2009年2月12日 (木)

休日の過ごし方

asariとsuzuと、カメルーン料理食べ放題。

予想以上においしかったのだが、帰る頃には食べたことすら忘れていたくらい、
色んな話をした今日であった。

本人の与り知らぬところで出汁になってくれた後輩某氏に、
やはり本人の与り知らぬところで感謝していたら、
いや、あいつのおかげだなんて認めたくない、と言ったsuzuに、笑った。

いやはや、振り返ってみれば、
カメルーン料理に映画にチョコレート調達と、色々とこなした1日であったが、
やはり数時間に及ぶおしゃべりばかりが思い出されるという点に、
おばちゃんの卵たる素質を感じてしまう。

まぁでも、私はどちらかというと、おっさんだと思うが。

「007 慰めの報酬」 マーク・フォースター

ドミニク・グリーンさますてき、というsuzuと私を、一向に理解してくれないasari。

相変わらずボンドに余裕がない。
メカもなければボンドガールとの絡みもない。

これはこれで面白いけれど、
あっさりさっぱりすっきり爽快な、軽い007もすきなんだな。
まぁ、前作の続編だし、仕方ない、次作がどうなるかだな。

オルガ・キュリレンコは、日本の女優でそっくりな人がいると思うのだが、
名前が思い出せなくて何だかむずがゆい。
薬指の標本のときはそんなに思わなかったのに。

そうそう、asariさま、京都タンブラをありがとう。

そういえば最近はちょくちょく小旅行をしているはずなのに、タンブラが増えない。
車で出かけると、わざわざスタバに入らないしなぁ、煙草吸えないし。

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2008年10月13日 (月)

天下の回り物

秋です。

三連休、ではなかったが、カレンダー上の三連休はお天気もよく、
何だかんだ暖かかった、とはいえしかし、いい加減風邪が冷たくなってきた。
で、私は今年もやはり、着るものがない。

毎年毎年、それなりにお買い物をしているはずなのに、
なぜ毎年毎年、着るものに困るのか。
まったくもって謎であるが、まぁ実際そうなのだから仕方ない。

今日は美容院に行き、相変わらず髪形は変えなかったが、気分をよくして、
お買い物でもしようかと町をふらついた。

足りないものは、トップス。

長袖のジャケットがない。
長袖のカーディガンも、もう1枚あってもいい。
1枚で着られるニットか何かも、もう少し買っておきたい。

さて、お買い物において、私が心躍る対象とは何であるか。

靴、下着、スカート。

次いで、ストール、バッグ、財布、時計、などなどが挙がるが、
とにかく、先の3点が気になってたまらない。
そして、今回買うべきジャケットだのカーディガンだのは、
中々どうして、よほどでないと心惹かれない。
まぁ、だから足りないわけだけれども。

靴といえば、私はNINE WESTの靴がとてもすきである。
ついさっき、買ったものを整理するのにがさごそやっていたら、
どうも私は何かに使えると思って靴の箱をとっておくのだが、
NINE WESTの箱が、3箱もあった。

で、芽出度くも、4箱になったという話である。

まぁそもそも欲しかったのではある。
社用のまともなパンプスが、1足しかなかったのである。
まぁ雨用の、就活だか教育実習だかのために買ったどうでもよいパンプスと、
そろそろ寒々しく見えそうな、オープントウにストラップのサンダルはあるけれども、
パンプスがもう1足あってもよかろう、とは思っていたのである。

で、深い緑のパンプスを購入。
シンプルではあるが、色がたまらない。

気を取り直してトップスだトップスだ、と思うがしかし、
そういえば無印良品に用があるのだと、ふと思い出す。
目の前のINDEXを見事に無視し、無印に向かう途中、下着屋さんに出会う。

先日ゆきんとも話したものだが、
そもそも下着を買うことを我慢しなきゃならないって、悲しい悔しい以前に、
情けない、哀れでならない。
いや、だって、ジャケットだのカーディガンだのより、ぱんつの方が大事でしょう。

と、別に足りていないわけでもないのに、
自らに詭弁を立てて、心弾ませながら、物色。
ところどころセールになっており、店員も良心的にセール品を勧めてくれたが、
色に難あり、サイズに難ありで、結局セールの恩恵は受けられない。

女性ならわかってくれる方も多いように思うが、
下着の色に対するこだわりって、頑ななものですよね。
誰も見やしないのに。
同じタイプの色違いは値引き対象と言われても、何か、譲れない、とか。

とにかくそんなで、下着を購入。

あぁもうまずい、これはもう、ジャケットが欲しいとか言っている場合でない。
このままでは目的のものを買わずして、何を衝動買いするかわからない。
帰ろう帰ろう、と思って駅連絡口の方へと足早に歩いていた、ら、
目に入ってしまった、スカートの誘惑。

先月にえっつぁんとお買い物をしたときにも、私は2枚、スカートを買っている。
そしてそのとき、もう当分スカートは買ってはいけないな、と思った。
買うにしても、会社に穿いていけるものにしないとな、と思った。

でも心惹かれてしまったのは、まさか平日穿けやしない、スカート。

平日、それなりに大人しい格好をしているせいか、
休日となると、たとえ出勤であっても、平日にはできないような格好をしたくなる。
一昨日は、赤系のストッキングに赤いぺたんこ、でもないがローヒールの靴、
茶と緑の短めフレアスカートに雪模様のグレーのセーター、
極めつけ、赤い大仰な毛糸のストール、
という出で立ちで会社の人と遊びにいったところ、
馬鹿な子って感じだ、とひとりに言われ、みんなに笑われた。

で、多分、件のスカートも、彼らに言わせれば、馬鹿な子って感じ、だろうと思う。
まぁ、だから何だよ、とも思う。
前々から、すきだな、でもそうそう買えないよな、と思っていたお店でもある。
店員さんがやたらと感じよかったのも、一因。

で、スカート、購入。

美容院から数えると、今日1日で私は一体いくら使ってしまったのか。
怖くて足し算したくない。
うれしいはうれしいが、しかしクレジットの引き落としが今から怖くて怖くて。

お財布からクレジットカードとキャッシュカードを抜いておくことを、
そろそろ本気で考えるべきだろうか。
とりあえずあと2週間、控えるべきはまずお酒代かしら。

明日は雨だから、新しい靴を履いていかれないのが残念でたまらない。

『僕らのミライへ逆回転』 ミシェル・ゴンドリー

verdeさん、ありがとうございました。
mameちゃん、ryoくん、付き合ってくれてありがとう。

久々に映画館に行った。
一応映画サークルによってつながる3人のはずだが、
3人して、映画久々だ、と言いながら観に行った。
映画は、身構えないと観られない3人である。

単純に笑えて、楽しい映画だった。
人と観に行って正解だったな、という。

また映画館行きたくなったし、また映画撮りたいなと思った。
いやぁ、映画っていいものですねぇ。

art schoolとbonobosに泣かされっぱなしの今日この頃。

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2008年3月15日 (土)

あたりまえの愛情

総じて野菜は何でもすきなのだが、どうもトマトがすきらしい。

これまで特に意識していなかったが、ふとそのことに気付く。
どうもトマトが相当すきらしい。

意識して食べようとするとトマトを選ばないのに、
意識しないで食べようとすると、途端、トマト率があがる。

ごはんを食べよう、と思ってメニューの中から選ぶときには、
滅多にトマト系を選ばない。
イタリアンでも、往々にしてクリーム系を頼んでしまう。
食べ終わる頃には、その濃厚さに辟易してばかりなのに、なぜか頼んでしまう。

特に考えずにごはんを作ると、大抵トマト煮。
カレーにもとりあえずトマト投入。
野菜炒めにもとりあえずトマト投入。
お魚の煮つけにもこっそりミニトマト投入。
お肉の下味にもトマト汁。

トマトを食べよう、と思ってトマトを食べることがあまりなく、
何かを食べよう、と思って気付いたらトマトを食べていることばかりなので、
私はトマトがすきだ、という意識はあまりなかったのだが、
食生活を省みれば、トマトばかりだと気付く。

何だろう、トマトは私にとって当たり前のものということなのだろうか。
だからせっかく外食したときには、トマトは後回しになるのだろうか。
どうせなら自分で作らない、作れないものを食べたいしな。

今日も今日とて、何を作ろうとも考えずに台所に立ったら、
野菜をどっさりトマトで煮ていた。
ついでだからと父の分も作ってやったら、
お前は本当にトマトばかり食べるな、とやや呆れられ、やっと気付いたのだった。

そういえば、母もトマトをよく食べる。
彼女の場合は調理せず、そのまま生で食べているけれど。
おかげでトマトが常備されているから、
私がトマトを当たり前のものと、庶民食と捉えるようになってしまったのだろうか。

引っ越しても、冷蔵庫には常にトマトを入れておこうと思った。

『奇人たちの晩餐会』 フランシス・ヴェベール

笑った。

見るからに画が汚くて下品なコメディはあまりすきじゃないのだけれど、
こういうのは面白いな。
ワインの件も、もしや噴き出すんじゃなかろうかと、不安がよぎったけれど、
手洗いにかけこんだだけで、それが嬉しかった。

ものすごく一所懸命な人を見ると、ちょっと笑ってしまうことがある。
何もおかしくないはずなのに、でもあまりに夢中になっている人って、
失礼だけれども、どこか滑稽だと思う。
本作の「バカ」は本当にそういう滑稽さがあって、ここまでいくと面白い。
バカになろうと思ってバカになれるもんじゃない。

でもそれが軽蔑にあたらないのは、
自分自身に被害がないからというのは勿論あるけれども、
何かひとつのことに専心することが、凡人にはできないからだと、そう思う。

それにしてもお部屋の調度品が素敵。
蒔絵の家具が、気になって気になって。

しかし舞台劇っぽいな、別に映画じゃなくてもよいとは思う。

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2008年3月 3日 (月)

欲しくてたまらない

春から激務に就く友人が、
体力をつけるために毎晩腹筋をすることにした、と言っていたのを思い出す。

私も体力をつけねばならない。
しかし腹筋はいかがなものか。
まぁ、お腹はぜひとも締めたいけれども。

イン・ハー・シューズ』 カーティス・ハンソン

じじばばが魅力的であった。
やりたい放題に見えて、でも本当は優しい、という大人になりたいです。

靴が欲しい。
華奢なヒールの、先の丸い靴が欲しい。
服よりも靴、というのは、よくわかるなぁ。

「大人の男なんていない」という台詞に、ちょっと笑ってちょっと考えさせられた。

嫌われ松子の一生 通常版』 中島 哲也

中谷美紀がすきだ、とてもすきだ。
いちばん最初、まだ先生やっているとき、ちょっとオードリーみたいだった。

とにかくテンポがよい。
先は読めても、このテンポなら退屈せずにいられる。
と思ったが、途中から減速、終盤は蛇足。
めまぐるしく鮮やかな音楽と画で誤魔化されている感は否めない。

さくさく進んでいく分、ひとつひとつのエピソードは軽いけれど、
その軽さが楽しかったかな。
軽すぎて空回りしているところも、まぁご愛嬌。
キャストも豪華だけれど、ひとりひとりの扱いが軽くて、
観ていて不快にならない豪華さだった。

しかし市川実日子、おかっぱ似合わないなぁ。
でもものすごく愛らしい。
重い病気という割に、長生きできてよかったね。

松子の友達・めぐみさん役の女優さんが格好よかった。

GOOD IN BED?』 クリストフ・スクルーイ

馬鹿すぎる、大いに笑える。

ニコニコで映画を探してたら、再生数順で上位に来ていたのだけれど、
それは『彼女をHにする方法』という邦題に釣られてのことなんだろうね。

さっき、まるちゃんの日記を読んで、恋愛インタビューなるものをやってみた。
で、結果に笑い、そして当たらずとも遠からずと恐怖した。

以下抜粋。

・こんな恋愛をしていそう
第1位:彼氏がいてもいなくても同じな恋愛
第2位:冷え気味で落ち着いた大人の恋愛
第3位:相手の欠点ごと受け入れてあげる恋愛

・こんな理由で別れそう
第1位:淡々としてなんとなく別れる
第2位:女として見られなくなって別れる
第3位:いつも泣かされて別れる

・こんな人がお似合い
第1位:あまり干渉せず弱ったときだけ頼りになる人
第2位:賢くて余裕のある人
第3位:前向きで強く生き抜いている人

「お似合い」というより、単に理想に思う人なんじゃないかな。

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2008年2月11日 (月)

メキシコ

寒さと乾燥のあまり、指先が、ぱっくり。

昨日はパーリーに行ってきた。

降りしきる雪の中、黒いコートを真っ白にして行ったら、
着いた途端にテキーラ一気が待っていた。

今回も、私は飲んで食べて踊って騒いで寝ていただけだが、
今回も、料理が素晴らしかった。
何食べても美味しいというこの幸せ。

そして今回も、JPSさんに笑わせていただいた。
そして神として生まれ変わったらしい彼をいじるkさんも、おかしかった。
朝のkさんは素敵に無敵です。
とにかくJPSさんのお洋服が見つかっているとよいです。

それにしても、髪を切ってから、案外寒くもないものだなと思っていたが、
今朝寝ていたら、頭が寒かった。
フローリングに直で寝ていたからというのもあるだろうが、
これは髪の毛がないせいなのだろうか。

N倉さんが青い大きなストール、というか布を貸してくれたので、
頭から被っていたら、JPSさんにマリア様と言われたが、
馬小屋で父の知れない子を産むのは避けたいと思った。

とにかく楽しかった。
何をしていたか、もはやわからないけれど、とにかく楽しかった。
本当に、あの場にいたみなさまには、大感謝である。
結局人の名前を覚えなかったが、まぁいいや。

もうあの場所ではできないけれど、またやりたいな、馬鹿騒ぎしたいな。

それにしても、人に手の込んだ、とても美味しい料理を振舞われた後は、
何か手の込んだものを作りたくなるもので。
触発されて、今夜は気合を入れて、サグカレーを作ったのだが、
父は嫌そうな顔をしていた。

しかし自分がパクチーくさくなった気がするな。

CODE46 スペシャル・エディション』 マイケル・ウィンターボトム

大事な許可証がただの紙切れというのはいかがなものか。

細かい粗は挙げても仕方がないし、実際どうでもいいのだけれど、
こういう、いかにもな近未来という舞台設定が、そもそもすきではない自分を、
観終わってから思い出した。

しかしそこまでセックスしたいだろうか。
いちばん気の毒なのは妻だよなぁ。
いちばん幸せなのは、何も覚えていないこの男だよなぁ。

音楽はすきかな。

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2008年1月18日 (金)

うれしはずかし

酔っ払っている人が、割とすきだ。

まぁ、見知らぬ中年が酔っ払っているのは何もうれしくないが、
友人が酔っ払っているのは、見ていてうれしいものである。

今日は、人がいわゆる「酔っ払い」になっていく過程を、
隣でまじまじと見ることができて、楽しかった。

明日の鍋、また寝そうだな。

『アワーミュージック』 ジャン=リュック・ゴダール

久々に見たけれど、やっぱりよくわからなかったけれど、
今回思ったのは、人は見えない敵には脅えるけれども、
しかし見えない獲物には何ら抵抗を感じない、ということとか、
行為者は冷静になれないという、開高を読んで感動した所以とか、
そういう諸々。

人に感謝されることって、幸せだなぁと思っている今夜。
こそばゆいですけれども、返しに困りますけれども、うれしいものだなぁ。

ということで、感謝と好意は常に素直に表していたいと思います。
ということで、今日、話を聞いてくれた、してくれた、3人の友人たちに、大感謝。

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2008年1月 4日 (金)

よく動くなぁ

バイトの入りを、一時間勘違いしていた。

たまにこういう勘違いをするのだけれど、
早く行ってしまうことはあっても、遅く行くことはないから我ながらえらい。

一時間、暇になってしまったのでふらふらしていたら、
やはりセールの誘惑に負けてしまった。

春からの生活を考えて、買うにしても無地のもの、と思っていたのだけれど、
結局、柄のあるものを買ってしまった。
まぁ、別に、ひらひらしているわけじゃないし、大丈夫大丈夫。
と、自分に言い聞かせた。

昨日今日のバイト代は、こうして消えていった。

それにしても、前々から欲しかったINDIVIのコートは、
一銭たりとも安くなっていなかった。
買いません、買えません。

トム・ヤム・クン! プレミアム・エディション』 プラッチャヤー・ピンゲーオ

トニー・ジャー>織田裕二>ryoくん>柳楽優弥
そうだ、象さんもいるしね。

とにかくアクションが素晴らしい、圧巻。
数分間にわたる長回しのシーンは、すごいとしか言いようがない。
だんだん疲れてくるのがまたリアルで、泣けてくる。

ムエタイとかカポエラって、見てて楽しいからいいなぁ。
特にカポエラは、もう芸術だなぁ。

しかしこれだけ打撃と関節で頑張ってくれただけに、
最後はちょっと勿体なかったかな。
そりゃ腱を切るってのは正論だけれども、
鋭利なもので切るのではなく、それも打撃か関節でどうにかして欲しかった。

切り刻んで血が出るのを見るのは、すきじゃない。

あとは舞台がオーストラリアというのも、残念。
タイでいいのに。

タイ人の女の子が、あぁだこうだ言うところなんか聞いていると、
タイに行ってたときの楽しいことたちがたくさん思い出された。
象さんも町中をふらふらしてたなぁ。
ソンクラーの時期に行ってみたいけれど、学生でも無理な時期だ。

またひとりでふらっとタイに行きたいな。
でも行ったらセンチメンタルになるから、今はいかんな。

あぁ面白かった。

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2008年1月 3日 (木)

さしたる違いもなし

初夢は最悪だった。

まさか喪黒福造が出てくるなんて、恐怖の宣告を受けるなんて。
まさかまさかまさか。

さて、今日は新年初仕事であったが、久々の混雑に流石に疲れ、
仕事を終えたら煙草を吸いたくなって、喫茶店に入った。

隣のテーブルには、いわゆるギャルの女性2人が座っていた。
ふたりは向き合って座っていたが、
互いに大きな手鏡を覗き込んで化粧直しに精を出しており、
しかしよく喋っていた。

ギャルA(以下A)「私最近、ふたえになった気がする」
ギャルB(以下B)「疲れてるんじゃないの」
A「違う違う、顔変わったんだって絶対」
B「えーでもふたえになったならいいよね」
A「うん、うれしい、アイプチとかしてたもん今まで」
B「やっぱ絶対ふたえがいいよね」

ギャルAは、私のはす向かいに座っていたので、
そうか、ふたえか、と思ってつい目を向けてしまった。
が、しかし、果たしてふたえなのかどうか、私には判断がつかなかった。

だって、ラインだかシャドウだかマスカラだかが濃すぎて、
ひとえだかふたえだかわからなかったんだもん。

という話を母にしたら、
「でも私やあなたの足が太いのは、誰から見ても明らかだよ」
と、親切にも現実を教えてくれた。

『ポルノグラフィックな関係』 フレデリック・フォンテーヌ

間違っていない。
もう終わったの。

「別れようか」と言った途端、次から時間前にくるこの男。
あぁもう、愛おしいなぁこういうの。

タイトルとは裏腹に、大人しい映画であった。
直接セックスが描かれることも少なく、ただその余韻を感じさせてくれた。
セックスより恋愛の方が、よっぽど手間隙かかるし、面倒。
しかし手間がかかるからこそ、脅えるし、大切なんだろうなぁ。

この女の人は、髪色明るい方がいいのにな。

初売りに浮かれる町をふらふらしていたら、
やっぱり色々欲しくなって、来週あたり何か買ってしまいそうな気がしてならない。
でも今日は、かんざし1本でまぁ満足。
髪切ろうかと思ってるけれど、買ってしまったら、しばらくは長いままかな。

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2007年12月31日 (月)

夢見

最近、歯が抜ける夢をよく見る。
抜けるというかとれるというか。

私の上の前歯6本は、義歯である。

中央2本は、やっと永久歯が生えてきた頃に、ちょっとした事故で折った。
その両隣2本は、欠損、つまりそもそも永久歯の歯根がなかった。
乳歯はあったのに。

仕方がないので、長い間歯列矯正をかけ、
顎が安定した頃、というのはいつだったっけ、大学入る前くらいだっけか、
そのくらいの頃に、やっと中央2本を抜いたか削ったかして、
更にひとつとばした左右2本を削り、
そこを橋げたがわりに、6本分の義歯をかけた。

それにしても、何年も痛い思いをして矯正していたのに、
器具を外した途端、下の歯列は、がたがたに窪んでしまった。
よほど顎が小さいらしいが、顔は小さくないからおかしい。

で、最近、その義歯がはずれる夢をよく見る。

義歯をとった姿がどういう状態だか、私は知らない。
数年前の私には、恐ろしくてとてもじゃないが見られなかった。
どんな情けないことになっているか、我ながら哀れで見られなかった。
手術中、差し出された鏡は、拒否した。

しかしこの義歯も、当然のことながら、永久にもつものではなくて、
いつかは入れ替えなければならないはずである、よくわからないけれども。
そして私は、歯医者に行くと、その恐怖をまざまざと感じるから、
歯医者自体は嫌いではないが、その感情のためにできれば避けたい。

で、最近、夢の中でその義歯がよくはずれるのである。
もう、コントで入れ歯がはずれるかのごとく、すぽっと、とれる。
夢の中の私は、現実と区別がついていないものだから、
あ、どうしよう、このままバイト行けない、とまず思い、
いやいやいや、バイトとかその程度じゃなく、日常生活どうしよう、
と、もう泣きたくなって、起きる。

あるいは、もっとリアルな感触を伴うときがあって、
それは義歯が一気にすぽっと抜けてくれるのではなくて、
6本つながっているはずのそれが、一本ずつ、
それこそ乳歯が抜けるときのように、ぐらぐらいいながら抜けていくのである。

乳歯が抜けるときって、まずはぐらぐらいいだすわけだけれど、
その鈍い、不完全燃焼気味の、半身が粟立つような、
そういうかすかすした音が体中に響く感じが、半分不快で半分快感だった。

その感触が、軽い痛みが、恐ろしくリアルに甦るのである。
それも、乳歯が抜けるという、希望に溢れた事柄ではなく、
義歯が抜けるという、夢も希望もない事柄とともに。

すぐに抜けるわけではなくて、ぐらぐらするところから始まるから、恐怖は一入。
あれ、まずい、と思うけれども、怖くて歯医者に行けない。
行けばいいのに、怖くて行けない。
あるいは行っても、施術したのは私じゃない、と断られる。
じわじわじわじわ、日常生活への拒絶が高まるわけである。

そういうわけで、ものすごく夢見が悪い。
一体何の前兆なのか。
本当に抜けるのか、それならいっそ新生活が始まる前にお願いしたい。

初夢までもがこれだったら、2008年はよくない年になる気がする。

キングス&クイーン』 アルノー・デプレシャン

怖い、つらい、疲れた。
核心をついているからつらいというのでもないような、あるような、ないような。

人間関係のほとんどは、確かにすれ違いなのだろうけれど、
それを真摯にぶつけず、悪意をもってしかぶつけられないところ、
あるいはひた隠しにして自分を正当化するしかないところが、
観ていて胸が悪くなるほどつらかった。

音楽のつなぎ方が好みでない。
しかしカットの切り方は結構すきかな。

何だろう、エマニュエル・ドヴォスをきれいと思えないからだめだったのかな。
男の人の顔が見分けられないからだめだったのかな。
うーん、今年最後の映画がこれってのも後味悪いな。
もう1本何か観ようかな。

2007年中は、みなさまたいへんお世話になりました。
プラスもマイナスもあったけれども、合わせればプラスに終わったと思えるのは、
ひとえにみなさまのおかげであります。
ありがとうございました。

どうぞ2008年もよろしくお願いいたします。
たくさん遊んでくださいな。

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2007年12月24日 (月)

餌付け

意外に思われる方もいるやもしれないが、
洋菓子を焼くのが結構すきである。

中高の頃はよく作ったものだけれど、
大学に入って、毎日毎日帰りが遅くて、滅多に焼かなくなった。
夜中にバターの香りは流石につらい。
まぁ、常にマーガリンで代用していますけれども。

しかし気付けば、来年からはオーブンのない生活が始まる。

そう思ったら、何となくさみしくて、
今日は久々にクリスマス用にとケーキを焼いた。
ガトーショコラといちごのタルト。

しかしふたつも焼いたところで、誰が食べるんだろう。

ルシアとSEX ヘア無修正版』 フリオ・メデム

そう、ひとりじゃ鍋を注文できないのがね、すごくかなしい。

原題そのままだけれども、しかしタイトルにセンスがない。
そもそもセックスを「SEX」と表記する感性には気後れする。

と思ったら、面白かった。
こんなに一所懸命にセックスシーンを入れなくてもよかったと思うが、
しかしバス・ヴェガもエレナ・アヤナもきれいな体をしていたので、
まぁあったらあったでよかった。
特に主人公たちのセックスは、健康的で楽しそうなセックスであった。

話が交錯していて、最初のうちは入り込みにくかったけれど、
進むにつれてほどけてきて、つながってきて、
それこそ「いつでも戻れる、方向転換もきく」という言葉通りで、
よい構成だったな。
うまくサスペンスの雰囲気も出ていて。
その割にちゃんとハッピーエンドで。

思わせぶりなカットが多いのと、
月がきれいすぎて嘘っぽいのとはやや気になったけれど、
やっぱり島の景色はからっとしていて気持ちがよかった。
しかしあの落とし穴から乱歩を連想する自分がちょっと悲しい。

全身泥パックは、ちょっとやってみたい。
しかし起き上がる姿は完全に特撮ものの怪物。
いや、実写よりアニメでありそうな、怪物。

ルナ役の女の子が、かわいかった。

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2007年12月23日 (日)

読み返せない

卒論が、できた。

まだまだ推敲しなければならないし、
どこに書けばいいのかわからないけれど書きたいことも残っているし、
まとまってもいなければ何が言いたいのかもわからないことになっているけれど、
ひとまず、書けた。

ほっとした。

書き終えて、ほっとして、少ししてから、この感動を誰かに伝えたく、
放っておいた携帯を開いたら、メールが届いていた。

誰かと思えば、
先日遊んだ際に、「冬休み中も遊んでくださいね」と言ってくれた後輩からで、
どうやらその言葉は社交辞令ではなかったようで、
「冬休み中遊びましょう」とのメールであった。

そして脱力しつつも浮かれていた私は、
何も考えずに、年末は月・木・金の夜なら暇だから遊ぼう、と返したのだが、
それに対する彼の返信は「クリスマスはちょっと…」というものであった。

あぁクリスマス。

すっかり失念していた。
25日の鍋のことしか考えていなかったが、
そうか、月曜は24日で、クリスマスイブで、しかも祝日なのか。
私の手帳上でも我が家のカレンダ上でも、祝日が違うから気付かなかった。

別に見栄を張る相手でもないが、
しかし自らクリスマスイブは暇であると曝したことが、何となく恥ずかしかった。
というか、クリスマスイブに誘いをかけたようで、何となく恥ずかしかった。

その後、感動を伝えるべく珍しく人に電話をかけたのに、留守電だった。

銀幕のメモワール』 ピエール・グランブラ

そうか、ガーシュインもユダヤ人だったっけか。

ひとつひとつのエピソードは面白いと思うし、すきなのだが、
どうも詰め込みすぎた感が。
特に父親のエピソードはそれだけ取ったら十分に感動的なものだが、
挿入の仕方がどうもうまくなくて、全体として活きていない。

現在と過去を行き来するのも何となく忙しない。

ジャンヌ・モローは真っ当に年をとっている感じがよいなぁと思う。
きれいじゃない顔をするからよいなぁと思う。

対するブノワ・マジメルはやっぱりきれいな顔をしている。
金髪碧眼の、正統派王子様。
こういう人に、ちょっと淋しい顔をされてしまうと、もうだめですね。
しかし割れた顎だけは気になってしまう。

彼と好対照をなすのがサガモア・ステヴナンで、
やや濃くて甘い感じで、いかにも俳優役が似合っている。
ダンスのシーンとか、急なくせに熱烈な愛情表現とか、
そして最後、自らトラックに乗り込むところとか、このくらいの濃さでちょうどいい。

しかしマリオン・コティヤールは病気の割に強かったな。
いや、病気っぽい顔でよかったけれども。
というか観ているうちにどんどん美人に見えてくる。
話が話なだけにアンネ・フランクを思い出す。

ユダヤ人の老人が、ユダヤ人でありながらそれを否定する男に、
「大丈夫、きみはユダヤ人なんかじゃない」と言うところが、印象的であった。

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2007年12月15日 (土)

いつまでもお若くて

インフルエンザではなく、ノロではないかという結論に達した。
まぁ何でもよいです、かなり回復しました。
どうもご心配をおかけしました。

しかし明日は飲食バイトだが、こんなんで仕事してよいのかな、飲食店。

今日はお誕生会をしてきた。
頼れる同期と、アイスをほおばる後輩と、マトリョーシカに喜ぶ後輩の。

後輩を見ていると、
私たちが以前のキャンパスに置いてきてしまった、
何かきらきらした若さを感じて眩しい。

結局、ノロだか何だかのせいで、
つるのやで食したのは、しらすおろしと、鍋の白菜少々のみであったが、
しかし非常に満腹の現在である。
あ、アイスも一口もらいました。

でも多分、痩せない。

まぁ何にせよ、みんな楽しそうだったのでよかったよかった。
やはりお誕生日というのはよいものである。

さて、次は25日かな。
トマト鍋しよう。

みなさんおめでとう。

『愛のはじまり』 レティシア・マッソン

わけわからん。
が、決して嫌いというわけではない。

とにかくイザベル・アジャーニの嘘みたいな若さに驚嘆。
フランス女優恐るべし。

恋愛経験ゼロの美女が、素敵かつ不幸な中年男性に拾われて、
お互い愛情に目覚める、というわけだが、
しかしわがままでいいなぁ、この女。

そしてサミ・フレイも素敵。
出会ってすぐ、煙草がどうこうというところで、
個人的な趣味はそれを楽しむ女性とたしなみたい、と言うところで、
既にめろめろである。

終盤、嫌いだったはずの買い物をすきになったと言ってみたり、
バター多めで頼んでみたり、何ともはやいじらしい。

喪服みたいな黒ずくめ、幽霊みたいなサミ・フレイだったが、
最後には青と白の異国の服を着て、
男の嫌いな、女のだいすきなダンスに興じる。
女の故郷ではあるけれど、それでも何かからの転換、脱出という点で、
異国への転換は安易だが効果的である。

しかしどうしてもいただけないのは、銃のサイレンサー。
そりゃまぁ、現実的に考えて、サイレンサーつけるのは当たり前ですけれど、
しかしもう目で観たその時点で、興醒め。
ぴゅっていう情けない音で人が死ぬのは、どうもよくない。

それにしても名曲尽くしの映画だったな。
合っているかどうかは別にしても。

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2007年11月22日 (木)

嫌ではないが

古文書を読むバイトをしている。

ろくに読めないし、おかげで院生や先生の手を煩わせるし、
胃が痛くなるような仕事だと思っていたのだが、
今日になって、後輩と仕事をしてみて、いっそう胃が痛くなった。

そもそも私が読めないので、何か聞かれても、自信を持って答えられない。
そして結局、院生や先生におずおずとお伺いを立てる。
後輩と院生、先生の間に、私を介する意味がほとんどないのである。

この2年間で何度も目にしてきた、しかし特殊な崩しなど、
「え、そういう風に読むんですか」と驚かれた瞬間、
え、あ、や、もしや違うかな、と思い、
しかしこんな初歩的な崩しを院生に聞くのも申し訳ないし、
いや、うん、流石に合ってるはず、とものすごくうろたえるのである。

あぁどうか、間違ったことを教えませんように。

別にこの仕事が嫌いなわけではなく、むしろそれ以外は楽しくて、
ただそういう苦痛ともいえる一面もある、というだけのこと。

『ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた』 ハナ・マフマルバフ

自由になりたければ、死ね。

時間があまりとれなくて、迷ったけれど、観に行ってよかった。

こどもの視点、という時点で、もう私の好みであるらしい。
こういう嗜好は、いい加減自認している。

砂と岩の世界から、これ以上何を奪いたいのか。
干渉と無関心、その両方が人を苦しめるということに、そもそも無関心である。

ノートの一冊も買えず、卵を売り歩く少女を始め、
戦争ごっこが全ての少年たち、
それも地雷原の中を、ベトコン仕込の罠で遊ぶ少年たち、
その猛攻に、仮想とは言え、ただ死をもってしか自由を奪い返せない少年少女。

主人公の女の子が本当に愛らしくて、
映し出される彼の地が興味深くて、
かつストーリーもうまかったので、満足でした。

世界的なレベルでの教育の底上げ、というのは、やはり捨てられない願いです。

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2007年11月 3日 (土)

夜の海

高校の友人たちと、久々に会う。

何でもかんでも便利な最近は、
友人との交流さえもがライン上ばかりとなっていて、
何となく互いの近況はつかめているのに、しかし顔を合わせていない。

考えてみれば、気持ちのよいことではない。
少なくとも私にとっては。
あくまで補助的なものであってほしい。

さて、だからというのでもないが、久々にmaoと顔を合わせて、飲みに行って、
ぬきくんと合流し、3人で飲んで歌って、
実験明けのS田の車で突発的に海に行って、
波の音を電話越しに恋人に伝えるぬきくんを笑って、
彼の家に押しかけて、眠くなって、S田に送ってもらって、
私の部屋で有閑倶楽部を読むmaoと、
眠るつもりがこうしてPCを叩いている私。

思いつきで夜の海に繰り出すとか、
思いつきで用もないのに友人宅に押しかけるとか、
思いつきで友人を汚い家に引きずり込むとか、
そういう行き当たりばったりなことを、まだしばらくは楽しんでいたい。

『1735km』 グエン・ギエム・タン・トゥアン

主演男優が、ちょっと丸くなった玉木宏に見えてくる。

こういう、細身のシャツに細身の、少し長めのスカートという格好、
欲を言えばもう少しタイトなスカートがよいけれど、
そういう格好の似合う女性って、すごく魅力的。
しかし私がやろうと思っても、足というか身長が足らないから、格好よろしくない。

ベトナムに旅行した際、ガイドブックには一通り目を通したから、
何となく都市の位置くらいは頭に入っていたけれど、
そうでもなければ都市名だけ言われてもぴんとこなかっただろう。
他国での上映を考えるなら、そういった点に工夫があってもよかったと思った。

中上流階級を扱っているためか、民族色は薄かったけれど、
アオザイや旧市街の町並みなど、そういったものにこだわる部分もあって、
バランスがとれていた気がする。
完全に民族色を払拭してしまうと、確かに普遍的かもしれないけれど、
何となく淋しく思ってしまうのは、贅沢だろうか。

それにしても、男が女の叔父からバイクをもらうところは、
てっきり追いかけるのかと思ったけれど、違うのだから拍子抜け。
ラストは中々面白かったが、しかし運命や未来、あるいは自分というものは、
自分自身の手で変えられる、と説いていた話だけに、
語り手となる少女があたかも神であるかのように、
自在に「未来」を作ってしまうという構図には、やや疑問が残る。

主演女優がティーチングに来ていたけれど、
普段のしゃべり方はとても穏やかで、声も細くて、
美人さんの、おっとりとしたしゃべりだと、ベトナム語ってとても愛らしいと思った。

『予感』 モスタファ・R・キャミリ

暗い、つらい。
こういう話は疲れるので、あまり好みではない。

イラン映画というと、マジッド・マジディなどの、
少年少女を中心とした、あたたかな家族を描いたもののイメージがあったが、
本作は全く趣が異なる。
上記のベトナム映画同様、中上流階級を扱っており、
主人公は夫は広告会社社長、妻は精神科医、と、「近代的」な夫婦である。

しかしそうした「近代的」な夫婦であったがために印象的だったのは、
夫が愛人の気を引くために、
精神を病んだ愛人の兄に、精神科医である妻を、妻と隠して紹介し、
それを責め立てた妻に対して浴びせた夫の一言。

「妻が夫の役に立つのは当然だろう」

別に私はフェミニズム論者ではないが、しかし結局、
いつまでも男の方は陋習にしがみついているわけで、
その点がよい意味でも悪い意味でも印象的であった。

女優2人が美しかったこと、特に妻役の女優は、
顔だけでなく手といい佇まいといい、非常に美しかったが、その点と、
砂漠という映像の美しさ、あの作り物のような道と、
それから音の効果は、よかった。

どこの国でも同じ社会問題を抱えていて、
特に後進扱いされている国は、
先進諸国と肩を並べようと、そうした問題を持っていることを明示するけれど、
やはりちょっとさみしく思えてしまうなぁ。
いや、面白いのだけれどね。

こちらは監督の話も非常に面白かった。
特に、主人公夫婦の裏話には、笑った。

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2007年10月27日 (土)

いつもこうなんです

荷造りしなきゃ、と思いつつ、まぁ朝までにはどうにかなる、と思っている現在。
旅行はすきだが、直前は必ず面倒になる。
しかし空港に着けば、きっと浮かれるのだろう。

久々に横浜美術館に行ったら、マグリットの展示があったので、
というか、シュルレアリスムと何たら、というテーマの展示があったので、
時間はほとんどなかったけれど、入ってしまった。

マグリットといえば、私は「血の声」という作品がすきなのである。
しかし今回は来ていなかった。
ベルギー王立美術館展を逃したのは、我ながら間抜けであった。

まぁそれはともかく、マグリットなら、球体か空がすきだ。

『郊外へ』 トマーシュ・ヴォレル

横浜美術館の真の目的は、チェコ映画祭。

最近は、なぜか近代・前近代、ないし都会・田舎、
そうした対比を扱うものとよく出会っているが、本作もそれ。

田舎が舞台なだけあって、景色は最高。
音楽も愛らしくて、楽しい。

村の老婆や男たちの暮らしぶり、言葉は、
所詮頭でっかちなだけの無責任な学生身分としては、
それなりの重さを持って響いたのだった。

まぁあれだ、『深呼吸の必要』に近い。
とにかく満足。

さて、荷造り荷造り。

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2007年10月23日 (火)

早口だな

NHKのイタリア語講座、土屋アンナが出ているやつ。
それを今、片手間に観ている。
毎度観ているわけではなく、たまたまに過ぎないが。

もはや単語しか聞き取れなくなっている。
いや、単語だってあやしい。

でもこのリズムが楽しい。

ビューティフル・デイズ デラックス版』 ルディ・スジャルウォ

帰宅が早かったので、BSで映画でも観ようかと思ったら、失敗した。
ここまで不快だと、いっそ笑える。
まぁアイドル映画なんてこんなものだろうか。

それでも、用務員のおじいちゃんと、古本屋のおじちゃんと、
それから男の子がひとりで本を読むあの場所の緑色、
それだけはよかった。
あの緑は、『青いパパイヤの香り』を思い出させた。

あとは、インドネシア語が思った以上に面白かったこと。
冒頭の言葉によれば、インドネシア語は非常に豊かなようで、
この作品も詩がひとつのモチーフとなっていた。

私は日本語も、非常に美しく豊かな言語のひとつだと思っているけれど、
残念ながら、一般的に詩を詠むような文化はもうない。
いや、彼の国でそれが一般的なのかどうかは知らないが、
しかし映画になるくらいなのだからそれなりなのだろう。
そう考えると、すてきな国だな、と思った。

それにしても女の子の友情の恐ろしさというのはすごい。
友情と恋愛を切り離せず、かつ整理できない。
群れたがり、かつ外したがる。
被害者になりたがり、かつ必要とされたがる。

そういうステレオタイプな「女の子の友情」を結んでいる気はないが、
客観的に見たらもしかしてそうなっているのではないか、とたまに恐ろしくなる。

何が恐ろしいのか。
当人たちが心地よいのならそれでよいはずなのに。
結局、「女の子」に対して強烈なコンプレクスを抱いているということ。

学園ドラマというのは、ストーリが万国共通なんだな。

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2007年9月 3日 (月)

移ろい

常々、もしも死んだらそのときは、
周囲の人間がすぐさま私のことを忘れてくれたらいいと思う、
と言っているが、これはまったく、本心である。

人の記憶に残ること、それも一方的に残ることというのは、
時として嬉しくもあり、こそばゆくもあり、そしてやはり、ちょっと恐ろしい。

6月に実習でお世話になった母校の文化祭に遊びに行って、
そんなことを思った。
もちろん、愛らしい高校生たちが、
1ヶ月といなかった年増のことを覚えてくれたことは、単純にありがたかったが。

それにしても、高校の文化祭って、本当に爽やかだ。
当時はものすごく楽しかったし、真剣だったし、
今も微笑ましく思えるけれど、
でもやっぱり、今の私には、大学の学祭が、楽しいものなのである。

これを、成長というのだろうか。

『恋とスフレと娘とわたし』 マイケル・レーマン

3人寄れば充分姦しいというのに、4人もいるのだ、それは姦しい。

母も娘も、その関係も、どうあっても共感はできないが、
しかしまぁ姉妹のいない私には、多少羨ましくもなくもない。

ダイアン・キートンのお洋服と、テンポと、
歌って踊るところは、いいなぁと、そういう話。

これくらい自分勝手じゃないと、アメリカでは生きていかれないのだろうか。

verdeさん、ありがとうございました。

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2007年8月11日 (土)

嘘みたい

たかだか4日間家を空けただけで、
どっさり買い込んでおいたはずのコーヒーが消えていた。

そんなことで、久々に母を責め、
新しいのを買って来いと言いつけるが、
ややあって、やはり買って来られても困る、と思い、撤回した。

母に買わせれば、エスプレッソ用に挽いてこないのも、
苦味がなく、酸味の強い、私の好まないものを買ってくるのも、
目に見えているからである。

まったくもって、憤懣やる方ない。
どころか、呆れて終わるのである。

そもそも、どうやってあの量を消費したのだろう。
床にでもばら撒いたのだろうか。

男はソレを我慢できない デラックス版』 信藤 三雄

音楽で、ご機嫌になる。
キャストが豪華で、笑えて、もうそれで満足。

やはり肩上で髪の毛を切りそろえて、和服を着て、日傘をさすのって、
最高に愛らしい。

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2007年7月28日 (土)

自由の最後の敵

最近の傾向、記憶を置いてくる。

酔っ払っても、覚えていない、ということはほぼなかった私だが、
最近は無責任にも、記憶が途切れることが増えた気がする。
それも、朝になって忘れている、とかではなく、
飲んでるそばから、つい数時間前、数分前が曖昧になる。
いかにも酔っ払いらしい。

それでも、K一に比べたら、私の記憶の曖昧さなど、
まだまだ愛らしいものなのだと信じており、
そう信じている限り、この傾向は強まっていってしまう気がする。
いやはや、本当に気をつけねば。

やはり老化のなせる業なのだろうか。

そういうわけで昨晩はよく飲んで、よく食べて、楽しんだのだった。
ゼミもサークルも、よいところです。
でもT代先生にしてもH先生にしてもM島先生にしても、飲ませすぎです。

学生最後の夏休み、という嫌味を欠かさない後輩たちが、眩しい。

『スリーパー』 ウディ・アレン

笑った。
やはり音楽が素晴らしい。

asariや後輩たちの撮った作品を借りて観ていたら、
何か撮りたくなったのだけれど、面白いことが思いつかない。
でも、卒業制作、撮りましょうね。

余裕のなさから攻撃的になっている人を目の当たりにすると、
単純な恐怖や無関心を別にするならば、
癪に障るか、愛おしく感じるかのどちらかである。
最近の私は、後者の感情を抱ける相手が多く、それは幸せなことだけれど、
しかし心苦しくもある。

先日、川上弘美の「見くだしあって、はじめて愛情を抱ける」との言に、
疑問を感じたが、こうして考えてみれば、頷ける話であった。
でも、「見くだし」ている自分が、少しばかり心苦しい。

さて、いつも余裕のない攻撃的な私が、どうとられているのか。

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2007年7月21日 (土)

選択の余地はない

バイト先の喫茶店のメニューシートには、
オレンジジュースやコーラであっても、
親切にも、隣に小さく「アイス」と書かれている。
もちろん、冷たい状態で提供します、という意味だ。

だからたまに「アイスのオレンジジュース」などと注文するお客様もいる。
まぁ、そう書いてあるんだから、仕方ない。

しかし、今日のお客様にはH子さんが笑って、
あまつさえ、Mちゃんと私を残してバックルームに逃げてしまった。

「アイスのコーラってことはホットもあるってことだよね。
あ、そうじゃなくて、アイスが上にのってるってことか」

ホットは書いてありませんから、ございません。
アイスが上にのっているのは、フロートです。

そういえば宮本輝の短編に、ホットコーラってあったな。
案外、いける、ということで終わった気がするが、
もちろん、試す気は全くない。

パトリス・ルコントのドゴラ』 パトリス・ルコント

単純に、心地よく観られて気に入った。
川沿いを歩くところと、洗車のところがとてもすき。

しかしどうにも気になるところもあって、
そもそも芸術って何かな、とか考え始めてしまった。

抽象化されたアジア紹介は不要だったし、
そんなものを観ても、カンボジアに行きたいとは思わなかった、という話。
そう、観光者誘致が目的ではないのだし、それすらできていない。

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2007年7月16日 (月)

雨が降ろうと

久々に浴衣を着た。

数ヶ月前に母が買ってくれた、私の持つ中ではいっとうよい帯、
値段の上でも、質の上でも、好みの上でも、いっとうよい帯を、
悪天候だというのに、はじめて締めてみたら、これがまたものすごくよかった。
すべらない、ずれない、崩れない、そもそも締めやすい。

しかし、いつもの調子で締めたものだから、
時間が経っても、心なしかきつかったような気がしないでもなく、
帯を回したときにずれた背中の中心線は、
いっこうにずれたままであった。

物事には良し悪しがある。

浴衣と言えば、忘れられないのはryoくんの名言、
「何ですかそのV字は」だけれど、
浴衣を着たasariや私のそれより、
よほどcoldtopicのV字の方が気になった我々であった。

薬指の標本 SPECIAL EDITION』 ディアーヌ・ベルトラン 

原作を読まなかった方が楽しめただろうな、と思った。
肉欲が、邪魔くさい。
それから主人公の嫉妬が、あまりに現実的なありきたりなものになってしまった。

それでもやはり、雰囲気は割とすき。
汗ばむような暑さと湿気が、すき。
オルガ・キュリレンコは最高に愛らしいし、体が本当にきれいだった。
それだけに、体を強調してしまったセックスシーンがつまらないのだが。

そういえば和文タイプをどうするのかな、と思ったら、麻雀牌とは。
しかし随分と物憂げに拾い集めるものだな。

まぁ、何であれ、原作と二次作品は別物を考えるべきなのだ。
自由の最後の敵は、記憶と記録、って、言ったの、寺山修二だっけ。

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2007年7月 9日 (月)

まだまだある

我が家の食材調達は、父にかかっている。

日曜の午前、母に頼まれたリストを揃えてくるのが、父の仕事である。
調理をするのは主に母と私なのだから、当然といえば当然の分担だと、
少なくとも私は思っている。

バイトを終え、友人に本を返し、貸し、押し付け、押し付けられ、帰宅すると、
母が開口一番、言った。
「ねぇ、大葉、嫌いじゃないよね」

大葉。
紫蘇。

嫌いではない。
とりたててすきというほどでもないが、どちらかと言われればすきだが、
今更突然何を言うのだろう、と思って返答に窮していると、
母は不機嫌そうな顔で、続けた。

「お父さんが、モロヘイヤと間違えて買ってきた、それも三把も」

スーパーなどで見かける大葉といえば、
大きさの揃った葉の部分だけが束ねられた状態のものだが、
田舎住まいの我が家のよく利用する農協では、
もっと立派に、それこそモロヘイヤやホウレンソウのように、
束になって売っている。
まぁ、普通は間違えないと思うが。

大笑いする私に、母は非常に困惑した顔で、
「嫌いじゃなければどうにか使ってちょうだい、腐る前に」
と懇願し、更に、
「あなた、笑ってるけれど、半端な量じゃないわよ」と言った。

実際、冷蔵庫を開けてみると、笑えるような量ではなかった。
確かにモロヘイヤ三把分の量がある、しかもいちいち大きい。
においも強い。
流石に、笑いがひく。

一体この量を、何に使えというのか。
大葉と言えば、要は香草であって、薬味であって、
まさかおひたしにするわけにもいかないし、
それだけむしゃむしゃ食べるわけにもいかない。

母は何に使ったのかと聞けば、とりあえず納豆の薬味として、
納豆と同じかそれ以上の量を使った、と大袈裟な言が返ってくるが、
しかし強ちそれを大袈裟と言えないくらい、更に大袈裟な量が残っている。
冷蔵庫にあるもので調理をするのは苦手ではないが、
これだけあると、これだけ使えと言われると、首をひねらざるを得ない。

仕方がないので、ふんだんに大葉を使って夕食を作る。
白身魚とオクラのあんを包んで、蒸して、一品。
細かく刻んで、豆腐と混ぜて、にんじんとねぎを白和えにして、一品。
細かく刻んで、練り梅と混ぜて、きゅうりを和えて、一品。
…こんなに真面目に食事を作ったのは、久々である。

しかしこれだけ食べると、薬草くさい気がしてならない。

既に飽きたが、まだまだたくさん残っているのだった。

イカとクジラ』 ノア・バームバック

大人になれない男と女と、兄弟。

特に男の幼さ、諦めの悪さは、もはや笑いがこみあげてくるのであって、
ここに女が涙が出るほど大笑いするのは、
彼女自身も大人、ないし「親」になりきれていないものの、
しかしその割り切り方に差があることで、納得するし、当然と思う。

読書と映画に関心のあることを、幸せと思ってよいと思うが、
それらが象徴する「知性」、
というかこの男の思う「知性」の備わらない人を、俗物と評するのが恥ずかしい。
これを中二病というのだろうか。
いや、王道を行く作品ばかりをすすめるあたり、そうでもないのか。

しかし女も女である。
責められれば辛かったのだと甘え、
恋人との時間のために、逃げてきた息子を追い払う。
「親」になりきれない。

兄弟は失望もするし、憤りも感じるし、嘲笑も起こるし、非行にも走るけれど、
それがまた彼らの幼さとういうことなのだと思う。
たとえば今の私などから見れば、
大人になりきれないこの男と女は、さほど蔑むにいあたらないが、
兄弟の若さの中では、あってはならないことなのである。
それまでは、「親」に育てられてきたのだと錯覚している。

兄が最後に、幼い頃の、幼い母を思い出すのは、
「親」が必ずしも「親」でないことに思い当たるということであり、
イカとクジラは、ただの男と女である両親のいさかいそのものなのだ、
と、私は勝手ながらそう理解したのだった。

それだけに、急には成長できない、実際に幼い弟は、気の毒である。

ご両親の別居が決まったその日に、泣きそうな顔で笑いながら、
自分は絶対に幸せな家庭を築きたいのだと語っていた、
同い年の、つまりそれなりの年齢の男を思い出し、
幼くしてそれを味わう兄弟を思った。

これだけの責任を負うことが、大人になりたくない私にできるとは思えない。

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2007年6月29日 (金)

どちらなのか

喫煙者である。

少し前まではそのことを恥じていたし、
自分にも周囲にもよろしくないとちゃんと思っていたけれど、
今では、開き直ってしまった私がいる。
もちろん、周囲には悪いと思ってはいるけれど。

まぁ、一時期よりも量は減ったし、
完全に断つまでは行かなくとも、我慢はきくようになったし、
私自身に関しては、喫煙はさほど悪いことではないような気がする。

それはともかく。

喫煙者であることをカミングアウトすると、
大抵、意外だ、との反応が返ってくる。
絶対吸わなさそう、とまで言う人もいる。
まぁそこまではいい。

が、実際に煙草に火をつけ、煙をのむ姿を見ると、
前言が嘘であったかのように、似合う、それっぽい、いかにも、
といった言葉を浴びせられる。
絶対吸わなさそう、とまで言った人でさえ、である。

一体、何が言いたいのだろう。

野性の少年』 フランソワ・トリュフォー

たまたま行ったら、たまたまやってて、たまたま観られた。

音楽でごまかさないところがよいなと思って観ていたら、
終盤は何だかごまかされていたような気もするが、
観ていて気分がよかったので、まぁいいや。

ただ思うのは、冒頭に入る実話であることを述べる言は、
恐らくいらなかっただろうということ。
それは私が本作を、社会的な何かを訴える作品としては観たくないし、
観るべきでもないと思っているからなのだけれど。

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2007年6月 2日 (土)

対価

先日、初めてアロマオイルを焚いたら、
思ったより大したことがなくて、少しばかり落胆した。

しかし、それは安物だったからこその落胆であった。

件の落胆の後に、人から新しくアロマオイルをいただいた。
それがやはり先日騒いでいたイランイランのオイルだったことには笑ったが、
しかしこれは、小瓶に巻きつけられたラベルからして、安っぽくない。

人からいただいたものというのは、
生もの以外の消耗品だと、何となくもったいない気がして、
すぐには手を出せない私である。
このオイルも、いただいてから数日経つものの、
香りが飛んでしまうのを恐れて、未開封のままだった。

というか、本音を言ってしまえば、いただいたのは嬉しいものの、
アロマオイルを焚くこと自体への興味が薄れていた。

そんな小瓶だが、今日になって思い切って開封し、焚いてみたところ、
私はアロマオイルを見くびっていたことを、深く反省した。
安物しか知らずに見くびっていたことを、深く反省した。

1、2滴で、ちゃんと部屋中にいい香りが広がる。
広がった香りが、持続する。
水分が蒸発しても、爆ぜない。

いや、もしかしたら値段の問題ではないのかもしれないけれど、
とにかく私は、目が覚めたのである。
当分は、使っても使っても減った気のしないお香とともに、
自室内の楽しみとなってくれるだろう。

ありがたやありがたや。

『シャレード』 スタンリー・ドーネン

オードリー・ヘプバーンが愛らしいことについては、今更言うまでもない。

主人公の女性の、レジーナという名の通り、ものすごく気の強いところが素敵。
気が強いのに素直、というのが素晴らしいと思う。
ケイリー・グラントの割れた顎を指して言う、
「ここの髭も剃るの」という質問には、笑う。

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2007年5月29日 (火)

しばらくぶりに映画でも

人にはどうにもしようがないであろうことについて、
人にはどうにもしようがないであろうと知っていながら甘えると、
後味、いや後でなくとも味はよくないものである。

今日はお昼ご飯を外で食べたら、
たまたま高校の同級生がそこでバイトをしており、
こっそり割り引いてくれた。
しかしこういう甘えは、実に美味しいものである。

どちらにせよ、寛容してくれる相手というのは、本当にありがたい。
もっとも、前者の場合、寛容してくれていると信じ難くもあるが。

『パイレーツ・オブ・カリビアン ワールド・エンド』 ゴア・ヴァービンスキー

キーラ・ナイトレイとオーランド・ブルームが、
結婚しようと言いながら敵と戦っているところで、Mr.&Mrs.スミスを思った。

チョウ・ユンファ出演の意義がよくわからなかった。
いや、他にも色々よくわからなかった。
劇場販売グッズもよくわからなかった。

しかしちゃんと面白くて、3時間もあったのに、楽しめた。
期待していなかっただけに、嬉しい限りであった。

隠し事をしていたキーラ・ナイトレイに対し、
オーランド・ブルームが言い放った、
「全てを話しもしない女など信用できるか」というような言葉が、印象的だ。
何か、違う。

さて、明日こそ教案と教材を作ろうか。

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2007年5月16日 (水)

知らなかったんです

昨日に引き続き、香りの話。

ボディソープはイランイランの香り、と書いて、
そういえばイランイランてどんなのだろう、と思った。
植物には違いないのだろうが、どんな植物なのか。
あの落ち着く香りに、どんな効果があるのか。

で、早速ググってみたところ、驚愕の事実が発覚した。
以下、いくつかのサイトからの引用。

イランイランは官能的で濃厚な、女性的な香りを放ちます。
特に自信の欠如や不感症に用いられ、
怖れを克服して、緊張と内面の硬直をほぐします。
ストレスが高い状況で、焦燥感や短気や不安感に対処して、
喜びや高揚感をもたらします。
この精油は心臓の領域で滞りとつまりをほぐし、不眠症を和らげます。
また、ホルモンのバランスをとり、月経前の諸症状に効果を発揮します。

イランイランの香りには、古くから催淫作用があるとされてきました。
インドネシアでは、結婚式を挙げたばかりの夫婦のベッドに、
イランイランの花を撒いておくという習慣が現在でも続いています。

…不感症にって…催淫作用って…。
私はこんな香りで体を洗っていたのか…。

そういえば以前、男性の後輩に「女性も性欲あるんですか」と聞かれ、
「そりゃまぁあるでしょう」みたいなことを当然のように答えたが、
別の、女性の後輩は「え、ありませんよ」と言っていた。
こんな香りを常用しているから、回答に差が出たのだろうか。

まぁでも、落ち着くよい香りなので、今後も気にせず使おうと思う。

『百万長者と結婚する方法』  ジーン・ネグレスコ

マリリン・モンローがたまらなく愛らしい。
お洋服もいちいち愛らしく、部屋着すらドレスだ。

すごく話したい人がいるのに、何となくつかまえ難くて、
話すに話せなくて、色々うやむやになりそうで、嫌だ。

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2007年5月 5日 (土)

ワクワクドキドキ

先日、サークルのOB・OG会が突発的に開かれ、
バイトで参加できず、悔しくてたまらなかった私はわがままを言い、
verdeさんとcoldtopicくんとのデートを無理矢理とりつけた。

…ふたりともやさしい。
「coldtopicと暇人ふたりで飲んでればいいじゃないですか」
と投げやりに言い放ったryoくんとは、違う。

待ち合わせ場所に現れたふたりは、
まるで示し合わせたかのように派手な色のボトムスだった。
つまり、カップルプラス1みたいな感じになっていたと思う。

そんな3人で、東京タワーを観た。
ワイン片手に極楽気分で、観た。
久々に劇場に行ったが、いいな、やはり。

映画が終わって、食事をしに行くが、珍しく飲み屋ではなく、
verdeさんの案内で、ちゃんとした料理のお店で食事をした。
そういえばサークルの人と、飲み屋以外で食事をすることって、
ほとんどないような、と思って、何とも言えない気分になったが、まぁいい。

おいしいイタリアンを食べ、飲み、話し、何か違和感を覚える。
何だろう、と思ったら、verdeさんと別れてからわかった。
coldtopicくんが敬語だったのである。

そりゃそうだ。
先輩であるverdeさんの前では、彼も私も敬語である。
しかしそんな敬語のcoldtopicくんに新鮮味を覚えてしまうなんて、
あぁもう4月も終わったのか、と思った。

それにしても最近、私は敬語を使わなくなってきた。
後輩にまで敬語で接していた以前もどうかと思うが、
学生生活も残り少なになってきたという今になって、
あまりよろしくない傾向のような気がしないでもない。

私が頑なに敬語を守るから、それを崩すのが快感だ、
と以前verdeさんはおっしゃっていたが、
こんな簡単に崩れていたら、快感も何もないですよね。

verdeさんと別れたあと、coldtopic宅でまた何本か映画を観たはずだが、
1本として最後まで観なかった、眠気のかたまりの私であった。

なぜか全身いたるところ、虫にくわれている。

『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 松岡 錠司

樹木希林と内田也哉子がよかった。
小林薫も素敵だった。

中高時代を演じた子役の声が高いのが、嫌だった。

やはり映像化してしまうと、色々記憶と重なり、観ていてつらい。
が、しかし泣けるというのではなかったな。

またデートしてください。

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2007年5月 1日 (火)

それもありかな

久々に、母と買い物に出かけた。

しかし母と行動をともにしたのは、行き帰りと食事くらいのものであった。
別に仲は悪くない。
ただお互いの買い物が、マイペース過ぎるだけだ。

私は時計かバッグを買おうかと思っていたのだが、
なぜか靴とワンピースを買って帰ってきた。
ワンピースって、いいですよね、愛らしい、そして楽。

そういえば最近、スカートが増えたな。

『モンスーン・ウェディング』 ミラ・ナイール

ものすごくサリーが欲しくなった。
ものすごく踊りたくなった。

私のチュナリに触って、恨まないって約束するから。
って、なんて愛らしいんだ。

ところどころ入る、街中のカットがすきだな。

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2007年4月25日 (水)

声が変

ゼミの4月生まれを祝う会だった。
だったが、なぜか参加できず、無念を味わう。

それでも、暇な4年4人でカラオケに繰り出す。

4人揃ったのなんて、いつぶりだろう。
そして4人でカラオケなんて、いつぶりだろう。
あぁまったく、昼間から、何ていい身分なんだろう。

まぁでも、ゼミ内で最も多忙なコトちゃんの今年の夢は、
飲み会の二次会、三次会にも出て、カラオケで夜を明かすことらしいので、
今後も楽しみである。

4月生れのおふたりさん、おめでとうございました。
5月生まれを祝う会には必ず出席します。

『ダック・シーズン』 フェルナンド・エインビッケ

あぁ、男の子っていいなぁ、と思える映画。

白黒しかなかった時代には、カラーはそれはそれは喜ばれたのだろうけれど、
色がうるさいまでに氾濫してしまうと、
白黒なりセピアなりが、それだけで、何だか知らないけれど、
意味を持ってしまう。
そのわざとらしさが鼻につくこともあるけれど、この作品に関してはいいと思った。

ただ、チョコの色の占いの件は、白黒だとどうかな、とは思う。

やはりryoくんのオランダ土産がチューリップであったことが悔やまれます。
学生のうちに吸いに行ってやろうと思いました。

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2007年4月14日 (土)

たまりません

ジャンクメールがひどい。

PCの方はもはや諦めているが、
携帯の方は、あまりに多いと流石に邪魔くさい。
数えてはいないが、1日30~40件は来ていると思う。
友人知人とのメールすらしない私にとって、この量は、煩わしい。

特に嫌なのは、明け方にくるジャンクメール。
大抵、朝4時過ぎくらいから始まって、立て続けに何件もくる。
目覚ましと間違えて、これで起こされる。

昨日はサークルの後輩の家に泊めていただいていたのだが、
朝8時くらいから2時間程度断続的に、
人妻斡旋だのセレブ斡旋だのがやってきて、
あたりに転がって寝ている後輩たちが、迷惑そうに身じろぎしていた。
これが毎日なのだ、私は。

しかしアドレスを変更するのは、それはそれで面倒で、
文句を言いつつ、困りつつ、結局諦めている私である。

『ファイト・クラブ』 デイヴィッド・フィンチャー

時間がないわけではないのだが、ないような気がして、
最近はあまり映画を観ていなかったのだが、
サークルの後輩が、急に観ようと言ってくれて、観て、
やっぱり時間なんて、いくらでもあるものだなと思った。

ノートンの表情がどんどん変わっていくのがたまりません。

最近、原因不明の青痣が全身に見られる私だが、
こんな危険なことにはなっていない、はず。

どうでもいいが、私は神奈川県民のくせに、
真鶴の場所を大きく間違えていたことに気付いた。
前にも行ったことがあるのだが、そのときも私は間違えていた。
いつも三浦と間違える。

学習能力がない。

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2007年3月21日 (水)

同じことの繰り返しなのかも

駐車場には大抵、目安となる線が引いてあるが、
それを大幅に無視する人もいる。
線に対して斜めになって、はみ出している人もいる。

駐車場に空きがあれば、勿論その隣は避けるのだけれど、
あまり空きがなくて、隣に入れざるを得ないときもある。
そうすると、あまりにずれて、線をはみ出している隣に合わせ、
私もややずれて止めざるを得なくなる。

罪悪感はあるが、私のせいでもないので、仕方がない。
しかし、私がずれた止め方をする原因となったその車が出て行って、
その空いたところに入れようとする車に出くわしたときが、とても嫌だ。

確かに私は、駐車場が苦手で、うまくとめられないけれど、
それにしたって、こんなに曲がっているのは、私が下手だからじゃなくて、
あなたの前にそこに止めていた人が曲がっていたのであって、
それに合わせるしかなかったからそうなったのであって、
だから、私のせいじゃないんです、と、そういう気分になる。

一所懸命、曲がった私の車に合わせている人を前に、
車に戻りたくなくて、何となく通り過ぎたりしてみる私がいる。

『エイプリルの七面鳥』 ピーター・ヘッジズ

恋人が優しい、素敵。
中国人の娘が、ヘルメットをかぶせられているところが愛らしい。

最後、写真風に切るのは、泣かせ技だと思う。

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2007年3月17日 (土)

食堂で

アルバイト先の店長は、あまり洒落っ気のある人ではない。

冬ならば、小学生が着ていそうなトレーナーを、
がばがばのジーンズの中に入れるような、
夏ならば、デザイン性のない大きなTシャツに、
中学生が穿いていそうなハーフパンツを合わせるような、
そしてバッグは常にリュック、そんな人である。

とは言え、私より10歳年上なのだから、
まぁ彼女のセンスを私が理解できなくても、
それは世代の差というものなのかも知れないし、仕方がない。

しかし、同じバイト先の、店長より年上の方々は、
とてもお洒落で、私なんかよりはるかに流行に沿った、
とても可愛らしい格好をしているから、
世代の差は理由にならないとも思うが、まぁそういうことにして。

それにしたって、飲食店なのだから、
やはり清潔感というものは大事にして欲しい。

私のバイト先は、制服があるので、
別にトレーナーだろうがTシャツだろうが何だっていいのだが、
しかし髪型だけは、まさか鬘が用意されているわけではない。
そう、問題は髪型にある。

私の髪の毛だって、くせがひどいし、痛みやすいし、
特別清潔感が溢れているわけではないが、
それにしたって、店長の髪型は気になる。

レゲエでも歌ってそうな、きついパーマをかけておきながら、
きつく三つ編みにしているのだ。

それがつまりどんな状態なのかと言うと、綱引きの綱。
ちょっとけばだってて、何か詰まってでもいそうな太さ。
そして固そうな、重そうな、丈夫そうな、そんな状態。
注連縄ほど清潔感はない。

先日読んだ、『アラビアの夜の種族』には、
やはり黒々とした、縮れた剛毛を編んだ魔術師が登場するが、
私は今日、店長の髪の毛を見ながらそれを思い出していた。

また、その魔術師の髪の中にはナイフが編み込まれ、隠されており、
それを読んであるがために、
もしも店長の三つ編みの中から、何か凶器が出てきたとしても、
私はきっと驚かないだろうと思った。

まぁ、お洒落な感じのお店で、お洒落な感じの店員が、
お洒落な感じの、しかし衛生的にはどうなのかと思う格好をしているよりは、
お洒落さや清潔感は感じないが、
それでも衛生的には問題ないであろう彼女の方が、
もしかしたらいいのかも知れないけれど。

『かもめ食堂』 荻上 直子

よい。

お洋服がとても素敵。
若くてきれいでスタイルのよい女優が着れば、大抵の服は愛らしいが、
もたいまさこ、小林聡美が着てこれだけ素敵なのは、
本当に素敵なのだ。

と言って、私は彼女たちを、劣った女優だと思っているわけでは断じてない。
小林聡美も、もたいまさこも、非常によい。
あえて私の主観で優劣をつけるとするならば、
この2人に比べて片桐はいりは、役のせいか、やや劣るが、
やはり3人ともよかった。

小林聡美が、フィンランドで店を出すにあたって、
下手に現地にへつらったり、海外から見た日本の色を強調したり、
そういうことをしないのが、持つべき強さであって、
私はふと、伊丹十三を思い出したのだった。

もし、ただ各人がよりどころを求めてこの食堂に居ついて、
何となくの、生ぬるい心地よさに、いつまでもだらだらと離れられない、
というだけの映画であれば、
まさに「やりたくないことをやらないだけ」の話に過ぎない。
私はそれをあまり賞賛しないだろうし、
だから片桐はいり扮するみどりさんが、いまいちだと思う。

しかし店主たる小林聡美が、人や状況の変化を認めているから、
最終的に人々が集まった状態で終わっていても、
各人が全く同じ方向を向いているという感じはない。
ひとりひとりに別々の道があって、ばらばらではあるけれど、
それでもこの食堂に集まってくる、という感じが好ましい。

だからやはり、「やりたいことをやっている」話なんだと思う。
ただし、人を害さずに、ひっそりと、穏やかに、仲良く。

そういえばアラスカも昼間がとても長かったけれど、
眠れなくなるし、朝は早く目が覚めるし、変な気分だったな。
まぁ呑気な旅行者は、心地よい昼寝が約束されて、よい気分でもあったが。

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2007年3月14日 (水)

老人

今日は珍しく、ちょっとおしゃれなカフェでまともなご飯を食べた。
まぐろアボカドごはん、美味しかった。

店内は女性客で込み合っていたが、
私が食べていると、隣のソファに男性が座った。

その男性というのが、50代後半か60代くらいの、
ロマンスグレーという言葉の似合う、
素敵な三つ揃えのスーツに山高帽の老紳士で、
あぁ、こういう人こそ、カフェの客にふさわしいのだろうな、
と、自分の身を恥じた。

すると、この老紳士がにこにことこちらに話しかけてきて、
何やら企画書のようなものを見せてくる。
そんなものを私なんぞが見てしまっていいのだろうか、
いや、私ごときだからこそ、見せてもいいのか、
などと逡巡しつつ、見せてくるものだから、見た。

よくわからないが、建築か何かの話だと理解するが、
ふと、文中に「ラーメン」という単語を見つける。

ラーメン。

建築の話と知りつつ、中華麺しか思いつかなかった私は、愚かである。
つい声に出して、「ラーメン」と疑問調子につぶやいてしまった私を横に、
素敵な老紳士は、微笑に輪をかけてにこやかになり、
何か嬉しそうに色々と喋っていたが、
残念ながら、愚かな私には、半分も内容がとれなかった。

そして老紳士は、まぐろアボカドごはんではなく、
お洒落なパニーニを食し、カプチーノを飲み、
最後にもう一度私に微笑みかけ、山高帽をかぶって帰っていった。

うーん、どうやったらあぁいう紳士ができあがるんだろう。
職業が気になる。

『青いパパイヤの香り』 トラン・アン・ユン

映像が素敵。
窓とか扉とか、家の作りとか、とてもうまく使っていて、素敵だ。
アップのときのピントの調節の仕方なんかもすきだ。

ちょうど『輝ける闇』を読んでいて、そちらとのギャップがすごい。

あぁ、やっぱりアオザイ欲しいなぁ。

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2007年3月11日 (日)

心変わり

私が旅に出る理由はだいたい100個くらいあって、
ひとつめは、ここじゃどうも息も詰まりそうになって、金沢を目指した。

そう、だから昨日は、普段持ち歩くべきで持ち歩かない化粧ポーチと、
普段持ち歩いていたら迂闊にバッグを開けない替えの下着を持って、
某社の面接に臨んだのだった。

しかし、昨日今日と、冬の寒さが戻ってきたのは関東ばかりではなく、
金沢は、雪。
母は風邪を引くからと言って止めたし、
私も用事が済んで、あまりの寒さにしばし迷う。

迷っていたら、stuts氏から電話が来て、飲もうと言われる。
…寒いし、今から行っても到着は夜だし、宿とってないし、スーツだし。
雪の兼六園を見るつもりが、夕暮れのモアイになってしまった。
治部煮を食べて菊姫を飲むつもりが、サラダと梅酒になってしまった。

結局朝まで飲んで、昼前に帰宅したけれど、
旅に出る理由の大半は消化できたと思うので、まぁいいかな。

『エトワール』 ニルス・タヴェルニエ

美しい。
ピアノもたくさん。
欲を言えば、もっと踊っているところを観たかった、切らずに。

日本公演のときに、女性ファンが楽屋待ちしてダンサーを囲むのを、
「日本だけの現象だよ」と言っていたのが印象的だ。

出産後にバレエに復帰することは、やはり難しいと思う。
その点、男性はいい。

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2007年3月 7日 (水)

地味に痛いよ

筆圧はあまり強い方ではない気がするが、
ペンを握る力は強いような気がする。

ペンだこができるのは別に構わない。
不格好ではあるが、特に痛みはない。
しかし、人差し指にひどく爪が当たるのはたまらない。
多分持ち方がよくないのだろうが、どう頑張っても、あたる。
そして食い込む、痛い。

あ、何か、ペンだこの方も痛くなってきたかもしれない。

もう書き物にはうんざりだ。

『ぼくを葬る』 フランソワ・オゾン

とてもきれいな映画。

私も死ぬ前に、すきな人たちに愛情を伝えたいものだけれど、
あるいは負担を取り去ってやりたいものだけれど、
こんなに強くはいられないだろうと思った。
どこか安心して、この人には告白できる、という相手もいない。
おばあちゃん、でなくともいいが、とにかくそういう人が欲しい、とよく思う。

しかし、最初の写真を撮るところ、倒れるところですが、
あのときの格好はどうかと思う。
というか、不良中学生みたいな腕まくりが気に喰わない。

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2007年2月20日 (火)

たまにはね

電車は寝るところだと思っているが、
それでも乗り過ごすことは、ほとんどない。
同じ電車に1時間乗っても、寝過ごすことは、ほとんどない。

ほとんどないのだが、久々に、寝過ごしてしまった。

降りる駅の2つ前で目が覚めた。
しかし、私の地元くらい田舎になると、ひとつひとつの駅の間が長い。
まだ時間はある、と思って、再び目を開けたときには、
降りるべき駅のひとつ先だった。
そちらの方向に行くことは、寝過ごす回数より少ないことだが、
それでもどこの駅だかわかるというのは、不思議な話だ。

まぁでも、1駅だし、そんなにかからないだろう、と思って、
大人しく向かい側のホームで待つが、いっこうに電車が来ない。
田舎だから、確かに本数は少ないが、それにしたって来ない。
事故らしいアナウンスが流れ始めるが、
タイミングよく、向かい側のホームを電車が通過し、何も聞こえない。

寒いな、と思いながら、ぼけっと待つこと数十分。
どうにか電車に乗って、目的の駅に帰ってくるが、
ここでもバスを待つこと数十分。
結局、予定より1時間半も帰宅が遅くなった。

あぁ、もう寝過ごすのだけはやめよう。
…落ちるところがない話だ。

『風と共に去りぬ』 ビクター・フレミング

長い映画の好きでない私だが、この映画は好きである。
というか、もはや耳に胼胝ができるくらい聞いている人もいるだろうが、
スカーレット・オハラがいい。

某姉妹ではないので、だって美人だし、とは言わないでおこう。

自分のプライドと生、故郷を守るためなら、
妹の婚約者は奪うわ、人は殺すわ、金持ちは誘惑するわ、
手段を厭わないこのおそろしい強さ…。

それでも、生への執着とともに、プライドを守るところが素晴らしい。

その日その日の食事もままならず、飢えと貧しさに苦しみ、
自ら農作業に手をかけているような状態にもにもかかわらず、
レット・バトラーに会いに行くときの彼女は、
濃い緑の、カーテンで何とか作ったドレスを着て、
きちんと化粧をして、髪をまとめて、往時の美しさを纏う。

誘惑して、お金を得るためだと言えば、まぁそうだけれど、
嫌い嫌いと言いつつ、何となく気にかかってしまう男のために、
どうにか完璧にめかしこもうとするなんて、かわいいやつだ。
どんなに貧しくても、好きな男の前では見栄を張れる。
私には絶対にできない。

しかも「女」を最大限に利用する一方、
それが家や農場を守る、という「男」も担うんだから、かっこいい。
彼女の不屈の精神は、女性ならではのものだと私は思うが、
それが守りにも攻めにも生きてるから、
うまく女性部分と男性部分が共存しているように思う。

対するメラニー・ハミルトンも、やはり非常に強い女性だが、
彼女の強さは守りの方に向いている。
非常に女性的な強さだと思うが、「女」を主張しないし、
女性の汚さ、リアルさを超越した、「女」でも「男」でもない、消極的な中性だ。
双方を強烈に持っている積極的な中性のスカーレットとは対照的。

だから私はスカーレットが好きなのだと思う。
両性どちらの愛らしさも見出せる。
こんな愛らしい人間、中々いない。

まぁでも、現実にいたら、間違いなく近づかないけれどね。

…とか、こんなにずらずらレビューを書くのも、ほとんどない。
物知り顔の愛好家は、芸術の最悪の敵。

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2007年2月 8日 (木)

気分は上々

最近はどうも寝つきが悪く、夜でも目が冴えている。
そうは言っても、朝はそれなりに早いし、
昼間も寝て過ごすわけにはいかないので、
目も頭も冴えているのに、無理矢理寝ようとする。

体は活動できるのに、環境がそれを許さない。

無理矢理寝ようとすると眠れないもので、
その上、変に小心者なもので、起きれなかったら大変だ、などと考え、
考えるがゆえに更に眠れなくなる。
眠れないときの、あの鼓動のうるささったら、ない。

で、つい1時間半ほど前も、そういう些細な苛立ちと不安を感じており、
とうとう我慢できなくなって、活動を決心した。

何をしたかというと、ドライブ。

夜な夜な、親の車だというのに許可も得ず、
大音量でCDをかけながら、ドライブ。

非常に気分がよい。
また今度、ストレスを感じ始めたら、これに限るな、と思った。

が、しかし、それで眠気がやってくるわけでもないから、
解決にはなっていない気がしないでもない。
まぁいいや、気分いいから。

『秘密は誰かに話すもの』 ローラン・ブニーク

おじいちゃんがかわいい。

夫の死に塞ぎ込んでいた「貞淑な妻」とやらが、
カジノに連れて行かれて、人の手に目が離せなくなるという、
このフェティシズム。

序盤に、19の娘が「愛が抑えきれなくて、死にそう」などと抜かしたときは、
どれだけつまらない映画になってしまうかと思ったが、
ちゃんと成長していって、つまらない映画ではなかった。

それにしても、コルセットは、脱がせるのも一苦労だ。

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2007年1月31日 (水)

わずかな眠りでも、夢を

私は先日、verdeさんの夢にお邪魔した挙句、
彼女を恐怖に陥れるような暴挙に出たらしいのだが、
今度は私が夢の中で恐怖に陥った。

そろそろ某社のエントリーシートの提出締切日なのだが、
ものぐさな私は、当然、まだ書き終えておらず、
まぁ前日に速達で送ればいいかな、と思っていた。

そして当の締切前日、
一体何を書いたのかは知らないが、夢の中の私はESを書き終え、
さぁさっさと送ってもらおう、と郵便局に向かった。
すると、平日の午前中だというのに、どういう訳か閉まっている。
どうやらストライキらしい。
田舎だからと思って告知もせず、何たる怠惰、
と憤慨するものの、なぜか納得している私。

仕方がないので、車を飛ばして山の向こうの郵便局に行く。
こちらはちゃんと開いており、ほっと胸を撫で下ろすも束の間、
窓口のお姉さんが冷たく言い放つ。

「速達でお受けしますけど、届くのは一週間後ですよ」

どこが速達なんだ。

「遅配遅配って言ってるじゃないですか、ニュースとか見てないんですか」

因みに、次に締め切りを控えるESも、
たとえ今すぐ出しても一週間では間に合わない。
そして両社とも、それなりに志望度も高く、
それどころか夢の中では、その2社しか受けていないらしく、
相当のショックを受けた私は、
しかし真っ当な社会人人生を早々に諦めたらしく、
いつの間にかその場で旅行計画を立てていた。

というわけで、ストライキと遅配が恐いので、
さっさと書き上げてみた。
実際、遅配はないと言えないから恐い。

『少女の髪どめ』 マジッド・マジディ

無償の愛、の根源には信仰があるのだろうか。
あるのだとすれば、信仰のない私は少し羨ましく思う。

主人公が、好きな相手の髪どめを見て、思いを馳せるシーンがあるが、
その髪どめには、たった一筋、彼女の髪の毛が絡まっている。
こういう心性に、何となく親近感を覚える。
いや、私は別に恋人の髪の毛を見て、嬉しそうに微笑んだりしないが、
むしろ、さっさとむしり取って捨てるが、というかきっと触るのにも抵抗があるが、
そもそも、恐らく男性であろう私の恋人の髪どめなど見つけたくないが、
そういうことではなく、こういう、余韻のようなものだとか、
あるいは、普段秘された髪の毛だとか、
そういうものに恋慕を感じる心性に、何となく親近感を覚える。

最後、薄化粧をした少女が、微かに微笑んで、ばさっとベールを被る、
というシーンが、この作品の中で最も色気のあるシーンだと思う。

文化、この場合狭義での文化、それがある国は強い。
確か『アワーミュージック』でそんなことを言っていて、
そうだとすれば、もっともっと、イランのでもアフガンのでもどこのでも、
こういう、国を見せ付けられる映画を観られるようになったらいい。

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2007年1月28日 (日)

夜が朝に代わり、朝が夜に代わる

昨日寝過ぎたおかげで、首と腰が痛い、目も痛い。

夜は眠れず、昼はバイトで、
こうなると、どうもいつ寝たらよいのかわからなくなる。
まぁ、そうは言っても、結局は眠りにつくわけです、なぜか昼間に。
あるいは、朝起きて、ごはんを食べた後に。

寝てるときは幸せなのになぁ。

『タブロイド』 セバスチャン・コルデロ

加害者と被害者、送信者と受信者、取材者と応答者、優位と劣位、欲と徳。
そういう二つのものの対立を描く一方、
その境界の曖昧さとか、善悪の相対性なんかも鮮烈に描かれていて面白い。
善意とか、「正しさ」を求める心から来る暴力は、こわいですね。

レオノール・ワトリング、かわいかったなぁ。
こういう格好って、好きなんだけれど、日本人ではどうも様にならない。

以前、英語字幕で観たときよりも、断然楽に内容がつかめた…。
やはり日本語でないと、ねぇ。

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2007年1月12日 (金)

苦難は続く

テスト日程が発表されたので、見に行ったら、
評価はテストで、と言われていた授業が、なぜかレポートになっていた。

勘弁していただきたい…。

『007 ゴールドフィンガー』 ガイ・ハミルトン

ショーン・コネリーが素敵過ぎる。

昔、この映画を観て、体中に金粉を塗って死ぬなんて、
道楽の極みだな、と思ったものだが、
実は死なないらしいね、皮膚呼吸ができないくらいじゃ。

ゴルフをするゴールドフィンガーが、何かに似ていると思ったら、
ディズニー版不思議の国のアリスの双子に似ている。

最近、お酒飲んでないな。

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2007年1月 7日 (日)

戸をたたく風

風の強い日に車に乗るのは、こわい。

『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』 ヘンリー・セリック

随分前に買ったのだけれど、買ってしまうと観ないもので、初めて観た。
いや、レンタルで観たことはあるので、自分で買ったものは、ということだが。

こういうミュージカル仕立ての、楽しくてすきなんだけれど、
日本ではやらないのかな。

うーん、レポートを書く気が起きない…。

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2007年1月 6日 (土)

10億ったら10億だ

煮詰まっているときって、無性に長編漫画を読破したくなったり、する。

まぁそれほど切羽詰っている訳ではないのだけれど、
レポートだ何だと色々山積みなのはわかっているのに、片付かなくて、
何となく、普段一気に読めない長編漫画を読みたくなった。
ここ最近は、集めた漫画も売ったり捨てたりで、随分と少なくなったのだが、
本棚の整理なんてすると、すっかり忘れていたものが出てきたりする。
で、読みました、有閑倶楽部。

この漫画のいいところは、何しろスケールが大きいことだと思う。
こう、犬猫に1億だとか、自分自身に10億だとか、
どうせ漫画なんだもの、やっぱりそれくらいはやって欲しい訳だ。
国を動かす富豪の子息子女が、こんなんだったら、いい国になるよな。

4巻だけ手元にないのが悔やまれる。
というのも、有閑倶楽部はたまにオカルトもやるのだけれど、
一条ゆかりの絵でオカルトをやられると、それなりに恐かったりして、
まだ小学生だった私は、図書館か人の家かで読んで、
数日眠れなかったので、後に買い集めることにしても、
オカルトを扱う4、7、9、11、15巻は、当初恐くて買えなかったのである。
以降の巻に関しては、流石に恐怖もなくて、リアルタイムで買えたのだが。
とにかくそんな訳で、件の数巻は後々になって補充していったのだが、
4巻だけはまだだったらしい。
買わねば。

さて、この漫画に限らず、小さい頃は、私も大きくなったらこうなれるのか、
とか無謀なことを考えていたもので、
確かにそれを考えると、成長は、夢を削っていくことかとも思うけれど、
そんな事実を指摘されても、人を殺したりはしません。
まぁ、成長は、夢を削るかもしれないけれど、
もっと現実的な夢の可能性を広げてくれる、ということにしておく。

『深呼吸の必要』 篠原 哲雄

だめだったらまた最初からやればいい、
そういう、多くの人の現実と隔たった世界を尊重しつつ、
それでも美化するわけではなくて、
外からその世界に入ることを、ちゃんと「逃げ」と認めているところがいい。

うーん、やっぱり沖縄は日本から独立すべきかな。

どうでもいいが、手術後、伸びをする谷原章介が、
バイと噂されるまめちゃんを連想させて、よいシーンが台無しになった。

あぁ、やっぱり沖縄いいな。
おきなわ、おきなわ、おきなわ。

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2007年1月 4日 (木)

果報

深夜、なのか朝方なのか、とにかく兄からの電話で起こされる。
上機嫌な兄、不機嫌な私。

酔っ払って、「めでたい」しか言わない兄、
後ろで私の名を呼びつつ、状況を説明する兄の友人たち。

何かと思えば、小学校来の彼の友人が、
つまり、幼稚園来の私の近所の兄ちゃんが、
この春に結婚する、とのこと。

それは、確かに、正月から、めでたい。

兄はいまだに学生をやっているわけだけれど、
気付けば、もうそんな年なんだな、と思った。
いや、別に他意はないのだが。

当人たちの馴れ初めに、ちょっとばかり笑った、新春。

『007 死ぬのは奴らだ』 ガイ・ハミルトン

やっぱり正統派007は格好いい…。
何につけてもスマートだ、余裕だ。

そういえばこれもQが出ていない。

ダニエル・クレイグ版ボンドは、兄に言わせれば、
格好いいが、泥くさい、のだそうだ。
あぁ、確かに。
それでも最終的にはいつもの007、というのがこの兄妹の共通見解。

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2006年12月25日 (月)

金髪碧眼

クリスマスという実感が、年々薄れていくのはなぜだろう。

『007 カジノ・ロワイヤル』 マーティン・キャンベル

マネーペニーは、Qは、いづこへ。

今までの007シリーズとかなり雰囲気が違う。
最初のアクションシーンのあの高さは、いかにもって感じだけれど、
煙草吸わないし。
オープニングもいつもと違うし。
仕事ぶりが鮮やかでないし。
英国紳士然としたスーツ姿が少ないし。
マティーニじゃないし。
マッチョだし。
プレイボーイじゃないし。
アクション少ないし。
スパイ道具の出番少ないし、などなど。

でも段々それらしくなってて、最後にはちゃんと007だった。
まぁ、そうでなくても面白かったのでよいのだが。
シリーズ中最高傑作なんていう下馬評を聞いていたけれど、
実際、そんな気がしないでもない。
わかりやすかったしなぁ。

ダニエル・クレイグは非常によかった。
まだ00に昇進したばかりという、洗練されていない感じも、
最後の007然としたスーツ姿も、どっちも似合ってたと思う。
エヴァ・グリーンもきれいだったし。
紫のドレスがよかったな。
ここ最近のボンドガールはいまいちすきでなかったけれど、今回はよい。

それにしても、最初に出てきたあの黒人には感動だ。
あの身のこなしは、ちょっと、もう、人じゃない。

連れは、あの拷問のシーンで悶えていた。

『リトル・ミス・サンシャイン』 ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ヴァリス

笑った。

本当におじいちゃんが亡くなるとは思わなかった。
次々に不幸が出てくるわけだけれど、案外、当人以外は冷静な気がする。
勿論、周りも動転してはいるのだけれど。
とにかく、そこがとても気に入った。

それにしても本作の兄たちは本当に、いい兄たちだ。
「あんなやつらに妹を採点されるのはがまんできない」なんて、いい兄。
色盲とわかって落ち込んだ後、
妹を抱きかかえてでこぼこの坂を上るとこが、かわいらしい。

家族みんなで、ワゴンを押す画は、いいなぁと思った。

早くお話したいです、verdeさん。

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2006年12月17日 (日)

最後まで見届ける気はないが

今、007を観ているのですが、リビング・デイライツです。
ティモシー・ダルトンはいまいち華がないな、と思います。
いや、格好いいんだけれど。

やっぱり、ショーン・コネリーかピアース・ブロスナンがすきだ。
ロジャー・ムーアもいいかな。

まぁ、とりあえずカジノ・ロワイヤルは観に行こうと思いますが、
ふと、全作観たくなりました。
兄がVHSで全部持ってたと思うんだが、所詮VHSだし…。
…それ以前に、時間が問題である。

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2006年12月10日 (日)

いらないもの

ジャンクメールが多すぎる。

いくつかメールアドレスを持っているのだけれど、
以前はメインで使っていたodnのアドレスなど、
1日100件近くのジャンクメールが届く。

一応、未だそちらに連絡をくれる人もいるかも知れない、
と思って、たまに開くのだけれど、何も見ずに、全て捨てている。
…開く意味もない。

まぁ、そんなわけで、みなさん、私にメールする場合は、
hotmailの方にお願いしますね。

『うつせみ』 キム・ギドク

これ、いい。
やはりキム・ギドクはいい。

髪を切ってもらってるときの足が、いちばんやらしいかもしれない。

verdeさん、遅くなりましたけれど、ありがとうございました。

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2006年11月19日 (日)

退却という前進

試写会に行ってきた。
あぁ、私って、本当に雨女なんだな、と思った。
23日は天気予報が間違っていることを祈る。

『硫黄島からの手紙』 クリント・イーストウッド

そもそも私は、戦争映画が好きでない、ということをすっかり忘れていた。

キャラクターが軽い、というかデフォルメが強い、というか。
物語なんだから、ありえないような人がいたって何だってよいけれど、
中途半端だと思った。
キャスティングもどうなんだ。
二宮くんは高校生くらいにしか見えなかった。

それで観るべきものはドンパチばかりで、顔を背けてばかりいた私に、
何を言う資格もないと言えばないのだけれど。

まぁでも、渡辺謙は確かに格好良かった。
最近はああいうタイプの役ばかりだというのが気の毒ではありますが。
戦争は嫌だな、とは、ありきたりながら思えたし。
どちらかと言うとイデオロギー統制への恐怖かな。
狂気とされない狂気が、恐いんだと思う。

あぁでも、やっぱり、もんぺじゃなくて着物なのは、気になったな。

風邪だ風邪だと思っていたけれど、いつものことだと無視していたら、
どうも悪化し続けている気がする。
うーん、やるべきことはたくさんあるんだけれどな、困った困った。

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2006年10月14日 (土)

年下が増えていく

私的なところで、相手の自由意志でもって、
年下の男の人に、名前に「さん」付け、の形で呼ばれると、
何だかよくわからないが、もう若くないな、と実感する。
いや、そう呼ばれるのは嫌いじゃないし、むしろ好ましいのだが。

年下を「男の子」「女の子」と言い難くなっていることも、
もう若くないな、と実感することのひとつだけれど。

『真夜中のピアニスト』 ジャック・オディアール

ロマン・デュリスは、案外首が細いな、と思った。
無骨な手が、中々いいな、とも思った。
でも、やっぱり濃いですね、verdeさん。

それにしても、最後の、ロシアマフィアを倒す方法は、あれでいいのかな。
いまいち女の身ではわかりかねる痛さです。

音楽がいい。

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2006年10月 5日 (木)

いかにも爽快な

先日、全国百貨店共通商品券、というものをもらった。
1万円分。
嬉しい。

でも、あまり「百貨店」で買い物しないんだよな。

いや、勿論、使うけれど。

『ナイト・オブ・ザ・スカイ』 ジェラール・ピレス

空、雲、山、海、川、湖、ひこうき、役者。
映像に関しては、大満足である。
満足、というか、大興奮である、酔ったけれど。

操縦はしなくていいけれど、乗ってみたいな戦闘機。

音楽と、ダイジェスト版のような展開がいまいちだったかな。
とりあえず、所謂「フランス映画」ではなかった。

ピンクや薄紫って、何で空だと、あんなにきれいなんだろう。
何で服とか雑貨とかだと、あんなに拒否したくなるんだろう。

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2006年10月 1日 (日)

どろどろと眠りました

1週間に1日くらい、家に籠る日があると、楽でいいな。
後期はバイトを減らして、そうしようかな、と思った。

まぁ、籠って何するって、寝るだけなんだけれど。

『ギャングスター・ナンバー1』 ポール・マクギガン

ポール・ベタニー、格好いいじゃないですか。
最初のマッシュルームカットはどうしようかと思ったけれど。

脱いでいるときの、左方向からのアップがすき。
髪の毛の分け目が、いいのです。

と、せっけく格好いいなと思っていただけに、
フレディ・メイズの死後、ギャングスターが格好悪くなっていくのが嫌。
まぁ、仕方ないのだけれど、ナレーションの口調とか、うるさいしなぁ。

やはりスーツをきちんと着ている男性は素敵だと思いました。

それにしても、ポール・ベタニーは、漫画のような恐怖顔をするなぁ。

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2006年9月24日 (日)

自分ながら意気地のない

課題が終わる自信がないまま、明日には後期が始まる。
早く起きる自信も、授業についていける自信もないけれど、
とにかく、明日には始まる。

そうは言っても、やはり人に会えるのは嬉しいので、行きます。

でも、好きな本が読めなくなるのは、やっぱりちょっと嫌だな。

『赤ちゃんの逆襲』 パトリック・アレサンドラン

借りられたよ、ゆきん。

せっかくだから、下手なCGとか使わないで、
全部赤ちゃんの動きそのものを使ったらよかったのに。
と思ったけれど、面白かった。
赤ちゃんかわいいし。
今後は赤子の一挙手一投足が自殺への第一歩のように思うだろう。

こういう子煩悩な父親役がいるなら、子育てもいいかもしれませんが、
いないなら恐ろしくて嫌ですね、まったく。

verdeさん、せっかく借りたギャングスターをまだ観ていなくてごめんなさい。

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2006年9月20日 (水)

想像を絶する

塾にお土産を買ってきた。
今日、塾に行ってそれを開けたのだが、驚くほどまずかった。
本当に、驚いた。

食べてから数時間経つというのに、まだ気分が悪い。

実は、ゼミにも同じお菓子を買ってきている。
さて、どうしようかな。

『さよなら、さよならハリウッド』 ウディ・アレン

ゆきんと爆笑しながら観た。
ふと、演劇とか、映画って、
元々はそうして周囲の人と共有するものだったんだろうな、と思った。
私は、劇場で騒いで観るのは好きではないけれど。

ちょっと最後が気に喰わないけれど、
ウディ・アレンは最初から最後まで愛らしかったな。
あと音楽も。

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2006年9月 7日 (木)

凍えるかと思ったが

白夜の国からこんにちは、フェアバンクスです。

心配するほどのことはなく、案の定、無事に着きました。
天気だけは相変わらずよろしくないです。
せっかく飛行機で窓際の席にあたったというのに、
眼下に広がるのは、カプチーノの泡のような雲だった。
まぁ、それはそれでとても気に入って、1時間かじりついていたけれど。

アラスカ大学フェアバンクス校に滞在している。
…とにかく広い。
何より空が広い。
そして暑い。

避暑も兼ねて、なんて言って発ったはずなのに、暑い。
朝晩はそれなりに寒いし、雨が降ればそれなりに寒いのだけれど、
日中のこの日差しは、日本の夏よりよほど恐ろしくて、
来る途中、気圧のせいか何なのか、日焼け止めを爆発させられたため、
Riiくんお気に入りのあの緑のスカーフを、
イスラム人か町子巻きかって具合に、頭からかぶって日をよけている。
…道行く人の視線が、優しすぎるだけに痛い。

それでも寒空の下、夜中に2時間オーロラを待ったけれど、
今日はだめだった。
天気に恵まれないのは、
国境をまたごうとも、日付変更線をまたごうとも、何ら変わりがないようで、
私の滞在中は、天気予報もオーロラ予報も、よい顔をしない。
…何かもう、見れなくてもいいやって気になってくる。
まぁ、実際、そんなに渇望していない。

とにかく気分がいいので、何でもいいです。
あ、ごはんが美味しいと更にいいのだけれど…。
予想通りというか何というか、美味しいものには巡り合えていない。
明らかにまずい、か、そうでなければ、まぁ普通、か。

『ナチョ・リブレ 覆面の神様』 ジャレッド・ヘス

最初の、ご飯作ってるとことかいいなと思ったのに。
何が面白いのかよくわからない。
吹き替えのせいにしておこうかな。

『恋は邪魔者』 ベイトン・リード

レニー・ゼルウィガーかわいい。
ユアン・マクレガーはやはり痩せていればそれなりなので、
ダニエル・ブリュールも太らなければいいんじゃないかな。

物価が高いのも痛いな。

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2006年8月16日 (水)

使いこなせない

昨日は、高校の友人6人と、久々に全員揃って、遊んだ。
楽しかったです、またそのうち遊びたいです。

今年の初めに買ったデジカメを、使わないのもいけないと思って、
せっかくだからと持っていったのだけれど、結局ほとんど撮らなかった…。
あんなに面白いことをしていたボーリング場でのeっつぁんすら撮らなかったなんて。

マッカーサーに行きましたが、男性がいるとお酒が高いのだけが難点ですね。

『コーラス』 クリストフ・バラティエ

『天使にラブソングを』をフランスに持ってくるとこうなるのか。
ベタな感じで展開も読めてしまうけれど、好き。
ジェラール・ジュニョは、こういう、いいおじさんって感じが合うと思う。
でも結局、モンダンは見放されてしまって、それはどうなのかな、とも。

それにしてもマクサンス・ペラン、愛らしいなぁ…。

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2006年8月14日 (月)

緋色の布

ここ最近、首に何かを巻いていることが多い。
日除けにもなるし、冷房対策にもなるし、顔も隠せるし、まぁ便利だ。
しかし、そういいものを巻いているわけでもなく、
一体どこの国から仕入れてきたか、というような代物ばかりだから、
汗ばむ季節だと、多少色移りしたりする、らしい。

バイトあがりに、制服の白いシャツを脱いだら、
襟元がオレンジに染まっていて、少し驚いた、そんな真夏の1日。

『春の雪』 行定 勲

どうせ切るなら、もっと切ってしまえばよかったのに。
色々入れてみたところで、訳がわからないと思うのだけれど。
役者も何だかなぁ、榎木孝明は素敵でしたが。
でもまぁ、光とか、景色とかはきれいだったな、と。
非常にベタだけれど、聡子が宿屋の前で傘を落とすところなんか、割と好き。

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2006年8月 3日 (木)

慈しみの気持ち

ここのところ珍しく更新が滞っているのは、別に飽きたからではない。
ただ、どういった理由にせよ、それなりに忙しかっただけである。

昨日、久しぶりに兄が帰省した。
もう家を出て6年にもなるし、盆も正月もないような人だし、
いつかまた戻ってくるなんてこともないだろうし、
家を出る前に使っていた彼の部屋は、もう彼の部屋ではない。
帰省しても、どうせ友人宅にお邪魔したり、研究室の仕事のついでだったりで、
部屋がなくて困ることなんて、ほとんどなかった。

が、しかし、普段なら兄が友人宅に遊びに行くはずが、
なぜか昨日は友人たちが我が家にやってきてしまった。
幼い頃からの友人だから、父母も私も彼らをよく知っている訳で、
何の不思議もなく、一緒に亀田興毅の試合なんかを観ていた。
試合が終わって、兄の部屋があるわけでもないし、友人宅に流れるか、
そうでなければ帰るかになると思っていた。
間違いだった。

観戦後、シャワーを浴びて部屋に戻ったら、なぜか兄と友人たちが居座っていた。
言うまでもなく、部屋、とは私の部屋である。
お世辞にもきれいとは言えない、私の部屋である。
仮にも婦女子の部屋に、この人たちは遠慮というものがないのだろうか。
兄も兄で、せめてクローゼットくらい閉めてはくれないものだろうか。
そう思ったところで、既に遅く、何も気にしていない彼らを前にして、
自分で気の毒になるほどに、この兄の妹以外の何者でもない私が言えたのは、
「お酒、足りないなら買って来ようか」
という慈愛に満ちた一言だけだった。

結局、朝から仕事のくせに、明け方まで飲んで、寝て、
起こしてやれば文句を言って、それでもあたふたと彼らは出て行った。

よく、中学生くらいの女の子が、
「男子って、本当、子どもなんだから」などとこまっしゃくれた口を叩くが、
彼女たちが見ているのは、彼らの幼さの、ほんの一部に過ぎないんだろうと思う。
幼さなんて、いつどこで何を基準に測るか知らないけれど、
一人暮らしをしたら野垂れ死ぬであろう私の幼さと、
自宅暮らしをしたら手に負えないであろう兄の幼さは、
一般的に見たら、彼のそれの方がひどいのだと、そう信じたい。

『ランド・オブ・プレンティ』 ヴィム・ヴェンダース

最初の1時間くらい、眠くて、さっさと進まないかな、とか思っていたのだが、
その後は、いや、わかるけれど、展開早いんじゃないか、とか思って観ていた。
面白かったのだけれど、割と。
主演の女の子がとてもよいと思った。
何というか、こざっぱりしてて、きれいだと思った。

9.11が、どれだけの人に衝撃を与えたのかは知らないが、
実のところ私はあまり、そのときのことを覚えていない。

学校かどこかから帰宅すると、母がおかしな顔をしながらテレビを観ていたが、
どうしたのかと聞いても、要領を得ない回答しか得られない。
一緒にニュースを観てみるものの、何をやっているのかよくわからない。
しばらくして、どうもペンタゴンやらUA機などでも事件があったと入って、
「テロ」らしいということが報道されたけれど、だから何なのか、よくわからなかった。
死傷者に対する悲しみだとか、攻撃に対する怒りだとか、
多分そういうことよりも、不思議さと、不可解さが大きかったのだと思う。
事件直後はともかく、その後の動向を追うに従って、
そういう不思議さ、不可解さは更に増したし、不快さも募った。

被害者の家族のインタビューや、近日公開される映画の予告編を見ると、
心動かされてしまうくらいの単純な私なのだが、
ことが大き過ぎると、どうにも切なる感情を抱き難くて、
遠く離れた、直接に関係のない大多数の人々、というか一個人を超えた集団に、
好悪問わず、強い感情を抱けることが不思議だと、今でも思う。
恐怖は感じるかもしれないけれど。
不思議、というのは決して悪い意味ではなく、素直にそう思う。

そういう温度差が、視点の違いが、恐いということなのだけれど。
そういえば先日観た『アワーミュージック』でもそんなことを言っていたな、とか。
いやいや、私は平和主義者です。
戦争の苦しみより平和の痛みを、というほどの感情を、
というかそれ以前に、そこまでの敵を持たないだけだ。

執着を求める宗教と、執着を捨てる宗教とがあるけれど、
後者が見直されてもいいと思った。

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2006年7月23日 (日)

10分でいくら消えるか

肩こりがひどい。
左肩が特にひどい。
祖先が憑いているのだろうか…お盆だしね。

整体行きたいなぁ。

『大いなる休暇』 ジャン=フランソワ・プリオ

こういう、老人がちょこちょこと頑張る話って、大好き。
テンポもよくて楽しい。
私も毎日小銭でいいからお金を拾いたい…。

オッド・アイって、やはり小さい頃はいじめられてしまうのかな。

『ムーラン・ルージュ』 バズ・ラーマン

やっぱり、ミュージカル仕立てのものって楽しい。
悲劇をそのまま悲劇に描かれても、疲れてしまうしね。

9月にはやはりアラスカに行って来ることにする。
もう、そうする。

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はっきり言わないと

自宅の目の前で、不意に、「すごく癒し系だよね」と感嘆したように言われ、
何を間違ったか、「すごくいい屋敷だよね」と聞き間違え、
「え、何言ってるんですか、普通の小さい家ですよ」と答えてしまった。
恥ずかしい。
珍しく癒し系などと言われた嬉しさよりも、恥ずかしさが勝るね。

『パイレーツ・オブ・カリビアン2 デッドマンズ・チェスト』 ゴア・バービンスキー

イカだかタコだかのおばけが敵だと知った時点で、
内容への期待はかなり薄れていたし、おかげでさほどがっかりしなかったけれど、
何だか見ていて、ところどころ恥ずかしくなってしまった…。
ジョニー・デップはそれでもやはり格好よかったけれど。

敵がみんな海洋生物化しているのは、まぁそうなのか、と思うことにしても、
T字頭の彼を筆頭に、彼らが陸地で、青空を背景に走り回ると、
日曜の朝の特撮ヒーロー番組にしか見えなかった。
もしくは、イカのおばけのあたりなんかから言うならば、
劇場公開はされないけれど、レンタルは置かれているパニックものかな。

ジャック・スパロウがエリザベスに入れ込むのは、
どうも飄々とした彼のキャラクターと合わないようで、いまいち。
ウィルもあれではただの馬鹿にしか思えないのだけれど、それでいいのだろうか。
全体的に、勢いが大事なようで、人間はどうでもいいんですかね。

と、ひどく貶してるようだけれど、まぁそれなりに楽しかったです。
2が1より面白いなんてことは、そうそうないだろう。

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2006年7月16日 (日)

ムーサーを悩ました人

日に日に、格好が軽薄化している。
というか、リゾート化している。
暑いのだから、仕方がない。

学生のよいところは、格好が自由な点かもしれない。
社会人になったら、こうはいかないだろう。
2年後には、もしかしたら社会人になってしまっているかもしれない訳だが、
そうなったら、今着ている服なんて、滅多に着れないんだろうか。
先頃asariと、カジュアル過ぎる格好はもうそろそろ買えないのかな、
と言っていたのだけれど、それじゃぁ一体何を買えばいいのだろう、特に夏物。

あぁ、一生、格好を問われない暮らしができたらいいのにな。

『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』 フランソワ・デュペイロン

ブタさん貯金箱は世界共通なのか。

遺書が半ば布教のようになっているのが気に喰わないけれど、
純粋に面白かったし、音楽も楽しめた。

言葉が通じないときって、もちろん不安はあるけれど、
大きい人ばかりのところではなくて、
ある程度の安全が保たれているところなら、笑ってられるから好きかも知れない。
そうせざるを得ないだけなのだけれど、それがいいと思う。

あ、同じ日本語を操る人の中にいるのに通じないときは、まったく好ましくないです。

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美しい敷物

テスト期間である。

授業内テストが多い分、テストではなくレポートが多い分、
他学部に比べたら、単位数の割に、期間中は忙しくない。
そういう訳で、バイトにも割と普通に入っている。

この3連休も、きっと1、2年生や、他学部生なんかは忙しくて、
普段なら休日に入るはずの学生陣も、あまり出られないだろう、と思って、
全日、シフトを出した。
まぁ、それでも連休明けはテストがあるけれど、どうにかなるだろうと思うし、
実際に3日とも労働に勤しむのは別に構わない。

問題は、3日ともマネージャーがいることである。
更に言うなら、3日とも新人さんのトレーニングをしなければならないことである。
厄介だ、ただでさえ、それなりに込むのに。

あ、新人さんが嫌な訳ではないです、断じて。
トレーニングが嫌いなんです。

『運動靴と赤い金魚』 マジッド・マジディ

とても好き。

訳の分からない家族愛で無理矢理まとめる映画も多いけれど、
こういう風に描けばいいのにな。

実際の子どもは嫌い、と言うのは、今日、バイト先で毒づいていた通りだが、
それなのに子どもの映画には弱いのである、あと老人。
映画の中の子どもは可愛らしいし、私に害がないからですかね。
あぁでも、映画だろうが何だろうが、可愛くない子どもは可愛くないけれど。

最後の金魚と、マラソンが長いのがちょっと気に入らないけれど、
何ていうか、砂っぽいざらざらした映像とか、いいなと思った。
ベタなストーリーなのにどきどきしたな。
極貧でも、あんなにきれいな色とりどりのものが家にあるなんて、素敵。

どこの国でも、子どものすることは大差ないようです。

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2006年7月15日 (土)

生々しい純粋な魂

ここのところ、歯医者通いをしている。
というか、昔から歯医者とは、切ろうにも切れない関係にある。

しかしいまだによくわからないのだが、
よく、「痛かったら手をあげて下さい」と言われるが、
これにはどう反応すべきなのか。
痛いの痛くないのって、そりゃ痛いから治療を受けているんじゃぁなかろうか。
痛いと手をあげたところで、何をしてくれるんだろうか。
痛くない治療方法があるなら、最初からそれをやって欲しいものだが。
痛いと言わないと、どこかを傷つけても気付いてくれないのだろうか。

麻酔が効きにくいらしい私は、割と痛い思いをしているが、
結局、いつ手をあげればよいのかもわからず、悟られないよう堪えている。
この程度で痛いなんて言っても、次はもっと痛いのかも知れない、
最も強い痛みを感じたら手をあげよう、と思ってはいるのだが、
まだだまだだと思っているうちに、終わってしまう。
いつかの手術で、痛い痛いと思いつつ、切ったり削ったりを堪えていたら、
終わってからやっとまともに麻酔が効き始めた、なんてこともあった。

まぁ、多分、痛みには強いというだけのことだろうし、
というか耐性がついているだけだろうが、
堪えられるということはその程度の痛みなのだろうけれど、
我慢していて、明らかに違うところを削られていたらどうしよう、との不安もある。
実際、似たようなことはあったように思うが…。

…いや、一般的には、何を思って、どのタイミングで痛みを訴えているんだろう、
と思っただけなんですが。
まだ堪えられるまだ堪えられる、なんて思った結果、
「何でもっと早く病院来ないの」と言われることの多い私です。

病院が年中無休、24時間営業だったら行くんだけどな。

『アワーミュージック』 ジャン・リュック・ゴダール

今更だけれど、こういうのこそ、映画館で観たいものだと思った。
特に王国1。
こんな小さなディスプレイで観るべきじゃなかった。
それにしても、やはり赤と緑っていい。 

無から築き上げるられることが、大切なのかな。
「とは言え、私は一個の他者である」というのが一貫していて、これが気に入った。
ユダヤ人とイスラエル人のくだりとか、まさに私のような俗人のことで、
全く「他者」でいられない自分を思ったりしてみた。

ゴダールなんて、やはりよくわかりませんね。
高尚らしい意図は汲めませんが、それでも引きつけられたのは、何なんでしょうね。

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2006年7月10日 (月)

見分けのつかない敬虔さ

前期は、驚くほど、禁欲的な生活をしてきたと思う。

何って、趣味。
私の趣味なんて、ありきたりすぎて履歴書にも書けませんが、書きますが、
読書と映画鑑賞くらいなものだったりするわけです。
…旅行も食事もお酒も、趣味にも満たない。

何だかんだ毎週何かに追われて、毎週読むべき本があって、
よくゼミの友人たちと「娯楽小説が読みたい」なんて言ったりしたけれど、
なぜここに来て、私は立て続けに映画を観ているんだろう。

まぁ、授業も終わりに近づいて、課題がなくなったということなんだが。
とは言え、レポートはあるはずなのに、何をやっているんだろう。
いや、しかしね、レポートなんてね、気が向かないと書けないって。
あるいは追い詰められるかどちらかだと思うのだけれど、
結局、教職関係のつまらないものなんて後者でないと駄目だから、
今のうちに娯楽に逃げておこうと、そういう心積もりなんでしょう、きっと。

『やさしくキスをして』 ケン・ローチ

こういう、煮え切らない、結局家族が大事、でも恋人も、あぁでも、
という男性は、実は私にとってはかなり魅力的だったりする。
まぁ、私はこちらの彼女のような人間でありたくはないので、うまくいかないだろう。
欧米の女性は、よく喚くなぁと、ぼけっとしながら思った。
それにしても、本当、こういうお兄ちゃん、いいなぁ。

宗教だとか人種だとか、そういうものに全く共感し得ないのは、
強みだと思っているし、面白さを感じているけれど、やっぱりたまに情けない。
宗教だとか、文化だとか、伝統だとか、土地だとか、コミュニティーだとか、
何でもいいのだけれど、自分を形成する何かに誇りを持てるのはいいと思う。

終盤が無理矢理のような気もしたけれど、最後の問答が好き。

さて、明日からは勉強しないと。

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2006年7月 9日 (日)

何事も急いではいけない

数日前から、何となく鎖骨が痛い。
触って何となく痛い、という程度だったから、
どうやってだか知らないが、何かぶつけでもしたのだろう、と思っていた。
しかし、今日、バイトから帰ってきたら、風邪でももらってきたのか、
咳が出るようになってしまったのだが、その度に、軽く響く。

何だろう。

ただでさえ、鎖骨が埋もれていることを、やや気にしているというのに、
いや、それほど気にはしていないが、鎖骨は出ていた方がいいと思っているのに、
もしや陥没するんじゃなかろうか、と不安になっている。

多分、数日後には何ともなくなっていると思うけれど。

『青い棘』 アヒム・フォン・ボリエス

「ハンスはハンス、それだけよ」という、どうってことのない台詞が、気に入った。

音楽と、アウグスト・ディールと、景色だけで観る価値があると思う。
いや、本当に、格好いいと思うんです、こういうドイツ人。
顔をしかめたときが最高。
あと、酔っ払ってワインセラーで物色してるときの後姿。
パウルとエリ、ギュンターとヒルデの色が何となく、対になって、
きれいと言うか、象徴的と言うか。
ヒルデは途中から奥菜恵に見えたけれど。

ひらひらした洋服がどれも可愛らしくて、あぁいう格好がしたいと思った、夏だし。

『愛の神、エロス』
「若き仕立屋の恋」 ウォン・カーウァイ

仕立屋、いいなぁ…。
やはりきちんとスーツを着た姿って素敵だと思った、ぴったりしたやつ。
あと、こういう髪型にはくらくらします。
音楽以外はよかった。
続く2作品と比べると、最も共感、というか感応できたかな。

「ペンローズの悩み」 スティーヴン・ソダーバーグ

そうか、それでスヌーズが出来たのか、なんて感激したり。
あの、夢の中の女性の、あの表情はいいなと思った。
面白かった。

「危険な道筋」 ミケランジェロ・アントニオーニ

妻の着ていた服がとても好みで、特にスカートなんか欲しいのだけれど、
どうしてあんなに透けているんだろう…。
と言うか、どうしてあんなに露出、というか何の衒いもなく、ただ出しているんだろう。

結局、肉感的なものに対して「エロス」をあてているあたりが、
女性としての視点なのかもしれないが、面白くなかった。
見てるだけで、もう重い。
裸体でも何でも、あんなに堂々と出されると、
特に何も感じられないのは私だけなんだろうか。

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2006年7月 8日 (土)

きらびやかな怠惰

いつからか知らないが、何かを抱いていると安心する。
抱くと言うか、抱えると言うか。
お腹のあたりが晒されていると、どうも落ち着けないのである。
…前世で切腹でもしたのかしら。

そういう訳で、寝るときは抱き枕が大切である。
出先などで、抱き枕がない場合は、掛け布団の余った部分を無理矢理抱えたり、
余分にある普通のサイズの枕を無理矢理抱えたりするが、
やはり抱き枕がいちばんである。
腕だけでなく、足も絡められるあたりが素晴らしい。
その上、やわらかくて、軽い。
動物や人では、流石にこうは行かない。

しかし、長いこと使っている愛用のものは、
ちょうど足をかける部分辺りが、陥没しており、
ひとつの長いものであったはずのものが、ふたつに分断されている。
いや、使いやすいと言えば使いやすいのだが、これは買い替え時なのだろうか。

それにしても、抱き枕って、買うのはいいけれど、持って帰るのが嫌だな。

『クレールの刺繍』 エレオノール・フォーシェ

主人公のコートが愛らしい、欲しい、これから夏だけど。

妊娠した相手のこととか、よくわからなかったけれど、
つまりそれだけどうでもいいことみたいで、
クレールがそういうところに、何ていうかクールなところが、いい。
母親に知られたくないけれど、でも気付いてもくれないなんて、泣きたくもなるけど。

クレールがメリキアン夫人の刺繍に見惚れて下から覗き込むシーンとか、
ひとりで、あるいはふたりで、黙々と刺繍をするシーンとか、
もう少し丁寧に、時間をとってもいいんじゃないかな、と思ったけれど、
刺繍自体は、落ち着いた色なのに、きらきらしてて、とてもきれいだった。

トマ・ラロプ、格好よかったな。
「お腹の子が…」と言って遠慮する割に、結局やめないあたりが、何とも。

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2006年6月18日 (日)

照りつける陽光

久々に映画館に行った。
眠かったけれど、椅子がそれなりに快適で一層眠気を誘ったけれど、寝なかった。

『タイヨウの歌』 小泉 徳宏

YUIの友人役の女の子が愛らしかったな。
いや、別に眼鏡萌えとかそういうあれではないですが。

前半の観ていて恥ずかしくなるような青春ストーリーはどうも辛かったが、
しかしああいった感覚を保ち続けている大人って、すごいな、と思う。
映画に限らず、漫画でも、小説でも、何でもかんでも。
いや「保ち続けている」というか、私はその頃ですら持っていなかったのだから、
もしかしたらそういう人たちも後から作っただけなのかもしれないけれど。

とにかく鎌倉に行きたいな、と観ながらずっと思ってて、
そうそう、いつも出口間違えてあの半地下というかトンネルというか、
あれのご厄介になるんだよな、とか。
海にも行きたい。
自然は享受しないと、できるのだから、とは思ってもいないけれど。

太陽のもとに出なければ、殺意は感じないかも知れないけれど、
月だけでは狂気を醸成してしまうのかも知れない。

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2006年5月30日 (火)

だらだらとした学生生活

こう頻繁に来られると、いい加減、飽きが来ると言うものだ。

そんな訳で、今日も今日とて発熱である。
せっかく授業が休講になったところで、外出する気も起きないし、
パソコンで悪化を招きたくないために、課題をこなす気にもならないし。
1日中だらだらと過ごしてしまった。
いやぁ、いい日だ。

『下妻物語』 中島 哲也

今日は昼間も「カバチタレ」の再放送を見たのだが、
やはり岡田義徳って、いいと思うんです、何となく。

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2006年4月24日 (月)

酒三色

日本史女子飲みに参加してきた。
まぁ、参加も何も、幹事だった訳だが。

何だかんだ、今年は日本史系の授業をとれていないので、
久々だった面々もあったりで、まず会えたことがとても嬉しかった。
各ゼミの内情なんかを肴に、飲んで笑って、食べた。
nかじま先生の本音に驚き、ぜひいつか飲みたいものだと思った…。
まずそんな機会はないだろうけれど。
個人的には、もっとどみちゃんが飲んだらよかったと思うが、
楽しかったし美味しかったし、まぁいいや。
今度はみんな揃って開催できれば、と思います。

どうでもよいけれど、ミニスカートについて言及されると、
いまだに責められているとしか思えない私であった。
いや、高校生の頃、嫌味な先輩がいたとないう話です。
そして私のスカートがいまだに短いのは、
身長と足の太さと短さとのバランスを考慮した上での決断であって、
決して自信の表れや何かではない、と述べておく。

『サイドウェイ』 アレクサンダー・ペイン

終盤までの持っていき方には文句がないのに、でも結末が気に喰わない、
というものが割と多い気がする。
というか、結末に納得できるものってそうそうないものだ。
何せ2時間やそこらで、しかもある程度支持を得られるように収めるのだから、
仕方ないっちゃ仕方ないだろうし、だから嫌い、とも思わない。

本作も、やはり結末に落胆はあるけれど、
こういう、中年たちがふらふらとやっているのって好きだな。

これくらい詳しくなれて、趣味はお酒、とか言えたら、楽しいだろうな。

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2006年4月22日 (土)

恵んでくれる必要はない

verdeさんからダンシング・ハバナのサントラをお借りして、
昨夜からずっと流しているのだが、
気を抜くとディエゴ・ルナのやらしい顔が浮かんでしまう、妄想の激しい私です。

年中、金欠である私だが、倹約はしてもケチな暮らしはしたくない。
倹約、乃至節約は美徳だが、ケチは悪徳、ではないが、よくはない。
何が違うのか、と言われると、まぁいくつか答えようはあるのだけれど、
とりあえず人に関わることや迷惑をかけることで、出し惜しむのが嫌だ。

先日、友人yましたが言った。
「もう学生、というかお金のない人とは付き合いたくない」と。
この場合、付き合うとは、恋人関係になるということだが、
まぁそのまま受け取ると、お金のある恋人に、お金を出してもらうような、
そういった付き合いを望んでいるかのようだが、しかし決してそういう訳ではない。
恋人だろうが友人だろうが、相手にお金がないと、気を遣うから嫌だ、ということ。

たとえば食事に行くなり、遊びに行くなりするとしよう。
しかし相手が、常々お金がないお金がない、と言っているような人だとする。
そうすると、たとえ自分は余裕があろうとも、
どうしても金銭レベルを相手に合わせなければならない。
デニーズに行きたくても、サイゼリアを提案してやる心遣いが必要なのだ。

そしてまた困るのが、相手も気を遣ってくれて、
サイゼリアじゃなくてデニーズに行こうと言ってくれたとして、
しかし相手はお金がないあまりに結局コーンスープしか飲めず、
そうしてこちらは夜デニセットを頼みたかったのに、パンケーキしか頼めない、
とかいう状況になってしまうことである。

貧乏人とは仲良くなれない、などと思ったことは決してなく、
むしろ一時は、ブルジョワとなど仲良くできるか、と思ったものだが、
いや、別に今はそれすらも特に思っていないつもりだが、つもりに過ぎないが、
非常に些細なことではあるが、こういう金銭に関する煩わしさが、
嫌で嫌で、たまらない。

という訳で、少なくとも交際費は出し惜しみしないようにしている私なのだが、
いやしかし、4月はそうも言っていられないものだ。
誘いに応じておいて、ケチくさいことは言いたくないので、
そうするくらいなら最初から断る、というスタンスを楯に、
友人の誘いを断り、そして先延ばしにし続けている自分もどうなのか。
まぁ、金銭的な問題以上に、スケジュール的な問題が大きい訳だけれど。

『イン・アメリカ』 ジム・シェリダン

黒人ばかり撮っていたのには意図があるのかないのか。
まぁ、表向きの自由と、その内実かな。

ぼろ泣きしてしまうあたり、子供嫌いでもないかも知れない、
と思ってしまったのは多分錯覚でしょう。
いや、本当に心動かされてしまって、ぼろぼろと泣いてしまったんですがね。

それにしても、エアコンがどれだけ重いものなのか、よくわからなった。

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2006年4月 3日 (月)

たといあしたはどうなろうと

雨女である。

今まで、サークルの行事で天気が悪いのは、
全て嵐を呼ぶ男・nがさか氏のせいだとされており、それを隠れ蓑としてきたが、
実は私も雨女である。

そういう訳で、今日、お花見ができなかったのは、
私が参加すると言ったからかも知れない。
前日も翌日も、とても天気がいいとのことだったのに、なぜ、今日だけ…。
あ、もう昨日か。

仕方なく家に篭ってしていたことは、寝ることと、部屋の模様替え。
模様替えと言っても、替えたのはポスター類だけだ。
とうとう、某歌手のポスターを破り捨て、その代わりに写真類と、
スターウォーズエピソードⅡの大きなポスターと、象を貼った。
verdeさんにいただいたものと合わせると、Ⅱ、Ⅲと貼ってあるのだが、
Ⅰがないというのも、何だかな。

『オペラ座の怪人』 ジョエル・シューマカー

原作とは大きく違うのに、
原作を知っていないと展開についていけないのではないのだろうか。

ファントムの声は、もっと低いと思っていたのだけれど、そうでもなかった。
ちょっと鼻にかかって、裏返る感じがいまいち。
しかし断然ラウルよりファントムだ。

ファントムが歌う、容貌はこんなですが、心はピュアなんですよ、
みたいなところは、割と多くの映画や文芸作品で描かれるけれど、
恐らく、多くの作家の、というか多くの人の想い、というか自己弁護なのだろうね。

いやいや、相当気に入った。
さおり、しおり、貸してくれてありがとう。
4時間半もあるらしい、特典映像も、勇気が出たら見てみます。

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2006年4月 2日 (日)

空次第

やはり今日は雨なのだろうか。
花見がしたいのに。
花見用にお菓子も買ってきたのにな。

『フレンチなしあわせのみつけ方』 イヴァン・アタル

シャルロット・ゲンズブールはきれいだ。
美人、とも思わないのだけれど、きれいだ。
ちょっと受け口なところが、きれいだ。

アラン・コーエンは素敵だ。
美形、とも思わないのだけれど、素敵だ。
ちょっと禿げているところが、素敵だ。

上記2人のいくつかの言葉がよかったな。
ジョニーが隣にいたら、そりゃ意識するよな。
でも、彼のシーンは長すぎる。
最後のエレベーターとか、いらないのに。

真上からの視点というのが案外好きかも知れない。
江戸川乱歩も言うように、無防備で、どこか間抜けで、よいのかも知れない。

隣で見ていた人が、何て助平な子どもなんだ、と言っていたが、
助平って言葉もよく出てきたもんだ、と思ったが、
そりゃシャルロットとイヴァンの息子やってりゃ助平にもなるのではないかな。

家政婦か何かを雇える身分だったら、ぜひ色々なものをかけ合ってみたいものだ。

主演2人が、箸で米飯を食べていた。

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2006年3月27日 (月)

情熱の激しさ

『ダンシング・ハバナ』 ガイ・ファーランド

やはり、あの青は白い肌とブロンドにこそ合うのだと改めて思い知らされる。

終盤の家族愛的要素と、最後の、これがラストダンスではない、といった台詞だけ、
私としてはあまり面白くなかったのだけれど、
それ以外はもう、こういうの好きですね。
とにかく音楽が楽しくて、サントラが欲しくなった。

ラテン系の人々の、自然に情熱的かつ肉感的かつ魅力的なのは、
あれはもう天賦のものとしか言えないが、一種の才能だ。

ディエゴ・ルナの顔は、さほど整っていないと思うのだけれど、
いや、やらしいですね、あの顔は。

これを観ていたら、南米縦断したい熱が再発してきた。
ちょうど1年前に、従兄が南米をふらふらしてきて、写真を見せてもらって、
そしてその後、夏だったと思うけれど『モーターサイクル・ダイアリーズ』を観て、
あぁもうナスカもエルネストも南北に長い国チリもペルー料理も、
何もかも全ていいね、と何も知らないくせに憧れたような気がする。

色んなところに行って、色んなものを見て、色んなごはんを食べてみたい。

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手の中をすり抜けて

どうも一日、間が抜けているとは思っていたけれど、
これほどの情けない失態を仕出かすとは思っていなかった。

バイトの帰り、バスに乗ろうと思ったら、適当なものがなかったので、
散歩がてらバス通りに沿って、てくてく歩いていた。
バイト先の最寄のバス停から自宅までは、310円かかるのだが、
え、そんなに、と都会人は思うかもしれないが、本当なので仕方がないが、
何だかんだ1、2キロは歩いたため、乗車した停留所からは、
250円くらいで帰れるはずだった。
え、一律料金じゃないの、と都会人は思うかもしれないが、本当なので仕方がない。

乗車の際には、バスカードを通すのだが、私のそれは、定期入れに入っている。
今は定期がないものだから、本来の役割を果たしていないけれど。
で、バスカードを通した後、私は定期入れを手にしたまま、
座席にありつき、そして、寝た。
バスだの電車だのは、どうしてあんなにぐっすり眠れるのか。
まぁ、慣れている路線に限るけれど。

起きたら、降りるべき停留所の、ちょうど1つ前を通過したところだった。
この寝覚めのタイミングの素晴らしさといったらない。
で、降りようと思って立ち上がって、さて定期入れはどこだ、と思い、
かばんの中を探った。
しかし、定位置であるはずのポケットに、それは入っていなかった。
寝惚けていた私はそこで、あぁ、今日は家に置いてきたのか、と思い込んだ。

仕方なく、500円玉をくずして、現金で払おうとすると、
一体何を思ったのか、悠々歩いたあの道程をすっかり忘れ去り、
310円を払おうとしたのだ。
あまつさえ、硬貨を見分けることすらできなくなったのか、
誤って50円玉まで投入し、360円も支払ってしまった。
親切な運転手さんは、50円多いよ、と言ってくれたが、
返してもらうのも面倒だと思って、ぼけっとしたまま、降りた。

さて、降りてしまって、バスが出発して、ふと、自分が先程歩いたことを思い出した。
更に乗車の際の光景がありありと目に浮かんで来た。
そう、私は確かにバスカードを通していた。
定期入れを家に忘れてなんて、いなかった。

ここに至って、やっと定期入れをバスの中に落としてきただろうことに気が付く。
恐らく、寝ている間に落としたか何かだろう。

以前も書いた気がするが、定期入れには私の全て、まで行かなくとも、
半分が詰まっていると言って過言ではない。
免許証、保険証、学生証と、身分を証明し得るものがほとんど入っている。
これらがないと、よほどパスポートでも持ち歩かない限り、
私は私が私であると証明することすらできないのだ。
何とまぁ恐ろしい。
恐ろしい、と思っているのにどうして何度も失くすのか…。

まぁ、別段、近々それを証明する予定があるわけではないから、
何も急いで取り戻す必要もないかもしれないが、
いやはやそんな問題ではなく、やはり不安だ。
一瞬のうちに悪い考えばかりが頭を巡る。

立ち尽くしている場合ではなかった。
どうにかして取り戻さなければならない。
と言って、バスは既に出発した。
ここはもう、家に帰って、車で追いかけるしかない。

全速力で走ったのは、恐らく、冬に大連で飲んで、これまた何を間違ったか、
終電ぎりぎりだと言うのに、反対方向に疾走した時以来だ。

で、非常に動転したまま車で追いかけたところ、どうにか手元に戻ってきた。
あぁ、運転手さんが親切で本当によかった。

帰宅して、まだ動悸が治まらず、どきどきしていると、
母が異変に気付いて、何事かと尋ねてきたけれど、
あまりに馬鹿馬鹿しい話で、虚仮にされることがわかっていたので、
何もなかったふりを装った自分が、また情けないなと思う。

『ふたりの5つの分かれ路』 フランソワ・オゾン

別れるときになって、初めて時間は戻っていくものなのかな、と思って妙に納得した。
結婚式の後に、そりゃ酔っ払って騒いで疲れただろうけれど、
そのまま眠ってしまうってのは、そりゃよろしくない。
感情のタイムラグは、目をつぶっていられるものではないのだろうな。

妻が最初に着ていたコートとマフラーは、とてもきれいな色だと思ったのだが、
あれはブロンドの白人にこそ映える色なのかもしれない。
いや、私のディスプレイが映す色なんて、あやしいものだけれど。

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2006年3月25日 (土)

油断してはなりません

いい加減、買い換えろと言われそうだけれど、
またしても携帯が、その馬鹿さ加減を発揮している。

昨日の夜、MAOからメールが来て、内容が明日についてのことだったこともあって、
最近の私にしては、割とすぐに返したつもりだったのだが、
今日の夕方になっても、一向に返信が来ない。
MAOに限らず、誰からもメールが来ない。
いや、そんなに友達いないし、メールなんてしない方だし、
そんなこともあるかも知れないけれど、迷惑メールすら来ないなんて、おかしい。
TSUTAYAに行って、半額クーポンが欲しくて空メールを送っても、
URLなんて送られて来ないし、
おかしいと思って自分で自分に送ってみても、届く気配もない。

さてどうしたものか、と思って、ようやく問い合わせというものに気付き、
早速実行してみると、結構な量が溜まっており、
受信に大変な時間がかかってしまった、のはいいとして、
つまり結構な人に、返事をせずに放っておいた、と思われていたのだろう。
申し訳ない。

その後も、問い合わせてやらないと、届いてくれず、
つまりサーバーから手元にやってきてくれないのである。
定期的に問い合わせるなんて、面倒で堪らなくて、放っておいたら、
うーん、直ったような直っていないような。

という訳で、ご迷惑をおかけしていたら申し訳ございません。

『山猫』 ルキーノ・ヴィスコンティ

最初の方の、バート・ランカスターとアラン・ドロンが、
鏡越しに会話するところがいいなと思ったのだけれど、
それで先日書いた、ノーマン・ロックウェルの自画像のことを思い出した。
あと、アラン・ドロンが指輪を渡すときに、指輪の箱をぽいっとやるのが好き。

アラン・ドロンは、東洋人受けする顔だと思うのだけれど、
それにしたって名前がな、と昔から思っているのだが、そんなの私だけかな。
だって、ドロンって、そんな忍者じゃあるまいしって、そんなの私だけかな。

島と言うのは保守的になりがちなようだけれど、そこがまた美しいと思う。

とうとう、春陽堂の江戸川乱歩文庫に手を出してしまった。
大人買いじゃないけれど。
面白いなぁ。

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2006年3月12日 (日)

やたらと強気

ひとり暮らしを経験したことのある人だったら、
ひとりで旅行をするのに抵抗はないだろうと思う。

私自身は、ひとり暮らしの経験は無いけれど、旅行に抵抗は無い。
というか、抵抗がない、というより、それを好む。
で、多分、兄もそうだと思う。
そこで母は思ったらしい。
自分の育てた娘息子がこうならば、自分も案外抵抗なく行けるのではないか。
因みに彼女は、ひとり暮らしの経験もなければ、ひとりではろくに外食もできない。

で、水曜日から3泊、行ってきたようだ、箱根に。
…箱根って、我が家から近いんですがね…。
旅行中、全く連絡がなかったものだから、私は思った。
あぁ、楽しんでいるんだな、ではない。
あぁ、これはどうやら意地を張っているようだな、と。

いや、ちゃんと楽しんでいたらしいけれど、実際、意地で電話もしてこなかったらしい。

さて、我が家の食事というのは、非常に質素であるけれど、
とにかく野菜の量が半端ではない。
そういう食事を用意するような母であるから、
外食を3泊4日も続けてしまっては、野菜が足りない、と思ったらしい。
それで、トマトを持っていこうと思ったらしいのだが、
しかしトマトは柔らかいから、潰れてしまうので、野菜ではないけれど、
林檎を持っていくことにしたらしい、というか本当に持って行った。

更に、野菜ジュースも必要だと思ったらしいが、
これは買いに行ったところ、トマトベースのものしか見当たらず、
しかしトマトベースのものはあまり好きではないとのことで断念したらしい。
そうは言っても彼女は、野菜ジュースというものを飲んだことが無いので、
あまり好きではない、も何も無いのではなかろうか。

結局、ひとりで3泊なんて寂しいよ、というのが感想だった。
そうは言ってもかなり温泉を楽しんでいたようだけれど。
反動なのか何なのか、よく喋っていた。

まぁ、無事帰ってこられて何よりだ。

『風とともに去りぬ』 ビクター・フレミング

観るつもりはなかったのに、ついつい。
やはりスカーレット・オハラになりたいな、なれるものなら。
レット・バトラーは格好良すぎる。
子煩悩なところがまたいいと思うんです。

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2006年3月 5日 (日)

思い出のほうぼうに

1日中ごろごろしていた。
寝すぎだろう、さすがにこれは。

旅先で見られなかった友人知人のブログなんかを読んでみたりして、
自分がとても悪趣味なことをしているような気分になった。
そんなこと、ない、と思いたい。

就活中であるverdeさんが、膨大な量の映画を観ていて、びっくりしました。
同じく就活中であるnagatoooさんが、旅行に出ていて、びっくりしました。

『T.R.Y. トライ』 大森 一樹

この映画で何がよかったかって、軽快でレトロぶった、あの曲、あの曲が、
これまたレトロぶった、やや軽薄な、イメージをそのまま表したような、
上海の街とともに流れるところだと私は思っていたのだけれど、
そんなシーンあったかしら…。
2時間枠に収めるためにカットされたのか、そもそも私の記憶違いなのか。

これ、原作が面白かったな、と。

今になって読み返してみたら、せっかく旅先から更新していたのに、
ろくに旅日記になっていなかったので、そのうち何か書こうかなと思った。
とか言っておいて、面倒になって書かない自分がありありと目に浮かぶ。

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2006年3月 4日 (土)

なまぬるい日常性

『CRONICAS』 セバスチャン・コルデロ

これまた何も考えずにチケットを買ってしまったのだが、
冒頭のいかにもラテン系な音楽からして、絶対にスペイン語だ、
と頭を抱えていたところ、親切にもタイ語と一緒に英語字幕も出てきたのだった。
素晴らしい。

久々にこういうタッチの映画を観たので、いや、私個人がというだけだが、
意味もなくどきどきしてしまった。
のですが、特に猟奇的な映像もなく、目を背けることもなく済んだ。

面白かったです、気に入りました。
どうして物事が生じてしまうのかって、そこが気に入った。
いや、邦訳は違っているかもしれないけれど。
映像のブレがうまく活きていたと思います。

あ、邦題は『タブロイド』らしい。

無事、帰国しました。

割と軽装で行ったのだけれど、田舎ばかり回っていてお金がとても余ってしまって、
対象も考えずにお土産を買いあさってしまったがために、
帰りは恐ろしい荷物になってしまった。
せっかくマッサージに通ってほぐれてきたところだったのに、
大荷物と、空港泊のおかげで、またしてもひどいことになってしまった。
でも物価が高すぎて整体に行けない…。

やっぱり、家っていいものです。

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2006年2月28日 (火)

ほかにすることもあるだろうに

チュラロンコーン大学というのは、都会の喧騒を目と鼻の先に据えているが、
よくよく考えてみれば、日本随一の東京大学もまた、
本郷はともかく駒場なんていうところは、渋谷から徒歩圏内なわけで、
しかしどうして学府と繁華街が結びつくのか、よくわからない。

タイでは、日本でまだ公開されていない映画も公開されているのが嬉しい。
映画館はどこもきれいだし。
上映前には国王賛歌のようなものが、映像とおもに流れて、
観客は起立して耳を傾けるのだが、
この映像が何種類かあるものだから、毎回密かに楽しみにしている。
因みに、公共の場所では1日に2回、国歌らしきものが流れる。
流石に大方覚えてしまったのであった。

『TRANSAMERICA』 ダンカン・タッカー 

車をとられた後に、トビーが男を誘うところと、最後の彼のブロンド、
この2つはどうにもいただけないが、しかし気に入った。
色というのは、いつも容易に何かを表現していると思う。
冒頭のあの声はすごいな、真似できないものかな。
とりあえず私はg.gだ。

『memoirs of a GEISHA』 ロブ・マーシャル

『SAYURI』ですね。
人種だとか言語については特に文句をつける気はしない。
本国アメリカでそれが納得されているなら、どうだっていい。
ただ、やはり文化面が蔑ろにされてしまうと、
そもそも何を描きたい作品だったのかという疑問に当たる。
着物を左前に着せて、それを堂々とスクリーンに映ぜられてしまうと、
もう悲しいというより滑稽ですよね。
芸者にパンプキンて名付けてみたり、ねぇ。
あ、もしや字幕ではパンプキンじゃないのかしら。
それらを全て笑って流しても、あの舞いは笑うに笑えない。
京劇か何かのつもりなのだろうか、恥しか感じられない。

まぁ、異文化を描くというのは、難しいということですね。

役所、渡辺両氏が、英語の中に日本語の単語を入れる際、
日本的なイントネーションを保っていたのが、
どうしてか好ましかった。

『Walk the Line』 ジェームズ・マンゴールド

もっと、楽しげな話だと思っていただけに、疲れた。
そもそもドラッグだの何だのは嫌いなのだ。
ひとつひとつのエピソードもさして活きていないし。
でも、歌っているシーンは単純に楽しかった。
あの、顔の長い、とてもつまらなそうな表情の人、あの顔が好き。

『BROKEBACK MOUNTAIN』 アン・リー

大きく勘違いをしていた、山登りの話だと思ったんだ、氷壁みたいな。
つい最近も、聡子嬢を通した三島の言に触れけれど、
男の友情もないんじゃぁないかと思ってしまいます。
愛情とも取り難いんじゃぁなかろうか。
例えば自分がゲイか、まぁ何であれ特殊な性癖を持っていて、
もしそれに応じてくれる数少ない相手と出会えたならば、
何があろうと離れるに離れられないかも知れない。
次を探すおそれと億劫さ、希少を失う痛みなどから。
そう思ってしまったから、何だかなぁ。

でも、空は本当にきれいで、泣きそうになった。

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2006年2月10日 (金)

なんて無計画だったのだ

今日もこうして更新している平和な日々。

エメラルド仏も、暁の寺も、きらきらの仏塔も眼に焼き付けたので、
ちょっと喧騒から遠ざかってみようかと思って、移動。
案外普通に移動できたあたり、私の英語も捨てたもんじゃない。
のではなく、相手が観光客慣れしているだけだろう。

タイ人英語とジャパニングリッシュの応酬は、
もう笑うしかないこともたくさんで、面白い。
とりあえず、笑ってごまかす私なのである。

『トゥルー・ライズ』 ジェームズ・キャメロン

タイ語字幕じゃ流石に細かいところまではわからなかったけれど、
何言ってるかわからなくても内容がとれるって、
これは映画として非常に大事な面ではないかと私は思います。

この手法を誉めているわけでは在りませ、結果は誉めています。

あちこちにツタヤがあるけれど、流石に借りないな。

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2006年2月 8日 (水)

少し寝足りないが

というわけで、昨夜というかほとんど本日未明、
無事バンコクに着いた。
暑いな。

予想通り、UAは、ってううあではなくユナイテッド航空は、
機内食がよろしくなく、空気も乾燥し、あやうく風邪再びというところだったが、
常備薬ルルのおかげでこうして元気にブログなんぞを更新している現在である。

予想以上にバンコクは素晴らしいです。

『The Dukes of Hazzard』 ジェイ・チャンドラセカール

タイトルは間違っているかもしれない。
久々になんというか、こういうちょっと、一昔前だね、って感じの、
やや恥ずかしくなるような、でも吹き替えでもなきゃ観られないような、
そんな映画だったので、楽しかった。
隣に座っていた欧米人のおじさんは、ところどころ声をあげて笑っていて、
私にはそれが面白かった。

『プライドと偏見』 ジョー・ライト
 
なぜかチャンネルがうまくあわせられず、英語音声中国語字幕だった。
ダーシー様は「達西先生」だった。
達西先生はやはりコリン・ファースの方がよいけれど、
でもよかったな、これ。

キーラ・ナイトレーはこういう気の強い役がいいですね、ブルネットで。

女の人を対照的に描こうとする場合、
ジェーンとエリザベスの対比はよくある構図だと思うが、
私は断然エリザベスがよいのである。
というのは、前々からメラニーよりスカーレットだと言っているのだから、
言わずとも公然のことだろうか。

しかし達西先生の邸宅、というかその周りはちょっと、どうなのかな。
それまでとカラーが違いすぎたように思った。

あー外、暑そうだな。

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2006年2月 6日 (月)

難しい数字のお話はわかりません

今日も雪、明日は雨。
困ったな、今夜は何としても帰らないと。

『バタフライ・エフェクト』 エリック・ブレス、マッキー・グラバー

バイトの後輩mりえちゃんが、最近観て、やたらとはまっている。
私も以前、他の人に薦められて観て、気に入っていたのだが、
別エンディングの存在を、昨日彼女から初めて知らされた。
そして更に、彼女がネット上で本作の批評を読み漁ったところ、
ある一点だけ矛盾があってそれが惜しい、とのレビューがあり、
はてさて、その矛盾とは何ぞや、という話になった。

で、また借りてきてしまった。

まず別エンディングだが、これはどうってことなかったので、どうでもいい。
やはりお互いあのまま去っていくべきだと思うし、
そのエンディングにしたって、ケイリーが振り向く時点でやりすぎだと思う。
いずれにせよ、あまりラストは気に入っていなかってりする。

で、その矛盾とやらなんだが、結局よくわからなかった。
矛盾なんて言い出したら切りがないと思うが、一点って何だ。
7歳時のお絵かきのときかな。
サッパーがいつの間にかいないことかな。
爆発するってわかっているのにわざわざポストに近づくとこかな。
ジェイソンが首絞めることかな。
社交クラブに入れた理由かな。

まぁいいや、来月彼女に会ったら、わからなかったと伝えよう。
というか、そんなレビューに惑わされている自分も何なんだろう。

アシュトン・カッチャーは、髭を生やしていた方が格好いい。
だって、顎、割れてるし。
でもデミ・ムーアだもんなぁ。

映画というより話が面白い。
常々格好悪いと思われがちな鼻血も、こうして見ればシリアスになるから不思議。
私もこんな下らない日記ではなく、真面目に日記をつけるべきかしら。

面白いな、と思っても、それについて特に調べようとか思わない、
熱の冷めやすい、というか熱の上がり具合の低い人間だから、
1つの作品に、それも完結した作品に、熱心になれるのって、
何だかとっても素敵なことに思えてしまう。

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2006年2月 2日 (木)

胸が弾んだ

イタリアンというのは、往々にして量が多い、気がする。
炭水化物が多いからそう思うのかしら。
いつものごとく、パスタをクリーム系にしてしまったからいけなかったのか。
いや、別にいけなくはないのだけれど。

でも美味しかった。
きのことクリームって、とても好き。
赤ワインがすすんだ。

しかし、それにしたって苦しい…。

『THE 有頂天ホテル』 三谷 幸喜

長かった。

三谷幸喜には、やはりドラマをやって欲しいと思った。
エピソードが多すぎて、やや疲れる。
カビラカップルはどう考えてもうるさいし、じゃまくさいし、好かない。
カメラの回し方も、verdeさん、kじ原さんが言っていた通りで、どうなんだあれは。

いやいや、単に文句は先に言ってしまおうというだけで、面白かったです。
役者はやたら豪華だし、うまいし。
篠原涼子、麻生久美子、松たか子はかわいかったな。
佐藤浩市はかっこいいし。
顔ぶれから、新撰組を思い出してしまった。

と、連れに言ったら、新撰組なんて観ていないと言われてつまらなかった。

話も豪華なんだな、多分。
それが豪華すぎてうるさかったところもあるのだけれど、
大晦日・正月にはいいのだろう。

お正月に2時間ドラマででもやってくれれば最高だったんじゃないかな。

非常に三谷幸喜らしい作品だったと思う。
エンターテインメントとして、とてもよかったと思うわけだ。
笑える、という点で。

どうでもいいことだが、TVドラマから出てきた監督、というのは、
やはりエピソードを詰め込みたがるものなのだろうか。

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2006年1月15日 (日)

魅力ある二つの陥穽

私の母という人は、実に気分屋で、
しかもその気分というのが、ころころと変わるから手に負えないのだが、
それは置いておくとして、機嫌がいいと、私が忙しかろうが、テスト前だろうが、
というか、テスト前は、一応家にいるものだから、被害が大きいのだが、
何かしらに私を巻き込もうとする。

せっかく、バイトが1コマ分なくなって、早く帰ってきたというのに、
あまり、意味がなかった。
まぁ、ただの言い訳に過ぎないといえば、それまでだが。

それにしても、中年女性というのは、どうして映画でもドラマでも、
静かに観ていられないのだろう。
どうして、答えを急ごうとするのだろう。
私の母だけではないと思う。

『彼岸花』 小津 安二郎

赤が目に付く。
鮮やか。

裏地が赤の着物とか、とてもかわいらしい。
母親の着物が、あれは紬なのだろうか、とても上品で、色も好き。
振袖なんかより、いいと思う私は、老けているのだろうか。

こういう父親って、観ていて、何だかかわいらしいなと思うけれど、
自分の父親だったら、絶対に嫌だ。

それに比べて、小津の映画の女性って、いいと思う、強くて。

ビールをうまく注げるようになりたいな。
別に、ビールはそんなに好きではないけれど。

クレジットまで観る人と、観ない人といて、私は観る人なのだけれど、
音楽を最後まで聴く、だとか、人の名前を確認する、だとか、
あるいは何と言おうか、一種の礼儀のような気分で観ているに過ぎない私は、
昔の、話が終わると「終」だとかそういったものが出てきて、
さっさと終わるのって、好きだったりする。

これを観ながら、母が隣で貴金属磨きをしており、
今現在、私も、持っている指輪たちを全て磨いてやりたい衝動に駆られている。

自ら巻き込まれていては、言い訳にもならない。

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2006年1月 8日 (日)

見解を持っておりません

うさこが記事を書いたのはいいが、というか嬉しいが、
おかしなことばかり口走るので、
もう少し私自身がまともなことを書くべきであるような気がしてたまらない。
でも、多分、無理。

『蝶の舌』 ホセ・ルイス・クエルダ

クラ友、であるけいこ嬢は、本作を観て、
「もうね、感動とかじゃないの、わんわん泣いてしまったの」
と混乱を伝えてくれた程に衝撃を受けたようだが、
実際、わんわん泣いてしまった私がいた。
夜中に観ていたものだから、
朝起きたらバイトだというのにお岩さん状態でたいそう困ったのであった。

あそこで石を投げられた彼は、いい大人になるのだろうな。
幼少期にこんな師に出会えたなら、尚更。

それにしても、流石、情熱の国の男女だな、と思った。

いい映画だったな。

同じくクラ友であるsalt嬢が紹介していた占いやら何やらをやってみた。
暇な人は、やってみたらいいと思います。

其の壱、おにぎり占い
私は鮭おにぎりなのだそうです。
時には世界中を泳ぎ回り、しかし故郷や家族への愛も強いそうだ。
当たらずとも遠からず、といったところだろうか。
結婚相手のイニシャルはY.Yだそうです、探して下さい。
…ヤン・ヨーステンかな。
いや、彼はJ.Jか…いや、でも和名にしてしまえばY.Y…。

其の弐、恋愛成績表
またしても、やられっぱなしだの、相手のペースでものごとが進むだのと出た。
考える力、とかいう恋愛に関係なさそうな項目しか成績がよろしくなかった。
あぁでも、精神年齢が初めて実年齢より若かった。

其の参、値段鑑定
中々よかった、総理大臣級だそうです。
9590万9969円。
心と人徳と運に支えられているらしいが、
それにしても、境遇という項目がとても悪かったのはなぜだろう。
やはり不幸の星の下に生まれたのだろうか。
そして才能もないらしい。
私を商品化すれば、世界一周旅行が4周できるらしいが、
しかし、私自身ができるわけではないのだから、どうしようもない。
いや、そもそも4周もできるのかな、1億足らずで。

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2006年1月 7日 (土)

もう仕方のないことです

学校が始まってしまった。

金曜日は通例、サークルのミーティングだが、今日はなかった。
流石に新年早々は、ね。
新成人の部長yしむは颯爽と実家に帰って行ったらしい。
いや、他人事のような口調だが、私とて新成人だ。

とにかくそういう訳で、私はさっさと帰るつもりだったのだが、
別のキャンパスで調べ物をする必要があった。
明日にしようか悩んでいた矢先、そちらのキャンパスのhりから、
飲まないかとの誘いがメーリスで回ってきた。

今更言い訳はしない。
誘いに乗ってこそ、私だと思う。

hり、Rii、wakと4人で、久々にお好み焼きを食べに行った。

最初は、それなりに普通の話題だったと思う。
確か食べ物について話していた。
ふと、wakが、今興味を持っている物という話題を提示した。
彼のそれは、オーパーツ。
そこから派生して、というかhりと私が乗って、
話は古代文明だの遺跡だの、スピリチュアルというか何と言うか、
とにかく非科学的な方向へ進んでしまった。

さて、残るRiiというのは、根っからの理系人間で、つまり科学信捧者だ。
彼は、昨年3月の沖縄合宿以来、幾度も、
文系人間の多いサークルの中で、科学・宗教論争を勃発させ、
特に、やはり理系であるはずのhりと、終わりのない論争を繰り広げていた。

Riiとhり。
役者は揃っていた。

かくして、もはや第何次だかわからない科学・宗教論争が幕を開けたのである。

当然、wakも私も参戦したが、どちらも反Rii派としての参戦だったため、
彼がやや気の毒であった。
しかし私は、彼らのお陰でやや視野が開けたし、
Riiもそうであった、と私は信じているので、よしとする。

…まぁ、面白かったといえば面白かったが、疲れたな。
こんなことを、同じ話題で、1年近くも続けている2人はすごい。
そしてwakは、帰る時、非常に物足りない顔をしていた。

どうしてこう、このサークルの人達は、議論好きなのだろう。
私も含めてだが。

そんな彼らが大好きだ。

『肉片の恋』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

肉って、あまり見たいものじゃない。

『フローラ』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

蛆虫はだめだ。

『アナザー・カインド・オブ・ラブ』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

あんな、一撫でですごい効果のマスカラが欲しい。
やはり口と言うのは何かを取り込む器官なのです。

『スターリン主義の死』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

臓器なんかを見せられるのに堪えられなくなったのは、
そういえばいつ頃からなのだろう。
昔は割と大丈夫だった気がする。

日本でこういう、歴史的シンボルだとか、
革命的為政者についての映画があまり見られないのは、
そういえばどうしてなんだろう。
徳川主義の死、とか、あってもいいのに。

『プラハからのものがたり』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

蛆虫だの臓器だの、本物を使ってるというのはわかった、わかったから、
だから見たくないって。
アルチンボルドという人の絵については多少興味が沸いた。

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2006年1月 5日 (木)

弱ります

『フード』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

名前も知らないけれど、なぜか挨拶などはする間柄、というのがあるが、
まさにそういう人が、よくわからないが、必死に、
ヤン・シュヴァンクマイエルはすごいすごいと言っていたのをふと思い出し、
ちょうど見つけたので借りてみた。

見るに堪えないのは、これだったか。

何といったらよいか、別に食い意地を張っているというわけではないが、
いやいや、まぁそれなりに張っておりますが、
そういうことではなく、それなりに食事にというか、食事作法に拘る人間なので、
不快感が募る、募る。
別に、ものすごく上品に、そつなく食事をしろ、というわけではなく、
食べ物を食べ物として扱って欲しいし、普通に食べて欲しい。

そもそもは食事をするシーン、というのが大好きである。
物を食べるって、見様によってはとてもやらしいと思う。
体内に取り込むって、すごいよな。

ユーモアが理解できない人間です。

『石のゲーム』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

最初の、石が2つだけのやつがいちばん好き。
まるみを帯びたものって、つまり曲線って、やらしいな。
つまりきっと往々にして、自然物っていうのはいいんですね。
…いや、別にいつもそんなこと考えて物を見ているわけではないです。

小さい頃、オルゴールを見ているのが大好きだったな。

『ワイズマンとのピクニック』 ヤン・シュヴァンクマイエル
(ヤン・シュヴァンクマイエル短編集)

ベッドの上の服が愛らしい。
こういうの、好き。
落ちが見えているのはよくなかったかも知れない。

『二人で歩いた幾春秋』 木下 恵介

いやはや、泣いてしまいますね。

高峰秀子って、特に美人というのでもないし、庶民的だなと思うけれど、
何でこういう品のよさがあるのだろう。
彼女が、というより全体的に。

こう、ところどころ、ふふっと笑えるのって、いい。

あぁ、明日から学校だと思うと憂鬱だ。
どうして休み中って、勉強も何もしないのだろう。
百人一首がしたかったなぁ。
坊主捲りしかろくにできないけれど。

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2006年1月 1日 (日)

そうするうちに年は改まって

年が明けた。

『タッチ・オブ・スパイス』 タソス・ブルメティス

機会があって、先日これの紹介文を書いたのだが、
書いた割におぼろげなところもあって、再び観てみた。
笑った、泣いた。

しかし先日も思ったことだが、
やはり、多くの日本人に民族問題はわからないのだと思う。
少なくとも私には理解し得ない。
宗教も希薄だし。

でも、「再び離れることがこわかった」ことくらい、わかるかもしれない。

料理上手で、理科もできるなんていう最高の男を捨てるなんて、
まったくもって信じられません。

『時代×4』 マイク・フィギス
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

観ていて疲れた。
そして、よくわからなかった、残念。
わからなかったくせに言うのもあれですが、
映像の表していることが、ありきたりな気もした、わからなかったくせに。

『老優の一瞬』 イジー・メンツェル
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

こういう、おじいちゃんの一生、ではないけれど若い頃から、みたいなもの、
大好き。
こんな風に言えるようになれたらいい。
でもあまり長生きはしたくない。

『10分後』 イシュトヴァン・サボー
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

理由が何も語られなかったことが、どうも想像力のない私には、気になる。
これだから結婚なんてよろしくない。

『ジャン=リュック・ナンシーとの対話』 クレール・ドゥニ
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

やはりフランス人は尊大なのか。
そう、受容と拒絶は表裏一体なのだ。
映画として、というより話として面白かった。

『啓示されし者』 フォルカー・シュレンドルフ
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

アウグスティヌスの、時についての話は以前ちらっと読んだが、
こんなことを言っていただろうか…大体はこんなことだったろうけれど。
しかし、虫はこわいな。

『星に魅せられて』 マイケル・ラドフォード
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

SFというのは元々特に好きではないけれど、面白かったな。
メトロでの、エレベーターの件が中々好きだ。
昔、何かの本で、やはりこういう、宇宙にいると、少しずつ時間が遅れていく、
というのを読んだことがあるけれど、もしそれが本当ならば、
私は地球に留まるほうを選びたい。

『時間の闇の中で』 ジャン=リュック・ゴダール
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

常々、ゴダールはよくわからない、と思っている私だけれど、
これは大丈夫、大体わかった。
たいへん面白かったです。
時効なんて、ない。
パンセの件が好き。

2006年になりました、響き悪いけれど、天気悪いけれど。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
いつだって、どんな年だって、そりゃ色んなことがあるわけですが、
何であれ、最後にはよい年だったと思える、思い込み得る年になったらいい。

さて今年の抱負は何にしよう。

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2005年12月30日 (金)

予感していたのです

『水の寓話』 ベルナルド・ベルトリッチ
(TEN MINUTES OLDER-GREEN-)

頭に荷物を乗っけるというのは、楽なのだろうか。
確かに壺とか、形によっては楽なんだろうが、これに関してはどうだろう。
いまだによくわからない。
首を悪くしそうだ。

ラストの電車が中々気に入ったが、しかし少ししつこかったかな。

しかし、毛深いな。

恋愛観分析というのをやってみた。
ちょっと面白かったので、どうぞ
もれなく私との相性まで出てしまいますが、よかったら。

いかにも選択肢から導き出されそうな結果になっていたが、
しかしそれなりに当たっており、痛いところを衝かれた私である。
社会ありき、自己犠牲、財力軽視、放任・無関心、場当たり的、なのだそうだ。

頼り甲斐があると思われているのに、
騙されやすいお馬鹿さんとなめられている、とはまたどういうことだろう。

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2005年12月25日 (日)

驚くくらいほっとするから

『パピヨンの贈り物』 フィリップ・ミュイル

子どもって、こうだよな。
わがまま言うから、あぁ、もう放っておこうと思うのに、
ついつい言いなりになってしまう、というか。
自分の身にふりかかると嫌だけれど、だから子ども嫌いなのだけれど、
人の身にふりかかっているのを見るのは微笑ましい。
いや、この子がかわいいからかな。

何だかんだ言って、子どもがかわいい映画には、弱いのである。

ストーリーは、ありきたりと言ってしまえばそれまでなのだけれど、
おじいさんが、偏屈というわけでもなく、かと言って優しいというわけでもなく、
そんな中途半端さが、よかったと思う。

山々がきれいで、遠景で撮っているところなんて、本当に目が休まる。
しかし蝶、というか虫嫌いな私は、恐怖を覚えたところもいくつか。
いや、本当に恐ろしい…多分こんな映画と知っていたら、
見なかっただろうから、知らなくてよかった。

クレジットで流れてた歌がかわいかったな。

夜から出掛けて、朝、富士山を見てきた。
ご来光。
日本の山もいいものですね。

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2005年12月24日 (土)

なんと単純素朴な

『トローナからの12マイル』 ヴィム・ヴェンダース
(TEN MINUTES OLDER-RED-)

そうそう、朝、眠い中運転するときって、
こんな風になるとき、あるんだよな…。
危ない危ない…。

どうでもいいことなのだけれど、
黒とか茶以外の目は、アップで見るとこわいな、と思ってしまう。
白内障の老人とか、特にこわくなってしまう。

『ゴアVSブッシュ』 スパイク・リー
(TEN MINUTES OLDER-RED-)

そういえばこんな選挙もあったな、と懐かしく思った。
中学生だった気がする。
ゴアになっていたら、何が起こらず何が起こっていただろう。

アナウンサーか何かの名前を挙げているところに、
間髪入れず、局名を挙げているのを挿入しているところが気に入った。
テンポがよくて、どこか音楽を聴いているような気分になっていただけに、
インタビュアーの質問がたまに入るのが、とても残念。

『夢幻百花』 チェン・カイコー
(TEN MINUTES OLDER-RED-)

がらがらと音を立てて、今にも崩れそうな、いや、既に崩れているけれど、
そんな廃墟だとか、とても好きなのだけれど、
あのおかしなデジタル臭のする線の集合映像に脱力、勿体無い。

都市部が発展しようが何だろうがそれは構わないけれど、
廃墟を残せているというのは、いいと思うのだ、私は。
例えば東京には、多分そんなところはないし、
穿った見方をすれば、残しておけない方が、よっぽど余裕がないんじゃなかろうか。
というのは、春にベトナムに行ったときにも思ったこと。

それにしても、こういう中国人て、何かかわいい…。

昨夜は、まるで幼稚園の先生のように、
工作というか、図工というか、とにかくそんなことをしていて、
思いの外、楽しくなってしまったのだけれど、多分それは、
そこが幼稚園ではなく、がきんちょがうろついていないからだろうと思った。

クリスマスイブ。
だからなのか何なのか、今日は忙しくなりそうだ。

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2005年12月20日 (火)

しばしば夢の論理以上に

1日中、手強い睡魔に襲われ続けた。
何が手強いって、その接近に気付けないのである。
あぁおそろしい。

先日ここにおいて、禁煙中であることを告白したが、
最も強く賛成してくれると思っていたasariの反応が思いの外冷たく、
何だか禁煙なんてすること自体、馬鹿らしくなっていた。
しかしまぁお金もかかるしな、やめられるならやめるに越したことはないし、
ちょっと頑張ってみようと思っていたら、どうやら本当にやめられる気がする。

昨日、Iさんと飲んでいて、
そう、飲んでいて、しかも目の前で吸われても、別につらくなかったし、
今日だって、部室で、久々に大人数で恐ろしく煙っていたけれど、
多少は吸いたくなったものの、大丈夫だった。

今回は、いけそうだ。

『失われた一万年』 ヴェルナー・ヘルツォーク
(TEN MINUTES OLDER -RED-)

ドキュメンタリーはやや苦手なのである。

文明がどれだけ偉いんだ、とかそんな陳腐なことは言いたくないが、
しかし、誰も知らない存在、がなくなっていくことは悲しい。
知らないものは溢れていた方がいい。

未開人も文明人も同じ人間、というのは何か違う。
別物なんだと思うよ、それは部族だの人種という社会のレベル以前に、
もしかしたら、というか当然なのかもしれないけれど、個人というレベルで。
ただ、どれだけのものを共有できるかであって。

わざわざ共有する必要なんてないときだって、あるのに。

いやいや、そんなこと言い出したら難しくってきりがないや。
というか、誰の話をしているのだろう。

『女優のブレイクタイム』 ジム・ジャームッシュ
(TEN MINUTES OLDER -RED-)

女優さんは大変だ。
女優、というより、著名人とか、大変だろう。

先日、学祭で某作家をお招きして講演会を催したわけだが、
彼がご家族を連れて来られて、確か5歳と7歳のご子息も一緒だった。
私はなりゆきで彼らのお世話をしていたのだが、
そのときに、やはり、著名人というのは大変だと思った。

多分まだ小さい彼らは、普通、の扱いを受けることは少ないのだろう。
いい意味でも、悪い意味でも。
少なくとも私には、その辺の子どもと同じように扱うことはできなかった。

そういうのって、気付いたときにどう思うのかな。
気付ければ、まだいいのだろうか。

全体の雰囲気が好き。

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2005年12月19日 (月)

多くの国々に跨る人々が

バイト後、eっつぁんと映画館デート。
人と映画を観に行くなんて久々だ、と思ったら、映画館自体が久々なだけであって、
最近は案外、人と観に行っていたことに気付いた。

『Mr.&Mrs.スミス』 ダグ・リーマン

下馬評があまりにも悪く、
じゃぁ何で観に行ったんだと言われたら、ちょうどやっていたからなんだけれど、
とにかくあまり期待していなかった。
そのおかげかどうかは知らないが、中盤くらいまではそれなりに楽しめた。

しかしトゥームレイダーと何が違うのかよくわからない。
いや、007とメキシカンが足されていただろうか。
ただのコメディとして通してくれたなら、私はそれなりに好きだっただろうが、
いかんせん最後がよろしくない、ひどい。

気になったのは、妻が孤児であることをカミングアウトしたときのこと。
まぁ、わざわざ役者を使って騙していた、というところが問題なのだろうが、
しかし孤児であることが問題かのようで、そして何の意味があるのか。
痴話喧嘩の種として、不可思議。
それから、夫に離婚歴があったことに怒る妻も不可解。
妻が312人殺していたことを妙にシリアスに描いていたのもいただけない。
そう、シリアスに描いてはいけなかった、何に関しても。

いやしかし、前述の通り、ただのコメディにしとけばよかったと思う、
と肯定的な意見を言っておこう。

開始10分くらいで、eっつぁんの隣に男子小学生3人が騒々しく入ってきて、
まぁ2時間ずっと騒々しかったわけで、子供というのは困りものだ。
元気というのは、必ずしもいいことではなく、必ずしも褒め言葉ではない。
あんな席にして、ごめんね。

その後、ずっと気になっていたタイ料理屋に行った。
おいしかったね、からかったけれど、おいしかったね。
また食べ過ぎて、店を出てからやや苦しんだ。

『結婚は10分で決める』 アキ・カウリスマキ
(TEN MINUTES OLDER -RED-)

調理場のカットがとても好き。
恐らく、多くの日本人に「祖国」という言葉はわからないのだと思う。
少なくとも私には理解し得ない。
あ、大黒屋光太夫にはわかったかも知れない。
だからこそ、どこか素敵に響いてしまうのかも知れない。

『ライフライン』 ビクトル・エリセ
(TEN MINUTES OLDER -RED-)

とても気に入ったけれど、台詞がなかったら更に好きだったと思う。
ミシンを踏んでいるカットが好き。
しかしブランコを漕ぐ足の気味の悪さといったらないな。
観ていて、ミレーの絵画を連想した。

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2005年12月15日 (木)

立ちのぼる紫烟の色と

sほさんが禁煙すると宣言していたので、実は私も密かに便乗している。
いや、堂々と宣言すると、ね、困るじゃないか。
と言って、これが案外続いているので、自分でも驚いているのだが。

しかし問題は、煙草の代わりにコーヒーをがぶ飲みしていることである。
コーヒーはとても好きなのだが、いかんせん胃がよろしくない。
…何をやっても不健康な気がして、少し悲しいのである。

『マンハッタン』 ウディ・アレン

ガーシュインの音楽は中々よいと思う。

おなじみの分析医だの鎮静剤だのインテリだのフロイト主義だの、
そんな言葉が微笑ましく思えるようになってきた。
とにかくべらべら喋っているものだから、英語がわかったらいいのにな、
と思ったがしかし、
普通に英語をやっても訳わかんない単語も多いだろうにとも思ったわけです。

プラネタリウムはいまいちだったけれど、美術館はよかった。

今日は、変な形の壜に惹かれて買ってしまった、
スペイン産ワインを一人ちびちび飲んでいるのだが、
これは一般的には寂しいことなのだろうか。
自分では全くそう思っていないのだけれど。

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