行っただけのことはあります。
お話ができて、大変嬉しゅうございました。
茂原には来て下さるそうですから、皆さんお楽しみに。

やはりA型の酔い方は厄介ですね、と言いながら帰ってきた。

彼とのこのデートは、忘れない。

卒業なさる皆さん、おめでとうございます。
でもたまには遊びに来て下さいませ。
本当に、寂しいな。

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2006年3月 8日 (水)

絵に書いたような

亀田興毅すごいね。
というか、亀田三兄弟は、漫画みたいで愛らしくて好きだ。

今日は、wak家にて撮影をした。
今回はサークル外の方に出演をお願いしたのだが、いや、素晴らしい。
やはりそういうことに長けた方にやっていただくのは、いいことですね。
順調に進んだし、あと2日、役に立たないながらも、
微力ながらお手伝いさせていただこうと思います。
…どうしてこんなに謙っているのか…。

wak家は、様々な映画の舞台となった、思い出深い部屋だが、
いや、思い出深いのは撮影で使ったからではないと思うけれど、
とうとう引っ越してしまうのかと思うと、ちょっと悲しい、かも知れない。
というか、来年の日吉シェルターは、どうなるんだろう…。

右手の甲、人差し指の付け根、関節のところに、傷跡がある。
実は前々からあったのだが、同じ理由からしょっちゅう傷を重ねていて、
最近になってまたひどくなって、目立つようになってしまったらしい。
殴ったの、と聞かれだが、いやはや、確かにそうも見えますな。

だんだん、傷が治らなくなってきているのは、齢を重ねているせいなのかな。

殴ってないです、誰も。
あ、でも平手ではたくことはあったな、最近。

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2006年2月 7日 (火)

いつだって思っているけれどね

サークルの総会だった。
え、総会、だった、よね。
いつもの人々しかいなかったけれど、そうよね。

いやいや、部長yしむはやはりしっかり者で、ちゃんと内容は総会らしかったと思う。

でも、あのサークルの本領は、やっぱり飲み会なのだと思う。
これはもう、仕方ない。
珍しく一つのテーブルを女子のみで囲んだけれど、
これがまた本当に久々で、楽しかったな。

旅行前に彼らと会えて、話せて、飲めて、嬉しかった。
丸2年、彼らと過ごしているわけで、やはり安心感はかなりのものなのだろうな。
体調崩したり忙しかったりで、欠席しようかとも思ったが、
行ってよかったなと思う。
私の都合に合わせてくれたyしむには本当に感謝だ。

帰りは、地元に帰ってきたらびっくりするほど雪が降っていて困ったけれど。
ねぇ、eっつぁん…やはり田舎はこわいよねぇ。

というわけで、明日から出かけますが、みなさんうさこを可愛がって下さい。

…日本語フォントさえ使えれば、出先から更新しますが。

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2006年2月 1日 (水)

わかったからそう騒ぐな

案外、かどうか知らないが、落ち込みが激しい。
雨なんだから、大人しく家にいればよかったものを、どうしてこう間抜けなんだろう。
と、ハチ公を見つめながら後ろ向きになっていたら、
そう悲観するほどでもなくなって、ほっとした15:03。

ありがとうmめちゃん、ありがとうk沢さん、ありがとうcoldtopic。
彼らは本当、「私の提案するサークル内での集まり」
というものがどんなものか、よく心得ている。

という訳で、今日も1日楽しかった。
カラオケはいいですね、すっきりしますね。
あぁ、歌ったらお腹空いたな。

eっつぁん、お大事に。

そういえば、2人とも髪型には何も触れなかったけれど、
やはりそこまでよろしくないのだろうか…。
やはりk沢さんの言うように、「平安時代の尼」なのだろうか…不安だ。

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何かすることがあれば幸福です

髪を切った、失敗した。
でも、どうせしばらくは人に会わないし、もういいや。

今日はサークルの皆様と鍋パーリーをした。
自力でkじ原・nか西家に着けたことを、誰か誉めて下さい。
髪を切ってしまったことをからかわれ、あまつさえ肉欲にまみれていると主張され、
優しい張子の虎(いや、張子なんかじゃない)・kさんや、nが坂さんが、
親切にも否定して下さったけれど、
今更k沢さんに何を言われようと笑って返せる私は、そんな訳で笑っていた。

いや、だって楽しかったからさ、美味しかったし。
そう、楽しかった。

私自身が2・3月の予定を詰め込んでしまったために、
多分、今日会えた4年生たちとは、もはや会えるのは追いコンくらいのものだと思う。
本当に、寂しい。
思えばこの1年、先輩方にはとてもお世話になった。
文学部だけキャンパスが変わるなどという、非情な制度に落ち込んだ私を、
何かとかまって下さったのは、他でもない彼らだった。
4月に日吉で飲んだ後、
横浜方面の東横線でwo崎さんに泣かずして泣き付いたのは、他でもない私だし、
いや、彼女は来年もいらっしゃるが、
これに端を発して、暇さえあれば部室で偉そうにだらだらしていたのも私だ。

…とにかく、思い返すとたくさんのことがあって、
それがまた寂しいのだが、そうも言ってられないのもわかっている。
去る者を惜しむことは、いや、引きずることは、
去る者にも、残る者にも、更に下に残る者にも、恐らくよいことではない。
特に下に残る者、にとっては、たまったものではない、ということは、
それなりに理解しているつもりだ。

…しかしね、まだ1月なんだ。
もう少し、感傷に浸っていてもいいはずだ。
まだ彼らをあの部室から切り離すには、早過ぎるということ。

まぁ、4月からは、同輩たちが来てくれると信じて。
相変わらず掃除も荷造りもタイ語の勉強も進まない私だった。

そういえばnが坂さんは、またしても東京タワー行きを約束して下さったが、
まぁまず実行なさらないだろう。

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2005年12月26日 (月)

安堵が心を領して

クリスマスだった。
なので、いや、なのでというのもおかしいかも知れないが、
とにかく、愛すべきサークルの同学年たちと、鍋パーティーを開催したわけです。

そもそも鍋をする予定だったのが、
場所や人数の関係で、鍋断念を一度は心に決めたのだったが、
しかし当日になってみれば、予定より人が集まらず、
やはり鍋にしようということになって、わざわざ鍋もコンロも買っての開催となった。
せっかく買ったんだしね、wak君、今後も活用しましょう。
それにしてもドンキの前でのasariの挙動観察は、面白かった。

鱈、牡蠣、鮟鱇ってこれはもう、若人の鍋ではなかったかもしれないが、
しかし私は大満足だった。
おいしかったです、そう、何でもポン酢かけりゃいいんだって、名言だね。

別に何をしたわけでもないのに、
いや、Riiとあまり楽しくないトランプに興じたけれど、
M-1とかフィギュアとかさんまスマップとか見たけれど、
あとはお酒飲んでたくらいだけれど、でもよくわからないけれど楽しかったな。
いいな、と思いました。

前日、多少無茶な富士山ツアーを敢行した私は、
流石に頑張りきれず、ひとまず仮眠。
運転すると、やっぱり疲れる、と思う。

起きても、相変わらずみんなグダグダやってて、なぜだかしりとりなんぞしてみる。
しかもお題がおかしかった…mめちゃんの言う「やらしい」は、
たまに、いや、結構よくわからないな、と思う今日この頃である。

たっぷり眠ったwakがひとり喋り続ける中、みんな沈没していった。

寝たから、多分起きていることもできただろうけれど、
それでも寝たのは、今日があったからだった。
何があるのかって、TSUTAYAの棚替え。
朝起きて、せっせと紙を書く友人たちを見て、
軽く感動を覚えたのであった…いいなぁこの人たち。
yしむ君、本当にお疲れ様でした。

来れた人も来れなかった人も、また鍋でも何でもしましょう。
それでは、今年もどうも、本当に何から何までお世話になりました。
どうぞよいお年を、来年もよろしくお願いいたします。

と、また今年中に同じことをお伝えするかと思うが、
とにかく楽しいクリスマスをありがとう。

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2005年12月17日 (土)

顔をつき合わせての

毎週金曜は、サークルのミーティングである。
昨日は映画サークルっぽいミーティングで、ちょっと、何ですかね、
我々らしからぬ雰囲気も漂い、中々よかったですね。
いやぁ楽しみだ。

hりの誕生日と、本人不在ながら、momoの誕生日を祝い、
毎度ながら、tるのやで忘年会という名の飲み会。
あぁ今年も終わるのか、と思ったけれど、
あの場にいたほとんどの人々とは、まだ年内に会う機会はあるだろう。

どうでもいいが、会計に任命されて以来、
飲み会で余った小銭は、部費としてありがたくちょうだいしている。
こうして小金を蓄えよう、部員減りつつあるしな。

一応、忘年会というくらいだし、勿論帰るつもりなどなかったので、
その後、7人連れ立ってカラオケに。
誕生日だからといって、レポート疲れの残る中、あんなに連れ回して、
いや本当、hりくんごめんなさいね、先週といい今週といい。

朝になって、カラオケも追い出され、私はと言えば、昼からバイトなので、
家に帰るなんて時間と労力を無駄にするようなことは避けたくて、
山手線を延々回り続けることも考えたけれど、
部室のソファで寝るのがよいと思って、それまで東横往復ツアーをすることにした。
報告しようにも、本当によく寝ていて記憶が不確かですが、
まぁ4往復くらいしたのではなかろうか、wak。

ちょうど部室が開くくらいの時間に学校に着いて、また寝た。
今週はやはり寝足りなかった、ということだ。

それで昼からバイトに行って、塾だから、つまりデスクワークだから、
寝てしまうかと思ったけれど、杞憂だった。
まぁ、何だかんだ東横と部室で充分寝た、ということだ。

そうして今日も無事終わる。
明日も早いし、さっさと寝よう。

そういえば、忘年会後、nがさかさんから、
「東京タワーは来年早々だ」とのメールが来たが、いやはや楽しみですな。

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