2009年9月26日 (土)

美食三昧

初めて聞いたのはまだ夏だったと思うが、
老人の休日かよ、と思った、敬老の日だし。

そんなシルバーウィークは、1日年休をくっつけて、
前乗りで南東北めぐりをしてきた。
福島1泊、宮城1泊、山形1泊、新潟1泊、最後に埼玉1泊、
ようやく巣鴨に戻ってきたのだった。

1県1泊となれば移動旅行だったのは言うまでもないが、
しかしどこでも渋滞に巻き込まれることなく、快適なドライブ旅行であった。
テレビで見た渋滞は一体どこの出来事だったのかと思うほどに。

山形から新潟に抜ける間、
日本海沿いの、信号もない国道をひたすら走ったのだけれど、
海に沈む夕日が本当にきれいだった。

関東で生活をしているだけに、
太平洋からのぼる朝日というのはそれなりに見てきたが、
日本海に沈む夕日というのは、そういえば見たことがない。
いや、あるのかもしれないが、印象にない。

とにかく、よかった。

しかし日が落ちた後は、広いとは言い難い、暗い知らない道が、
私の運転を覚束なくさせ、連れの苛立ちを買ったのだったが。

他に行ったところと言えば、
裏磐梯、安達太良、白石、仙台、鳴子、次年子、山寺、湯殿山、
新潟では特に何も見ず、といった具合で、
思い返せば山ばかりだった。
デジカメを持って行ったので風景を写真に納めたが、
時系列で見ない限り、いまいちそれがどこなのかわからないと思う。

よかったのは山形。
そば街道ははずしたが、山寺も湯殿山もよかったし、
何より季節のおかげか、景色がものすごくのどかできもちよかった。
右も左も一面、稲穂。
これぞ休暇、という気分であった。

山形はごはんも美味しかった。
まぁ、どこも美味しかったのだけれど、特によかった。
山形らしいものでコース作ってください、などと適当に頼んだら、
おいしいものが大量に出てきて、飲んだくれる余裕もなかった。
あけびの天ぷらを初めて食べました、おいしかった。
十四代もおいしかった。
いやはや、よい飲み屋さんでした。

連休明けは何だかんだと忙しく、というほどでもないが多少忙しく、
祝日もないごく当たり前の1週間が耐え難く思われる。
まぁ休暇取って散財したら働かないと仕方ない。

雪の頃にまたどこかに行ければいいかな。
倹約しなきゃ。

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2009年8月30日 (日)

お久しぶりです

しばらくぶりですが、私は元気です。

と、挨拶をしてみたものの、ネット上での発言をしばらくしていなかったせいか、
いざ何を書いたものかわからず、
先ほどから数行書いては消去してを繰り返している。

最近、私の周囲では結婚の話題があちこちで飛び交っている。
会社の同期など、同じ部署の女性3人のうち、
ひとりが既婚、ひとりが秒読み、残る私が変わらず結婚予定なし。
おかげでおじさんたちからの風当たりがまぁ強いこと強いこと。

ある友人が、25歳と27歳が結婚ラッシュの年である、と言っていた。
さてその心は、と聞けば、
大卒入社3年目、院卒入社3年目、ということらしい。
3年目、というのが何の目安になるかは果たして知らないが、
それはお互いが同じ年齢か2年違いかの場合にしか当てはまらないのでは、
と思ったが、そう指摘して相手を傷つけてもならないと思って、
何も言わずになるほどね、と返しておいた。
いや、傷つけてもならない、というか、
単にさして興味もなかったという方が正しいかもしれない。

まぁそんなことはどうでもいいのだが、
とにかく私の思うことには、私と同じか大して変わらない年の男女が、
病めるときも健やかなるときも死がふたりを分かつまで、
とまで考えているかどうかは知らないが、それに近い覚悟を持って、
特定の誰かと生活、というか残る人生の大部分をともにしよう、と思えることが、
私には不思議、というと語弊があるかもしれないが、
自分には到底できまいと思えてしまって、
だからこそ結婚の話を聞くと、私にはできないことをする彼らを尊敬するし、
まるで上から見るような言い方だが、よかったね、と心から思う。

だから自分の兄が結婚したときには、特にうれしかった。
同じ家庭を見ながら、その中で育ったはずなのに、ねぇ。

結婚した方がよいのではないか、という考えがあるわけではないのだが、
今後、結婚もいいかな、と思えるようになると、いいだろうと思う。
子ども嫌いだったのが、いつの間にかちびっこだいすきになっていたように。

とにかく既婚の友人知人、結婚の決まった友人知人のみなさん、
心から祝福します、おめでとう。

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2009年6月25日 (木)

さくらんぼ

誕生日には、毎年母がさくらんぼを買ってきてくれた。

まさか記憶にはないが、私が生まれて家に帰るその足で、
季節のものでもと、さくらんぼを買って帰ったらしい。
それで毎年、誕生日になると母はさくらんぼを用意してくれた。
甘いものがあまり得意でなくなったここ数年は、
生クリームのケーキより、よほどうれしいプレゼントだった。

今年はそんなプレゼントも望めないと思っていたら、
別の人がさくらんぼをくれた。

先のエピソードを覚えていてかどうかは知らないが、
しかし私がさくらんぼがだいすきだということを覚えてくれていて、
この季節に贈ってくれた。

元に戻らないものを悔やまないことはないけれど、
そうして新しいもの、今あるものを育まないこととは違う。

でも本当は、こんなに美味しい産地直送の箱入りよりも、
母がスーパーで買ってきてくれた、小さなパックのさくらんぼが、いい。

祝ってくれたみなさん、ありがとう。

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2009年6月14日 (日)

おしらせ

昨日、引っ越しをしました。

転居先はおばあちゃんの原宿です。
住所は駒込ですが、最寄り駅は巣鴨。
まぁどちらからも徒歩圏内ですが。
ちびっこからおじいちゃんおばあちゃんまでいる住宅街で、
思っていた以上に住みやすい土地で驚いています。

まぁ住みやすい部屋かどうかはまだわかりませんが。
今のところ快適ですがね、まだ生理整頓されているし。

引越しもあり、また仕事もちょうど立て込んでおり、
その他諸々であれやこれやと何となく時間が作れず、
人と会うこともネット上でやりとりをすることも、
果てや携帯電話を通じてやりとりをすることすらも疎かにしていましたが、
私は何とか元気です。

6月になったら、とか7月になったら、とか前々から言っていましたが、
申し訳なくも、またしばらく空かない週末が続くかと思います。
でも遊んでください、遊びにきてください。

以上、ひとまずご報告・ご連絡まで。
なお、新住所を知りたいという方がいらっしゃれば、
メール等下されば折り返しご連絡さしあげます。

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2009年5月22日 (金)

人のふり見て

最近笑ったこと。

昨日は久々に同じ事業部の同期で揃って飲んだ。
出産のため、7月から産休をとる同期がおり、結婚・出産祝いも兼ねて。
昨日に限って、9人中8人が早く上がれて、奇跡的な出席率となった。
いやはや、めでたい。

で、そんな同期のひとり、T村の話。

日中、外出時にたまたまT村に会った。
行き先などわかっていたが、とりあえず今日はどちらまで、と尋ねてみると、
得意先、と、銀行、との答えが返ってきた。

彼は常々忙しそうで、私は常々彼を気の毒に思っていたので、
何だ、案外暇そうじゃないか、よかったよかった、と安心したのだが、
今日の飲み代でも下ろすのか、と勝手ながらまず間違いないことを想像し、
わざわざ銀行に行くなんて、手数料を考えてだろうから、
ケチだな、との感想を抱いた。

ちなみに私もできるだけ手数料はとられたくないと思っており、
お前は主婦か、とよくよく言われている。

で、飲食の席でもその話題になる。
T村が銀行行くとか言うからさぁ、と話し出し、
私としては、上述の感想をそのまま素直に口にするつもりだったのだが、
それを遮ってT村は言った。

いや、俺本当に金なくて、財形崩してきたんだって。

あぁ、そりゃまぁ、手数料だの何だの以前に、ATMでできることじゃないな。
給料日前とは言え、たかだか数千円の飲み代のために、
財形を崩すって、というか財形を崩さざるを得なかったって、
笑ったんだけど、笑い事でもなかったような気がしてならない。

さて、来週には事業部内で、1・2年目揃っての飲み会の企画がある。
お約束ながら、お会計は2年目が持つわけだが、
昨日の席にて、この会の店をあれやこれやと考えていた。

各人がおおよそ2人分を払えば事足りるわけだが、
そもそも1人分の予算をどのくらいに設定するか。
店というより予算で頭を悩ませる。

で、先のT村。
お金がないはずのT村。
財形を崩さざるを得なかったT村。

一応1年目に夢見せてあげないといけないし、あんまり安っぽいとこはやめようよ。
AとかBとかCとか(我々がよく飲みに行く店)はさぁ、あまりにも恥ずかしいよ。

もう、声をあげて笑うしかなかった。

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2009年4月26日 (日)

健康第一

うきうきとGWの予定を立てていたが、
1日朝の出社を余儀なくされて、ややブルーな週末であった。

まぁ仕方がない。

さて、最近の私に吉報をもたらしてくれたのは、会社の同期であった。
妊娠、結婚という幸せな知らせ。

私は常々彼女から、「ねえさん」と呼ばれており、
そればかりかなぜか酔った末に、私の先輩・上司に、
「ねえさんはねえさんじゃなくて母さんなんです」と熱弁をふるっていたのだが、
それも強ち間違いではなかったようで、
まるで娘を嫁に出すかのように涙ぐみながらおめでとうを繰り返していた私であった。

さて、さほどに感激していた私だったが、
同様にその話を聞いて喜んだ、いつも昼食をともにしている同期たちと、
何か違いを感じた。

私は確かに祝福の思いは強いのだが、それ以上どうという考えもない。
まぁ実際にこどもが生まれたら、遊びに行ってかわいがろうとの目論見だとか、
どうせ人の、というか友人のこどもであるのだから、
ものすごくかわいらしいお洋服だのおもちゃだのを見繕おうとの目論見はあるが、
そういうことしか考えていなかった。

冷たいのかも知れないが、まぁ元気な子を産んで、よく休んで育てて、
健康な状態で戻ってきてくれればそれでよいだろう、と、それ以上はない。

が、周囲の友人たちが口にすることと言えば。

男の子?女の子?
名前は決めた?
モーツァルトの交響曲なんちゃらが胎教に最適なんだって。
英語の曲とか早めに聞かせた方がいいよ。
あの野菜が嫌いとかいうようだったら、こういうメニュー作るといいよ。
こういうグッズがあると一緒に買い物行くときとか便利だよ。
公園デビューのときはさぁ、学校はさぁ、…等等。

ついていけなかった。

私に弟妹にいないのが原因なのか、
はたまた女性らしい興味に欠けすぎているのか。

これまではむしろ、「ねえさん」だの「母さん」だの呼ばれ、
年上も含みながらも、私はおばさん扱いなのかと思っていたが、
この件に関しては、彼女たちの話を聞いて、
あぁ、おばちゃんぽいなぁ、と思ってしまった私であった。

そんなもんなのかなぁ。

とりあえず、彼女の前では煙草は絶対に吸わないことにする。

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2009年3月29日 (日)

愛憎紙一重

春なので、パンプスが欲しい。

現在、会社に履いていっているパンプスは、ブルーグレーのスウェード。
雨にやられて色味は変わってしまったけれど、お気に入り。
とは言え、春、はまだ誤魔化せても、夏には向かない。
だからそろそろ、新しいパンプスが欲しい。

と、思っていたら、GRIから15%OFFのお知らせが届いた。
お給料も入ったことだし、と、うきうきしながらうららかな春の陽射しの下、
自転車を走らせ、一路、NINE WESTへ。

飛び込んできたのは、鮮やかな色彩のプリント地。
春どころじゃない。
夏だ、リゾートだ。

言うまでもなく、好みである。
春なんてすっ飛ばして早く夏になって欲しい。
夏にもなって欲しいが、とにかくこのパンプスが欲しい。

試し履きして、鏡に映して、自分の太い足は無視して、
ただただパンプスにうっとりする。
ややヒールは低いが、普段使いには、リゾート使いにはちょうどいい。

しかし店員のひとことで我に帰る。

「華やかでいいですよね、通勤には流石にちょっと難しいですけれども」

通勤。
そうだ、通勤。
私は会社に履いていくパンプスを買いに来たのであった。
無様な足をくるむ華やかな鮮やかなプリント地を、泣く泣く、脱ぐ。

気を取り直して、通勤用パンプスを探す。

で、きれいなブルーのバックストラップを見つける。
恐らく、先のパンプスに出会っていなければ、迷いなくお会計を頼んでいた。
デザインはシンプルだけれども、さほどに色が気に入った。
が、悲しいかな、私は既に他に惚れていたわけである。

かと言って、件の華やかなパンプスを買ってしまっては、
ただでさえ憂鬱な春が、ブルーグレーのままになってしまう。
かと言って、ブルーのバックストラップを買ってしまっては、
確実に憧れと惜しさだけが残り、足元を見るたびに哀惜に駆られてしまう。
かと言って、両方買ってしまっては、
あまりの贅沢に恐ろしくて履けたものではなくなり、
何より生活苦に陥る恐怖に駆られる、くせに変わらない生活を送り、苦しんでしまう。

悩んだ挙句、何だかもう、気分までも悪くなってきて、
楽しんで買い物を続けることがとてもじゃないができなくなり、
他の店を回ってもまさか心惹かれるものに出会えることもなく、
結局、どちらも買わずに帰ってきたのだった。

が、帰ってきたくせに、依然として後ろ髪引かれる思いで、諦めきれない。

細々としたことを片し、掃除洗濯炊事を済ませ、
PCに向かって始めたことは、懲りもせず靴探し。
双方の画像をもう一度、と思って、PCをかたかた言わせていたら、
更に恐ろしい事態に陥ってしまった。

先の鮮やかな華やかなパンプスより更に私を興奮させるものを見つけてしまった。
USサイトで。

まずい。

店頭で見なかったのは、たまたまなのか、未入荷だからなのか。
入荷予定がなかろうが、ネットで買えるなら、
これはもう、通勤とかどうでもいい、買うのである。
が、悲しいかな、国外発送を受け付けていない。
言うまでもなく、他ではヒットしない。

まずい。

あぁもう、気分が悪い。
買えないだけにいっそう欲しくなるが、買えないものをどうしようというのか。
あぁもう、気分が悪い。
頼むから楽しく買い物をさせてくれ、いや、してくれ、私。

とりあえず、再来週あたり、少し頭を冷やして再度行って、
最後に見つけた大物が入荷されていなければ、
大人しくブルーのバックストラップを買おうと、今はそう思っている。

明日にはどう思っているか知らないが。
再来週、いざお店に行ってどう苦しむかなど知りたくもないが。

あぁもう、これだから買い物は苦手だ。

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2009年3月28日 (土)

手に余る

煙草ケースが欲しい。
ケースというか、ポーチというか。

会社近くのこきたない飲み屋に忘れて以来数ヶ月、
煙草を裸で持ち歩いているのだが、実に不便である。
煙草、ライター、ミンティアないしフリスクないしキスミント。
この3点をまとめたい。

日中、何かのついでに喫煙所に寄ろうとすると、
この3点に加えて、携帯だの書類だのを携えざるを得ず、
武骨なくせに小さな私の手は、いっぱいいっぱいになってしまう。
今から一服休憩してきますよ、というのがまるわかりなのもどうかと思う。

また、酔っ払った末に、裸のままの煙草を無造作にかばんに放り込み、
翌朝かばんの中に大惨事が引き起こされているのも、いい加減見たくない。

と、思うなら買えばよいのだが、どうも気に入るものが見つからない。

往々にして、ギャルギャルしい。
もしくはやたらとごつい、それも安っぽくごつい。
いずれにせよ、いい年した女性が、というか私が持つには似つかわしくない。

あるいは必要以上に上質、つまり値の張る、いわゆるブランド品だったりする。
財布ですら度々失くしている私である。
また飲み屋に置き去りにするとも知れないものに、
5桁ないしそれに近いお金を掛けられるような上等な人間ではない。
というか、お値段以前に、これもやはり私の好みに合わない。

何もそんなに凝ったものを欲しているわけではない。
世の中にありふれている大小の化粧ポーチたちを煙草サイズにしてくれれば、
かつファスナーを短辺にもってきてくれれば、それでよいのである。

欲を言うなら、財布と定期入れと合わせて、
4℃が革製でかちっとしたボルドーのケースを作ってくれれば
大枚もはたこうというものだが、まぁないものはないので仕方がない。

買い物って、難しいなぁ。

年度切り替え、つまり異動の時期。
色々と複雑な感情が渦巻くもので、それは周囲にも、もちろん私自身にも。
春は、憂鬱。

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2009年3月 2日 (月)

竜頭蛇尾

ふたりで時間を過ごすこと、を考える。

ひとり遊びがすきだが、人と遊ぶのもすきだ。
しかし誰かと、男性でも女性でも、友人でも恋人でも、
ふたりで時間を過ごすことというのは、中々難しいとも思っている。
嫌いだというのではない、苦手、というのも当たらない。
ただ、易々と、意識せずに楽しみを得られるものでもない、私にとっては。

一対一で話をすることが、少し苦手である。
我か彼かのどちらかに結論、というほどの話をするわけではないが、
話が偏ってしまいそうな気がするし、
どうせ偏るなら、自分を取り下げたくなる弱さも顕著になる。
また、人の顔を見るのが苦手な私は、どうも逃げ場のなさを感じがちである。

と、そもそも話をする、という点においてこれなので、
どうも人とふたりで時間を過ごすのは、難しく思えてしまう。
といって、嫌いではないのだ、本当に。
親しい間柄であれば、むしろすきだと言っていい。

さて、私は先日、学生時代の先輩と、デートをしてきた。
因みに、覚えておられるかどうかは存じないが、
彼もまた以前、まだお互い学生であった時分、
人とふたりで会話することの難しさを口にしていたので、
誘われたときはうれしい反面、少しばかり驚きを覚えたのであった。

で、そのデートであるが、模範的なふたり遊びだったなと思う。

私の趣味で庭園美術館、彼の趣味でゲーセン、
更に私のわがままでプラネタリウムバー。

それぞれが行きたいところに一緒に行く。
そもそも興味があるかないかは別として、とりあえず一緒に行く。
一緒に行って、それなりに楽しむ。
それぞれを尊重しつつ、ふたり一緒に楽しむ、という過ごし方。

彼が楽しかったかどうかは量りかねるが、私はやたら楽しかった。
まぁ仮に彼が楽しんでいなかったとしても、否定的な意見は発されず、
それもまた模範的なふたり遊びではなかろうか。

さて、私はこの週末、先の先輩とは別の人と、旅行に出かけてきた。
先日果たされなかった野沢へと、ボードと温泉の旅。
と言いつつ、結局、食と酒の旅だった感も、なきにしもあらず。

で、その旅行であるが、決して模範的ではなかったが、
ある意味、理想的なふたり遊びだったなと思う。

金曜夜出発の2泊3日であったが、
その理想的な様が最も顕著な2日目・土曜日のことを記す。

朝、ひとりもぞもぞ起き出して、眠りこけている連れをそのままに、
朝食を摂りに黙って階下へ降りる私。
睡眠より朝食の私と、朝食より睡眠の連れ、というだけであって、
何ということもないのだが、しかしこの1日をよく暗示している出来事である。

さて、野沢に着いて、昼前から宿に入れてもらい、
とりあえず1本飲んで、1本吸って、しばしだらだら。
だらだらの後、さて出かけるか、といって向かったのは、
ひとりはゲレンデ、ひとりは温泉。

ふたりで来ておいて、それぞれの行きたいところへ、それぞれ単独で行く。
まぁゲレンデの麓までは連れ立って歩いたが、
それから数時間、お互い、個人行動。

湯めぐりを楽しんでいたら、夕方には電話が入って、宿に戻るというので、
そこで私も湯めぐりを終えることにして、てくてく歩いて、
道すがら、ほかほかのおやきをふたつ、お土産にして、宿に戻った。

戻ってそれぞれ、感動を伝え合うが、どうも分かち合うまでには至らない。
そもそも興味もないので、聞いていても、決してつまらないとは思わないが、
しかし、へぇ、ほぉ、それは、うん、よかったよかった、と、
何だろうな、学校でのできごとを一所懸命話すこどもを前にした親、とか、
そんな気分で、微笑ましい気分で話を聞いていた。

たらふく夕食をいただいて、お腹がくちくなって、
おふとんを敷いてしまったのもあり、またもだらだらが始まる。

さて、連れはテレビっ子、私は非・テレビっ子。
連れはテレビの前で野球中継を前に、テレビ会話。
私はおふとんにもぐって、買ったばかりの川上弘美のエッセイに耽る。

ひとつの部屋にいながら、別々のものに夢中になるふたり。

まぁ終いには、私の文庫本は部屋の隅に投げやられ、
連れ立って夜のお散歩に出かけて、
戻ってまた軽く飲んで、歓談して1日を終えたわけだが、
やはり振り返れば、何とまぁ、お互い自分勝手なふたり遊びをしたことかと。

もちろん、2泊3日のうち、万事こんな感じだったわけではないけれど、
どうもこの旅行は、先のデートと違って、
ひとり遊び×2、という感のふたり遊びであった。

模範的とは決して言えないし、そもそも一緒に行く意味を問いたくもなるが、
しかしやはり、随所にふたりでいるよさもあったわけで。
かつ、ひとり遊びも楽しめて、お互いがお互いのひとり遊びを不満に思うでもない。
気を遣って、あるいは否定的な感情を抱かせながら、ふたりでいるくらいなら、
よほどひとり遊び×2の方が疲れもなく楽しめ、
またそれを容認できるという点を考えると、
理想的なふたり遊びだったかな、と、そう思ったわけである。

だから何だということもないのだが、
どちらのケースも私にはとても楽しかったなぁと円満に締めくくる。
いや、本当、デートも旅行もよかったです。

週末のたびに、楽しみがないと、ね。

あぁしかし、宿のごはんおいしかったなぁ。
峠の釜飯も予想以上においしかったなぁ。

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2009年2月 8日 (日)

疑問

携帯電話を2つ持ち歩いている。

ひとつは社用、ひとつは私用。
というのも半分くらい名目に過ぎない気がしているけれど。

2つ持つことになるまでは、なってからもしばらくは、
そもそも2つも持つ意図がわからなかったし、
何と面倒なことだろうと、複数の携帯を使いこなす人を見て、
感嘆よりも憐憫の思いが湧いてきたものであった。

しかしいざ2つの携帯を持つようになってみると、
案外、面倒でもない。

いやむしろ、しょっちゅう携帯を見失う私としては、
人に頼んで鳴らしてもらう手間をひとりで解消できるというだけでも、
面倒どころか便利グッズとみなしてやってもいい。
2つある分、携帯を見失う機会も倍増しているであろうことは、この際どうでもいい。

たまに使い方を混同してうまく操作できなくなることもあるが、
社用なんて私のお金で動くものでもないのに、
2つの携帯をそれなりにうまく便利に使っているのではないかと思う。

と思うがしかし、解せない。

社用携帯で全てを済ませてきた父が、
今になって私用携帯を持ったことが、どうしても、解せない。

なぜ今更。

退職までにはまだ時間があるし、
まさか取り上げられたわけでもなかろう、中学生じゃあるまいし。

たったひとつの携帯すら、中高年のステレオタイプそのままに、
うまく使いこなせていなかった父が、
一体どうしたら2つの携帯を持とうという気になったのか、私には甚だ疑問である。

と、そんな疑問をぶつけるほどの間柄でもない父娘。

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2009年2月 1日 (日)

ためになるおはなし

つぁんとF島と、恒例のだらだらごはん会をしてきた。

私はおいしいものがすきだが、日頃は別段グルメな生活をしているわけではない。
理由は様々あるが、懐の寒さと、
ひどくはない場所でお酒が飲めればそれでいいかな、というこだわりのなさが、
主なものかと思われる。

そんな2つの理由をもたないF島氏とのごはんは、
中々にグルメなものになるので、楽しい。

今日はふたりのすすめで、とんかつを求めて御徒町へ。
普段自分で選ぼうとはしないものだけに、人と行く楽しさを感じる。
もちろん食事そのものにも満足であった。

腹ごなしにアメ横をぶらつき、上野でコーヒー、つぁんを見送り、
秋葉原までてくてく歩いて、再びコーヒー。

先日、男性関係について心配されると書いたが、
もうひとつ、私は金銭関係についても心配されがちである。

特にこのグルメな彼は、私に常々、
保証人にはなっちゃだめですよ、お金を貸すときは一筆書かせるんですよ、
と言って聞かせてくれる。

で、今日も、連帯保証人と連帯債務者との違いから始まり、
金銭に関わるレクチャーを施してくれた。
いやはや、まったくもって、ためになるお話であった。

私はよくよく、人にお金を貸したことを忘れる。
あるいは意識的に忘れようとする。
よくないこととは重々承知なのだが。

しかし借りていることを忘れるわけにはいかないので、
もしも私にお金を貸している人があれば、すぐに遠慮なく申し出てください。
本当に、これはお願いします。

さて、なぜ貸したことを忘れたがるか。
単純に言うのならば、あの人お金返してくれないな、
と思ってしまうのが、何となく嫌だという、それだけのことかと思う。
相手に対しても、自分に対しても。

お金を返してくれない人のことは、どうしても嫌だなと思ってしまうし、
嫌だなというマイナスの感情を抱くことも嫌だし、
そうやって気に病むくせに返してと簡単に言えない自分も嫌なのである。

まぁでも、大した額でなければ、またお互い様の関係ならば、
本当に何とも気にしないのだけれども。
そういう場合はそもそも、貸しという名目でも、貸しという意識はない。

などと言ったら、F島氏に本気で心配をされ、
さっさと取り立てればいいんですよ、いや、僕が代わりに取り立ててあげますよ、
と親切にもまくし立ててくれたのであった。

私の今年の目標のひとつは、高圧的になることである。
まぁ笑い話のような響きではあるが、強ち笑い話でもなく。
強く出ることが必要である、という話で。

お金の話をする前に、クレームをつけるかつけないか、という話をしていたのだが、
この場合のクレームとは正当な主張のことだが、
彼と私とは、お互い極端なもので、彼はかなり強く言い、
私はなぜか下手に出てしまうか、あるいは泣き寝入り、ということがままある。

F島氏ほどの強さは望まないが、
まぁその半分くらいの強さを見習ってもいいよなぁ、と思った今日であった。

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幸福の科学

謙虚な人間でいたいなぁと思います。
思う時点で謙虚ではないわけですが。

人に親切にされることは、非常にうれしいことである。
普段、さして自分を顧みないように思われる人なら、尚更。
それがどんなに小さなことであっても。

先日、人に連れられバスに乗ったら、彼の人がバス代を出してくれた。
やたらうれしくて、申し訳なくて、
ありがとうとすみませんを交互に繰り返していた。

また別の機会。
同じ人がコーヒーを淹れてくれた。
外から戻ってきた途端、という絶妙のタイミングも手伝って、
ブラックでいいよね、という伝心も手伝って、
あ、私、今、幸せ感じた、と、つい口をついて出た。

当の相手は言う。
お前のそういうのって、謙虚さとか通り越して、日々の不幸の表れだよな。

幸せって、言ってるのに。

更に言う。
いつの日にか、いじめてもありがとうとか幸せとか言い出しそうで面白いから、
常に冷たくあしらってやろうかな。

まぁそういう彼は、ありがたいけれども。

話を聞いてくれる友人は、とても大事、と思った今夜。
あ、いや、私のこと大事でしょ、ってことじゃないよ、とかまた変なこと言って、
笑ってもらえた今夜でした。

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2009年1月25日 (日)

行うは難し

色々な人から、将来を心配されている。
主に、男性に関して。
変な男にひっかからぬよう、と。

お前には幸せになって欲しいんだよ、との友人の言は、
ほろりとくるほどありがたかったが、そこまで言われる私って、と、
自分で自分が気の毒にならなくもない。

最近は、母からも随分と心配されているようで。

もう長いこと、大いなる面倒と小さな羞恥から、母には恋人不在を言い張っている。
まさか本気にもしていなかろうと思っていたが、どうやら本気にしているらしい。
この娘なら、あり得ると思っているのだろう。

兄が結婚しようという段になり、いよいよ私が心配になってきたらしく、
最近は何かにつけ、異性関係を話題にあげてくるのだが、
しかしどうにも腑に落ちない。

彼氏はいないの、だの、出会いはないの、だの、
そういうことを興味津々に聞いてくるのならばまぁよいのだが、
母は真顔で言う。

「不倫だけは、やめときなさいね」と。

この娘なら、あり得ると思っているのだろう。
いや、あり得るどころか、ある、と思っているのか。

今日はわざわざ留守録に、上の言葉を残してくれた。
留守録の使い方を間違えている気がする。

何だろうね、これ。
本気だから、笑えん。

私はブラザーコンプレクス気味なので、臆面もなく書いてしまうが、
私の兄は、まぁそれなりに真っ当でよい人間だと思う。
所詮私の兄ではあるが。

で、そういう真っ当な兄を見ると、
私は間違っても自分の恋人を親に紹介する気にはなれない。
いや、紹介とまでいかずとも、人となりを説明する気にもなれない。

つまり、先に面倒と羞恥と書いたが、
実のところ、ブラコンゆえに、いらぬ引け目を感じて、
いつまでも恋人の存在を明かせないのだろう、と自分では思っている。

いや、誰に関しても、決して相手に問題があるわけではないのだが。
むしろ自分の自信のなさを恋人に転嫁している私に問題があるのだが。

はればれと、親、とまで言わずとも、人に恋人を紹介できるような人に、
なりたいものである。
きっと私さえそうなれば、これほど周囲が心配の目を向けてくれている以上、
変な男にだまされることもないんじゃなかろうかと、
そんなことを思う最近である。

不倫だろうが何だろうが、私が堂々と人に紹介できるなら、
まぁそれはそれで悪くないんじゃないかと、思うわけだ。

いや、不倫はしてないですよ。

太宰を読んで、浮いたり沈んだりしているこの頃。
気まぐれなんだから、もう。

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2008年12月30日 (火)

信用ならない

昨日は、久々に若者とお勉強をし、
やっぱり甥っ子・姪っ子が欲しいと切に思った。

血縁じゃなくてもいい、誰か私に可愛がらせてくれるこどもを早く産んでくれ。

今更だが、私は喫煙者である。
昨日は日中、仕事をしつつ、12時間の禁煙を課せられたのだったが、
やはり吸いたくなるものだなぁと改めて思った。

そういえば最近は、部署内の喫煙所には行かないものの、
仕事中も外出の度に吸っているし、
他部署の閑散とした喫煙所ではこっそり煙をくゆらしている。

某サークルの先輩方には、就職とともに煙草をやめられた方が数人おられるが、
私の場合、職場に愛煙家が多いこともあって、
やめるどころか増えているような気がしないでもない。

健康被害が気にならないでもないけれど、
何となく、いやどうにも、手放せないでいる。

さて、私の職場は極端に女性が少なく、
世間一般ではセクハラと騒がれるであろうことが、
当たり前のように、悪気もなく横行している。

被害者たる私自身、
もはや何を言われようと何をされようと、セクハラと思うこともないのだが、
しかしこれだけはセクハラだろうと思うことが一点。

例えば宴席で。
みんなが煙草片手に談笑している中、ふと私に向かってこんなことを言う。

「お前、女の子なんだから、煙草もほどほどにな」

セクハラというか、男尊女卑というか。
目の前でぷかぷか煙を吐き出しながら、一体何を言うのだろう。

と、いうことを、昨日一緒に飲んでいた人に言ったら、
もう彼女は煙草を断った身だというに、私以上の立腹振りを見せ、
一見優しげな言葉を吐くやつが、いちばん信用ならない、
と、何だかやたら納得させられる、何か裏のある言葉を吐いたのだった。

2008年もそろそろ終わりですね。
みなさん、今年も私を幸せにしてくれてどうもありがとうございました。
恒例の年越しイベントに今年も参加できないのだけが心残りですが、
どうぞ2009年もよろしくお願いいたします。

どうか私のだいじな人々に、よい年が訪れますよう。

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2008年12月28日 (日)

おわりがみえない

年末ですね。
今日は会社のことでも。

年末進行なるものを、甘く見ていた。
といっても私は現場の人間ではないので、さほどのことではないはずなのだが、
どうしてか帰れない、クリスマスって何だっけ。

まぁでも、終わってみれば、なぜ帰れなかったのかわからない。

毎日毎日眠い眠いと思いながら、あれよあれよという間に仕事納めの26日。
仕事納め、即ち忘年会の26日。

ここ一月くらいの間にお会いした方々は、
私がいかに忘年会を忌避していたか、ご存知かと思う。
新人に演芸を課すってそれ、いつの時代だよ、と思っていたが、
周囲に聞けば、案外いまだに多いらしいですね。

事業部総勢200余名の前で、晒し者になる10名。
まぁそんなのは仕方ないかな、と早い段階である程度諦めはついていたが、
何がそんなに嫌だったかって、衣装である。
ワカメちゃんじゃあるまいし、何だこのミニ。

と言っても踊る前から飲んでいたし、もはや自身ではどうでもよくなっていたのだが、
やはり恥を知らない中年たちからの指摘は面倒であった。
何も私は、セクハラだとかそういう文句を言いたいのではない。
ただただ面倒であった、という話。
恐らく年明けもしばらくは言われ続けるのだろう、あぁ。

演芸のため、会の半分以上は裏に控えており、飲食には満足しないまま、
しかし一仕事終えた満足は得て、一次会はお開きとなる。

が、問題はここからである。

さて、私には部内で主に酒席を縁として仲良くさせていただいている先輩が3人いる。
内、T氏は忘年会自体をサボタージュ、早々15時くらいには帰途に。
そのくせ生足ミニスカの写メだけは方々に頼んでいた迷惑な御仁である。
続くO氏は同じ課の3年目。
残るN氏は隣の課の2年目。
4人でだらだら気楽に適当にひどく飲めるくらいの仲かと私は思う。

二次会は部で催されたのだが、なぜかカラオケ。
いや、なぜかも何も、そもそもは飲み屋を予約していたのに、
直前にオーバーブッキングで断られ、この時期他の店も確保できず、
仕方なしにカラオケとなったわけである。
一連の予約騒動の間に幹事・O氏の纏っていた悲壮感といったらない。

なお、事前にO氏から、
老若まとめて一室で、紅一点で、すきな曲も入れられなくて、
飲食も会話も満足にできやしなくて、絶対お前大変だよな、と謝られたが、
紅一点、というのを除けば、そっくりそのまま彼の本音だったことは言うまでもない。

カラオケをこれほど面倒に思うにはそれなりの訳がある。

隣の課のS課長は、いわゆるいけめんで、気さくで、とてもすてきな方である。
カラオケとなるといっそうすてきで、彼はミスチルがすきなのだが、
これがまた本当に上手で、もう、めろめろ。
というのは最初の2時間。
夜通しS課長コンサートに付き合うのはそれなりに疲れるもので、
私は初参加を終えた朝、サラリーマンとは何たるかを、実感したのであった。

なお、早々に逃げたT氏はこれを、
S氏ミスチルうまいよきゃーすてきコンサート、と呼んでいる。
長い。

まぁ今回はS課長単独ライブにはならないにしても、
どうも上司やら先輩やらとカラオケ、となると、行く前から疲労を覚えるのであり、
それはO氏もN氏も同様なのであった。
移動前、一次会会場の喫煙所で、
O氏、N氏、そして隣の課の同期で徹夜明けのT村くん、私の4人で、
無言のままにため息とともに煙を吐き出す。

で、実際、それなりに楽しかったがしかし、かなり面倒な会となった。
紅一点、の苦労をこの日ほど感じた日もなかった。

若い女性なんだから、と部長の隣に座らされ、
若ぶった曲が入れば意味もなく名前を叫ばれマイクが回され、
女性ボーカルの曲が入れば意味もなく名前を叫ばれマイクが回され、
古めの曲が入れば知ってるのかと問われた挙句マイクが回され、
常日頃絡んでくれる方々からは、席を立って部屋を出ても絡まれ、
何度席を立っても親切にも部長の隣に戻され、
O氏は毎度入れる内輪では定番の曲を誰も知らないと言われて切られ、
N氏は十八番の和田アキコを3回も歌わされ、
隣の課がやたら体育会系なこともあってか、やたら騒がしく混沌とした会であった。

なお、結局私が自ら入れられた曲は1曲で、
それは津軽海峡・冬景色だったが、1番を歌ったところで、切られた。

そんなこんなで、当然不完全燃焼のまま、二次会を終える。
23時半くらいだったろうか。
仕事納めだし、どうせ電車は混んでるし、タクシーはつかまらないし、
いくつかの集団に別れて歩き始めるも、誰も帰ろうとしない。
が、何としても徹夜明けのT村くんを帰してやりたい、
どうにか中年たちとおさらばしたい、というのは私だけでなく、
O氏、N氏共通の念であったらしい。
O氏が何やらうまいことを言って、若手4人で他からはぐれることに成功。
見事、T村くんを帰らすことに成功。

一息ついて、さて、どうしよっか、と誰ともなく言い出したそのとき。
N氏の携帯が鳴る。
ミスチルだいすきカラオケだいすきS課長、他の部署の三次会に合流したS課長、
彼からの、お前らもさっさと来い、という指令であった。

しばし呆然とするが、行かないわけにもいくまい。
というか、そもそもは3人ともカラオケがすきだからまた拒否するに至らない。
とは言え急ぎ駆けつけるのも癪だろう、と、ラーメンを食べることに。

私は麺類を食べるのが遅い。
何というか、こう、啜るのが下手であり、かつ猫舌である。
もう随分と前に、サークルの同期数人とラーメン屋に行き、
ひとり取り残されたのはいまだにトラウマである。
というのを、O氏もN氏も、以前一緒にそば屋に行ったこともあって、よく知っている。
ふたりして早々に食べ終わり、私を挟んで呆れた顔で文句を垂れる。
しかしO氏は言った。
「何かもう、いっそお前がこのまま食べ終わらなかったら、行かなくて済むのにな」

私もどうにか食べ終わり、池袋の747へ、
N氏はセブンフォーセブンだと言い張り、私はななよんななだと言い張り、
O氏はどっちでもいいよと戦線を離脱し、ふたりでぎゃぁぎゃぁ言いながら向かう。
因みにさっきgoogle先生にお伺いを立てたところ、私の負けであった。

ふと携帯を見たら光っていて、早々に帰ったT氏から労いのメールが入っていた。
少しばかりメールの送受信を繰り返すが、だんだんと腹が立ってくる。
これだから酔っ払いはよくない。
腹立ちに任せて、とうとうT氏に電話をかける。
もう、私、結構頑張ったと思うんですけど、Tさんずるいですよ、とか難癖をつけると、
当のT氏はそういう私が非常に面白いらしく、げらげら笑っていた。
ちょっと悔しくなるが、同時になぜ私は怒っているのかと自分を恥じる。
で、案の定、翌朝自分の行動に沈むのであるがそれは数時間後のお話。

T氏との電話を切って、2人にやや遅れて部屋に入る。
ここもやはり、騒がしく混沌とした部屋であった。
しかしここには同期が3人おり、まぁひとりは寝ていたが、とにかく安心する。
O氏は「これは一体どんな流れなんだろう」と言うが、
懲りもせず先ほど切られたお気に入りの曲を入れる。
今度は切られることもなく、彼も私も、おそらくN氏も多少の安堵を覚えたのだった。

まぁそれなりに騒いで、かと言ってやはり歌えるでもなく、
仕方ないのでひとりでだらだら熱燗飲み続けて、色んな人と乾杯をし、
N氏にまたお前そんなに熱燗なんてよく飲めるなと呆れられ、
O氏はいつの間にか自由型で面白い寝相を披露しており、
それを見たN氏は、お前水飲ましてやれよ、と言って、
拒否する私の手を無理矢理とって、その口にペットボトルの水を垂らすと、
よく寝ていたはずのO氏はむくりと起き上がり、
隣にいた人からお前よく寝てたなと笑われたのに対して、
いや俺はそんなことより今俺に水を垂らしたやつに本気で怒りを覚えてるんです、
などと返すものだから、私は怯えて縮こまって、朝まで過ごしたのだった。

朝。
ほたるのひかりが流れ始めると、ひとり6500円ずつ徴収される。
我が部の場合、こうした会は課の積立金で全てが賄われるというシステムのため、
まさか徴収されると思ってなかったらしいN氏は、
このときから少なくとも1時間は文句を言っていた。
まぁわからないでもないが、そう虫のよい話もないものである。

さて、三次会を終えてもいまいち不完全燃焼の感。
すっきりした顔で帰っていくS課長以下先輩方に年末の挨拶をし、
またしてもラーメン、と言い出すO氏とN氏。
N氏の同期・M岡氏、私の同期・I倉も連れて、2度目のラーメン屋へ。
O氏、I倉、私の3人はここまで来て朝からビールを飲む。
朝まで飲んだその後に、ファミレスでビールを飲むwakをふと思い出す。

またしても私のラーメンを食べる遅さにケチをつけつつ、
何か、まぁ、長い夜だったよなぁ、楽しかったけど、などと言い合いながら、
帰るの面倒だねぇ、と何となくだらだらする。

私は飲んだ後のこういうぐだぐだな感じが、割とすきである。
いわゆる学生気分、の延長なのだと思うが、
こういう気分はもう少しの間、捨てたくないな、と何となく思う。
そしてO氏もN氏も、こういうぐだぐだが嫌いじゃないことを、私は知っている。
I倉も、こういうぐだぐだがすきだということを、私は知っている。
そういう人々と出会えたことや、それを知る機会を持てたことだけとっても、
今年もいい年だったかな、と思えた仕事納めの長い長い1日だった。

などとしみじみ思ったその後、
JRで寝ぼけて長年染み付いた習性からか、新宿でいったん電車を降りてしまい、
あぁ違うと思って再度乗ったはいいが、今度は京急で網棚に荷物を置き忘れ、
かつ一晩のうちに2度も食べたラーメンに胃を痛め、
ひどい空気の中で煙草を吸い続けたつけに喉を痛め、
ろくな睡眠も取れずに柄にもなく数日頑張ってしまったつけに熱を出し、
鍋パーリーの約束も守れず寝込んだ27日であった、ごめんなさい。

今年もあと数日、真っ当に生きて新年を迎えたいと思います。
とりあえず職場のみなさま、誰もここを読むことはありませんが、
今年はどうもお世話になりました、合掌。

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2008年12月 7日 (日)

くらくら

金曜のこと。

めまぐるしいな、と思っていたら、眩暈を起こした。
どうにもしようがなかったので、急遽、半休をとって点滴。
勤務時間たったの7時間半、バイトかよ、という時間で早々に退いた。

そしてもちろん、土曜日曜出勤せず。

こうなると明日行くのが恐ろしい。
たとえその場は凌げても、後々つけが回ってくるのがわかっているから、
年休はまだたんまりと残っている。

さっさとうまく休めるような要領を身に付けたい。

土曜のこと。

兄の結婚相手が、はるばる仙台から、わざわざ神奈川の田舎まで来て下さった。
どうしようもない兄が、両親に真面目に挨拶をしているのを見て、
なぜか私が涙ぐむ。

なぜ私が。

もうすぐ暮れていく2008年だけれども、
いちばんうれしかったことは、この結婚話であろう。
この件は、考えるだけで、なぜか私がのろけ、かつ無性に泣きたくなる。

なぜ私が。

しかし横浜はきれいだった。
しかし中華街は魅惑的だった。
空飛ぶじゅうたんみたいなストールを買ってしまったが、
用途を同じくするものを一体いくつ持っていることやら。

日曜のこと。

女3人で映画を観て泣いた。
ひどく泣いた。

「私が心配しちゃいけないっていうの」という台詞が、残る。

ラスト、家族を想って嘘をつくだとか、そうでなくとも温かな言葉を遺すとか、
そういう締め方もあっただろうけれども、
そういうきれいごとにされてたら、私はどうせ泣くんだろうけれども、
しかしやっぱり興醒めで。

結局、最期に語ったのも、綴ったのも、自分のことだったというのは、
生々しくて、嫌いじゃない。

しかし新宿は都会だった。
買い物をする男女のうち、男性の方が心なしか浮かない顔をしていたのは、
クリスマスという口実に、出費が高くつきでもしたのだろうか。

あぁ、泣き通しだったせいで目がしぱしぱする。

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2008年11月30日 (日)

拘泥

今年も残すところ、あと一ヶ月。

去年のそれよりよほど書き込むことの減ってしまった手帳も、
残るページは数えるほどとなった。

手帳といえば、ここ2年、気に入っているのはpaperblanks製品。
使い勝手、デザインともに申し分ない。
やはり昨年同様、Amazon.comに頼って、米国仕様のものを注文しようと思ったが、
どうも見つからなくて、仕方ない、日本仕様のものを買うか、と思って、数週間。
やっとのことで文具屋巡りに繰り出した。

昨年あたりから日本でも注目され始めたpaperblanks。
しかし今年はMOKESKINの猛威に押され、見つけるだけで少々骨を折る。
それでもどうにか発見し、まぁ当然日本仕様のものしかないが、ひとまず中身拝見。

がっかり。

あぁもう、まるっきり仕様が違う。

まず週間予定と月間予定が交互になっているのが気に喰わない。
週間と月間のふたつを同時に使いこなせない私には、
月間だけ巻頭にまとめてもらった従来型、というか欧米仕様の方が勝手がよい。
週間予定だって、見開き2ページで7日間がいいのに、
左1ページで7日間、右1ページでメモって、そんな。
それから巻頭なり巻末に入る、何ていうの、あれ、おまけみたいな情報頁。
それが充実していない。
時差表が載っていないあたり、日本仕様。
極めつけ、気に入ったデザインのものに限って、
週間予定が縦並びの時間刻み。

うぅ、あぁ、もう。

で、どうしようかと迷って、隣のMOLESKIN製を開いてみれば、
求めているそのものがそこにあった。

ここは使い勝手と中身のお洒落さ、そして流行をとって、
真っ赤なMOLESKIN製に鞍替えしようかと、思うがしかし、
やっぱりサイズとデザインが捨てられない。
2年間愛用してきたpaperblanksを見捨てるのも何となく忍びない。

で、結局、来年もpaperblanks製。

往々にして私は、何か気に入ったメーカーなりショップなりがあると、
中々鞍替えできないのである。

思えばpaperblanks製品に一目惚れする前も、
何といったか忘れたが、とにかく同じところの手帳を5、6年使っていた。
石鹸類はLUSHだし、靴はNINE WEST、鞄だの財布だのは今は亡きGAULTIER。
まぁ、お財布は色にこだわった挙句、4℃に鞍替えしたが。

来年あたり、やはり文具屋で迷った挙句の結論がどうなるのか、
我ながらちょっと楽しみだったりする。
まぁMOLESKINの仕様が変わらない限りは、
大人しく真っ赤な少し小さめの手帳にするんだろうなぁ、と、
2009年すら始まっていないのに、そう思っている私って、何なんだろう。

備忘のためにも読んだ本の記録くらいつけたいのに、
それすらも億劫になっている、よくない傾向。

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2008年11月25日 (火)

悩むならそこじゃなくて

久々に会ったkaneに、おそらく以前交友のあった男性との仲について、
いや、もしかしたら全く別件なのかもしれないが、とにもかくにも、
ちょっとのろけててむかついた、と言われた。

のろけ。
久々に会ってそれかよ、という感想は置いておくとして、
のろけ、とは何だ。

思って、彼の人について書いた記事を読み返してみたが、一向に解せない。

しかし端から見て「のろけ」なのであれば、のろけなのであろう。
そういえばゆきんからも、再三彼の人との復縁を促される。
これは彼女に対して「のろけ」を披露した結果だろうか。

因みに、彼女に対しては、
彼の人以外についても散々「のろけ」なるものを披露したはずだが、
他の人を認める気はさらさらないらしく、まぁ正しい判断ではあるが、
私としてはそんな反応が非常に面白い。

確かに、彼らが「のろけ」を感じたらしい相手は、
いまだに友人として素晴らしい相手だが、それ以上のものは何もない。

断言しよう。
何もない。

人類愛以上のものを、いい加減もつべきだろうか、23歳。

しかしやっぱり、気兼ねなくありとあらゆることをを話せる彼の友人は、
いまだに大事な無二の友人で、
そういう意味ではいつまでだって、のろけるほどの愛情を注いでしまう。

それは何もひとりに限ったことではなくて、友人て、そんなものだ、私にとっては。
そういう意味では、方々でのろけている私がいる。

やっぱり、友人が優しすぎる間は、私の限りある愛情の矛先は、
彼らにしか向けられないな、と思ってしまった、
世間的には気の毒かもしれないけれど、私にとっては幸せな連休最終日であった。

忙しいと思われていることが、歯がゆい。
そんなんじゃ、ないのに。

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2008年11月23日 (日)

あなたにとってよい場所

どうもご無沙汰しております、私です。
更新滞っておりますが、元気です。

自宅でPCを開くことが、減った。
めっきり減った。
忙しいから、というわけでもないのだが、会社のPCで全てがカバーされてしまう。
朝の天気予報もテレビで見るようになったし。

そう、別に忙しいわけではない。
F島と話すたびにふたりで笑うように、
私は、忙しい自分、をアピールすることは嫌なのだが、
それを差し引いても私はさして忙しくない。

ことあるごとに、忙しいよね、と言って遠慮されるのがたまらなく淋しい最近。

まぁ仕事のせいでせっかくの誘いをドタキャンした実績もあるし、
それ以上に仕事以外のことで振り回されているのは事実なので、
そう言われるのも仕方ないのかもしれないけれども。

さて、そういう状態で、友人と話す機会も少なくなってしまったので、
ちょっと最近くすぶっている、腑に落ちない、しかしどうでもいいことを書く。

ここ1年ほど、私は独り身を謳歌している。
謳歌、などと謳うと、強がっているかのように思われるやもしれないが、
実際、楽だと思って、恋人の必要性を大して感じていないというのが本音である。

甥やら姪やらの必要性は日々感じているが。

人間、年を食うとお節介になるもので、
会社の人と飲みに行くと、恋人不在の私の身の心配からか、
必ず1度はそのネタが挙がる。
最初のうちは、すきなんだろうなぁ、と仏の顔で曖昧にやり過ごしていたのだが、
毎度毎度これだと、いい加減、面倒である。

最も不可解かつ苛つく言い回しとしては、
「お前も自分の幸せのことを考えなさい」というものである。

充分、幸せなのに、なぁ。

まぁそんな言い回しも、何も本気で恋人イコール幸せと考えているわけはなく、
慣用的に使っていることくらいわかってはいるが、
やはり一般的には、恋人のいないことを気の毒に思う風潮が強い。
私とて、ネタとしてそう言うことはあるけれども、そんなに気の毒なものだろうか。

ありがたいはずの心配も、素直に受け取り難いひねくれ者である。

まぁ、仲のよい先輩から深夜に一言、
「さっさと男作れ!頼むから!」とメールが来たときには、純粋に笑ったけれど。

年を食うと、と先に述べたけれども、
独り身を気の毒に思ってくれるのは、必ずしも年上の人々ばかりでもなく。

先日私は、全身黒ずくめで、
更に黒いレース編みのウールのストールを巻いていたのだが、
それを見た同期が、未亡人みたい、と笑った。
ので、私は、恋人もいないのに未亡人になっちゃった、と笑った。
で、周りも一緒に、笑った。

が、ひとりだけ、神妙な顔で沈黙している同期A。
そして我々の笑いが収まった頃に一言。
「ごめん、それはフォローできない」

更にその後、なぜか柑橘類の話になり、
私は伊予柑があれば何もいらないよ、などと言っており、
またしても周りとともに笑っていたのだが、
やはり同期Aは爆弾を投げた、それも一所懸命、本気で励ましながら。
「そうだよ、ねえさんはひとりじゃないよ」

一応付言しておくと、私はこの同期Aの空気の読めなさというか、
おかしな純朴さが、ものすごく気に入っているので、そういう心配は要らない。

まぁそれだけです。
というか、つらつら書いていたら、どう結論付けようとしていたか忘れました。

もしかしたら、友人のみなさんが遊んでくれなくなったら、
私も恋人イコール幸せと考えるようになるのかもしれません。
でもそういう考え方を、どうも淋しく感じる私なので、みなさん、遊んでくださいね。

うん、円満な終わり方。

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2008年10月 5日 (日)

おかしみ

例えば、幹部。

幼い頃、幹部、という言葉には、そこはかとなく危険な、黒い響きがあった。
悪の元締めというか。
ものを知らないこどもだったものである。

高校生になって、部の上層部、これもまたやや不穏な響きではあったが、
とにかく上層部を幹部と呼ぶようになった。

微かな違和感、不釣合いな実体と呼称、そこから生じる可笑しさ。

今となっては何のおかしみも感じず、当たり前のように安心して使えるがしかし、
そういう慣れは、どこかつまらなくもある。

最近の例で言えば、目論見書、とか。

しかしビジネス用語として、もくろみ、なんてやわらかな言葉が出てくると、
明朝体のいかにも厳しい、目論見書、をいざ声に出して読んでみると、
微笑ましいというか爽快というかしてやったりというか。

早く髪のびないかなぁ、寒くなってきたのに。
あぁあぁ、踊り明かしたい。

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2008年10月 4日 (土)

いつものこと

結婚式、に出なければならない。

めでたい話だが、ものすごく面倒だが、まぁめでたいからそれはそれとして、
いや、やっぱり面倒である。

何が面倒って、母のわがままである。
いや、母のわがまままではかわいいものだ。
わがまま、則ち、着物を着ろというはなしだが、まぁそこまではよいのだ。

問題はその先、着付けの話。
式場は丸ノ内、着付けも丸ノ内。
神奈川の片田舎にある実家から、丸ノ内まで着物を届けなければならない。
当然ながら、前日までに。
生憎、当の前日しか動ける日がなく、実家に帰ってとんぼ返りで丸ノ内。
面倒にも程がある。

よほど嫌だったのだろう。

金曜、わかっているのに、飲みに行く、朝まで遊ぶ、
挙句、人の家で日が高くなるまで寝る。
腹減ったシャワー浴びたい歯磨きたいと、人の家でもマイペースな人に連れられ、
そのままお昼ご飯を食べに行く。

実家に帰る件は、例のごとく、しっかり覚えているのに、忘れたふり。
テーブルを囲む残る2名もやっぱり、出社に関して、忘れたふり。

もうお前、実家までバイク便出しちゃえよ、と言われる。
本当に、こんな酒と煙草にまみれた状態で両親にわざわざ会いに行くくらいなら、
いっそそうしてしまいたい、できることなら。
本当に、こんな娘を持って、親が気の毒でならない。

それでも仕方ない、やっとのことで重い腰をあげる。

約1時間、小田急に揺られて実家へ向かう。
人の家でよく寝たおかげで、眠れない、暇すぎる。
とか思っていたら、ガイジンにナンパらしきものをされる。
シャワーも浴びていない、化粧のはげた女に声をかける神経は侮れない。
ものすごく電車を降りたい、が、降りたら次の電車ではもう座れない。
立ったまま1時間は嫌だ。

疲労の末、やっとのことで実家に帰る。
シャワーを浴びて、やっとのことでさっぱりする。
ゆっくりする間も、娘の馬鹿さに両親を悲しませる間もなく、
颯爽と秋らしくなっていた田舎を後にする。

ドライヤーもあてずに洗いざらしの髪の毛、
化粧道具も持たないためにすっぴん、
お酒飲んで煙草すぱすぱ吸ったあとのお洋服及びストール、
なぜ私は美容院などというオサレなところに、こんな格好で行かねばならないのか。
いや、なぜも何もない、全ては私のせいなのだが、
それにしたって恥ずかしい。

丸ビルにはオサレな若者がたくさんいて、美容師さんは非常にかわいらしくて、
もう何だか、いたたまれなくて、前を向いて歩けなかった。

今晩は大人しく早々に寝ようと思う。
何だかんだ、眠いし。

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2008年9月15日 (月)

やさしくありぬれど

私は割と本を読む方らしい。
そんなに量を読んでいる自覚はないが、少なくともすきではある。

最近は流石にそんな質問もないが、趣味などを尋ねられると、
他にこれというものもないので、読書、か旅行と答えることにしている。

人に読書を求める気はさらさらないが、
やっぱり、何となく近しい読書癖のある人と話すのは楽しい。
霹靂が落ちることもあるし、活路が見出せることもあるし。
本の趣味で感性の親疎を測りやすいというのもある。

でも本を読むことばかりが情操を育むとはまさか思わないし、
本を読まない人を蔑む気も全くない。
むしろ、本でも読まなきゃいられなかった自分の暗さをたまに哀れに思う。

しかし逆からすると、中々そうも思われない。
則ち、本を読む人は本を読まない人を馬鹿にしている、との偏見。
あるいは非読書家自身の、
読書家に対して嫌味という意味でインテリという称を冠するに至るコンプレクス。

というのが、面倒だなとよく思う。

だから、本を読むのがすき、とか言いづらいなとよく思う。
同じ理由で、クラシックも美術も、たまに映画も、どうせ詳しかないけれど、
すきと言い出しにくかったりするのは、きっと、私だけではないと思いたい。

週末は、金曜にsuzuとへらへら飲んで、
帰りにばったりcoldtopicに遭遇、しゃがみこみ、
土曜は出社後帰省したら流石にへばって、
それでも日曜、つぁんとだらだらファミレス居座り、
最終月曜には、寒がりつつも、ゆきんとのんびりゆらり。

結果、思ったことは、
一緒にお酒を飲んでくれる、できれば年上の、のんびりとした男の人が、
どっかに転がっていないかなぁ、と、そういうことだったりもする。

さて、来週末は九州だ。
4日間乗り切れば、九州だ。

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2008年9月 2日 (火)

自動販売機

どうも最近、更新が滞っている。
まぁ旅行についてはだらだらと書いたけれども。
今日は飲まずにまっすぐ帰ってきたので、下らないことでも書いておこうと思う。

最近気になっていること。

飲み物でも食べ物でも煙草でも自販機があるが、
補充の場面に誰しも何度か遭遇したことがあると思う。
珍しいものではない。
あまりにありふれた風景で、もはや気にも留めていない。

が、コンドームの自販機の補充の場面に出くわしたことは、いまだかつてない。

毎日毎日、通勤路で、あのやたらレトロなコンドームの自販機を目にするのだが、
あれは定期的に補充されているのだろうか。
補充されるほどに販路はあるのだろうか。
あんな古臭い、胡散臭いパッケージは、今日びお店で見掛けやしない。
付近にコンビニもないし、夜半に困った人が買うこともあろうが、
しかしいつ補充されたかわかったものではなく、劣化の虞もあるのじゃなかろうか。

先日、スペインに行ってきたゆきんちゃんは、
わざわざ私にお土産を見繕ってくれたが、
その際、I LOVE MADRIDと、ちなみにLOVEはハートマークだが、
そのように描かれたスキンをネタとして買っていこうかと思ったらしい。
が、彼女はそれを思いとどまった。
スペイン製の品質を信じられず、もしや役目を果たしてくれなかったら、
と先を案じてくれたらしい。

と、毎朝毎朝、件の自販機を目にするたびに、その話を思う。

そんなわけで、たとえ困っても、自販機は利用したくないなと思うのである。

下らない話ですけれども、まぁ朝からそんなことを考え、
ここ最近ずっと気になってはいたものの、
仕事中に誰に話すべき内容でもなく、
かと言って酒席の頃には忘れる程度の引っ掛かりであって、
でもふと思い出したから、書いておこうと思った。

品がないにも程がある。

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2008年8月13日 (水)

余裕

休めと言われたので、月末に1日、休みをとることにした。
わざわざ休むからには、無為に過ごすのは惜しい。
何年越しかの金沢しかないと思った。

と言って、懐に余裕はない。
土日プラス1日で何ができよう。

で、社会人にもなって、夜行利用のひどい旅程を組んだ。

木曜夜出発、日曜朝帰宅の1泊4日。
流石に月曜朝帰宅出社の2泊5日は断念。
日曜は掃除洗濯睡眠かしら。

と、そんな目論見を上司に話したら、
素直に連休取りなさい金を使いなさい、と呆れられた。

「オフィスレディ」といういっそハイソな言葉が、
いつまでたっても似つかわしくない。

宿は前日確保の格安狙いと言ったら、そんなに余裕がないのかと憐れまれたが、
毎晩毎晩飲みに連れて行かれたら、余裕もなくなって然りと気付かない上司が、
時に心憎く思えてならない。

ここのところ、週末の度に楽しみが待っていて、
大抵のことは乗り切れてしまう。
でもそれで体を壊すのがこわくて、有給を温存しておきたいと思ってしまう。

female(フィーメイル) (新潮文庫)
小池 真理子、唯川 恵、室井 佑月、姫野 カオルコ、乃南 アサ

がっかりしどおし。

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2008年7月27日 (日)

あやふやな物言い

毎年のことなのだが、日傘をよく置き忘れる。
必需品なのに、よく置き去りにする。

先日は飲み屋に置いてきて、翌朝泣く泣く、
海に持って行った、砂にまみれた磯くさい日傘で代用。
が、幸い、一緒に飲んでいた先輩が預かってくれていて、手元に戻った。
ありがたい話である。

彼はあんな女物の小さな傘を夜な夜な持って帰り、
朝な朝な持って来て下さった訳であって、
その姿を想像すると微笑ましく、それだけにありがたい。

そんな彼は、同夜、人の日傘は忘れずとも自分のメガネは失くしたというから、
なおさらありがたい。

さて、今日は今日で、まんまと電車に置き去りにした。

すぐに気付いて、駅事務室へ向かう。
乗っていた電車、車両を聴かれるが、私らしくもなく、これいは正確に返答。
しかし、肝腎の日傘に関して、いまいちうまく応えられない。

どんな日傘だったっけか。

何色かと問われても、あれは何色だろう。
ベージュかな、でもくすんが緑のストライプが入っていて、
ってことは緑なのかな、いや緑はそんなに主張してないかな、
と迷っていたら、ベージュと判断される。

柄は何色かと問われても、あれは何色だろう。
白木だけど木だから白でもなくて、かといって茶でもなくて、
こっちもベージュかと言うと傘の部分とはまさか同じ色でもなくて、
と迷っていたら、白と判断される。

そうして駅員さんは「ベージュに白い柄の傘」の捜索を頼んでくれた。

何か違う気がしたが、何が違うかと言われると言葉に詰まるし、
何よりもう既に頼んでくださったのだし、もういいやと思って、
とりあえずその場を後にして、連絡待ち。

説明したのは自分ながら、「ベージュに白い柄の傘」は多分見つからないだろう、
と半ば諦めていたが、これまたありがたいことに、無事見つかる。
いざ取りに行ってみたら違う日傘が出てくるんじゃなかろうかとも思ったが、
ちゃんと私の日傘が渡される。

が、やはりどう見ても「ベージュに白い柄の傘」ではない。

かと言って、じゃぁ何だと言われると、現物を目の前にしてさえ、うまく言えない。
とりあえず思いの外、緑が強かった。

自分の持ち物なんて、案外細部までは記憶していないもので、
あるいは記憶していたとしても、それを正確に人に伝えるというのは、
難しいことだと、よくものを失くす私は、そう思っている。

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2008年7月23日 (水)

日課

夏の朝はすることが多い。
シャワー、洗濯、お弁当。

私は人一倍汗をかくので、どうしても出る前に寝汗を流したくて、
夜にお風呂に入っても、朝もシャワーを浴びる。

夏はただでさえ洗濯物が増えるが、
放置しておいて汗染みでもついたらという恐怖もあり、
またついつい洗濯したくなる天気もあり、
ひとり分なのに、中一日くらいのペースで洗濯をする。

涼しいうちは、夕飯の残りを入れたり夜に下ごしらえをしたりができたが、
こう暑いとそんな危険も冒せず、朝になって一からお弁当を作る。

自然、起床は早くなり、当然、就寝が早くなることはない。
そりゃ眠くもなる。

電卓片手に数字をいじくっていたら、危うく落ちそうになった午後3時。

夜だけで言えば学生時代よりよほど寝ているはずであるだけに、
いかに授業時間を睡眠時間に充てていたかが感ぜられるという話。

あんなに寝ていて、頼る程の人脈もなくて、よく単位がきたものだ。
今更ながら不思議だなぁ。

新しい靴を履いたら、そうなることはわかっていたけれど、
やっぱり皮がむけた。
でも履く。

NINE WESTが半額のうちに、もう一足くらいパンプスが欲しいが、
カードの請求額が思いの外いっていたので、節制すべきかとも思う。
大体、請求内容が酒がらみというのは間違っている。

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2008年7月21日 (月)

母なる

夏バテで寝込み、寝込んで復活後、海水浴に出かけた。

あんなにふらふらへろへろして、
金曜に泊まっていったつぁんをはらはらさせてしまったのに、
どうしても海に行きたくて、行きたくて行きたくて、気合で復活。

asari、suzu、つぁん、土曜日は行けなくて本当にごめんなさい。
次の機会が今から楽しみです。

さて、私は一体、いつからこんなに海水浴がすきになったのか。
海といえば、しょっぱいしみるぎしぎしひりひり、であったはずなのに。

当日も、朝はいまいちな体だったけれど、
海へのドライブが始まれば、知らず知らずのうちに元気になっていた。
麻酔は効かなくとも、プラセボにはまんまと騙されるに違いない。

海では、ただただ浮き輪にはまってぷかぷかと浮かんで、
帰りの運転と弱った消化器官を考えて、
私にしては珍しく、お酒も飲まずに、しかし至福のときを過ごす。

さて、夏の海辺のお約束といえば、誰かを埋めること。
というのはわかるが、大体この場合、被害者は男性である。
フェミニストに怒られたくはないが、まぁ普通、女でなく男を埋めるだろう。

しかし、埋まったのは私だった。

とはいえ、別に埋められるのは構わない、というかむしろ割と楽しい。
以前、埋められて身動きをとれない状態にされたままに、
枕元、というか頭のすぐそばに、くらげの死体を置かれ、
そのまま置き去りにされたことがあったが、まぁそんなことさえなければいい。
そう思って、諾々と、むしろ喜々として埋められた。

が、埋め具合が半端ではなかった。

水を含んだ泥砂だったこともあってか、成形がうまくいくようで、
やたらと埋める側3人の創作意欲を刺激してしまったらしい。

当初は単にひびの入るのを埋めて楽しんでいたはずが、
いつの間にかサグラダ・ファミリア状態の壮大かつアーティスティックなものになる。

といって、首も動かせない私には、
果たしてそれがどんなものであったかはわからないが、
とりあえず3人はそう言っていた。
まぁ、人間を埋めた意味はない状態にまで泥を積んで成形した、
ということだけは確かである。

と思ったら、サグラダ・ファミリアからいつの間にか列島へと方向転換。
なぜか私はまるで皇居のように、海水の流れる堀に囲まれる。
中央部に山脈の走る島にされる私。
無駄に半島やら湾やらの成形にこだわる男性陣3人。

ところで、砂というのは案外重い。
普通に埋められるだけでも、埋められれば簡単には身動きをとれない。
まして、水を含んだ泥状の砂を、
私自身の体の厚みの何倍になろうかという高さまで積まれてみれば、
動ける動けないなどという話ではなく、
血の巡りやら呼吸やらがあやしくなるという話である。

熱心に1時間近くも砂を盛り続け、製作の喜びに興奮する3人と裏腹に、
だんだん呼吸が苦しくなり、どくんどくんと脈の打つのが全身に響き始める私。

多少の苦しさと、不安に加えて、
通行人にやたらと見られ、笑われるという恥ずかしさも相俟って、
いい加減終わらせて欲しいと思うが、
反面、こうなると納得のいくものを作って欲しくもなる。

とは言え、渚で人の視線を集めてしまうのも、こんな形ではごめんである。

じぃっと私を見つめるちびっこに、「こら、失礼でしょ」と言った母があったときには、
とうとう私も変質者の仲間入りか、とひどく落ち込む。
ひとしきり笑った後に、「うわ、埋まってるの女の子だよ」と驚かれたときには、
やっぱりフェミニストに怒られてもいいやと思う。

とにかく、羞恥を耐え、どうにかできあがったらしいので、
写真を撮ろうということになる。

こういうとき、ryoくんがいないとよくない。

携帯を取りに戻っただけなのに、中々帰ってこない。
いい加減苦しいし、恥ずかしいしで、N坂さんを前に、不機嫌に喚き始める。
島が喚くって、よく考えると怖い。

携帯だとうまく取れないらしく、あぁでもないこうでもないと言いつつ、
無事写真を撮り終え、島の解体、私の発掘が始まる。

こちらとしては、それなりに苦しいので、さっさと出して欲しいのだが、
携帯を手にした彼らは、片手しか自由にならず、
その上、あれほど泥を盛っておきながら、簡単に出てこられると思っている。
もう自力で起きられるでしょ、などと不審げな眼差しを受ける。

こうなるともう泣きたくもなり、不安からまともに喚く私。
そして実際、どれだけ掘っても見えてこない私の肌。
それなりに心配になってきたらしく、私の文句に従い発掘を続ける男性陣。

やっと日に曝された私の体を見て、
「あれ、nyimaさんてこんなに小さかったっけ」とN坂さん。

しかし、泥砂が取り払われたにしても、
重圧を負っていた体はうまく動かず、関節は痛み、
不随なままに引っ張られてどうにか生還したのであった。

まぁ喚きたてはしたが、それなりに面白かった。
事後の、うまく動かない体の状態も実は嫌いでないから、構わない。
して、どんな傑作ができたのか、と写メを見せてもらうが、
どう考えても、人間を土台にする必要のないものがそこにはあった。

なお、写真が不鮮明であったためということにしておくが、
私にはそれが島には思われず、笑った挙句、まぁ何か、山だよね、
という感想を抱いたに過ぎなかった。

ひとしきりはしゃぎ、賑わった海を満喫し、
たらたらと五反田へと帰り、動いた体にアルコールを染み渡らせる。

件の写メを見たなげちゃんの感想は、「餃子みたい」であった。
私としても、島というよりはよほど巨大な餃子に見えた。

まぁ、実物を全く見れなかったので、何とも言えないけれども、
製作者たちが島だというのだから、島だったんだろう。

とにかく、海はよかった。
ドライブ中、蝉の声も聴いて、あぁ夏も盛りなんだな、とやっと気付いた。
夏のうちに、あと2、3回は海に行きたいな。

そうしてまた1日ごろごろすることになったわけだけれど、
金曜日から今日まで、何だか心身ともに洗われた週末であった。

N坂さんのperfumeにつられて、結局林檎も買ってしまったしね。

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2008年7月16日 (水)

しかし眠い

珍しく仕事を早く上がれて、たまたまなげちゃんが暇な人を募集していて、
久々につるで飲んできた。

母は、高校時代を三田で過ごして、といって某女子高ではないが、
私が三田の大学に進んだことをひどく喜んだ。
いまだに三田と、大学時代を過ごした神楽坂とを、彼女は非常に好む。

行けやしないのに。

卒業してたかだか数ヶ月。
学生時代を懐かしむほど何もしていないのに、
そんな母の気持ちが何となくわかる気がした。

多分私は、あまり大学自体には愛着はないけれど、
いつまで経っても何となく彼の土地がすきなんだと思う。

みなさんと会えてよかったです。
特に素敵過ぎるhoriに会えてよかったです、ありがとう。

金曜もさっさと帰れるといいな、楽しみ。

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2008年7月14日 (月)

できないことはできない

英語ができない。

昨日は東京国際ブックフェアに行ってきた。
半分仕事、半分趣味。

出展の手伝いは午後からだったが、出展企業のパスを印籠に、
開場前から場内散策。
体が傾くほどの戦利品を得た。

色々買い込んだけれど、一番のお買い得品は、江戸の宗教美術の本。
仙厓と円空が一緒に収録されているという、何とも私好みの本。
多少古いけれども、大きくて重くて持ち帰るのは面倒だと思ったけれども、
2000円もしないって、そりゃ、買うわなぁ。

と、うはうはな気分で午前を終え、午後からは企業ブースの受付。
立ちっ放しという以外はさして何も問題はないという話だったので、
まぁ暇だろうと舐めてかかっていた。
実際、私が入っていたとき以外は、まぁ暇だろうで済んでいたらしい。

なぜかやたらと外国人に話しかけられる。

出入口の目の前という立地、informationと書かれた受付台、
外国人を寄せ付けるのもわからなくもないが、しかし多い。
一応、つい数ヶ月前まで大学生をやっていたので、
道案内くらいや簡単な商談、簡単な事業説明くらいなら何とか対応できたが、
それで終わってはくれなかった。

自称フランスのジャーナリストとやらに、取材を申し込まれる。
よりにもよって、誰も英語を扱えない、弱小企業を、なぜ。
えらそうに道案内などしてしまったのが悪かったのか、
どうしかしろ、と、なぜか通訳をさせられる羽目に。

が、私は本当に、英語ができない。

そんな私の語学レベルを察してか、相手もわかりやすく喋ってくれるので、
聞き取ることにはさして困らなかったが、
しかしどうにも、アウトプットができない。

そもそも、日本語でも理解していない事業に関して、
なぜわかりもしない英語で説明できるというのか。

言いたいことの半分も伝わらず、終いには筆談になり、図解になり、
それでも大したことは伝えられず、平謝りに取材を終えたのだった。

疲れた上に、心が痛かった。
多分、私だけじゃなく、みんなそう思っていただろう。
先方でさえ、きっと。

わざわざ遠くフランスから取材に来るくらいなら、
頼むから現地語、つまり日本語のわかる人を連れてきてくれよ。

入盆。
迎え火を焚いた、からには明後日はちゃんと帰って送り火焚かないとな。

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2008年7月 9日 (水)

快く心地よく

全く苦に思っていないときに、苦に思うなと言われてしまうと、困るよね。

久々に聴いたトライセラは、よすぎて何度も聴いている。
珍しく観たなげちゃんからのプレゼントは、よすぎて何度も観ている。

少し短めのスカートを買ってしまった。
苦手に思っていた、夏仕様のネイビーのスカートを買ってしまった。

買ってしまったその日、ワンピースを着ていた私は、
試着室から出るに出られず、だってワンピースだったから、
仕方なく狭い空間で丈を確認。
当然ながら少し高い目線で確認。
短いことに気付かず購入。

いざ穿いてみたら、フレアなのに膝上。
私らしくもなく、フレアなのに膝上。

こうして服装にも少しずつ変化が現れていくのだろうか。

まだ、公私をわけられるほどの稼ぎはない。
つまり、心配されるほどの法外な残業も、ないのですよ、stutsくん、k一くん。

心配すべきは苦労不足と教養不足か。

もっともっと、つらい環境に追い込んで、
もっともっと、せめて本でも読んでおくべきだったかな、とは、いつだって思う。
いつだって幸せすぎて、いつだって愚かすぎたかな、とは、いつだって思う。

そっか、日本史か、面白いよね、と言われて久々に嬉しく思えた今夜であった。

あぁもう、raspberry踊ろうよ、それですべてうまくゆく。
踊り明かしたい。

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2008年6月29日 (日)

銀河鉄道

デートの日に限って雨なのは、私のせいではなく、季節のせい。

久々にverdeさんからランチのお誘い。
2人でランチなど、彼女の卒業前の三田以来である。
あおのときは、お洒落にランチという女子大生の柄でもお互いになく、
夜ならば見知ったはずの狭い三田をさまよった挙句、
煙草の吸えるフレッシュネスに落ち着いたのだったっけ。

今日はverdeさんのお導きで、おいしいイタリアンにありつく。
もちろん飲むのは昼からワインである。
ランチの誘いを受けた時点で、あれ、お酒じゃないのか、と思ったが、
まぁこの2人でいてお酒がついてこないこともないということで。
昼間から飲むお酒って、格別。

そうしてワインを傾けつつ、
付き合いの長い、某サークルの男性陣をべたぼめする2人であった。

カラオケとジェットコースターまで満喫し、実によい週末であった。
verdeさん、誘ってくださって、ありがとうございました。
銀河鉄道999のあらすじくらい、学んでおきたいと思います。

人と会う時間というものを、
貴重なだけに、以前より大切にするようになった気がする。

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思い違い

給与明細を見て、想像以上の額に驚き喜んだのも束の間、
定期代とわかって消沈、かつ安心。

オール明けで帰ってきて寝て、起きたら9時半だった。

何を勘違いしたか、大遅刻だと思い込み、
寝起き早々ばたばたと社用携帯を引っ張り出す。
とりあえず上司に電話を入れねば、と検索しながら、
あぁもう、飲んだ翌日に遅刻なんて最悪だ、などと落ち込み、はたと気付く。

そうだ、飲んだ翌日、というより朝まで飲んでたんだ。
そうだ、金曜だし朝まで付き合ってやれよ、
と言って、先輩を押し付けて去ったのは、当の上司だったんだ。

あぁ、電話をかけてしまう前に気付いてよかった。

所属する課に不満はないが、しかし私があそこに配属されたのは、
酒が飲めそうに見えたからなんじゃなかろうかと思えてならない今日この頃。
しかし朝まで飲んで出社するタフさは流石にないと知っていて欲しい。

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2008年6月27日 (金)

解せない

男性に下着のサイズを聞かれることがたまにあるが、
あれは何か有益な情報なのだろうか。

生々しくいえばカップサイズだが、それを知ったところで何か有益だろうか。
たとえば私がAカップだとして、何を得るのか。
あるいは私がHカップだとして、何を得るのか。

仮に私が、多くの男性の望むようなふくよかな乳房を持っていたとしても、
その情報を得たところで彼が恩恵を得ることはなかろう。

そのような問いに照れる女性に欲情するというのであれば、
さして照れもしない私に問いを立ててもしかたがなかろう。

今更不快にも思わないが、しかし不思議ではある。
異性とはかくも異なる世界であったか。

世界は深淵。

週末ともなればいい加減眠い

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2008年6月15日 (日)

週末

父の日だと気付いてはいたけれど、何もせずに今日を終える。

昨夕、ひとりで鬱々としていたかったところを呼び出され、実家に帰り、
今日は晴れ晴れと、つぁんと地元でデートをした。

地元の駅前を歩いていたら、見覚えのある若者に、
「先生」と呼び止められた。

見覚えはある。
が、どこで見かけた人だろう。
誰だっけ誰だっけ。
私を地元で「先生」と呼ぶなんて、
あぁそうか、教育実習先の生徒か、そうかそうか懐かしい。

いやはや、すっぴんで地元を歩くものじゃないな。

たかだか実習生と言えど、生徒からすればひとりの先生であって、
よく見もしただろうし、記憶にも残るらしい。

逆から見れば、申し訳ないが、大勢の生徒のうちのひとりに過ぎない、
というのが本音であって、まだ名前を覚えていただけよかった方だ。

今の私の立場もやはりそういうもので、
こちらはよく知らずとも知られている、見られている、話題にのぼることは、
恐らく、少なくはない。
当たり前のことではあるが、どうにも慣れない恥ずかしい。

迂闊なことはできないなぁ。

頭を抱えずに生きていくことは、私には一生できないのだろうか。
威厳が足りない、どころじゃない。

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2008年6月 3日 (火)

有罪

猶予期間が終わりを告げた。

終わった方がいいっちゃいいが、
平日に三田ごはんを付き合ってくれる方もいなくなるかと思うと、
ちょっと淋しくもある。
週末には付き合ってください、みなさん。

とりあえず酒肥りしないよう気をつけたい。

帰りしな、煙草を買おうと自販機に寄ったら、虫がたかっていて、躊躇する。
そんなことに去年の夏の千葉を思う。

躊躇していたら、煙草屋のおばちゃんが出てきて、
「まったく、いまどきの若い子は」
との優しいお叱りを受けつつも、代わりに買っていただいた。

煙草屋のおばちゃんというのは、概して優しい気がする。
我が家の近所の煙草屋のおばちゃんも、
よくライターやら駄菓子やらを下さる。

親切をかけてやるべき若輩者と思われているなら、いっそ本望。

さて、明日のお弁当は何を入れようかしらね。

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2008年5月29日 (木)

できごと

朝、地下鉄を降りて地上に出ると、
どこぞの党員と思しき男性が叫んでいた。

「蟹工船を読んでください」

そんな、朝から、出社する気が失せるじゃないか。
悲しすぎる。

そのままてくてく工事現場を横目に歩いていたら、
現場のお兄さんが叫んだ。

「あぁっしたっ」

恐らく「ありがとうございました」と叫んだのであろうが、
どうも上のような発声となっており、
しかし更に私には、なぜか自分の名前を呼ばれたように聞こえ、
思わず怯えてしかし反射的に、はい、と答えて立ち止まってしまった。

ものすごく恥ずかしかった。

今日は会社を出たところでタイミングよく電話をもらって、
つぁんとF島くんと韓国料理を食べてきたが、
どうもこの面子だと当たり前すぎて、私にしては珍しく、
会ったときも別れたときも、実に無感動であった。

この、何も目新しくない感じが、いいよね。

辛いものが大すきなのに、食後必ず胃が痛くなるというのは、
いい加減情けないのだが、どうにもならない。

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2008年5月26日 (月)

なぜってそれは

最近更新が滞っているのは、忙しいから、というわけではなく。

最近気付いた変化と言えば、歩くのが速くなったこと。
wakと歩けば文句を言われ、k原さんと歩けば小走りになっていた私だが、
平然と男性を置き去りにしてしまうほどには速くなった。

何をそんなに急ぐことがあるものか。

と思っていたら、スーツとパンプスを脱いでみれば、
相変わらずたらたらと歩く自分がいて、何となく安心した、というのが最近。

しかしながら、朝まで飲んでそのまま出社という、
学生並みの暴挙に出たその日ばかりは、
流石に安心などするわけもなく、同罪4人で後ろめたい一日を過ごしたのだった。

何をやっていることか。

そういうことしかないから、滞るわけである。

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2008年5月20日 (火)

ほっと一息

どんなことになっていようと、簡単には軽蔑できないだろう、
と思える友人が幾人かいる。
というか、そういう相手を友人と思う。

それは私の定義に過ぎないので、相手にそれを望むわけではないがしかし、
そうあれば当然、うれしいと思う。

なので、軽蔑されかねない出来事について、
頭ごなしに否定しないでくれた友人たちが、とてもありがたかった。

なんて、実際のところなんてわかりっこないけれども、
それでもちょっと安心した今夜。

さっさと風邪が治らないものだろうか。

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2008年5月14日 (水)

消耗

雨だし寒いし貧血デーだし熱出るし名刺ださいし鼻水止まらないし、
ストッキングは伝線するしかかとは溝にはまるし、
気の乗らない誘いは断るに断れないし。

今日はどうもよくない日であった。

いい加減、意地を張らずにルル飲んで寝るしかないか。
明日になったら暖かくなる、明日になったら洗濯できる、
明日仕事したら、飲みに行ける、と言い聞かしつつ。

最近はどうも人に抱きつきたくなってたまらない。
やはり実家に抱き枕を置いてきたのは間違いだったか。

大学の友人の言葉を思い出す。

曰く、別に恋人が欲しいわけでも、恋人になって欲しいわけでもないけれど、
ただ抱きしめたい、抱きしめられたいのだ、と。

体調崩すと、ついていないと、どうも弱気になってよくない。

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2008年5月 7日 (水)

経年

世に言う黄金週間は、何もしなかったようなし過ぎたようなで終わった。
とりあえず風邪は治ったのでよしとする。

よく晴れ渡った最終日には、何だかありがたい言葉をいただいて、
思いがけずほろりとする。
まったく、優しすぎる友人というのも考えものである。
なんて、冗談だーよ。
いや、甘え通しで情けないのは冗談じゃないけれども。

そんな連休最後の夜には、
なぜか初対面の中年男性に韓国料理をご馳走になる。
いや、決して怪しい人ではないけれども。
限りなく水平線に挑戦しているエステティシャンの方などと、
なぜか真っ赤な食べ物をつつきながら飲む羽目になる。

「あと2、3時間も話せばきみのことは大体わかる気がする」
と、そんな初対面の中年男性に言われたわけだが、
そうか、私はそんなに底の浅い人間だったか。

情けなくなる反面、短時間である程度人にわかってもらえるくらい、
ここ最近はうまい具合に自分を曝け出せるようになったのかもしれない、と思う。

もっと幼かった頃は、初対面の人に対する態度に困ったものである。
恐らく私は、必要以上に、人を見て態度をころころ変えていて、
長く付き合うにはいつしかそのギャップを埋める必要が出てきて、
だからこそ長い付き合いを維持できなかったのだろうと思う。

しかしここ数年は、そういう取り繕い、
ないし逆説的ではあるが普遍的な自分を諦めたのか、
あるいは単純に羞恥心が摩滅したのか、
態度の差が縮まったようで、これは私自身も恐らく相手も、非常に楽である。

こういうところは、年を経ることも悪くないと思わせてくれる。
ゆきんちゃん、お誕生日おめでとうね今更。

とは言え、いつだって個なんてものは揺らいでいて、
他人からの評価だって一様にはなり得ない。
きっといつまで経っても、まるで思春期のように、自己同一に自信が持てない。

しかしそんなことは当たり前で、
人は、というか少なくとも私は、たとえひとりの相手であっても、
自分の全てを語ること、曝すことなんてできるはずがない。
結局、人を見て態度を変えることは、差は縮まったところで消えはしない。

ただそれでも、人や環境に応じて何らかのギャップを生じせしめても、
自分でもそれが何かはわからないながら、軸らしきものは折りたくなくて、
あるいはせっかく築いた誰かしらとの間の私という認識は折りたくなくて、
そういう努力だけは欠かしたくないと、そう思う。

と、そんな恥ずかしいほどの幼さも汲んだ上で、
一向にどこもさばけてないって知った上で、
彼の人は前言を発してくれたんだろうか。

とにもかくにも、肯定に甘えてばかりもいられまい。
でもやっぱり、素直にほろりとしてもいたいものである。

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2008年5月 1日 (木)

平日

ガレとジャポニズムの展示を観に行ってきた。

平日と思って油断した、混雑は嫌いだ。
展示自体は面白かったが、すきに見られない混雑ぶりには辟易。
まぁ仕方ないか。
とにかく展示品はどれもよかった。

そのまま六本木をふらついて、ヒルズの5周年記念タンブラを買って、三田へ。

時間があれば大学に寄って、
suzuを垣間見、研究室に挨拶でも、と思っていたが、存外時間はなく、断念。
平日に行く機会なんて、滅多にないのにな。

コトちゃん、めめちゃんと再会して近況報告。
改めて、自分の環境の恵まれていることを実感させられる。
どんな環境であれ、友人知人には何らかの楽しみを見いだしていて欲しいと思う。

ふたりと別れて、つぁんとゆきんとだらだら。
だらだらできる関係って、幸せだなぁと思う。
人間、張り切ってばかりもいられないものである。

少し早いけれど、お誕生日おめでとうゆきんちゃん。

ということで、充実したメーデーであった。
明日出勤したら、またお休み。
あぁもう、本当に何もしてないな、私。

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2008年4月28日 (月)

額を鳩めて

友人に会うのは幸せで、しかし幸せな分、帰り際は淋しい。

今日はasariとsuzuとつぁんと遊んだ。
気楽でよいのだが、4人で共同生活をしてはならないと改めて思った。
4人で人間関係が完結してしまう。
友人も恋人も、作る必要がなくなってしまう。

結論としては、どこかにハブ駅を定め、
4人が4人ともそこから数駅のところにスポーク住居を構えればよい、という。
親密だからこそ、その程度の距離が必要。

まぁ何でもいいです、遊んでくれるなら。

今週は、色んな人に会えそうで楽しみ。
いくらでも会えるんだから、本当は淋しがる必要なんてない。

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2008年4月24日 (木)

ゆめうつつ

coldtopicと声がそっくりな同期がいる。
なぜかいつも、怒られているか呆れられている気分になる。
彼にそんな気はないだろうに、しかしどうもそんな気分になる。

今のところ出社は早くないのだが、5時半には目覚ましが鳴る。
先日、朝まで飲んでいたら目覚ましが鳴って、
もう厚木じゃないのに、とmonicaに言われたけれど、
相変わらず朝は早々起きないと、不安でたまらない。

4月病とも言う。

で、相変わらず、日中は眠くなるし、電車内ではきっちり眠る。
今日も朝から電車でぐっすり。

ぐっすりしながら、夢を見た。
夢の中で、JPSさんが、chaosさんに散々言われていた。
止めようとしたら、k原さんに、きみは黙っていなさいと言われた。
おろおろしながら見ていたら、なげちゃんとmonicaくんがJPSさんを押し倒して、
色々うやむやになって終わった。

夢、というか、ただのフラッシュバック。

飲むくらいしかすることがない最近。

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2008年4月21日 (月)

今日も明日も明後日も

つぁんとごはんを食べに行った。

金曜、ジョシツキやmonicaらに、
いつもより胸が大きい、と再三再四、言われた。

これをセクハラと言わずとして、何と言うか、私は知らない。

まぁ要は肥ったということである。
まだウエストには波及していないが、放っておけば及ぶであろう。
多少は食事量を考えねばならない。

と思った矢先、ふたりで食べ過ぎた。
やはりごはんはみんなで食べた方が、色々食べられて楽しいね、という話。

食べていたら、monicaくんから電話があって、
今日も飲んでるんですか、と言われた。
考えるべきは、食事量より酒量かもしれない。

食べ過ぎたからにはカロリーを消費せねば、とカラオケにも行った。
赤い電車を歌ったのに、京成の白い電車で羽田に帰った今夜であった。

昨日今日と、あまり嬉しくないことどもを考えたり思い出したりしていたけれど、
それを簡単に晴らしてくれる友人たちの存在が、本当にありがたいなと思う。

会ったばかりですぐまた会いたい大事な友人たち。

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2008年4月20日 (日)

ぐったり

朝まで飲んで、帰ってお風呂に入って、あがったら空が晴れていた。

これは、と思って洗濯をして、布団を干した。
満足して、さて、一眠り。
と思ったら、布団を干したら眠れないということに気付いた。

せっかく干したのに、取り込むのもどうかと思って、
結局、畳の上に直で寝た。
疲れる上に、眠れない。

眠れもしないのに、寝ていても仕方がないので、買い物に行くことにした。
昨日は朝から満員電車の中、足を踏まれ、靴を破損したので、
とりあえず靴を買わねばならなかった。

都民ながら、横浜まで行こうか、川崎で済まそうか、と考えて、
そういえば蒲田の駅ビルが新しくなったことを思い出した。
蒲田のくせに。
まぁでも、NINE WESTも入っているし、行ってみることにした。

込んでいた。

私は混雑の中での買い物というのがとにかく苦手である。
人に比べてセールにはしゃがないのは、混雑が嫌だからである。
買うに至る前に体力を使ってしまう。

しかしせめて靴だけは、と、NINE WESTやら卑弥呼やらツモリやらを回るが、
混雑に慣れていない私は、人波に流され流され、比較どころではなかった。

まぁ最終的にはそれなりに気に入ったのを見つけたが、
あれでさほどのものが見つかっていなければ、
ものすごい妥協をしていた気がするので、本当によかった。

しかし本当に欲しかった靴は、新入社員の通勤には向かないかと断念。
誰も気にしないような気もするが、臆病くらいがちょうどいい。
さっさとすきな靴を履ける人間になりたいと言うくらいがちょうどいい。

「映画と音楽」 伊丹 万作

この語り口、すきだなぁ。

「映画のある部分が内容的にシリアスになればなるほど
音楽を排斥するということがいえそうに思える」
言われてみれば確かに。

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2008年4月17日 (木)

よろこばし

今日は工作をした後、つぁんとなげちゃんとつるのやに行った。
急に声をかけたのに、きてくれたなげちゃんに感謝。

つるのやはやはりよろしい。
こがねとしらすおろしを頼む。
ばぁばに名前の字を間違えられたが、そもそも名前を覚えてくれている、
という時点でありがたいので、まぁいいか。

帰宅したら、だんしゃく氏から封書が来ていた。
封緘のセロテープがはがれ、見事に封は開いていた。
ともあれ、後輩からの卒業祝いをいただいたわけである。

めちゃめちゃうれしい、本当にみなさんありがとう。

でも恐れ多くてなかなか使えそうにない。
糊が落ちた頃に、1枚目の角が取れた頃に、
やっと使うんだろな。

元気出ました、ありがとう。
もともと元気だけれど。

あぁ、うれしい。

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2008年4月14日 (月)

ごはん

実家にいたときより、よほどまともな食生活を送っている現在。
飲みに行かない限りは、という但し付きではあるが。

なぜって、実家にいた頃より時間に余裕がある。
なぜって、食材を使い切らなければ仕方がない。

家を出たら、毎日ビスコ生活になるんじゃないかと思っていたが、
案外ちゃんと食べるものだな、と我ながら驚いている。

いや、作るのは嫌いでないのだ、むしろすきなのである。
危惧していたのは買い物ができるかどうかであった。

実家にいたときから、料理自体はしていたが、買い物は人任せであった。
だから私は、あるものを使って適当に作ることは人並みにできるのだが、
しかし名のある料理は何も作れない。

自分で買い物をするとなると、目的を持って買い物に臨まなければならず、
そうなると目的となるような食事の作れない私は、
もっぱらビスコに頼った生活となるのではないか、と恐れていたわけである。

が、存外、何とでもなるものだったらしい。

というか、何を恐れていたのか。
要は、八百屋に行って、
食べたい野菜を選んで買ってくればそれでいいだけだったのである。
そしてそれを、今まで通り、適当にいじればいいだけだったのである。

そういうわけで、いまだ名のあるものは作れないし、洋食も作れない。
その割に、毎朝毎晩、2品も3品も作って食べている望ましい食生活であった。

まぁそんな好ましい食生活も、
あと一ヶ月もすれば保っていられなくなるだろうけれども。

中学生のときに教わっていたある教師が、
食生活の乱れから失明の危機に陥ったという話を聞いて以来、
どんなに忙しかろうが、食事だけは疎かにできない私であった。

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2008年4月12日 (土)

群がる

いろんな人に会えました。

wakとつるに行こうと約束していたのに、残念ながら貸し切りだった。
こがねもしらすおろしも食べられなかったけれど、
それでもおなじみの面々に会えてうれしかった。

wakを待つ間、suzuとK持さんに会って、つるの前で騒ぐ。
予想だにしなかっただけに、やけにうれしかった。

wakと合流するも、お店がなくて三田を歩き回って、
挙句、JPSさんにお電話。
来て下さると言うから、芝浦まで回って懐かしの赤ちり亭へ。

wakとだらだら飲んでたら、JPSさんが来て下さって、やっぱりうれしい。

いもづる式に、kさんとK原さんがいらして、F島くんもきてくれて、
酔ってもいないくせに、やたらうれしくなった。
そしてK原さんは携帯を水没させる。

移動したら、mameちゃんとジョシツキとなげちゃんとmonicaとK柱が、
わざわざ日吉から、JPSさんに会いに来てくれた。
迎えに行ったら、恒例のハグと中途半端なハグをもらえて、やっぱりうれしい。

一瞬だけcoldtopicも顔を出してくれたけれど、
結局彼は何しに来たの、とkさんは言っていた。

たらたら飲んで、笑って、kさんらはクラブに繰り出し、
wakとなげちゃんと細々飲んでいたら、T野さんがいらっしゃる。

電話をしたのをすっかり忘れていたものだから、
誰が来たのかと数秒いぶかしんだが、しかしT野さんであった。
久々なだけに、やっぱりうれしい。

T野さんはなげちゃんをお気に召したようであった。

そのまま朝までぐだぐだ。
寝ている人を放ったままに、ぐだぐだ。
ちょっと眠かったけれど、そのけだるさが心地よかった。
いや、違う、そのけだるさを振り払わないあの場が、心地よかった。

それだけに、帰るときはやっぱりちょっと、淋しかったけれど、
でもすぐまた会えるだろうな、と思えば何てこと、ない。

asariとsuzuとの三者会談も、楽しみでたまらない。

そんなことをいつも考えて、眠い日々を乗り切っている、私。
さてと、実家帰ってつぁんに会いに行こうかな。

情けないけれど、やっぱり落ち着く人たちがいることは、うれしいものです。

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2008年4月 6日 (日)

でがらし

かつおぶしの使い道を考える。

相変わらず名のある料理を作れない私だが、
とにかく出汁だけはとるようにしている。
かつおか煮干か昆布か。

さて、考えるべきは煮出した後である。
残されたかつおなり煮干なり昆布なりをどうするか。
捨てるのはどうも勿体ない意がして、かといってそのまま食べるのも情けなくて、
どうするべきかと考える。

煮干はたいてい、甘露煮にして片付けるし、
昆布も白和えやごま和えに入れたりして片付けるのだが、
しかしかつおの使い道に困る。

細かく刻んで炒め物やら和え物やらに放り込めばいいかなと思ったのだが、
お出汁用のものだから、分厚いし大きいし、
しかも煮出した後だから、非常に刻みにくい。
煮物なんかに入れっ放しにしてかじると、
木の皮でもかじっているような気分になってしまう。

みんなどうしているんだろう。
どなたかよい再利用方法をご存知の方は教えてください。
簡単なものに限る。

昨日は色んな方に色んなものをいただきました。
どうもありがとうございました、うれしい。

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2008年4月 1日 (火)

愛おしさ

suicaのペンギンがすきである。
新潮のyonda?くんには負けるが。

昨年度まではJRを使っていたので、当然suica定期を購入していた。
が、通勤にはJRを使わない。
どう頑張っても使わない。

で、今日、定期を買おうと思って、suicaを挿入したら、はじき返された。

新しく定期入れに収まったPASMOは、やっぱり気に喰わない。
そもそもピンクなのがいけない。
救いは、あの変なキャラクタが印刷されていないことか。

でも、週末あたりにあっさり払い戻すだろうな、suica。
所詮、さしたるこだわりなど、何に対しても持っていない。

いい加減、mixiから外します。

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努力はする

つぁんとF島から、楽しげな誘いがかかった。
あと1時間早かったら、行っていたかもしれないけれど、丁重にお断り。

明日提出の書類をまだ作っていなかったもので。

F島のすねっぷりに笑うがしかし、また誘ってくれればいい。
「また」「いつか」なんて、果たされた試しがない、と彼は言ったが、
知ってか知らずか、恐らく知らないであろうけれども、
それは南国少年パプワくんで私が号泣した台詞なのであった。

suzuの言葉を借りまして、
みなさんと遊べるよう、明日から頑張りたいと思います。

まぁmugaくんに言われるまでもなく、多分何も変わりませんけれども。
だって今も聴いているのは林檎だし。

とりあえず、明日入社式に行ったら、実は内定など嘘だったとか、
エイプリルフールなだけに、そんなことがないとはとても信じられないので、
今夜も怯えつつ、しかしちゃんと寝たいと思います。

夜もまた、彼から半ば無茶な誘いがかかったけれども、
それに応えられる余裕を忘れないように生きて行きたいと思います。

久々に川上弘美を読んだら、1行目にして彼女の文だと感じ入った。

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2008年3月31日 (月)

花はなくとも

金曜夜中、お花見の話が持ち上がる。

雨かもしれない、とはわかっていたが、それでも無理矢理日曜に設定。
お決まりの面子から参加の声が聞こえてきて、
まぁどうにかなるかな、と、楽観的に構えて、
土曜はバイト後、母のすきなゆりの花を携えて、実家に帰った。

兄も帰ってきていて、ふたりで1週間分くらいのごはんをどっさり作る。
兄が作ろうが私が作ろうが、何となく味が似通うあたり、
母の影響というものは大きいものだなと思う。

元自室の、元私のベッドで寝たのに、
何もない8畳にただ置かれたベッドでは、とても眠れなかった。
何もないと、逆に何かに見られている気になるのは私だけなんだろうか。

翌朝、だし用の煮干と昆布をかっぱらって、実家を出た。

家に帰って、兄を送る頃には、憂慮していた雨がぱらぱらと存在を訴え始めた。
はてさて、お花見は本当にやっているのだろうか。
とりあえずcoldtopicから電話があったから、集まってはいるにしても、
それは「お花見」になりえるのだろうか。
まぁ、最悪、部室で飲んでいればいいか、と、とりあえず田町へ。

そういえば、何も持たずに実家に帰ったため、
ほぼすっぴんのまま家に帰ったのだったとやっと気付くが、時既に遅し。
園児のようなポシェットで家を出た私は、当然化粧品など持っておらず、
そのまま電車に乗り、そのまま友人らに会うこととなったのであった。
まぁ、今更という話です。

さて、最悪、も何も、遅刻参加の私は、結局花も眺めず部室へ直行。
金曜にも部室に来て、最後だと思ったのに、また来た自分がどうも情けない。

monicaからのありがたい抱擁を受け止めたり、
前日は実家のLUXを使ったにもかかわらず、ココナッツくさいと言われたり、
かと思えばイカくさいと言われたり、部室の椅子に盛大に転んだり、
ねじの部長とすずめを追いかけてみたり、
していたら、日曜は学生ルームは立ち入り禁止だと追い出される。

三田で路頭に迷った日には、coldtopic宅に行くしかないので、行く。
用事のできた家主を置いて、coldtopic宅に行く。
なぜかmameと勝手に家主のいない部屋と台所を片し、ホットワインを作る。
もう寝ろと言っているとしか思えないこの流れ。

みんながゴジラを見て笑っている中、寝る。

というか、coldtopic宅に行ってからの出来事は、
眠気のせいか酔いのせいか、断片的にしか記憶にない。
ジョシツキの髪の毛をいじくったり、あごをたぷたぷやったことは記憶にあるのだが。

寝ていただけで何もしなかったくせに、
さて帰れお前ら、と言われてからごね始めた我儘振りには、我が事ながら呆れる。
どうもお邪魔しましたcoldtopicくん。
そう遠くない家まで帰るのを億劫がる私って。
またしてもmameにあやされ、しぶしぶ帰る、本当に面倒でごめんなさい。
品川でみんなと別れるときにも、やたらと淋しさが募り、まったくもって呆れる。

呆れるが、しかし、
みんなのおかげで暗い気分が晴れたのであって、
心配事も少しだけ棚上げしていられたのであって、
そういう時間が終わるのは、眠れなかった前夜を思い出すようで、
嫌なものだったのである。
感覚は麻痺しても、いつまで経っても慣れないものもある。

とにかく、お花は見られなかったけれども、よい週末であった。
みなさんどうもありがとう。
いい加減、会社から配られた本を読まねばなるまい。

さて、いい加減、真っ当に生きよう。

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2008年3月29日 (土)

形あるもの

ゼミの、学部生としての最後の飲み会だった。

だいすきなお酒の時間をともにしたのがサークルならば、
一緒に辛酸をなめたのがゼミの友人たちだと思う。
いや、もちろん、楽しい時間もたくさん過ごしたけれども。

いちばんきつかった日々を一緒に乗り切ったRちゃんが来られなかったのは、
至極残念だけれども、同期の2人に会えたのは、やっぱりうれしすぎたな。

卒業式に来られなかった先生にもお会いできて、本当によかった。

ゼミの方々には、バイトも授業もプライベートもたくさんお世話になっていて、
でもサークルみたくきちんとお礼を言える機会もなかっただけに、
今日はみなさんにお会いできてうれしかった。

就職活動中の後輩たちに会えなかったのは淋しいけれども、
こっちにいる限りは、いつでも会えるかな。
落ち着いたら、会いたい。

それにしても、少しでも参加できた仕事が形になったことは、本当にうれしかった。
何もしてないけれども、感慨深い。
卒論より、よほど感慨深い。

この春にお手伝いした仕事も、いつか形になったら、うれしい。

今後も、会えたらいいな。
ハートだけのメールも、歓迎します。
特にめめちゃんは、こそこそ大学近くで会えそうで。

毎日が、センチメンタル。

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2008年3月25日 (火)

廃業

卒業した。

祝って下さったみなさま、本当にどうもありがとう。
わざわざ来て下さった後輩のみなさま、本当にうれしかったです。

浮かれて、珍しく色んな人のカメラに収まってしまった。
しかしそれが、彼らの記憶に多少とも引っかかっていられるよすがとなるのなら、
それもまたよいのかな、と、そう思う。

やっぱり、袴を頼んでよかったな。

4年間、短かったなぁ楽しかったなぁ。
いつがいちばん楽しかったかと聞かれたけれど、
振り返ればいつも楽しかったなぁ。
と、柄にもなく本気できれいごとをはける。

そんな4年間に少しでも関わってくださったみなさま、どうもありがとうございました。

でも、本番は明日なんだな。
センチメンタルになるにはまだ早い。

4月まで無職か。

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2008年3月22日 (土)

すぐそこのお店

コスタリカ料理を食べてきた。

先日、夜中にたまたまコスタリカ料理などという、レアな店を発見。
昼間だったらいざ知らず、何しろ夜中なので、
やたらとテンションが上がって、無性に食べたくなる。

というわけで誘いをかけたら、私を含め、7人も集まってくれた。
よくわからないものを食べたがるというのは私の周りだけなのか知らないが、
とりあえず不思議なものは、ゲテモノでない限り、食べてみたいものだと思う。

と誘ってみたはいいものの、どうもやや大雑把なお店のようで、
常にコスタリカ料理があるわけではないらしく、
コスタリカ人のご夫人がいらっしゃらない際には、
コスタリカ料理はメニューから消えるという。
因みにご主人は和食担当。

7人も集まっておいて、いざ電話したら、
その日はコスタリカ担当がいません、とか言われたらどうしよう、
と、結構本気で不安になる。
まぁ、杞憂だったわけだけれども。

私は大抵、変わった料理を出すお店に行くときには、
味はあまり期待していかない。
まぁ気分とか雰囲気とか、いかに変わっているかとか、そういうことに期待する。
そもそも異郷異国料理など、
その土地土地の人にしか理解できない味であることが多い気がする。
今回も、人一倍騒いでいた割には、そこまで味には期待していなかった。

が、期待していなかっただけに、ものすごくおいしかった。

辛さも甘さもちょうどよいし、油っぽさもない。
野菜が多くてうれしい。
ひよこ豆おいしかったなぁ、作りたい。

しかしタバスコの辛い版みたいなソースに、火を噴くみなさん。
そもそも辛いものが苦手な人たちなのに、なぜかけてしまうのか。
私が、さして甘いものをすきでないくせに頼んで結局途中で飽きるのと同じか。
辛いものには割と強い私も、mugaくんにどばっとかけられ、
流石にくちびるが痛くなる。

痛いので、水分が欲しくなり、テキーラをあおる、という好循環。

サワーをあおったsuzuも、いい具合に楽しいことになっていた。
お酒は面白いものを見せてくれる。

とにかく美味しかったし、とても安かった。
中々珍しい面子だったけれど、それもまた楽しくて、はしゃいでしまった。
また行きたいな、というか私は近いから、ランチにでも行ってしまいたい。

帰りはなぜかミニストップで甘いものを食べた。
私はコーヒーを飲もうと思ったのに、
「おやじくさいですよ」とだんしゃく氏に言われたので、やめた。

毎日毎日、楽しいなぁ、しかしそれだけに淋しいなぁと思った。

chaosさま、電話越しに胡乱な状態で申し訳なかったです。

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2008年3月21日 (金)

ピンポン

きっとこれもブログに書かれるんだろう、と仰った、某氏の期待に応えて。

午前中からN坂さんより電話が入る。
話しぶりから明らかに酔っているので、聞いてみれば案の定、
昨晩から飲んでそのまま渋谷にいるという。

昼からえろい映画でも観て目を覚まそうというので、
元気欲出向いてみたが、何のことはない。
結局、いつものごとく、N坂さん、N倉さん、kさんと、
昼間から飲んで過ごして、映画を逃す。

N坂さんと私のせいではないと思うが、生憎雨が降っていたので、
さてどうしたものかと思案し、卓球をしようということになる。
最近の私はどうもアクティブな気がする。

卓球、楽しい。

久々にやったが、思ったよりはまともにできて、4人で白熱。
オール明けであれだけ元気なお三方には驚きである。
特にN坂さんの元気ぶりには、四方から、いや三方から、
大人気ないとの声がかかるが、
kさんも私もヒールを脱ぎ捨ててまでプレーするあたり、
何も言えない勢いだったはずである。

卓球を終えてみれば、お腹が空いたとまたしても飲み屋へ急行。

軽く食事でも、のつもりが、結局たっぷり飲む4人。
オール明けとか、昼間から飲んでいたとか、そういうことは関係ないらしい。
彼らを始めとするサークルの諸先輩方といると、
昼間からお酒をあおることが、もはやタブーではないかのように思えてくるし、
食事とは必ずお酒がついてくるものであるかのように思えてくる。

流石にそんなに飲めない、と言いつつワインを4本は空けたはずである。
何だかとても幸せな気分であった。

24時間以上も一緒にいれば、もう話すこともない、と言いながら、話題は結婚。
パーリー会場のためにN坂さんは理解ある人とさっさと結婚してくれ、とkさん。
何でN坂さんもN倉くんももてそうなのにもてないの、とkさん。
誰かが結婚したら馬鹿騒ぎして盛大に祝おう、と結局そこに落ち着いた。

今日に限っては、私に実家を見舞うという任があったため、
明後日にも会おうと言って、23時過ぎには解散。
貴重な休日を潰した社会人2人であった。

でもやっぱり、へろへろしてて楽しかったので、「潰した」わけでもないだろうか。
そんな飲んだくれ生活も認めてくれる人々じゃないと、
付き合いが保てないね、と落ち着いた今夜であった。

今後もぜひ呼びつけていただきたいものです。

4月からの生活に脅えている私だが、
社会人になってからの方がよほど元気な面々を見ると、
まぁどうにかなるのかな、と思ったのであった。

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2008年3月18日 (火)

猶予

大学に行ったら、今日もまた入学手続きとやらであった。

高校からの同級生とばったり出くわしたら、
どうも見たことのある人と一緒にいて、あれ、誰だったかこの人、と思ったら、
弟君の入学手続きについてきたのだと言う。

彼は相当のブラコンで、高校時代もそれでよくからかったものだったが、
あぁあの弟が、もう大学生。

年、とったわけだ。

思えば私は、入学手続きも何も郵送で済ませたのであって、
想像していたような感慨を抱くことはほとんどなく、
本当に私は入学許可されているのだろうかと不安なまま、
もしや追い返されるんじゃなかろうかと恐れを抱いたまま、
入学式に臨んだのであった。

本当、学生証もらうまで、気が気じゃなかった。

まぁ入社に関しては、秋にきちんと内定を確認できたし、
無事卒業も果たしたわけで、そこまでの不安はないのでよいけれど。
会社から送られてきたものたちに、まだ何も手をつけていない不安はあるけれど。

それはともかく、入学手続きにきていた若人たちを眺めながら、
つまりそれは自分の卒業を眺めているのか、と思った。

卒業に際して、別れは非常に多い。
これまでを顧みても、私の場合、続く関係の方が少ないだろうと思うけれど、
大事に思う人との関係は、ちゃんと能動的に保たねば、と最近はそう思っている。

そう思って、高校の友人からきたメールに、きちんと返信したが、
それに対する返信に、更に何を返せばいいのか、わからないでいたりするが。

桜が咲いていた。

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2008年3月17日 (月)

新天地

引っ越しました。

みなさん、引越し祝いか卒業祝いか就職見舞いを持って遊びにいらしてください。
嘘です、手ぶらで結構です。
嘘です、手ぶらだと嫌な顔します。
嘘です、手ぶらで結構です。

引越しに際して、なぜかCDをいくらか失くした。
実家に電話したけれど、なぜかない。
結構、泣きたい。

でもそのかわり、今まで使っていたよりよほどよいコンポが手に入った。
おかげでものすごく気分がよい。

いや、気分がよいのは、恐らくアルコールのせいだ。

この調子だと、煙草とお酒の量が確実に増える、怖い。

昨晩からの積荷、荷解きで、流石に腰が痛い。
今晩はさっさと寝たい。
さっさと寝たいと言って、さっさと寝た試しはない。

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2008年3月16日 (日)

表の顔

荷造りしたら、部屋を空けたら、声が響いてたまらない。

よほど知人友人に会うというのでなければ、
ここのところ、面倒なのですっぴんで出歩いている。
眉毛は書いてます、こわい人になってしまう。

そういうことをするたびに、思い出すのはK沢さん。

私がアミタイツだのミニスカートだのを身に着けてるたびに、
きみは誰に向かって何のつもりでそんな格好をするんだ、と問い詰めてきたっけ。

基本的にはファッションなんて自己満足のためであって、
特に私の格好なんて、とても人に迎合する格好とは言えない。

しかしもちろんそれだけではなくて。
「知人友人に会うというのでなければ」化粧もせずに出歩く、など、
つまり化粧が自己満足のためだけではないということ。

服装にしても、最近はなるべく大人しい格好を選ぶようにしている。
以前みたいな、阿呆みたいな格好は、控えるようにしている、つもりである。
まぁ、多分、そう簡単には控えられないけれども。

そういう、体裁を繕うべき面倒なしがらみが、
年を追うごとに増えていく。
いや、周囲の変化以上に、繕わなければならない自分自身の変化が大きいのか。
物理的にも、精神的にも。

でも、つぁんのおうちに行くには、すっぴん。

chaosさま、ヨシヲくん、今日は興奮のあまりお邪魔しましてごめんなさい。
chaosさま、例の件は誰も気にしてないと思いますので気に病まないで下さい。

今日は飲みすぎた、さっさと寝よう。

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2008年3月14日 (金)

満腹にもほどがある

ゆきん、つぁん、rii、私の4人で、横浜中華街に行ってきた。

不思議な4人だったけれど、ものすごく笑った。
いつも笑っているじゃないか、と言われると否定できないが、まぁよく笑った。
少なくとも私は、それぞれに対して安心できるので、よい面子であった。

今日の戦利品は、黒いバラの指環と、黄色いスカーフと、血肉。

緑色の、水玉の愛らしい指環を買おうとしたのに、
すぐ傍にあった、邪悪な黒バラの指環に心惹かれてしまった。
ちょっと大きいけれど、この邪悪さは我ながらよく似合っていると思った。
しかしすぐ壊れそうだとも思った。

黄色はあまりすきな色ではなく、
高校生の頃、体育祭で黄連合になってしまい、
衣装で黄色のキャミソールを買えと言われ、私は散々不平を言ったものだが、
しかし今日は黄色いスカーフを買ってみた。
たまには珍しい色を、たまには春めいた色を、と思った。
似合わないかもしれない、とも思った。

血肉は、ぶたまんと食べ放題でごまんとついた。
やはり食べ放題は横浜大飯店に落ち着くな、と思った。

他に欲しかったもの。

オレンジ系2色のスカーフ、柄物の地味派手スカーフ、
青いてらてら古着スカート、七宝の灰皿、バチャン焼きの香炉、
かえるの置き物、茶色いすけすけサリー、青系ゆるゆるバンジャビスーツ、
パンダに喰われる目玉おやじ、きらきら小物入れ、
ジョシツキみたいな悪そうな帽子、緑の先丸パンプス、
キリムみたいな敷物、何に使うか迷う大きな大きなクロス、などなど。

引っ越したらまた行ってやろう。

私は長く、年下というものがとても苦手であった。
中高でまともに「後輩」というものと付き合ってこなかったからだと思う。

今でも不慣れな年下、特に同性は接し方に悩むし、
今年度の新歓期も、それはそれはひどいものであった。
どうも年下には、歓待せねばならないような気分を誘われる。

なお、サークルに関して言えば、1つ下に年下の意識はない。

しかしそれでも、年を重ねるうちに、当然年下は増えていくのであって、
いつの間にか随分と年下というものに慣れたように思う。

おかげで以前より気楽に年下と付き合えるようになったと思うが、
というか「年下」というくくりを意識しなくて済むようになったと思うが、
それでもやはり、何かしらあるものだろうか。

最近は年下の友人と遊ぶなり飲むなりの機会が多かったのだが、
今日、4人でふらふらしたり食べたり笑ったりする間、
やはり違うような、そういう実感があった。

まぁ、単純に相手次第というのもあるかもしれないけれど。
まぁ、無礼な人に徹してみたからというのもあるかもしれないけれど。

と言って、何も年下に不満を感じているわけでは全くないので、
今後もどうぞ遊んでやっていただきたいと、心底思います。

とにかく、また近いうちに4人で遊ぼう。
ゆきんちゃんはとりあえず大倉山あたりでお茶でもしよう。

そういえば、誰かにお茶を注ぐ姿がいかにも似合うと言われた記憶があるのだが、
それを言ったのは誰なんだろう。
知っている人がいたら教えてください。
お茶汲みOLになりそうということか。

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2008年3月13日 (木)

被害妄想

急に暖かくなった。

見誤ってコートなど着て出歩いたら、暑くてたまらなかったので、
そして時間までも見誤って暇があったので、
この際、スプリングコートを買ってしまえ、という運びになった。

真緑のコートに一目惚れした。

こ、これは、私のためにある、とまで思った。
店員さんの追従も、こればかりは嘘ではない気がしてくる。
そういえばヨシヲくんにも緑レンジャーに指名されたばかりだ。

どうでもよいが、昔、週間少年ジャンプで、
緑レンジャーの存在意義を問う読みきり漫画が掲載されたような気がするのは、
記憶違いだろうか。

で、値札も見ずに買う気満々になったところで思い出す。
そういえば、春から私は社会人だった。
緑でよいのだろうか。

私が常々、4月からの格好に頭を抱えているのは、
何も今が今だからというだけではない。
高校時代の苦い記憶が私を必要以上に怯えさせるのである。

そう、苦い記憶。

女子高生というと、猫も杓子もミニスカートなのであって、
私も例に漏れず、あのひらひらしたスカートを随分と切ってしまったものだったが、
これは私が所属していた弓道部にはそぐわないものだったらしく、
ひとつ上の女性陣からすぐさま嫌味が降ってきた。

「足、きれいでいいね、私は短くできない」

これは嫌味以外の何物でもない。
あの恐怖と言ったらなかったとも。
まぁ恐怖したところで、切ってしまったものはどうしようもなかったけれども。

とにかくこの件は私にかなりの衝撃を与えたのであって、
入社にあたっても、以上のようなことがあっては恐ろしい、
と、必要以上に過敏になっているわけである。

因みに彼女たちのこの言葉は、こうした恐怖に限らず、
服装に関する私の考えに少なからず影響を与えているが、
まぁそれはまた、別のお話。

で、真緑を買っていいものかと、思いとどまる。

何もコートを着て仕事をするわけではないのだが、
そもそも職場に着ていかなければいいという話だが、
しかし他にろくなコートを持っていない身としては、
どうせ買うなら職場にも着ていかれるものを買いたいのであって、
着ていくからには下手なことがあってはいけないと思うのである。

とは言え、一目惚れするくらいだから、簡単には諦めきれない。

きっとこれは、私が過分に過敏になっているだけに違いない。
店員さんならきっと大丈夫と言ってくれるに違いない。
たとえそれが追従に過ぎないと知っていても、そういうことにしてしまってもいい。
と思い込むことにして、この悩みの種を店員さんに打ち明けてみた。

即、渋面が返ってきた。

それで結局、紺のコートに落ち着いたのだった。
まぁ気に入ったからよいのだけれど。
というか恐らく、手持ちに派手な色の服も多いから、
結局のところ、緑では落ち着かなかったと思われる。

小心者だなぁ。

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2008年3月11日 (火)

卒業、できました。

すぐに連絡くれて、しかも私の分まで確認してくれたゆきん、ありがとう。
不安で眠れなくて、鬱々していた夜中に付き合ってくれたk一、ありがとう。
浮かれた私の報告に、いちいち返信をくれたみなさん、ありがとう。
浮かれた私のテンションに、冷えた反応をくれたみなさん、ありがとう。
4年間のうちにお世話になった方々、何かしらで関わった方々、ありがとう。
私を大学に入れてくれた高校の担任、ありがとう。
言い出したらきりがないけれど、本当にみなさん、ありがとう。

と、そういう清々しい気分で、今日は部室掃除をしてきた。

この3年間、大学での時間を最も長く過ごしたところだと思われる。
流石にこれだけお世話になったので、責任持って掃除しなければなるまい。

と言って、誰もすき好んであのカオスのような場所を掃除したくはなかろう。
最悪、ひとりでも何とか片そう、と思っていたら、
つぁんとmugaくんがきてくれて、ふたりがほとんどをやってくれた。

とてもきれいになったので、次年度利用者のみなさん、ちょっとは保ってください。

4年間お世話になったつるのやにも、ペナントを奉納してきた。
じいじとちいにいが場所を思案してくれて、以前渡した色紙の隣に飾ってくれた。
ふたりとasariとで写真を撮ったら、何となくしんみりきた。

まぁ、これからも行くけれども。

カラオケに行って、wakの誘いを断って、小田急に乗って、
つぁんとF島のおかしな掛け合いに笑って、帰宅して、
PCを起動させて、沖縄写真を見たら、本当に自分が「かわいそうなこ」に思えた。

今日もジョシツキに「お前の後輩からの扱いを見ると本当にかわいそうに思う」
と言われたが、もう何も反論できまい。
もういいんです、それで。

それにしても沖縄、よかったなぁ。
写真とても楽しかったです、アップしてくれた3人、どうもありがとう。

それはともかく、写真を見たら、本当に肥えたなと思った。
これはまずい。
いくら何でもこれは肥えすぎだ、力士になれる。
何とかして痩せよう。

でも、今週は中華食べ放題が待っている。
まぁ、痩せるときには痩せるから、いいか。

いかん、今夜は浮かれている。

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2008年3月 3日 (月)

肉体労働

今日はバイトで下北を1日中歩き回っていたのだが、
珍しい事件に遭遇した。

目の前で、老人が、倒れた。

同じ倒れるにしても、これが若い女性なんかだと、貧血だろうと予断がつくので、
もちろん心配ではあるが、まぁまだよい。
しかし老人となると、生命の危機を思ってしまう。
そういう危惧から、大荷物を放り出して、倒れた老人に駆け寄り、声をかけてみた。

幸い、存命であった。

しかし、安心にはまだ早い。
胸を押さえたまま、立ち上がれないでいる老人。
よくわからないが、胸を押さえられると、
すごくとてもひどくまずいことになっていると思ってしまうのは、
きっと私だけではないはずだ。

こういうときは救急車だろうかと、一応意向を尋ねてみると、
返答はもらえたのだが、発音が不明瞭でよくわからない。
とは言え困惑は通じたらしく、老人が首を横に振ってくれた。

それで救急車は呼ばないことにしたが、
それにしたって、この老人を往来に打ち捨てておくわけにもいくまい。

折りよく、彼自身が何とか立ち上がろうとし始めたので、
手を貸してとりあえず立っていただく。
にしても、いかがはせむ。

病院、といっても私とて、
そんな日常生活に要するレベルまでこの町に通じているわけではない。
交番、は私が知る限り、南口から東に行ったところにあった気がするが、
ここは北口側である。
ご自宅、など知る由もないが、老人の様子から考えて、
遠方から来られたわけでもあるまい。

との考えに至り、その旨を伝えると、やはり不明瞭ながら、
しかしよくよく母音とイントネーションを辿ると、
すぐそこだから大丈夫だと言っているらしい。
こちらとしては、すぐそこなら尚のこと、という話で、
彼のお宅までお送りすることとなる。

老人とは言え、人ひとりを支え、1500枚強のフライヤーを引っ提げ、歩き始める。

いつ死ぬかと思ったのは私の方である。

誰かこの惨状を救ってくれまいかと思うが、
案の定どこからも救いの手は下りてこない。
もはや経過を知らない人から見れば、
体の弱い祖父と、彼を散歩に連れ出している孫、
という何ら問題のない構図にしか見えないのかも知れない。

さて、すぐそこ、という老人の自宅だが、一歩一歩に労を要する状態だったから、
確かに距離はさしたるものではなかったが、
何だかんだで15分か20分はかかった気がする。

私の母と同じくらいだろうか、娘さんらしき女性が出てきてくれたので、
手短に事情を説明すると、彼女は言った。

「もう、おじいちゃん、そういうときこそ携帯じゃないの」
「おじいちゃんが使えなくても、渡してあげたらお嬢さんなら使えるのよ」

あぁ、なるほど、その手があったか。
あぁ、脱力。

とにかく無事でよかったです。

まぁそんな一件があり、少なくとも40分は仕事をしなかっただろう。
その上、生来の気質のせいか、夕方には雨が降ってきて、
任されたフライヤーを配りきらずに引き上げることとなった。
しかし派遣先に戻ってみれば、そちらはほとんど降らなかったようで、
どうにもいたたまれない。
これで規定のお給料を、それも思いがけず即金でいただいてしまったことに、
やや罪悪感を覚えるが、まさかいりませんとも言えず、
ありがたくちょうだいして帰ってきたのだった。

悪どい。

しかしまぁ、疲れたには疲れたが、中々楽しい仕事であった。
おされカフェなどもたくさん見つけたが、
悲しいかな、既に道など覚えていない。

沖縄まで筋肉痛を持っていきたくはないのだが、さて、どんなものか。

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2008年2月29日 (金)

身重

今日は私の、20歳の誕生日だったらしい。

ルーヴル美術館展に行ってきた。

結論から言うと、まぁ大したことはなかったように思う。
招待券で入れたわけだし、何だかんだ楽しめたし、
人が多すぎたこと以外はとりたてて不満はないけれど、
しかしここまで混雑するほどの展示でもなかろう、というのが正直な感想。

とは言え、彼の時代に関しては、絵画よりよほど工芸品に興味のある私は、
いちいち口を開けて見惚れ通しだったわけだけれども。

それにしても私が心奪われるものは、
蒔絵だとか青磁だとか、どれも中国か日本の意匠を継いだものばかりで、
いよいよ自分の度量の狭さを思わずにいられない。
ロココ、展示に即せばロカイユ趣味には、感心するが感嘆は少ない。

イスラム美術にはあんなに胸躍ったのになぁ。

と、色々ケチをつけてはみたけれど、ちゃんと楽しかったです。
金は何色にも合うということがよくわかった。
フランス人がいかにテリーヌがすきなのかもよくわかった。
嗅ぎ煙草入れの細かな装飾に興奮する自分に、乙女を見た。
文字盤の回転する置時計はぜひ欲しい。
小さな小さなコーヒーミルは使えないとわかっていても、愛らしかった。

混雑も、あれやこれやと話しながら見られるという意味では、まぁよしとする。
どうせ人と行くなら、あぁだこうだと言い合うのも、楽しいと思う。

ミュージアムショップで、後輩にお土産を、と思いつくmameはよい先輩だと思った。
そんな彼の優しさを、べるばらの入浴剤に落とした私は、
あまりよい先輩ではないだろうと思った。
なげちゃんは、あまり湯船に浸からないなぁと言っていた。
ましてや一人住まいのgんじくんなど、使うことはあるのだろうか、と渡してから思った。

そして私は、せっかくルーヴル展に行ったというのに、
企画展の外のミュージアムショップで、
母にシャガールの絵葉書を、自分にエゴン・シーレの絵葉書を買って、お土産とした。

展示を見終えた後は、mugaとねじと合流して、
ぶらぶらと乱歩喫茶に行ったり、コロッケを食べたりしつつ、日暮里まで歩き、
トルコ料理を食べに行った。

総勢10人になるはずのところが、時間通りに集まったのが、
上記4人に加えて1人のみ、計5人のみというこのひどさ。

まぁとにかくトルコ料理である。

食べ過ぎた。
とにかく食べ過ぎた。
いまだに、喉元に何かあるような気がしてならないくらい、食べた。

甘いか辛いかのどっちかだよね、という感想に落ち着いたがしかし、
どれもこれも美味しかったなぁ。
炭水化物ばかりだったがしかし、どれもこれも美味しかったなぁ。

というか、料理どうこうの店じゃない。
エンターテインメントの店である。

客をいじる店長に笑い、てらってらの衣装を着せられ、
踊り子の舞うウズベキスタンの舞とともに客全員が踊らされ、
何でもない日なのに、なぜか私は20歳の誕生日を祝われ、
大きな大きなケーキを切らされた。

食べすぎでやや気分が悪いがしかし、楽しかったのでよい。
よく笑った。
久々の面々にも会えてうれしかった。

asariやriiくんが帰ってきたら、また行きたいな。

満員電車に揺られる帰途、どうも彼の店だか水煙草だかの香りが、
立ち上って消えてくれず、ちょっと恥ずかしかった。

ということで、今日もよい1日であった。
今夜はよく眠れるんじゃなかろうか。

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2008年2月27日 (水)

いいのだろうか

バイトのおかげで生傷が絶えない。
今日も新たに手指に傷を負ってしまった。

審美の点はさておき、髪の毛を洗うときに地味に痛いのが嫌でたまらない。

今日は、懸案だった卒業式の着物・袴を予約してきた。

あれやこれやと試着させられ、あれやこれやと悩んできた。
いやはや、本当に迷う、楽しいけれども。
そうして悩みに悩んだ挙句、
淡い色を好む母をひどく残念がらせるような組み合わせにしてきてしまった。

だって、淡い色、すきじゃないんだもん、似合わないんだもん。

以前、友人らと一緒にカタログを繰っていた際、
似合いそうだと言われた組み合わせ、乃至、よいと思った組み合わせは、
暗い赤の着物に黒の袴、山吹の着物に暗い緑の袴、
などと、どれもこれも濃い色の、暗めの組み合わせであったが、
それ以上に暗い組み合わせになってしまった。

某氏に、極妻とか言われている自分がありありと目に浮かぶ。
いや、極妻とも違うな。
あれだ、岡山あたりで、因習に絡めて殺される女学生とか。

とにかく、十数時間前の決心が、既に揺らいでいる私がいる。
かと言って、やっぱり変えて下さいと面倒をかける勇気もない私がいる。
そしてどんなものに決めたかを母に言えないでいる私がいる。

まぁでも、何だかんだ、着てしまえば、はしゃぐ自分がいるだろう。
そういう自分に期待して、直前まで忘れておくことにしたいと思う。

卒業式の日は、写真嫌いの私も、友人たちと写真に収まろうと思っていますが、
私を入れることで、やたらと華やかな図も、少し引き締まるかと思います。

しかし卒業式なんてまだ1ヶ月も先なのに、世間は気が早いったらないな。

さおりに借りた本が面白い。
早く読みたいような、勿体ないような、そういう気分。

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2008年2月25日 (月)

この氷溶けるまで

4年以上続けたバイトが終わった。
というか、バイト先が閉店した。

デパートの閉店に立ち会ったのは初めてだったが、
お正月のセールにすら行かない私には、恐ろしいものであった。

馬鹿みたいな値段で、ものが、と言って所詮売れ残りだが、ものが飛び交う。
閉店15分前には、雑貨屋さんが10円均一を始め、
その放送が流れた途端、人が流れていった。
手にしていたものをそのまま放っていくものだから、
残された店の陳列棚は、目も当てられない惨状だった。

普段はおされな店員のおねえさんたちが、
赤い揃いの法被を着て、メガホンをふるっているのを見るのは、どうも淋しい。
最終日だからなのか、安い水商売のおねえさんのような、
てらてらのドレスの店員もいたが、どうも淋しさを増す。
騒々しいのに、淋しい。

まぁ、そう言いながら、私もつい時計を買ってしまったわけだけれども。
それもスーツには合わせられないような、カジュアルなものを。
人の家に忘れないようにしよう。

閉店後、カフェのフロア内でそのまま慰労会が催された。

本社のおじさんたちがたくさん来たが、
4年も働いた割に、名前が全くわからなかった。

後輩が泣きそうになっていたが、私は不思議と、さしたる感慨もなかった。
たかだか2年間のゼミでは、泣きそうになったくせに、不思議。
でもやっぱり、帰りのバスで色々思い出していたら、淋しくなった。

4年間続けた、というが、ある面では辞めさせてもらえなかった、というのもあって、
4年間のうちに、不当なこともままあった気がする。
気がするが、それも含めて楽しめたのは、
ひとえにバイト仲間に恵まれたおかげである。
ありがたい。

慰労会なんて、あくまで形式的なもので、
知らない人ばかりがお店を惜しんでいて、そりゃ感興も湧くまい。
私はただ、またみんなと飲みにいければ、それでいい。

しかし淋しくなることが多いな。

本を読みたい。
そう言って読むのはどうもすかないが、読みたいなぁ。

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2008年2月16日 (土)

カレーは辛いからカレーなんです

祐天寺で、激辛カレーを食べてきた。

確かに汗はかいたが、さほど辛くなかった気がする。
我が家のカレーをちょっと辛くした程度だった気がする。
人には振舞えないということか。

しかし発汗量は比べ物にならない。
そうか、こうやってインド人は体温を下げるのか、と実感した。

それにしても私がさほど苦しまず病み付きになっている一方で、
頬を痙攣させるmame、笑う余裕もなく汗を滴らせるcoldtopic。
「わざわざここまで来ておいて激辛にしないって何だよ」
とけしかけたことを少々申し訳なく思ったが、
ナンを丸々捧げたのだから、許してもらおう。

しかし、炭水化物をとらずに平らげたせいか、胃が痛い。
とにかく、胃が、痛い。

サークルの面子で出かけて、お酒を飲まないなんて滅多にないことだが、
流石に今日はそんな強靭な胃袋を持つ者はいなかった。
食後のドトールは、オール明けのマックのようだった。

それにしても美味しかったな、また行きたいな。
今度行くときは、裏メニューの激辛だな。

しかしスーツが確実にカレー臭くなった。
加齢臭では、決してない。

さて、明日はハワイだ、荷造りだ。
似合わなくても、ハワイだハワイ。

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2008年2月15日 (金)

目を射る色彩

傍目にどう思われているかは知らないが、出不精である。

全く出ないというわけではないので、引きこもりではないと思うが、
交通費を考えると、何もなければいっそ引きこもっていたい。

どう出不精なのかというと、ひとつ外に出る用事があれば、
それに乗じて何もかも用事を済ませてしまいたい、という傾向が強い。
そうして外出の回数を減らそうというわけである。
貧乏性とも言う。

だから1日にバイトをいくつか掛け持って、疲労を極めるに至っているわけだが。

そういうわけで、今日は思いがけず1日空いたので、
やるべきことを済ませてしまおう、と思って、済ませて、疲れた。

二俣川で国際免許取得。
三田で内職のための宗門人別帳と記録用紙を2時間ひたすらコピー。
四・五はなくて、六本木でロートレック展。
地元に戻って母からの頼まれ物と、その他細々したものの買い物。

帰ったら、人に買い物を頼んだくせに、
「おとなしく旅行の荷造りでもしてればよかったのに」と母に言われた。
ごもっともで。

それにしてもロートレック展、3月までなのに混んでたなぁ。
漫画みたいな素描から、あまりイメージにない落ち着いた油彩まであって、
思った以上に面白かった。
しかし展示の仕方がどうも、隅の方が、なぁ。

ロートレックが娼婦を描いたのは、あるいは娼婦からすかれたのは、
そして女たちを決して「美しく」描こうとはしなかったのは、
足の不具があったからじゃないかと、個人的にはそう思っている。

そして流石はポスター王。
オリジナルグッズに印刷された作品の、映えること映えること。
安くなっていたこともあって、大判のカレンダを買ってしまったのだった。
日付なんて、ろくに見ないくせになぁ。

部室に寄付しようかとも思ったけれど、勿体ないので新居に持っていこう。

六本木に至って、やっと今日がバレンタインだったことに気付き、
帰宅してからカップケーキを焼いたが、
材料がなかったので適当な配分で作ったら、いつもと違うものができてしまった。

明日会う人には渡そうと思っているが、果たして、大丈夫なのか。

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2008年2月12日 (火)

思い出を胸に

遅々として捗っていないが、引越しに備えて、部屋を片付けている。
今日は、所謂「思い出の品」といったものたちに手をつけてみた。

卒業アルバムや文集に始まり、
図工の作品集、書道の作品集、国語の作文集、社会の新聞集、
などなど、義務教育はやたらと集成を作らせたがるものらしい。

そもそも私は、こういったものにさしたる愛着を持たない質なので、
これまでも何度か捨てようと試みたのだが、
その度に母が止め、また捨てることすら面倒で、
結局、段ボールに詰めたままに放置していた。

しかしいつまでも放置しておくわけにもいくまい。
母が床に就いてから、がさごそとクローゼットの奥から引きずり出してみた。

笑った。

幼稚園時代の「じゆうがちょう」なるお絵かき帳を見るに、
笑えるのは絵そのものより、先生のコメントである。
「おかあさんとおばけ」
「きょうはふうせんをかいたよ」
コメントというか、解説というか、
とにかくこれがなければ何の絵だかさっぱりである。
確か1クラスは20人弱だったと思うが、
20人弱の、わけのわからない絵に、毎日毎日こんな解説を付していたのだから、
全く頭が上がらない。
そしてなぜか、ぎょぴちゃんとポロンちゃんがたくさん描かれていた。

小学校時代は、毎年「今学期の目標」なるものを残しているのだが、
低学年のうちは毎回、「いいこでいます」と書いている。
そんなにわるいこだった記憶はないのだが。
また、1年生のクラスの文集は、40人弱の児童全員の作文を、
先生が代筆していた、何とまぁ。
確かに1年生が自筆で書いたところで、読めやしない。
それが証拠に、冒頭に自筆で各自が名前を書いたものがまとめられているが、
例えばM井さんなどは、「ろ」を堂々と鏡文字にしていた。
かく言う私も、スペースの配分を考えなかったらしく、
最後の1文字がひどくつぶれていた。

中学校時代になると、素直に笑えず恥と後悔につながるが、
驚きは、当時のデッサンやクロッキーが、現在よりはるかにうまいことであった。
そういえば彩色は嫌いだったが、そういえば鉛筆の段階はすきだったし、
点や線を駆使したよくわからない技巧的なデザインもすきだった。
しかし、やはりやたら細かく技巧的にはそれなりのニードル版画のモチーフが、
ロシエル様であったことには、失笑を禁じえない。
同じく、巧拙で言えば、我ながらうまいと思える書道の作品も、
書かれている内容に、思わず目を背けたくなった。
「国士無双」「金満家」「西川貴教」
なまじ、それなりにうまく書けているだけに、恥ずかしい。

まぁそんな品々も、あっさりすっきりさっぱり捨てます。
捨てるのは、面倒だけれど、楽しい。

ヤフオクで、柿右衛門展のチケットを落としたのだが、
しかし手数料を含めたら、さして安くなっていないことに今更気付いた。
まぁいいけれど。

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2008年2月 8日 (金)

妙なことを聞きますね

ここ数日、某私大の入試監督補助のバイトをしている。

必死な彼らに抱く感想でもないだろうが、
しかし、受験生というのは、実に微笑ましい。

「この問題は、自分で考えて書くんですか」
つまり、この問題は選択問題ではないのですか、ということ。
「私の名前、変えた方がいいですか」
つまり、旧字を使わない方がいいですか、ということ。
「シャーペンは感知されませんか」
つまり、シャーペンでのマークは機械で読み取れないのですか、ということ。

たまに不思議な受験生もいるけれど、
概して礼儀正しいし、愛らしい。
用紙の配布、回収の度に、ぺこりと頭を下げてくる受験生の多いこと。
でも、合否には関係ないよ、と思ってしまう私の荒みようが際立つ。

しかし、今日担当した教室では、「頓に」の読みの正答率が0%であった。
大丈夫なのか、受験生。

何にせよ、頑張って欲しいと思います。

大学入ってがっかりした、と言う人は多いけれど、私はがっかりしなかったな。
期待してなかった、とも言うかもしれないが。
みんな、何を夢見てたんだろう。

大学にじゃなくて、自分にがっかり、だろう。

吸血鬼 (江戸川乱歩文庫)』 江戸川 乱歩

寄せ集め。

乱歩は、作中に自分の作品を出すことがあるけれど、
そういうのに気付いて喜ぶあたりが、我ながら気味悪いな。

まぁ推理小説ではなく、あくまで探偵小説だね、という作品であった。

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2008年2月 7日 (木)

おかっぱ頭

髪を切った。

ばっさり切った。
2年前にもばっさり切ったが、もっと短い。
2年前にも思ったが、尼僧のよう。

あ、別に、何かあって切ったわけではないです。

切ろうと思って美容院を予約したわけだが、
ただばっさり切ろうというだけで、具体的にどういう髪形にするか、
全く考えていなかった。
そもそも髪形にさしたる興味もない。

困った客である。

で、適当にばっさり楽な状態にして下さい、と言ったら、
本当に短くなってしまった。
前・横はそうでもないけれど、後がない。
30cmは消えたのじゃなかろうか。
幼少時を除けば、いまだかつてこれほど短くなったことはないような。

今はまだ、美容院マジックで辛うじてまとまっているが、
明日以降、ぼさぼさに広がっていることは想像に難くない。
絶対、楽、じゃない。

まぁそれでも、軽いし絡まないし、思ったほど寒くないし、
これでよかろうと思ってバイトに言ったら、
ありがたくも様々にコメントをいただいたが、
とりあえず笑ったのは、以下。

「シティハンターの冴子さん、を、ちんちくりんにした感じ」

もう冴子さんじゃないじゃん、それ。
というか髪形じゃなくて、格好だろ、それ。

それにしても、失恋して髪を切るという人は、本当にいるのだろうか。

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2008年2月 6日 (水)

くすぐったい

昨日、『黄金仮面』を読んでいたら、
明智さんにつかまった不二子ちゃんが、
黄金仮面については君から洗いざらい話してもらうさ、みたいなことを言われ、
どうしましょう、体中をこちょこちょくすぐられて吐けと言われたら、
わたくし、我慢できるかしら、いえ、できないわきっと、
みたいなことを考えるものだから、思わず笑ったのだけれど、
そのせいなのか何なのか、
電車の中でうたた寝していたら、
黄金仮面その人に、こちょこちょされる夢を見てしまい、
挙句、黄金仮面がいつの間にかスカシカシパンになっていて、
そんなことを考えている自分自身にショックを受けて、目が覚めた。

ハワイに行くまでに、忙殺されるんじゃなかろうかと、ふと不安になる。

暇だ暇だと思っていたら、全然暇じゃなかった。
貧乏暇なし。

週末のパーリーには行きたいが、体力もつかな。

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2008年2月 4日 (月)

草食

雪はよくとも、しもやけは見るに耐えない。

最近、よく長風呂に浸かっているのだが、
上がる頃に、右足親指あたりに激痛を覚えることがしばしばある。
お風呂の中で寝てしまったときなど覿面で、痛みで起きることもある。

私だけなのだろうか。

しかし痛みに限らず、感覚、感情と言うものは、
他人と共通しているのかどうなのか、そこからしていつも不安に思うのは、
私だけなのだろうか。

昨日はmugaくんのお声がけで、5人してパクチーの専門店に行き、
これでもかこれでもかというほどパクチーを食べたわけだが、
たまに難色を示す友人たちを尻目に、
私は何の抵抗もなく、むしろおいしいおいしい口気爽快とばかりに頬張っていた。

まぁ普遍的なものがそうあっても困るけれども。

しかし昨日はビールがおいしかった。
もちろん食事もおいしかったです、連れてってくれてありがとう。

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2008年1月23日 (水)

聞き伝え

Kくんは語る。

平成20年、初春のことである。

横浜は港北区、とある駅前。
友人との約束を控えていたKくんは、
改札付近の柱を背に、携帯電話を弄びながら、ただ相手を待っていた。

そこにひとりの女が現れる。

といっても、その頃のO駅といえば、住宅街であったから、
急行駅にあらずといってもひとりの人もいないわけではなく、
この女の存在も、それだけならば何ら怪しいことはない。
Kくんも特別の注意も払わず、携帯電話を弄ぶことに飽きなかった。

するとKくんの意の外から、何事か女の呼ぶ声が聞かれた。
先の女であった。

「もし、Kさんではありませんか」

Kくんは吃驚した。
目の前の女は確かに自分の名前を呼ぶが、
しかしどうにも彼の女には見覚えがない。

話の飲み込めないおそれがあるから説明しておくが、
このKくんの名、本名を出すのは憚るが、このKくんの名というのは、
決してありふれたものでもなければ、
逆にあまりに珍しいものでもない。
つまり、当てずっぽうで呼ばれるものでもなければ、
物珍しさに当人の与り知らぬところで記憶されるようなものでもない。

はて、どこかで会ってでもいるのだろうか。

これといって特徴のある女ではなかったが、
どうも年は自分とさして変わらないように見える。
さしあたって考えられるのは、どこかで一緒になった学友くらいのものか。
それにしても覚えはない。

しかしここでKくんにひらめいたのは、より理想的な場面であった。

このKくんというのは、アマチュアながら音楽活動をしているのだが、
それも、彼としては固定のファンもいてよいと考えられるくらいのものである。
もしやこれはファンとは考えられまいか。
なんと、この自分にファンとは。

浮かれたところで話は現実に戻る。

「これを先程そこで拾いまして」
女がそう言って差し出したのは、Kくんの定期入れであった。
二つ折りのそれの中には、Kくんの顔写真の貼られた運転免許証があった。

Kくんの儚い喜びは、須臾にして霧となった。

しかしそれにしてもこの女がすぐにKくんをKくんと同定したこと、
近くに交番もないのに改札の外にまで持ち出していたことは、
依然として怪しげなことである。
とはいえわれわれにはとうていそれを探る方法を見いだし得られそうにない。

と、書くこともなかったので、バイト先で聞いた話を岡本綺堂風に仕立ててみた。
やることはたくさんあるはずだが、これくらいやる気がしないという話。

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2008年1月22日 (火)

泣くにも泣けない

今日はよく笑った。

大学からの帰り道、一緒に帰ったつぁんの話に笑い転げる。
この笑いをひとりにおさめておくのがもったいなくて、
誰かに言いたい、誰かに言いたい、と思って、
ちょうどそのとき彼女との話題にのぼっていた後輩に電話するが、
残念ながらつながらない。

が、しばらくして彼女と別れた頃、件の後輩からわざわざ電話をいただく。
私の声を聞いた彼は、
泣いているか何かに脅えているかとでも思ったのか、何やら心配していたが、
何のことはない、まだ笑い転げていただけの話である。
笑い声と泣き声は、時に非常によく似る。

下らない笑い話を披露するためだけにかけたことを申し訳なく思い、
その旨をひぃひぃ苦しみながら伝えると、
案の定、要領を得なかったようで、とにかく後でかけ直すと言われる。
わざわざかけ直してもらうほどのことではないのに、とまた笑い転げる。

やっと笑いも収まった頃に、件の後輩が電話をくれる。
果たしてわざわざ電話で話すほどのことなのか、笑い転げるほどのことなのか、
とやや不安になりつつ話を披露すると、
電話口の向こうで相手もかなり興奮したのがわかり、
安堵とともに、またしても私の笑いがぶり返す。

収まった頃に、はたと、伝えるべきことがあったのを思い出す。
本を貸してくれという話だったのだが、それがまずかった。
いや、途中まではごく普通に、話題の本などなどについて話していたはずなのだが、
気付けば私は、またしても笑い転げていた。

ネタを振りまくつぁんに対し、この後輩は常々嫉妬を隠さないが、
そのせいもあったのだろうか。
横溝の本を片手に、見事に弁士然とした暴走を始めた。
いや、恐らく暴走でも何でもないから面白い。

肋骨が、鎖骨が、笑いすぎて痛い。

で、やっぱりこの笑いをひとりにおさめておくのがもったいなくて、
誰かに言いたい、誰かに言いたい、と思ったけれど、
こればかりは話の類ではなく、伝えられずにじれったく思う。
いっそ悔しい。

と、ここまで書いて読み返したら、あまりの笑いように、
私はどれだけねじの緩んだ人間なのかと、少し不安になった。

しかしまぁ、一生笑って過ごしたい。

それにしても、こういう下らないことを伝えたいとき、
迷惑に思わないでくれる人がいることは幸せなことだ。
あぁ、ひとりだったら、今頃どうなっていたことか。

下らない、どうでもいいことを伝えるのを、いつから遠慮するようになったんだろう。

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2008年1月19日 (土)

高級な部屋

昨晩は、友人宅で鍋を囲んだのだが、
今日の夕方、彼の家から帰る電車の中では既に、
やっぱり鱈と牡蠣が必要だな、と次回を考えていた私であった。

冬は鍋に限る。

それにしても、一人暮らしでありながら、炊飯器がないというのには驚いた。
加湿器あるのに、ハイビジョンフラットテレビあるのに、
スピーカあるのに、オーブンレンジあるのに、
炊飯器がないなんて。

ハーブ類あるのに、パスタ類あるのに、高級塩あるのに、
あんドーナツ2箱もあるのに、ゴディバのチョコクッキーあるのに、
お醤油がないなんて。

あぁでも、私も一人暮らしするんだったら、炊飯器いらないか。
米、食べないもんなぁ。

あぁ楽しかった。
ryoくん、深夜にごめんね、ありがとう。

ロートレック展、行きたいなぁ。

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2008年1月17日 (木)

布団が恋しい

試験期間、というのはこの4年間、
試験に苦しむ友人たちを眺めつつ、優雅に過ごす期間を言った。

というのは、文学部や教職課程は、教授の怠慢なのか何なのか、
試験期間中に試験を設けることが他学部に比べて少なく、
授業内試験かレポートが課されるばかりだったからである。

通年授業の多い文学部だから、特に春学期は、
レポートも休み明け提出だったりなんかして、期間中は文献選びすらしなかった。
試験も持ち込み可のものが多かったりなんかして。
まぁ文学部だもの、そういう性質だもの、仕方ない。

反面、試験期間前は、まだ余裕のある友人たちの中、
ひとり苦役に喘いできたのも事実である。

とは言え、流石に4年の秋学期。
多少試験・レポートが残ると言っても、さして苦にするほどでもあるまい。

と思っていたら、大間違いだった。

何だこれ。
例年より苦しい気がするのはなぜだ。
あ、どうにかなるなるとか言ってバイトも遊びの予定も入れたからか。
そしてもう来年はないという背水の陣だからか。

とりあえず明日の1限は、単位をもらえる自信が全くない。

いいや、もう寝よ。
いっそ寝た方が、1限でも頭が働いてましな結果を出せるはずである。

そんな私は高校生の頃まで、テスト前日は22時就寝が自分ルールであった。
というのは純理系の父母、兄がそう言いきかせたからであるが、
しかし純文系の私は、少なくとも高校までのテストでは、
遅くまで粘って知識を詰め込む必要があったのではないかと、今になって思う。

でも、寝る。

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2008年1月16日 (水)

何と心得る

バイト後、後輩から飲みに行こうと誘われた。
課題をやりたかったし、眠かったし、丁重に断った。

しかし彼は、どうしても飲みに行きたかったらしく、引き下がらないので、
ちょうど講師室に入ってきた、他の後輩を指して、
飲みたいなら彼女と行けばいいじゃないか、と言った。

すると彼は言った。
「え、だめですよ、女の子とふたりで飲みに行くなんて、彼女に怒られちゃう」

ちょっと待て。
いや、色々突っ込みどころはあるけれども、一点でいい。
私を何だと思っている。

春にもこの後輩と同じ、3つ年下の男性から、
「僕、女の子とうまく喋れないんです」
とうまく喋られたものだが、そうか、3つも年上だと、
というか22・23歳にもなると、もう何でもいいんだな。

いや、年齢の問題でなく、私であるかどうかの問題なのかもしれないが。

彼らにどう思われたいかではなく、一般的にどう思われるかという点で、
どうにも肩の落ちる出来事であった。

まぁ、話してくれたり、一緒に飲んでくれる方がうれしいから、いいか。

そんな彼の失言は愛らしいものであったが、
帰宅してから受けた他の人からの電話に、久々に腹が立った今夜であった。
chaosさま、ご迷惑おかけしましてごめんなさい。

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2008年1月13日 (日)

出過ぎた真似

バス車内で女性が困っていた。
彼女は1万円札しか持っておらず、運賃が払えなかった。

仕方ない、と言ってそのまま降ろしてくれる運転士も割といるけれど、
このバスの運転士は、そんなの困るよ、バスカード買えよ、と言って、
引き下がらなかった。
それも、運転士もおつりを持ち合わせていなかったようで、
5000円のバスカードを2枚買えばいいとか無茶を言っていた。

無茶を言って彼女を降ろさないものだから、
道を急ぐ周囲にも、何となく嫌な空気が流れる。

この女性も確かに不注意だけれども、
それにしたって、300円足らずの運賃に対して、
1万の投資を要求するなんて、それはちょっと。

両替できるかな、と思ってお財布を開いたら、
一昨日・昨日と遊んだままの私のゴルチエには、
野口が3人いただけで、とても両替してあげることはできなかった。

一番前に座っていたのも何かの縁なのだろう。
このままでは埒が明かない。
彼女の運賃を払おうと申し出てみた。

途端、彼女が不愉快そうな顔を私に向け、私が、え、と思ったときには、
「わかりました、バスカード2枚買います」
と自棄気味に言い放ち、1万円を投資して、降りていってしまった。

え。

何だろう、恥をかかせてしまったのかな。
お金よりも同情が欲しかったのかな。
善意のつもりだったのだけれども。

いやはや、人って難しい。
はぁ、余計なことはするものじゃないなぁ。

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2008年1月12日 (土)

臆病

卒論、出せた。

製本は既に終えていたが、ラベルを作ったり提出用紙を書いたり、
必要事項に漏れはないかと再三再四確認したり、
持って行くのを忘れたらどうしようとマイナス方向の妄想に耽ったり、
結局前夜は不安で眠れなかったチキンな私。

こうまでして本論は一切読み返さないというくらいのチキンであった。

まぁ何にせよ、無事提出することができました。
よかったよかった。
支えて下さったみなさま、本当にありがとう。

でも卒業は、まだ決まっていない。

以下、昨日から今日の出来事をずらずらと。

卒論を出して、テストを受けて、
寝ていないのとすっきりしたのとでナチュラルハイなままに、ゆきんとカレー。
私には幸せのヒントがある、と言われ、更に浮かれる。
私とは関係が切れることがない気がする、と言われ、更に更に浮かれる。

4限後、部室に行ったら、浮かれぶりをasariとmugaくんに心配される。

大連で、東京を去るヨシヲくんとお誕生日のねじのを囲む。
あ、囲んだのは円卓であったか、中華万歳。
主賓2人を特にもてなすこともしなかったが、とにかくよく笑った。
2人も楽しかったなら、それでいいと思う。

同じく卒論を終えたsuzuも、いつも以上にハイだった。
つぁんはいつものようにザラメを食べ続け、
asariは秘宝館におっさんのような反応を示していた。

幸せのヒントと言われて浮かれたのも束の間で、
遅れてきたジョシツキを迎えに行ったら、開口一番、
「あぁかわいそうな子」と言われる。

宴席でもいつものごとく、かわいそう、不憫、不幸、と散々言われる。
更に周囲までもが真似をし始める。
顔見るだけで涙が出るって、あなた、そんな。

まぁそんな私とは比べ物にならないくらい、ねじのがいじられる。
お誕生日なのにね、まぁでもおいしいと思ったらいいよ。

wakの主張でカラオケに流れる。
忙しいヨシヲくんにタックルをかまし、無理矢理引きずり込んだのは、
淋しさ故ということで許してもらいたい、ありがとう。
本当に、これに限らず、ありがとう、次は成田で。

それにしても、春に1度だけ一緒にカラオケに行った新入生に、
私は本当に「林檎の人」として記憶されてしまっているのだろうか。
…恥ずかしい。

終電で帰る気でいた私だったが、だんだん帰る気が失せてくる。
楽しかったからというのは勿論だが、帰るのが億劫だったというのもある。
結局、タクシーに5人も乗り込み、五反田のwak家に流れる。

しかし疲れと眠気にはもはや勝てないお年頃である。
Kっちゅうがプレイボーイにやたらと文句をつけていたのは覚えているが、
あとは知らない、寝た。

なぜか夢の中でsuzuに「最近、頭の中がカビてるんじゃない?」
と言われ、衝撃が走る。
一体何だったんだろう。

起きたら朝で、またしても腕時計を失くしていた。
でも先日wak家に置いてきた方の腕時計は回収できたから、別にいいか。

起きたは起きたが、しかしみんなまだ寝ていて、
そして私はいまだにwak家からひとりで駅まで辿り着けない。
よって、そのまま昼まで眠る。
こんなに寝たのはいつぶりだろう、だめ人間街道まっしぐらである。

12時過ぎにやっとみんなで起きて、
不動前のジョナサンでwakとジョシツキとお昼ごはんを食べる。
食事中も、ジョシツキにかわいそうかわいそうと言われ続ける。

wakまでもが「それにしてもよこたんも大変だよね」
などと真顔で言い出すので、何かと思えば、
「だってこれから2時間かけて帰って、お風呂入って、
休む間もなく6時に渋谷集合でしょ」と言う。

昨晩カラオケ待ちの間に約束を取り付けた、
wak、JPSさん、T野さん、ジョシツキ、F島という不思議な面子に、
加わることが当然のこととされている。

いや、行くわけなかろう。

たくさん寝たのに、電車でも寝て、帰宅したらもう16時だった。
これでまさか渋谷など行くわけがない。

そして我が家のリビングには、大きなマッサージチェアが届いていた。

卒業が近付いてきて、センチメンタルになることばかりだけれど、
できるときにできることを楽しめば、それでいいかなと思う。

これまでの22年間を振り返って考えてみれば、
私の方から声をかけることを怠らない限り、
関係なんて、密ではなくとも、思いの外、何となく続いていくものなんだろう。

怠っているから、気付いたら何もなくなっているんだけれども。
でもそれはそれで、きっと悪くないことだと思う。

できるときに声をかければ、それでよいのでしょう。

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2008年1月11日 (金)

私だけが悪いんじゃない

耳が悪い。

聴力も弱ければ、内耳も外耳もしょっちゅう炎症を起こす。
炎症はどうでもいいが、聴力は人に迷惑をかけるのでよくない。

今日の空耳アワー。

バイト先でMちゃんが「了解だよう」と言った。
私には「妖怪大王」と聞こえた。
そして更に、頭の中では「トウカイテイオー」と変換された。

そもそも、そんなイントネーションで「了解だよう」と言う、Mちゃんもおかしい。

テスト勉強ができない。
どうやってやるんだっけ、テスト勉強って。

テストを乗り切れば、ハワイと沖縄が待っているけれど、
たとえうまく乗り切れなくとも、あるいは避けたとしても、
ハワイと沖縄に行くことに変わりはないのである。

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2008年1月 8日 (火)

病み初め

風邪引いた。

バイトの後輩が熱をおして出勤してくれたからなのか、
はたまた極寒の部屋で朝まで長電話などしていたからか。

午前中のうちは、睡眠不足から来る体調不良かと思っていたが、
だんだん熱が上がってきて、これはきっと風邪だろうと判断。
しかし風邪というのはどこからどこまでを言うのか、いまだによくわからない。

あぁ、卒論終えといて、本当によかった。

さて、私は電話が苦手なのだが、なぜか昨晩は4時間近く延々話していた。
酔っていたからだろうか、やればできるものだ。
というか、相手がよく喋っていたからなんだろうけれど。

私は焼酎を飲みながら電話をしていて、そこまではわかると思うのだが、
それを非難した相手は途中、深夜3時近くにおなかが空いたと言って、
コンビニに出かけ、食事を調達し、それを食べる、
という一連の動作をこなしつつ、通話を続けていた。

電話するか食べるかにしなさい。

と思って、実際言ってやったが、それでも食べつつ喋っていた。
そういう人に、うわ、まだ飲んでるんですか、とか言われたくない。

さて、この電話に関しては全く不快ではなかったので特に必要もなかったのだが、
私は電話でもメールでもメッセでも、そして対面しての会話でも、
どうもやりとりを切り上げるタイミングがつかめない。

もちろん、予定がある場合などは別だけれども。

相手が遠慮なくお開きを申出てくれる人の場合はよいのだが、
そうでもないと、もはやさして話すこともないのに、
ぐだぐだのやり取りを続けてしまうことになる。
あるいは話題のループを繰り返すことになったり。

そういうとき、ここは切り上げるのが親切に違いない、と思うのだが、
しかしやっぱり、どのタイミングで切り出すべきか、よくわからない。

あぁ、今年の目標は、これかな。

と、たまたまばったり会った地元の友人と話していて、思った。
体調が悪いと言って、やや無理のある感じに切り上げたのだったが。

3000字のレポートなんて、ささっと書けるだろうと甘く見ていたら、
案外書けないもので、中々日本語の出て来ない自分が情けない。
半年も前の出来事の感想で3000字って、そんな、無茶な。

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帰りたくないから止めないで

たかだか一週間ぶりで、F島くんがF平化してて笑った。

今日は演習のテストだった。
2年間お世話になった先生に、恩を仇で返して終わった。

いや、今までのテストに比べればましだと思うが、
史料中に見られる観光業を挙げろとの問題に、
「馬」と答えた私は、やっぱりちょっとまずかったかな、と思う。
せめて馬飼いとか書けばよかったかな。

授業後は、最近定番の3人でカラオケに行って、
古内東子に泣きそうになって、m-flowに息せき切って、林檎に叫んで、
最終的には貴教に熱を捧げて踊り狂って終わった。

何度も振られ続けた鶏のお店にやっと入れて、
でも鶏よりもお酒に夢中になって、しかしふたりは甘味に夢中になって、
今日の食事を円満に終えた。

食事中、三国志やら漢詩やら和歌の話になって、
私はだいすきだった漢詩がどうしても思い出せなくて、
情景だけしか思い出せなくてむずむずしていたら、
帰ってからmugaくんが教えてくれて、感動した。

あぁもうすっきり、どうもありがとう。
王翰は盲点だったな。
王維の別れを謳った漢詩もすきだが。

最近はセンチメンタルになってばかりだけれども、
こうして遊んでくれる人たちがとてもうれしい。
5月には3人で鳥取に行くそうです、念願の。

とりあえず、私が何か怪しい人やものにだまされそうになったら、
どちらかが止めてくれるそうなので、これで安心。

さて、今夜中にレポート仕上げようかな。

古内東子の、悲しいうわさ、と、大丈夫、は、本当に泣ける。

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2008年1月 6日 (日)

喧嘩上等

めまいがする。

「めまい」という音は、いかにも眩暈らしいと思うのだが、
そう思うのは私だけだろうか。

昨日、Kさんからめまいの話を聞いたからなのか何なのか、
バイトから帰ったら、めまいがひどくて、仕方がないので横になった。
ベッドに入っても、ぐわーんぐわーんと、目を閉じているのに目が回る。

耳鼻科行かなきゃだめかなぁとか思っていたら、
いつの間にか寝ていて、夢を見た。
アラスカ鉄道の思い出の夢だった。

そういえばあのときも、ひどい乗り物酔いで、ぐわーんぐわーんとしていた。

あのときは、アジア人のちびっこが死にそうな顔で横たわっていたからか、
でっかい外人たちが、度々様子を見に来てくれたり、
ピンク色した酔い止めをくれたりと、親切にしてくれたのだった。

しかし夢の中では、なぜか彼らに頭を振られる。
頭を振られる、というか、大袈裟に頭を撫で回されるというか。

うわわわわやめてくれやめてくれ、と思って抵抗するが、
彼らはものすごく喜んでおり、こうも喜ばれると、
あまりに嫌がるのも申し訳ない気がしてきて、結局へらへら笑うしかない。

彼らの猛攻を振り払う意図もあって、コーヒーを飲みに食堂車へと移る。
しかし注いでもらったコーヒーは、
列車の揺れのせいなのか、めまいが私の外にまで浸透しているのか、
たぷんたぷん言いながらゆっくり渦を巻き、そのほとんどがこぼれていく。

あわわわわ染みになる染みになる、と思って叩き散らすが、
いっそう繊維に吸い込まれていく。
仕方なしにその様を見つめていると、どうもそれがルビンの壷のようになる。

このコーヒーカップというのが、実際の食堂車のものとは違い、
なぜか足つきの、たとえばアンミラのカップみたいな形をしていて、
その周りに焦げ茶色のコーヒー染みが広がっているのだが、
これがもう、ルビンの壷にしか見えない。

すると、立体だったはずのカップとその背景は、
いつの間にか額縁入りの平面絵画になっていて、
いつの間にかさっきの外人たちが背後に立っていて、
「これは壷だ」「いや、人の顔だ」と喧嘩を始めた。

ただでさえぐわーんぐわーん言っているところに、頭上で口論されては、
流石に耐え切れなくなり、とうとう私は何事か反論の言葉をわめき散らす。

と、彼らがぽかんとした顔をして黙ったので、
おぉ、やったか、と思ったら、彼らはけたけた笑い出し、
またしても私の頭を大仰に撫で回す、というか揺すぶり始る。

もうだめだ、と思ったら、目が覚めた。

起きても相変わらず世界はぐわーんぐわーんと言っていて、
私のベッドはいつウォーターベッドになったんだろうとか思う。
ウォーターベッドって、楽しいけれど安心できない庶民な私。

しかし明日はテストなので、勉強せねばと思い、
しかし不良とも言えない程度の体調を言い訳に、
結局今夜も何もせず、ただみみず文字を眺めて過ごしているのだった。

どうでもよいですが、酔っているときのN坂さん、幸せそうでだいすきです。
声からして違いますよね。
こっちまで幸せな気分になります。

それにしても最近、夢をよく覚えているなぁ。

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2008年1月 5日 (土)

幸福の連鎖

バイトでお世話になった方の、結婚式二次会におじゃましてきた。

703さん、きれーい。

やはりウェディングドレスというのは素敵だなぁ。
いや、703さんはドレスじゃなくても素敵ですけれども。

始終にこにこの703さんと、でれでれのT橋さんを見ていたら、
こちらもとても幸せな気分になった。
本当におめでとうございます。

こういうまともな会に出席したのは初めてだったけれども、
新郎新婦ともに、たくさんお友達がいらしていて、よい会だなぁと思った。

この年になっても、地元の友人と仲がよいのって、いいなぁ。
昔の自分をよく知っている友人と続いていくのは、安心感がある。
だからこそ、大学時代にできた友人たちは、
この先もずっと大切にしていきたいなと思います、ので、よろしく。

お世話になったたくさんの方々に、久々に会えたのもうれしかった。
結婚式に来て、新郎新婦の方にも行かず、
久々に集まった内輪でぎゃぁぎゃぁ騒ぐというのも、中々ないだろう。
楽しかったので何でもよいけれども。

いくつになっても、人の結婚式で幸せを感じられるような人間でいたいものだ。

あぁしかし、こうして人の幸せな姿を見て、
結婚てのもよかったかなぁと思ってしまう自分はよろしくない。

とにかく、ご結婚おめでとうございます。
どうぞお幸せに。

それにしても食べ過ぎた、どうしてくれようこの過食。

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器用な不器用

なぜか兄とのドライブに、1日を費やした。

茅ヶ崎の海を目指して、富士山見ながらのんびりドライブ。
アラスカ以来の兄妹ドライブ、何て仲睦まじい。
兄は意外と安全運転なのでうれしい。

私の兄はよく喋る。
それも落ち着きなくよく喋る。
私も決して無口ではないが、しかし延々相手が喋ってくれるのは、楽である。
彼のマスター時代がどれだけ気の毒なものであったか、よくよくわかった。
マスターに進む同期たちの今後が思いやられる。

茅ヶ崎サザンビーチに着いて、海沿いのセブンに車を停めると、
買い物しようがしまいが、30分以上の駐車で3万円を申し付ける、とあり、
やたら兄が脅える。

東南アジアでも中東でも平気でひとりでふらつく人だが、
そういえばこの人は生粋のビビリであった、と思い出す。

何せ水怖さに、がんとしてプールサイドを動かなかったり、
ビッグサンダーマウンテンで暗闇を通り抜けただけで泣いたりと、
そういう幼少時代を送ってきた人であった。
だからこそ、危険地帯もどうにか過ごせるのだろうけれども。

そして私はその隣で、大はしゃぎして水に入り、絶叫系を楽しんできた人であり、
今も危険地帯を危険なままにやり過ごしているのだと思う。

まぁお互いそんな愛らしい時期もあったはずだが、
今やどちらも車など運転しながら親の心配などするのだから、
歳月というのは恐ろしいものである。

それはともかく、2日ぶりの海にまたしてもはしゃぎ、
真昼間から酔ってもいないのに、海を前にして、
海だー海だーと当たり前のことを叫びパンプスで砂浜をざくざく行った私であった。

兄のよいところは、こういうときに、
恥ずかしいからやめなさい、と言わないところである。

磯の香りに満足し、3万円を請求される前に車に戻って、帰っていった。

そもそも今日は、1日かけて卒論を片付けるつもりであったのを思い出し、
帰ってからは縦書き文書に向き合う。

が、しかし、自分で書いたにもかかわらず、もはや読む気も起きず、
したがって推敲が推敲にならず、多少のミスを直したり、
図画史料のコピーに何度も車を出してコンビニに行ったりをしたくらいで、
結局大した手直しもしないまま、製本に踏み切った。

失敗した。

自分で言うのもおこがましいが、私は割と器用な方だと思う。
が、しかし、失敗した。
というか、製本限度を超えているのを無視して綴じたら、
そりゃ失敗もするだろう。

表紙を閉じると、初めの数ページが、横から少し、はみ出すのだった。

かと言って、再度印刷して新しい製本キットを買うのも癪だったので、
カッターで軽く削って、体裁を整える。
こういうところで無駄に器用さを発揮する私である。
そういえば就活中も、ESで書き損じて、カッターでうまく表面を削って修正したっけ。

随分ましになったが、それでもまだ少しはみ出ており、
しかしまぁこれくらい目をつぶってもらうことにしよう、と、
段々自分の卒論への愛着が薄れてきた今日であった。
そもそも読む気がしないという時点で、もう愛着も何もない。

明日には兄も帰るので、これで我が家も平穏な日々を送れるだろう。

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2008年1月 1日 (火)

あたらしいひ

あけましておめでとうございます。

新年ですね。
平成も20年目なんですね。
そして私は今年で23。

年越しの瞬間は、今年も幼い自分ルールに従って、湯に浸かっていた。
浸かっていたら、涙が出てきた、寒かった。
あがったら、知らない人から着信があって、
1回目はすぐ切れたのだけれど、2回目はなかなか切れなくて、
恐々出てみたら、知らない人じゃなくてmonicaくんでした。

みんなで年越ししてたなんて、うらやましすぎ。
新年早々、みなさんのお声が聞けてうれしかったです、ありがとう。

午前中、運転してくれる友人の隣で飲んだくれながら帰っていると、
F島くんから、新年のあいさつ、というよりまたしてもカラオケの誘いが届く。
つぁんとF平と、歌い初めの約束をしていたので、
何の気なしにその旨を伝えたところ、即電話がかかってくる。

で、14時、我が家からの最寄り駅で、F島くんと落ち合う。
そこまで歌いたかったか、と大笑いする私。
田舎っぷりに本気で驚き、やばいやばいやばいという彼。
浦和から厚木まで、どれだけかかったことやら。

お酒のおかげで無駄に体が温まっていたせいか、
寒い寒いと凍える私だが、このさびれた駅にコーヒーの飲めるところなどない。
いや、あるにはあるけれど、元日ですからね、うん、あるんだよ、一応。
仕方なしに自販で缶コーヒーを買う。

しかし朝から飲んだくれていた私は、やはりアルコールが欲しくなり、
コンビニで缶チューハイを買う。
で、しばらくして気付く。
缶チューハイって、冷たいじゃないか。
結局、寒い寒い言いながら待つことになって、
新年早々何ぼけてるんですか、と冷たい視線を受ける。

そうこうしているうちに、えっつぁんとF平が迎えにきてくれて、
カラオケへと向かう。
先日も思ったけれど、初対面なのにさ、
ろくに話もせずに、カラオケに直行するって、すごいよね。
そしてカラオケへと向かう車中、
山を見て感動し、わざわざ写真におさめるF島くんは、
まったくもって神奈川を馬鹿にしている。

そんな今日のヒットは、中村中と森山良子で、
F平の歌をバックに、つぁんが完璧な演技をしていた。
もはやカラオケは、歌うところではなくて演技するところらしい、お酒なしに。
今後の課題は、STAY AWAYと恋のダンスサイトの振りを覚えることでしょうか。
そして私個人の課題としては、何があっても笑わないことでしょうか。

カラオケというのは元日から混むものであったようで、
不本意ながら2時間で追い出される。
遠路はるばるいらしてくださったF島氏を送り、
酔っ払いのわがままに付き合って海へと繰り出す一行。

神奈川の素晴らしいところは、海も山もあるところです。
あぁ、県央でよかった、というか島国でよかった。
海を目指した標識とすれ違い、コンビニに車を止めて、いざ海へ。
と思ったら、なぜかグリコで海へと続く階段をたらたら登る。

で、ぎゃぁぎゃぁ叫びながら、砂浜をかけぬける22歳3人。
気持ちいい。
他にも人がいたけれど、知ったことではない。
海に向かって今年の抱負を叫ぶ。
えっつぁん、なるべくお箸使おうね。

カラオケであれほど歌って踊ったくせに、
闇夜に乗じて、海を前にしてVALENTIを踊るF平とつぁん。
写真をとっていたら、波に足をとられて濡れる。
あぁ、ブーツでよかった。

どうして海って、こんなにも心躍るのか。
私は春から海辺の家に住むけれども、こんなに心躍ってたら、
日常生活もままならないんじゃなかろうか。

最後に相模の地を讃えた高校の校歌を熱唱。
私は大学の校歌を歌えないが、しかし高校の校歌は、
きっとこの先、少なくとも数年は忘れないんだろうな。

やっぱりグリコで車に戻って、よいこの時間に帰宅。
夕飯を作って、やっと家族で落ち着いて新年を祝う。
と思ったら、すぐさま兄が友人宅へと出かけていった。

そんな年明け。

泣いて始まったような気もするけれど、やはりよく笑った元日であった。
今年もみんなでたくさん笑って過ごせますように。
どうぞよろしくお願いいたします。

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2007年12月30日 (日)

普通じゃない

歌い納め、笑い納め。

高校の友人F平が帰ってきたので、彼とつぁんと私とで、騒いできた。

高校の頃から、ちょっと、いやかなりおかしなふたりだったが、
年を経ても大人しくなってくれない。
それどころか、以前にも増して面白いことになっている。

私は常識人、凡人だと思う。
そういうと彼らをはじめ、多くの友人たちは、根拠のない反論をするが、
しかし実際、私はごく普通の大人しい人間だと思う。
彼らといると、特にそう思う。

そういう私が、なぜ彼らとこうも長く続いているのか、よくわからない。
よくわからないが、しかし失ってはならないと思わせてくれるくらい、
お酒もなしに、高揚と笑いをくれるふたりである。

カラオケというのは歌うところであるが、
この面子で行って、大人しくただ歌って帰ってきた試はない。
まぁ私自身、最近はカラオケを歌う場というより、
歌いかつ踊る場と認識しているので、とやかく言える身ではないが、
彼らの手にかかると、何か宗教儀式の場のようになる。

踊るにしても、たとえばPVの振りを真似するだとか、
曲に合わせてふらふらするだとか、そういうのは今更目新しくもないのだが、
彼らの踊り方は、何だろう、創作ダンスみたいな異様さを備えている。
回るし、飛ぶし、打ち合わせなしに息ぴったりだし。

何がすごいって、笑い転げる私を前にしても、全く動じないところである。
ここまでくると、芸人としか思えない。
プロ根性。

この面白さを誰かにどうしても伝えたいが、しかし筆舌には尽くし難い。
はじめて携帯のムービーなど起動させてみて、撮りためたが、
しかしこの面白さはきっと、あの場にいなければ伝わらない。

まぁでも、そんなムービーは色んな人の目に曝されることになるでしょう。
だって見せたいんだもん。
彼ら自身、you tubeにアップしてくれとか言ってたし。
見たい人は言って下さい、私の笑いだか歌だかわからないものがうるさいけれど。

3時間しかいなかったけれど、ものすごく笑った。
帰る頃には3人とも汗臭くなっていた。
来年には3人とも、23になります。

帰るときにF平に、「これで少しはすっきりした?」と言われたとき、
彼らとこうも長く続いている理由が、少しわかった気がした。

4月からは私も地元を離れるわけだけれど、
F平が帰省したときくらいは、私も帰ろうと思った、近いし。
いくつになっても、大人しくならないで欲しい。

明日は腹筋痛いかな。

Fill my heart with song.

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2007年12月29日 (土)

背丈

身長が、中途半端に低い。

もう少し小さければ、
それは無条件に愛らしいということになり、さしてマイナスにも思わないが、
そこまで小さいわけでもない。
しかし平均身長よりはずっと小さい。

とは言え、態度が大きいのか、座高が高いのか、
往々にして人には実際の身長よりも高く見られていることが多く、
私自身、正確な数値はわかっていながら、
さほど小さいという自覚を持っていなかった。

割とヒールの高い靴を選ぶことだとか、
写真がすきでないことなんかも、
自分の小ささを実感させなかった一因であろう。

まぁ、服を買うときにはそれなりの実感があったけれども。

それが先日、学祭のときに撮った集合写真を見て、
やっと自分の小ささを自覚することとなった。

私のところだけ、凹んでいる。
同期で撮った写真など、私の立ち位置のおかげで、右肩下がり。

え、私、こんなにちびっこだったのか。
と、今更ながらかなりの衝撃を受け、
以来、何となく人との身長差を意識するようになったのであった。
まぁ、意識したところで何も変わらないのだけれども。

そういうわけで、人の背の高さを何となく見てしまうのだが、
今日もバイト先の塾で、生徒をまじまじと見ていた。

中高生というのは、伸び盛りなのである。
ちょっと前まで変わらない高さだと思っていた生徒が、
気付けば私を見下ろす位置にいる。

それに気付くと、更に自分を小さく感じる。

と思っていたら、相手もそう思ったのだろうか。
今日はなぜか、2人の生徒に、全く機を異にして、
「先生、小さいね」と言われながら頭をなでられた。
なでられた、というか、ひとりにはわしゃわしゃにされて、
かなり不本意であった。

そういう、身長という見た目にはっきり顕れることばかりでなく、
生徒や後輩の成長と、私自身の成長しない様を見せ付けられることが、
最近は何だか増えたような気がする。

人の成長を見守るのって、こんな感じか。

でもまだ、見守るだけに徹するには、早すぎるな。

このままではパプワくんにも会いにいけない身長なのであった。
昔読んだときは、疑いなく、私もそのくらいにはなれると思っていたのに。
いや、逆の可能性を考えなかっただけに、
疑う疑わない以前に何も考えていなかったのだけれども。

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2007年12月26日 (水)

片付けは後にして

昨日から今日について。

昨晩は、毎年恒例のクリスマス会兼忘年会兼誕生会の鍋パーティーであった。
めちゃくちゃになるのがわかっていながら場所を提供してくれるwakには、
毎度毎度感謝の気持ちでいっぱいであります。
いやはや、14人もあの家に収容できるとは。

トマト鍋をやってみよう、というmameの思いつきで、
ごくふつうの寄せ鍋っぽいものと、トマト鍋とを作った。
当初はmameと私以外、ものすごく渋い顔をしていたくせに、
実際作ってみれば、みんな喜んで食べていた。

ほら、だからトマトはおいしいんだって。

それにしても鍋奉行えっつぁんは格好よかった。
そして手が小さいあまり、お豆腐をうまく切れない姿が愛らしかった。
そしてチキンも鍋もケーキもしっかり食べる姿が頼もしかった。

まぁそんな暴飲暴食は彼女に限らずいつものことなのだが、
いつものことでないこともたくさん起きた。

まず、停電。

漏電が原因だったとかで、東京電力のさとうさんにまでお越しいただくという、
それなりに問題な事態だったようだが、
漏電の何がそんなにまずいのか、私にはよくわからない。
よくわからないが、しかし停電は楽しい。
mugaくんが持ってきてくれたキャンドルが大活躍する。

暗いというだけで、なぜあんなにもみんな興奮していたのかわからないが、
何かいいね、何かいいね、と言いながら、
電気のついていたときよりもよほど元気になった一同。
「これは神様がくれた贈り物だ」と言っていたのはロマンチストmameだよね。

暗い中、ひたすら飲んで、歌って、騒いで、
こんな夜にまでお仕事に勤しんでいらっしゃる東京電力のさとうさんに絡み、
ほんのお礼です、とか言いながら、蒸しケーキを押し付けたのは、私ではない。

そして電気が復旧したにもかかわらず、暗闇の楽しさに浮かれて、
しばらくキャンドルナイトを続けたのであった。

キャンドルナイトは非常に楽しかったが、
しかし、暗闇の中で見る炎以外の光というのは、
目を痛め、挙句頭を痛ませるからよろしくない。
と思っていたら、monicaくんもそう言っていて、ちょっと驚いた。

それから酔っ払いmuga。

ryoくんのポジションは、ぽちょむきんのふたりに奪われたのかと思っていたが、
mugaくんという伏兵がいたんですね。
呆れるほどに面白かった。

春合宿のryoくんと張れるくらいの騒ぎっぷりであった。
こういうときに限って、肝心のryoくんが早々に帰宅してしまうのだから勿体ない。
次の合宿では、ぜひふたりで酔っ払って騒いでもらいたいものだ。
まぁ私はそれを、遠巻きに見ていたいと思います。

それにしても、普段はさほどでもない人が、
ここまで気持ちよく酔っ払ってくれているのを見ると、
何となく嬉しい気分になるのは私だけなんだろうか。
気を許してくれているんだな、とか、思って。

あんなに萌えー萌えーと言っている人を見たのは初めてだったなぁ。
mugaくんは、人の名前に「たん」をつけるのがすきなんだね。
あ、私もmameに対して「たん」付けしてるか。

飲みに飲んで、食べに食べて、昔撮った映画などを観ていたら、
案の上、私は眠気に耐え切れず、ものすごくうるさいはずのところで眠りに落ちた。
睡魔のスイマーのすいまーに、負けた。
カラオケなどで、早々に眠るk原さんやcoldtopicの気持ちがわかりました。
すごくよく寝た。

覚醒してみれば、なぜかバック・トゥ・ザ・フューチャーを観ている周囲。
ぼけっとしていたら、「よこたん、朝ごはん」と、wakが言う。
私は朝ごはんじゃありません。
飯炊女扱いか、と思いつつ、まずいうどんとおいしいトマトリゾットをみんなで作る。
いや、あれはリゾットだったのだろうか、まぁ何でもよい。

そんな朝ごはんを食べながら、みんなでmugaくんを笑う。
何だかすまなさそうな顔をしているmugaくんが気の毒であったが、
全くすまなくないのである、人を楽しませることはよいことだぜ。

気付けば、大量に買い込み、持ち寄ったはずの飲食物は、
うどん3玉と卵4つを残して、あとはきれいさっぱり捌けていた。
なげちゃんのフードファイターっぷりはいつもながら清々しい。
ケーキもたくさん食べてくれてありがとう。

片付けをして、今年もたくさんお世話になったwak家を発った。

みんなと逆方向に行けば、多少遠回りながら、
定期を使って帰ることができるとはわかっているけれども、
それも何だかさみしい気がして、渋谷経由で帰るという、これまた恒例の帰り道。

コーヒーが飲みたくなって、mameちゃんとスタバに入って、
一晩一緒にいて、あれほど話す時間はあったはずなのに、
今更になってコーヒー片手に延々と話す。
長話に付き合ってくれて、ありがとう。

なぜか結婚式で何を歌うか、という話になり、
私が、オザケンのそれはちょっとを歌いたい、と言ったら却下された。
最終的に、アラジンのテーマをハモろうということになった。

さて、帰って部屋の掃除をしよう、と言って席を立つ。
私の部屋は本当にひどいことになっているので、
ビフォアアフターを撮ってメールで送ってやろう、という話になり、
人に宣言した以上はやらねば、とそれなりに気合が入る。
しかしmameちゃんと別れてから、どこから手を付けようかなどと考えながら、
1時間ほど電車に揺られていたら、眠くなってきた。
帰ったらとりあえず寝ようかな、と消極的になり始める。

そうして最寄駅に着いて、さてバスに乗るかというちょうどそのとき。
母から電話が入る。
電話口の向こうの母は、何やら悲壮な声で言う。
「ねぇ、今、私、横浜にいるんだけれど、来て」

…眠い、歯磨きしたい、お風呂入りたい、面倒、というか、なぜ。

とものすごく行きたくない気分でいっぱいだったが、
その声があまりに悲壮なものであったのと、
遊び呆けていた手前、申し訳なさも手伝って、仕方なしに改札に戻り、
1時間弱かけて、横浜へ向かう。

荷物持ちと服選びアドバイザーの任を請け負い、久々に母とふらふらする。
ぶらぶらじゃない、お互いふらふらであった。
更に母は、眠いから危ないよ、と自ら言っている娘に運転を任せ、
帰る頃には何だか元気になっていた。
まぁ彼女は満足したようなので、よしとしよう。

やっと帰宅し、自室の散らかりように嘆息する。
あぁそうだ、mameちゃんに写メ、と思って本当に送るが、
多少は見栄を張って、ちょっと片付けてから送るべきだったかと、少し後悔する。

送ってしまったからには、と思ってちょこちょこと片付けを始めるが、
捨ててよいものが多すぎて、中々片付かない。
片付けようとして更に散らかす、という状態になっている今現在である。
というか、更に散らかし、眠いし飽きてきたな、と思っている今現在である。
というか、飽きてきたな、と思ってこうして全く別のことをしている今現在である。

まぁ自室の片付けはいいとして。

とにかく今年もとてもとても楽しいクリスマスを過ごすことができました。
会いたいみんなに会えてよかった。
来られなかったriiくんにも、ばったり会えたしよかった。
もうこんなクリスマスも最後なのかと思うとちょっと淋しいけれども。
それでも残る学生生活は、こうしてみんなと馬鹿騒ぎして過ごしたい。

みなさんありがとう。
名前を挙げなかった面々も、本当に楽しい時間をありがとう。
suzuはバオバブを育ててください、1本なら星は崩壊しないでしょう。
coldtopicは一反木綿にきっちゅうでも垂らしてください。

さて、ひとねむりしよっかな。

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2007年12月25日 (火)

歌い足りない

メリークリスマス。

クリスマスだからどうということはない。
でも楽しいことは楽しんだ方がよい。
理由なんて本当は何だってよいのだけれど、
口実があったほうが人は人を誘いやすい、集まりやすい。

遊ぶはずだった人が都合が悪くなり、帰ろうとしたら、
こんなの悪習ですよ、と毒づく人から突然お誘いがかかって、
ふたりで串焼きを食べて、ひとりで飲んで、ふたりで笑った今夜であった。

何でここにいるんだろう。
何でこの人といるんだろう。
何で熱唱しているんだろう。
何でこんな広い部屋なんだろう。

そう思った今夜であった。
やはりカラオケは楽しい。
27日は歌い納めをするので、来たい人は来て下さい。

色々と踏ん切りがついたので、今日もまぁよい1日だった。

さて、明日の鍋は寝そうだな。

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2007年12月21日 (金)

資格がない

大学1年生のとき、ある少人数の授業で、
所属サークルを聞かれたので、素直に映画のサークルだと答えたら、
「映画サークルだったらとりあえずゴダールくらい観なきゃだめでしょう」と言われ、
何となく嫌な気分になった。

映画サークルに入っている人は、ゴダールを観なければいけないのだろうか。

そう言われたからではないけれども、一応ゴダールは何作か観ている。
そして、大抵、よくわからないけれど、女の人きれいだったな、
という感想を抱いて終わる。

映画サークルに入っている人としての資質を備えていないということだろうか。

まぁ、実際、ないと思います。
最近はそもそもあのサークルが「映画サークル」なのか疑問です。

そんな私だが、『アワーミュージック』は感じ入るところが大きかった。
といってもまた私のことだから、印象でしか覚えていないのだけれど、
ただ重く受け止めたふたつの台詞があった。

「とは言え、私は一個の他者である」
「詩を持たない国が敗者だ」

どちらもどういう文脈で出たかは失念していたが、
非常に印象深い言葉で、これらの台詞自体は今でもよく思い出すのだった。

先日、『ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた』という映画を観たときも、
これらの言葉が想起されたものである。

さて、ゴダールに興味のない私が、なぜこんな引用をしたかというと、
この台詞を引きたくなるようなものが、思いがけず授業で扱われたからだった。

今日は授業で、パレスチナ問題をベースにした小説と詩歌を扱い、
特に詩歌の中で、2人の詩人の詩を比べたのだが、
その比較の上で、これらの言葉を鮮烈に思い出した。

それで、ディスカッション、まではいかないが、意見感想を述べる授業なので、
そういう連想を挙げてみたところ、思いがけない再会をした。

比較した2人のうちの1人、マハムード・ダルウィーシュという詩人、
彼こそが、『アワーミュージック』の中で、
「詩を持たない国が敗者だ」と述べたその人だったのであった。

知らなかった。

学ぶことを楽しいと思える瞬間というのは幸せな瞬間のひとつだと思うけれど、
こういう連関に遭遇したときは、そして更に、新たな解釈を加えられたときは、
学ぶことを楽しいと思える幸せな瞬間だと、私は思う。

「詩を持たない国が敗者だ」という、その台詞について、
パレスチナ問題に無知な私は、強い印象を受けたとは言え、
しかし適切なコンテクストの中で捉えられていなかった。

私がどれくらいパレスチナ問題に暗いかというと、
『アワーミュージック』についての過去のレビューを読み返したら、
パレスチナとイスラエルを間違えているくらい、それくらいの暗さである。

多少の知識を持って考えてみれば、マハムードのこの言葉は、
単純に文化的なものの重要性を説くだけでなく、
「敗者」としての尊厳を説いたものでもあったのではないだろうか。

強い言葉を使ってしまえば、「敗者」としての自らの甘えが、
外的要因以上に、自らが、文化的なものの破壊だけでなく、
文化的な意識や無からの創造力を蝕んでいる、と、
その状況を嘆き、恐れた言葉でもあったのではないだろうか。

わざわざ「詩」という言葉を用いたのも、
少しばかり知恵のついた今ならば、自戒だからこそのことだと思われる。

思えばナチス占領下にあっても『天井桟敷の人々』を作ったフランスは、
そういう意味で敗者なりの尊厳を保った「勝者」なんだろう。

「とは言え、私は一個の他者である」
こちらに関しては、マハムードが言った言葉ではなかったはずだが、
しかし「統一アラブとしての自己」ではなく、
「ただパレスチナを故郷としていたイスラエルではない自己」を謳った彼には、
この言葉にもまた通ずるところがあって、
『アワーミュージック』とマハムードとの一貫性を見出せた気がした。

そしてこの台詞と彼を並べたジャン=リュック・ゴダールという人を、
初めてまともに面白いと思った。

4年間、教職に必要な単位のために、
つまらない授業もたくさん受けてきたけれど、
その合間合間に、面白いと思える授業もいくつか受けることができて、
件の授業もそういう面白い授業のひとつで、履修してよかったなと度々思う。

といって、また私のことだから、きっとこの発見も何もかも、
印象だけ残してすぐ忘れていくのだろうと思ったから、
書き残しておこうと、そう思って、書いた。

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2007年12月19日 (水)

そんなに気にするなよ

整形に偏見がない。

芸能人などを見るにつけ、
「でもこの人、整形でしょ」と、明らかにマイナスの評価をつける人がいるが、
整形でも何でも、きれいならそれでいいんじゃなかろうかと思う。

いや、醜い方がいいというなら、それはそれでいいのだけれども。

メスを入れてまで顔貌を変えることに抵抗が、という人もあるけれど、
ピアスホールを空けるのとそう違いがないように思うのは私だけなのだろうか。
それどころか、化粧をするのとそう違いがないように思う。
朝から一所懸命に簡易二重を作る中学生と変わらない。

まぁ要はどうでもいい、ということであって、
電車内で、雑誌を覗き込みながら、
「若く見えるけれどさ、どうせこの人整形でしょ」
と文句をつけている女性二人を見ながら、そういうことを思っていただけである。

まぁ私は貧乏なので、そいう僻みはたまに感じます、その程度です。

因みに私は、美醜で人を判断できるほどの慧眼を備えていません。
「お前の好みは当てにならない」とmameちゃんにも言われました。
いえ、彼以外にもよく言われます。

だからどうでもいいんだろうなぁ。
だからこそ抵抗を覚える人もいるのだろうけれども。

しかし久々に読む江戸川乱歩は面白すぎる。
ただ、順番通りに揃えてきたのに、
一冊だけ手に入らなくて飛ばしてしまったのが、我ながら悔しい。

やっぱりAmazonかな。

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2007年12月16日 (日)

呪詛

自分の将来が心配である。

母は最近、あなたの将来が心配でたまらない、と泣きそうな顔をする。
どう心配なのかというと。

ろくな男性が寄り付かない、あるはだまされる。

否定できない自分がまた苦しい。

昔から、友人たちによく言われることには、
「ヒモ作って養っていそう」
「将来性のないだめ男を、それでもいい子なんだとか言っていそう」
「挙句、だまされたか他の女ができたかで手元に何も残らなさそう」
「それでもなお、すきだから何でもいいとか言っていそう」

あるいは、
「妻子持ちの優男の愛人やっていそう」
「家族を捨てない煮え切らない男を、それでも優しい人なんだとか言っていそう」
「挙句、妻にばれたか秘め事に飽きられたかで手元に何も残らなさそう」
「それでもなお、期待してないから何でもいいとか言っていそう」

で、母も全く同じことを言うのである。
「ちょっと優しくされたら、ころっていっちゃうんだよ、絶対」
絶対、てそんな断言しないでくれ。
でも否定できない。

しかし私は薄給だし、守銭奴だから、と言うと、
「いや、お金ないお金ないと言い切れない意地があるから出すよ、絶対」
だから断言しないでくれ。
でも否定できない。

あまつさえ、
「何かあったときにあなたを止めるよう、お兄ちゃんに頼んでおこうか」
と言い出す始末。
でもきっと誰の制止も聞かないだろうことは、よく心得ている。

そういうことを友人に言われるのは笑い事だが、
親だとか、恋人のようなものであった人から言われるのは、
笑い事では済まされないような気がして何とも不安である。

こうも言われると、本当にそうなりそうな気がしてきて、恐ろしい。

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出来心だったんです

人といるのに携帯をいじくる人があまりすきではない。

もう半年近く前になってしまったのか。
あれは実習中のこと、ぐりから聞いた話であった。

実習中は忙しく、また実習のために実家に帰ってきている場合もあり、
友人や恋人にも中々会うわけに行かない。

週末毎に遊んでたのは誰かだなんて、言わないで。

そういう状態の中、ある男子実習生2人が、
「電話やメールはもちろんするけれど、
やっぱり俺はface to face communicationがいい」
と、恋人と会えないことを嘆いていた。

そんな2人だったが、連れ立って仲良く帰る姿を見ると、
お互い携帯をいじくった状態で歩いていたのだった。

face to face communicationはどうした。
恋人に対しても、隣にいる友人に対しても。

まぁ他人事だし、お互い断りを入れ合ってのことだったというから、
そのときは笑って、そして勿論馬鹿にしたのだけれど、
こういうことを自分に対してやられると、どちらかというと私は嫌である。
狭量だと言われても、それは認めるが、やはり好ましくはない。

いや、勿論、何か連絡事項とかそういうことを疎かにする必要はないけれど。
私ほど携帯を放っておく必要もないけれど。

人といるときくらい、一緒にいることを楽しめばいいのに。
楽しくないなら一緒にいなければいいのに。

かく言う私も、やはり人といるにもかかわらず携帯をいじくってしまうこともあって、
それでも一言断りは入れるようにしているし、
あるいはそういった遠慮がいらないだろうと思える相手の前でくらいに留めている。

これだけ携帯が普及している世の中だから、
いちいちそんなことに目くじらを立てていてはきりがないとは知っているし、
もう今更怒りも感じないけれど、
世の中の人は嫌じゃないのかな、といまだに不思議には思う。
嫌じゃないからするのだろうけれど。

まぁそういう感情があるので、
ryoくんからヒwitterに引っ張り込まれたときも、
携帯からつなげるようにはしていなかった。

が、とうとうやってしまった。

スクリーンセーバが動き出すのを止めるため、
無闇に指を動かしたら、思いがけずそんなページに飛んでしまい、
これほど簡単に登録が済むと思っていなかったがために、
実に簡単に登録が済んでしまったのであった。

我ながら、何たる間抜けさ、ガードの甘さ。

怖いよ怖いよ。
そして何か悔しいよ。

しかしそもそも、携帯で文字を打つのがすきではないので、
さして活用することもないのだろうな、とふと思う。

まぁとにかく、私といてさほどにつまらなければ、
ヨシヲくんのようにきっぱり言ってくれても構わないので、
いや、そりゃまぁできるなら言わないで欲しいけれども、
というか言われないよう努力しますので、
そこまで私の存在を蔑ろにしないで欲しいなと思います、ただ淋しいので。

逆に私がそのような不義理を働いていれば、
遠慮なく文句を言ってくれて構いませんので。

ノロが流行し出したと聞き、ノロ説の信憑性が高まる。
やっぱりノロなのかもしれないが、明日もカフェバイト。
もう知らない。

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2007年12月11日 (火)

朝がまたくる

めっきり朝に弱くなった。

これは寒さのせいか、夜更かしのせいか、
はたまた単純に、怠け癖のせいなのか。

明日は早起きして、図書館のパソコンスペースを陣取りたい。
でも既に、無理な気がしている。

大体、そのためには遅くとも6時半には家を出なければならないのであって、
つまり5時には起きなければ、怠け者の私にはその時間に出られないのであって、
4年目にもなると、そういう頑張り方ができない体になっている。

4年間、よく通ったなぁとたまに思う。

さおりやしおりの方がよほど大変だということは、よく知っている。
が、それでもたまに自分を褒めたくなるのだった。

あぁ、明日、どうしようかな。

早く懸案片付けて稼ぎたい。
早くハワイ行きたい。
早く沖縄行きたい。

よし、頑張って起きよう。

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2007年12月 9日 (日)

だらだら

卒論が、卒論が、という割に、よく遊んでいる。

昨晩は、サークルのOB・N倉さんのお友達のお宅のパーティーにお邪魔した。

「パーティー」って、ただ飲んでただけだろう、と言われたらまぁそうなんだけれど、
でもあれは確かに「パーティー」であって、
決して「宅飲み」とかそういう気合の足らないものではなかった。

参加者に気合が入っているわけではない。
ただ部屋づくりと料理と酒量から、相当の気合を感じた。

料理は本当に素晴らしかった。

N村さんが数日を費やして作ってくださったプレートの数々は、
どこかお店のパーティーメニューよりよほどパーティーらしく、見目麗しく、
そして何より、ものすごく美味しかった。
男性のお宅で、手製のキッシュが出てくるって、何。

ワインをしこたま飲み、割るものがないと言ってウォッカをあおり、
そもそもはだらだらするというコンセプトの会だったにもかかわらず、
結局みんなふらふら踊ったり騒いだりしていて、面白かった。

開始30分くらいの時点ですでに、
mameと私は、幸せだ幸せだとほわほわの気分になっていたが、
その幸せが延々朝まで続き、気付いたらふとん部屋で寝ていて、
kさんが寝ている人々に絡んで起している声で、起きた。

半分以上が知らない人だったにもかかわらず、
なぜか誰もが、ナチュラルに飲んでほわほわしており、
行く前までは、私などが行って場違いではあるまいかと思っていたが、
誰もそういったことを気にしていなかったので、行ってよかった。

しかし初対面の人に対し、N坂さんが私のことを、
「エロ担当です、エロテロリストです」と紹介していたのだけは、参った。
でもきっとN坂さんは、もうそんなこと覚えていないし、
私も色んなことを覚えていない。

とは言え、いつものごとくryoくんに、なぜかどつき倒され、
あるいは髪の毛をわしゃわしゃやられたことはよく覚えている。

朝からバイトだったので、7時前には幸せの家を後にした。
出るとき、私の方向音痴を知ってか、歯磨き中のN倉さんが、
「道わからなくなったら、うーん、戻って来い」
といった様が、やけに男前で、いやいつも男前だけれど、とくかく印象的であった。

さて、件のお宅は南大沢にあって、そういえば首都大だな、と思っていたが、
帰りに偶然、首都大に通う地元の友人に出くわした、驚き。
片や週明けの発表に向けて、徹夜で実験・勉強していたという彼女と、
片や夜通し飲んで遊んで、明らかに酒臭い私。
申し訳ない気分になるが、お互い車内で睡眠をとり、仲良く帰ってきた。

帰ってきて、バスをおりて歩いていたら、またしても地元の友人に出くわし、
彼はこれから仕事だというので、やはり申し訳ない気分になるが、
朝帰りでごめんなさい、と言ったら、大笑いされた。

さて、バイトを終えて帰宅し、夕食を作る際、
昨晩のN村さんの手料理を見習って、おしゃれ料理を作ろうと思ったが、
いざ冷蔵庫を開けてみると、おしゃれ料理になりそうな食材は、なかった。
とは言え、久々に見栄えのする、料理らしい食事を作り、
ひとり満足したのであった。

彼の料理を前に、食事には何かとうるさいmameもしきりにうまいうまいを繰り返し、
「お前もこういうの作れよ」とか、
「何か俺らもこういうパーティーしたいね」とか言っていたが、
しかし25日に開催される恒例の鍋パーティーは、
絶対におしゃれなものにはならないだろう。

でもせめて、何の鍋にするかくらいは事前に決めて、
何でもありのごった煮、みたいなことはやめてみようか、
と思わせてくれるような、素晴らしいパーティーごはんであった。

でも、朝から気合入れてパーティーごはんの用意、とか、
ちょっとしてみたいな。

年末年始も色々OBと遊ぼうの会はあるけれど、流石に行けないだろうな。
でもまた遊びたいな。
卒論やるしかないな。

とにかく楽しかった、お疲れ様でした、ご馳走様でした、お邪魔しました。

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2007年12月 4日 (火)

何が言いたい

あいたくてあいたくて、きょうもわたげをとばします。

嘘です、飛ばす綿毛はありません。
綿毛の代わりになるものと言えば髪の毛か。
髪の毛飛ばしたら鬼太郎みたいだな。
しかし今でも鬼太郎は、髪の毛針を飛ばしているんだろうか。
そしてちゃんちゃんこやリモコン下駄は、今でも機能しているんだろうか。
というか、鬼太郎ってどうやって敵を倒すんだっけ。

話が逸れたが、とにかく今日は無性に、色々な人に会いたくなった。

ゆきんからの初旅行のお誘いを、どうしても受けられなかったからか。
去年まで毎週顔を合わせていたF嬢と、1年ぶりくらいに会ったからか。
苦しみを共有しているゼミの友人たちに、急遽会えなかったからか。
引っ越してきたお隣のサークルの勢いに、ついつい圧倒されたからか。
サークルの同期で撮った、素敵な青春写真を受け取ったからか。
1年間を労いたい人たちへの感謝の気持ちを、人に託したからか。
まず会えないだろう今週に限って、monica氏が髪を切ったとか言うからか。
昼に電話をくれていたk一に、かけ直したら留守電だったからか。

就職活動中も人恋しくなったけれども、卒論執筆中も人恋しくなるものだな。

卒論。

とりあえず2章立てのうち、1章の目処が立った。
あれも書かなきゃこれも足さなきゃ、というのはたっぷりあるが、とりあえず。
調べたり書いたりが楽しいときもあるので、まだ末期ではないらしい。

しかし2章はこれから1ヶ月でほぼ一から始めるわけで、
1ヶ月で足りるのかどうか、1ヶ月も頑張れるのかどうか。
まぁ足りなきゃ卒業できないし、頑張れなきゃ卒業できないので、
何とかしようと思いますけれども。

とか言って、水曜の中間発表で、めためたに切られて、
目処が立ったはずの1章もやり直しになるのが、
想像するまでもなく目に見えているのだけれど。

卒論のおかげで、変換機能がおかしくなっているのが恥ずかしい。

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2007年12月 1日 (土)

曖昧な舌

昨夜はあまりに嬉しかったので、ここに記しておかねばと、
帰宅して、多少の眠気を無視してかたかたやっていたのだが、
何をどう間違えたのか、下書きにして保存していた。

さっき気付いて公開にしたけれど、こういうのって、何かむなしい。

コーヒーがすき、というのは恐らく周知の事実だが、
特にマンデリンという豆がすきである。

と言って、飲み比べをしたわけでもないし、
お店や淹れる人、器具によって味なんて変わるものだし、
何が何でもマンデリン、というわけでは勿論ない。

ただ、苦味が強くて、割と味の濃い、というかコクのあるタイプのコーヒーなので、
好みだなぁという、それだけのことである。
似たようなタイプのコーヒーと区別しているわけでもない。

と、なぜそうまで弁明しているのか。

とにかく私は、外でコーヒーを飲むときも、家で淹れる豆を買うときも、
大したこだわりを持っているわけではないが、
ただ外れはないだろうとの思いで、決まってマンデリンを頼むのである。

さて、最近、私の地元のさる商業施設の食品街が改装され、
よく行くコーヒー店も改装セールを催すとの情報を手に入れた。
折込チラシも、たまに目を通すとよいことがある。

もともと懐に優しいお店ではあるけれど、
それが更に半額、更にレジにて10%オフになるという。

余談だが、レジにて割引、という触れ込みは多いけれど、
計算が面倒だからやめて欲しい。
まぁ、それが狙いなのでしょうけれども。

話を戻すと、要はコーヒーの特売。
そろそろなくなりそうな、自分用のマンデリンと部室用のブレンド。
せっかくだから買いに行こう、と思い、今日のバイト上がりに寄ることにした。

バイトの後輩から、改装したてで込んでいると聞いたけれど、
閉店30分前という時間が幸いしてか、さほどでもなく、
他のお店もふらふらしつつ、コーヒーを求めに件のお店に入った。

が、しかし、閉店30分前という時間が災いしてか、目当てのものが、ない。
ブレンドは他のものでもよいとして、しかしマンデリンが、ない。
ついでに買おうと思っていたドライマンゴーまでもが、ない。
というか、ディスプレイされている豆は、それじゃぁ一体何なんだ。

まぁそうは言っても、特売なのである。
100グラム100円前後なのである。
そしてそもそも、私はそこまでマンデリンにこだわる根拠を持っていないのである。

ウィンドウの前で真剣に悩み、真剣に品定めをし、
結局、似たようなタイプの他のコーヒーに落ち着いてしまった私は、
所詮、舌にこだわりのない人間なのである。

帰宅して、残っているマンデリンを置いたまま、
やはり不安になって件の新種を飲んでみたけれど、
さして味の変化が見出せなかった私は、
所詮、舌に説得力のない人間なのである。

そもそも私は、自分の味覚に自信がない。
得体の知れないものを、食べること自体は構わないのだが、
どんな味かを聞かれるのが、非常に苦手である。

というのは、幼少の頃、
栗だか芋だかかぼちゃだか、そういう餡のお菓子を出されて、
それも明らかに自然の味ではない安物のお菓子を出されて、
何の味、とはっきり答えられなかったときの恥に起因している。

とどのつまり、美味しいと思えれば、何でもいいや、というのが私であって、
先にしつこく弁明しておいたのは、そういうわけなのである。

ということで、月曜には部室にコーヒーが補充されているでしょう。

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湯けむり

酔っ払いの戯言を、実現してくれてしまう、そんな周囲がだいすきだ。

温泉行くよ、と言ったら、ちゃんと5人も揃ってくれて、
シャア専用、というほどスピードは出ない、でも真っ赤な7人乗りのバンで、
箱根までひとっぱしり付き合ってくれた。

現地にいられたのは、ほんの1時間だったけれど、
どうしてあんなに温泉て素晴らしいのか、癒された。
足のだるさも、心なしか少し解消されたような気がしないでもない。

温泉はもちろん、やはりドライブは楽しい。
相変わらず危なっかしい私の運転だったけれど、
みなさん文句も言わず助けてくれて、ありがとう。

というか、結局、思い立ったが吉日なのであって、
急に下らないことを実行してしまうのが、学生らしくて、楽しいのでしょうね。
わがままに付き合ってくれたみなさん、ありがとう。

さて、幸せもチャージしたことだし、真っ当な生活をしようそうしよう。

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2007年11月30日 (金)

のど痛い

2時間かけて大学に行った割に、1限は寝て過ごし、
5限は教室にも行かずにカラオケでのどを痛めて終わった今日。

毎週恒例のゆきんとのお昼を部室で過ごし、
eっつぁんとfしまと、ゆきんと私というおかしな4人で笑った今日。

毎度ながらつるのやに行って、鍋を食べ、
wakとノスタルジーに浸ってしまった今日。

温泉に行きたいのだと行ったら、早速明日行こうと言って貰えた今日。

ということで、明日は箱根。
恐ろしくテンションがあがる。

決まった途端、うれしいうれしいと騒ぎ立て、
二次会どうする、というwakを無視して、明日に備えて帰ると言った私。
そしてプチ家出中のeっつぁんと、ひとつのベッドに入っている今。

さて、箱根行こう。

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2007年11月28日 (水)

やっぱりみんなで

人と飲んだ後、帰途で眠って、懐かしい夢を見た。

ちょうど1年くらい前のこと。
sahoさんの突然の提案で、突然箱根に行った。
メールが来たのが昼間、行ったのがその夜。

三田で車を借りて、N倉さんの運転で、
sahoさんとverdeさんとryoくんと、5人で温泉。

学祭で、久々にこのメンバと揃って顔を合わせたからだろうか。
そのときの夢を見て、夢の中でもすごく楽しかった。

夢の中でもsahoさんが旅館に電話して、
「東京から来たんです」と、22時までのところを23時までにしてもらっていた。
夢の中でもryoくんが、プリングルスを抱えてすべっていた。
夢の中でもverdeさんが、ワンピースをプレゼントしてくれていた。
夢の中でもN倉さんが、随分長閑なとこに住んでるねぇと言っていた。

起きてからも、懐かしくなって、色々思い出していた。

2年前の、K原さんN西さん宅での鍋とか、
3年前の、沖縄とか、そういうことを色々と思い出してしまった。

それで更に、さっき帰宅してからも、
過去ログを読み返してしまったのであった。

恐ろしくセンチメンタルな気分である。

そう、最近はよくセンチメンタルな気分になる。
特にサークルに関して。
最終学年のなせる業か。
「あの頃はよかった」とか、そういう言葉は大嫌いだし、そう思ってもいないのになぁ。

しかしそう感傷的になる必要があるのかというと、疑問でもある。

何だかんだ言って、OB・OGにはことあるごとに会っているし、
同期はもちろんのこと、楽しい後輩にも恵まれ、
むしろ以前にも増して常日頃幸せである。

chaos様とか、K沢さんとか、N西さんとか、
そういう方々に会えないのは淋しいにしても、
我ながら何がそんなに淋しいのか、不満なのか不思議である。

あ、そうか、わかった。

やっぱり、温泉と鍋か。
寒くなってきたものねぇ、あたたまりたいなぁ。

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2007年11月26日 (月)

さて寝るか

1年で最も幸せな日々が、終わった。

3日目は、ゼミのみなさんに醜態を晒し、
夕方には踊り狂い、引きずり倒されたり持ち上げられたり、
そしてワインやらウォッカやらをラッパ飲みして、騒ぎに騒いだ。

3年間のうちに、無駄に胴上げされたり、抱きかかえられたり、
宙に浮く、ないし、頭から落とされそう、という恐怖は味わってきたが、
いきなり引きずり倒されたのは今年が始めてであった。

4日目は、3日間の疲れをも無視してやはり叫び狂い、
もうのどがからからで、毎度のことだがオカマちゃんのような声になっている今朝。

朝までカラオケなんて、もう珍しくもないことだが、
今日ほどあっという間に終わってしまった日もない。
酔っていただけなのか、何なのか、しかし大して飲んでもいないから、
やはり楽しかったということなのだろうね。

何もかもが楽しくて、幸せな4日間だったけれど、
最終日、同期8人で写真を撮れたのは、すごくうれしかった。
撮影前に、ヨシヲくんが作ってくれた思い出ムービーを見て、
本気で涙ぐんでしまった。

我ながら情けない涙腺である。
今からこれで卒業する頃にはどうなるんだろう。

それにしてもこの4日間で、何だか後輩とちょっと仲良くなれた気がする。
私がそう思っているだけなんだろうか、それでもいいけれど。
そしてOB・OGの出席率に、感動した。
単に踊りたかっただけ、飲みたかっただけ、だとしてもでもやっぱりうれしかった。

来年、OGとなるはずの私だが、
誰も誘ってくれなかったら、ちょっとさびしいかもしれない、と思った。
多分、ryoくんあたりがまた呪いのようなメールをくれると信じています。

全部終わって、朝まで歌った後に、恒例のファミレスに行ったら、
目の前にだんしゃくくんがいて、
この学年の後輩が、この時間に目の前にいるというそのことに、感動してしまった。

書こうと思ったら、もうきりがないけれど、まぁいいや。
とにかく楽しかったということである。
今年で最後かと思ったら、さみしくてたまらない、幸せな日々であった。

それにしても、サークルの男性陣、
といって、主にH野氏とK寺氏くらいのものですが、
酔ったときに、やたら人の腰に手を伸ばしてくるのは何なのか。
引っ込んでいないから、不意打ちはよくないです。

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2007年11月24日 (土)

かえりたくない

老女と幼女にしか興味のないある人が、
私の些細な、しかし私にとっては大事な、ある事情を覚えていて下さって、
感動した今日。

そしてまた別のある人が、やはりどうでもいいことを覚えていて下さって、
そういうことが幸せだと思った。
今でも部室に果物ナイフがあるのは、いつでも果物を食べられるよう。
ドリアン以外のね。

今日は「学祭」を楽しんだ日であった。
明日は、踊り狂うことを楽しみたいと思う。

テンションあがるぜ。
あぁもう、考えただけで、踊れてしまう今夜です。

上映会に来てくださったみなさま、本当にありがとう。
無様なおなかを晒してすみません、でも明日もきっと晒します。

あぁ、あと2日だなんて、だめだめ。

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2007年11月23日 (金)

いい気分

学祭1日目。

いい加減、4年目だろうにと言われようと、テンションはあがる。
寝てなくても楽しい。
みんなの作品を観ても、仕事をしても、下らない話をしても、
そしてOBを呼びつけて飲んでも、楽しい。

願わくば、この楽しさがあと3日、途切れませんように。

さて、ここに宣言しておくが、メールやら着信履歴やらを見られるのが、
少なくとも私は苦手である。

別にやましいものがあるわけでなしに、
あっても消しているし、いや、そもそもないけれども、
でもやはり、好ましくはない。

本当は、携帯を奪われたその時点で文句を言うべきだっただろうが、
場の空気からいって言えなかったので、
しかし主要な人物はいつかここを見るだろうから、ここで言っておく。
好ましくない。

我ながら、嫌な言い方。

さて、あと3日間、存分に楽しもう。
明日はインド人になって、さて、何しにいこうかな。
あぁ、踊り狂いたい。

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2007年11月21日 (水)

空は飛べない

風邪だと思うのだけれど、インフルエンザだったらどうしようとも思っている。

夏の間、ただの布をスカート代わりに巻いていた。
というか、もともとチュニックだったものを、
切ったりほどいたりして一枚布にして、巻きスカート代わりにしていた。

別に着るものに困っているわけではありません。

今日は、ただの布ではない、真っ当な巻きスカートを穿いていた。
茶色の巻きスカート。
結構な大柄の刺繍が施してある、切りっぱなしのスカート。

それを見たバイト先の同僚が言った。
「何、今度はじゅうたん巻いてるの」

言われるとそう見えてくるからやめて欲しい。

学祭に向けて撮った作品を、asariが形にしてくれて、
今日になって観てみたら、ものすごく笑った。
撮ってよかった、ありがとうasari。

ルル飲んで寝よう。

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2007年11月20日 (火)

そそられるかどうか

外国に行くと、何だこの色、と思う食べ物に出会うことがある。

派手派手しいピンクとか水色とか、明らかに自然色ではない色の食べ物。
お菓子をはじめ、液体の類にもよく見られる。
いや、外国に行かなくとも、日本の駄菓子でも充分だが、
そういうものを見ると、食欲が失せるのは私だけではないはずだ。

しかしそれが当然のように売られているということは、
それを食する人々にとっては、
決してその色が食欲減退の原因にはならないということである。

それどころか、彼らにしてみれば、それは美味しそうな色なのであって、
たとえば和食に使われるような地味な色は、
まったく食欲をそそられないものなのかもしれない。

いや、というか私とて、別に土気色に食欲が増進されることもない。

そもそも、食欲がそそられる色って、何だろう。
問題は、色そのものというより、色も含めた見た目か。
いやしかし、地味な様子を見て、美味しそうと思うのか。
やはり見た目の奥に秘された温度や空気なのか。

派手な色はそれだけで充分な主張になるが、
地味な色は自らは主張せず、何かを引き立てるということか。

そういえば、いかにも素人写真の和食ほどまずそうなものもない。
しかしいかにも素人写真の派手な色した食べ物は、
実物や玄人写真に対して、さほど見劣りするものでもない。

と、このくらいまできて、
そもそも何を考えていたんだろう、と思った帰路であった。

今日は寒くて疲れたなぁ。

ゆきんさん、素敵な情報ありがとう。

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2007年11月14日 (水)

年のせいではない

至って健康な私の体であるが、
以前からやたらと風邪だか何だか、熱を出したり貧血を起したり、
健康なくせに故障だけは人並み以上に頻発していた。

それがここ最近、より繁くなっている気がするのは、
明らかに生活リズムの崩れによるとは、自分でもよくわかっている。

よくわかっているのだが、なぜこうも真っ当なペースを取り戻せないのか。

やはり夏休みも終盤に、
無理矢理某アニメのDVDを立て続けに観たことが事の発端なのか。

おかげさまで、通学中、授業中はぐっすりである。

本当に、人に比べてどこか弱いとか、そういうことは特にないはずなのだが。
せいぜい消化器系くらいのものだが、これはさしたる害ではない。
やはり単なる怠惰だろうか。

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2007年11月13日 (火)

こだわりを捨ててみる

エッセイや自伝は、あまり読まないことにしていた。

以前はよく読んでいたのだけれど、
どうも他の作品に対して、バイアスがかかるというか、
先入観というより、固定的な結論を持ってしまう気がして、
よほど小説としても楽しめるようなものでなければ、
あるいは雰囲気の異なる作品をいくつか読んだ作家のものでなければ、
あるいはよほど惹かれるようなものでなければ、
避けるようにしていた。

が、しかし、珍しく読んだ自伝、というか自伝的小説は、
大当たりであった、とてもよい。

やはり無意味な制限はかけるべきではなかった。

こうなると、読み進めたいという気持ちと、
もったいなくて読み進めてはならないという気持ちのせめぎあいに苛まれるのは、
私だけなんだろうか。

どうでもいいが、もうしません、と勝手にめめちゃんに誓った、
手をたたいて大笑いすること、を、今日もまんまとやっていた。
癖は直らないから癖なのか。

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2007年11月12日 (月)

お金より時間

欲しい本があるのだが、手に入らない。

しかし例え、さぁ売ってやろうと目の前に差し出されたところで、
実際買うかと言われると、買わないような気がしないでもない。

高いだろうし、どうせ新本じゃないだろうし、あったらあったで邪魔だろうし。

そんな『東京市史稿・変災篇』だが、手元にある4巻は、
劣化が甚だしい割に、貸し出しの記録は私のそれしかついていない。
まぁ、この貸し出し記録の付箋は、随分と新しい紙のようだから、
それ以前に相当数の貸し出しがあったとも考えられるけれど。

どうでもいいが、こうして史料を読んで、
どちらの風向きでどこからどこに火が燃え移って、
なんてのを追っているおかげで、やっと江戸ないし東京の地理が、
何となく、本当におぼろげに、わかってきた気がする。

遅すぎると思うけれど、我ながら。

と、そんな史料はどうせ買わないだろうけれど、
もう一冊、いやかなりたくさん、欲しいけれど、買うに買えない本がある。

とりあえず、先日大学の生協で唸っていたのは、
ジュンパ・ラヒリの長編、『その名にちなんで』の文庫版。
短編だったら悩む間もなく買うのだが、長編というのがいけない。
まぁ長編と言って、さほど厚いわけでもなかったが、しかしそれでも、
読み始めたら、我慢できない気がする。

買っておいて誰かに預ける、という某姉妹の真似事もできなくはないが。

まぁ、短編をちょこちょこ読むのも、長編を一気に読むのも、
どうせどちらも時間を割くことには変わりはないし、
というかむしろ読書に時間を割くなど、
他の時間の費やし方の大半に比べればよほど有意義なのだが、
しかしこういうものは所詮、気分の問題なのである。

お金より、時間より、要は気分。
変わりはないと思える余裕、気をとられないやる気。

と悩む傍ら、恐らく明日には、先日注文した2冊の本がやってくる。
しかもAmazonのイメージを見るに、一方は、
「落伍者のための名作フェア」なる帯を携えているのだった。

どうも、落伍者です。

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2007年11月11日 (日)

食べるのは止められない

秋の夜長のお供にと、明け方まで何度もリピートさせていたら、
今日は一日、CHARAが耳から離れなかった。

2年前にチャイナドレスを買ったとき、
店主らしき中国人のおじさんと、その細君らしきおばさんは言った。

「チャイナドレスは体型維持にもぴったりだからね」

以来私は、太ったな、と思うたび、
クローゼットの中のチャイナドレスを見て、少なからず脅えている。
あぁ、入らなかったらどうしよう、と。

まさに今、太ったな、と思っている私は、
クローゼットを開けては、幾許かの恐怖を覚えている。

意を決して着てみた上で落ち込むべきか、
日々恐怖に苛まれるべきか。

それなりに気に入っているこのチャイナドレスであるが、
ただのメジャーに成り下がっているというこの現実。

痩せようと思って痩せられる人を尊敬する。

今更になって、昨日になって、やっと買った紫のyomyomは、
裏表紙の印刷がおかしい。

そして阿川佐和子、大島真寿美がふるわず。
そして食べ歩きがしたくてたまらなくなる。
食べ物をおいしそうに描ける人は、もうそれだけで素晴らしいと思う。

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2007年11月 9日 (金)

また荷が増える

ここのところ、意識的にAmazonを避けていた。
もちろん、お金と時間の浪費を防ぐためである。

が、今日、久々に開いてしまった。

多分、昼間にゆきんと本の話をしていたからだと思う。
いや、別に君のせいじゃないです。

で、結局、色々と買い込んでしまった。

まぁどうせ定価では買わないし、
それどころか一桁二桁のものしか買わないし、
金銭的には大して痛くはないのだけれど、
しかしこんな娯楽に時間をつぎ込んでいていいのだろうか。

まぁ、どうせ娯楽につぎ込まなければ、無為に過ごすだけの時間だろうから、
どうせ真面目なことには充てない時間だろうから、いいか。

Amazonはよく利用するが、
一向にポイントのたまらないような利用の仕方しか、しない。
本当は、生活圏内に、蔵書の充実した古本屋があればよいいのだけれど。

早く来ないかな。

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2007年11月 5日 (月)

眠ってばかり

通話中に、寝ていた。

実は私は、これをよくやる。
頻繁にやっているわけではないが、しかし恐らく人に比べたら多いだろう。
相手の話を聞いていないつもりもないが、
しかし寝てしまうということは、結局、聞いていないということだろうか。

大体にして、電話越しではなくても、
顔と顔を突き合わせて、それもふたりで話しているようなときでも、
流石にこちらは寝はしないが、相手が誰であれ、眠くなることはよくある。
我ながらひどいとは思うが、眠いときは、どうあっても眠い。

昨日一昨日とたっぷり遊んだせいか、今日は一日中眠くて、
たかだか15分のバイトの休憩中にも、眠っていたくらいだった。

で、通話中に眠りに落ちたわけである。

急に無言になったため、心配をかけたらしい電話越しの相手を無視して、
大して長い時間でもないけれど、どうにもおかしな夢を見た。

私はバイトの後輩・M嬢と、百円ショップにおり、手帳を見ていた。
百円ショップとは思えない、シンプルながらきちんとした手帳だったが、
種類は2種類しかなく、というかほぼ1種類で、
ただ表紙にキティちゃんのワンポイントがあるかないかの違いだった。

しかしどちらももちろん百円なのであって、
キティちゃんのワンポイントに付加はないのか、と漏らすと、
M嬢は「そーうですねぇ、どうなんですかねぇ」と、
いつものように答えもないことに律儀に答えてくれた。

すると珍しく私の携帯が鳴り、開いてみるとサークルのメーリスで、
coldtopicが、「ゴルチエの件ですが、今週は集めません」
という文面を回しており、私には何のことだかさっぱりだった。

さっぱりだったので、まるで無関係で、よりさっぱりのはずのM嬢に、
これは一体どういうことだろう、と訊ねると、
やはりM嬢は「そーうですねぇ、何なんですかねぇ」と、
いつものように答えもないことに律儀に答えてくれた。

まぁいいや、4年の私には関係あるまい、と思ったところで、起きた。
通話中だったはずだが、既に電話は切れており、
しかしメールが2通、受信されていた。

どちらも電話越しに話していた相手からのもので、
1通目は、単純に事態を訝しみ、また心配した内容のものだったが、
数分後に受信された2通目になると、相手も気付いたようで、
「一言断ってから寝なさい」と書かれていた。

2年半と少しの付き合いの中で、通話中に寝たのはこれで3度目であった。

申し訳なく思ってかけ直したら、
電話の向こうで相手はよく笑っており、ありがたく思った。
ありがたいからこそ、非常に申し訳なく思って、
どうも楽しく会話できなくなってしまうから、今後気をつけようと思った。

眠い、寝よう、何もしてないけれど、寝るか。

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2007年11月 2日 (金)

先が見えない

卒論。

少しずつでも書き始めねば、と思って、
本当に少しずつ書いているがしかし、遅々として進まない。

いかんせんよろしくないのが、
縦使いの用紙に縦書き、という書式。

何がよろしくないって、一行を一度に見渡せないことである。

そもそも私のPCが小さいのがよろしくないのだろうが、
それにしたって、読み返すにもスクロールしてやらねばならないなんて、
面倒この上ない。
かといって、縮小すると、読めない。

いっそ横書きで書き進め、書き終えてから直そうかとも思うが、
しかし私のことだから、絶対にうまくいかず、泣きを見る。

いっこうに進まないのは、そういう理由もあるのだと言い訳している日々。

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2007年10月24日 (水)

欲しがりません

街をふらつくも、欲しいものを、我慢、我慢、我慢。

ひとつめ、ピンクゴールドの三連リング。
華奢で、しかも愛らしい、あまり私に似つかわしくないかもしれないが、
しかし欲しかった。

ふたつめ、クリムトのカレンダー。
輸入物で、祝祭日はずれているけれど、絵も途中でカットされていたけれど、
しかし欲しかった。

みっつめ、うさぎさんのお茶碗。
米を食べないので、お茶碗など使う機会もないのだけれど、
しかし欲しかった。

よっつめ、柑橘酢キット。
自分で作った方がはやいかもしれないが、体はやわらかくならないだろうが、
しかし欲しかった。

我慢には理由があって、何も貧乏だからというだけではなく、
今週末には旅行が待っているからだ。

ピンクゴールドの三連ではないかもしれないが、
クリムトではないかもしれないが、
うさぎさんのお茶碗ではないかもしれないが、
しかし指輪もカレンダーも食器も、
もしか旅行先で気に入ったものが見つかるかもしれない。

そう思って、我慢したのだったが、
しかし旅先で買うとも思えないよっつめに関しては、
費用対効果を考えてそのものを買うことはやめたが、
しかし黒酢バーで黒酢豆乳を買ってしまった程度には、執着していたのだった。

ちなみに黒酢豆乳、可もなく不可もなく、いや、どちらかといえば可寄り。

そういえばクリムトという画家、昔はどうもすきではなかった気がするが、
いつからすきになったのだろう。

というか、昔は、何というかいかにも正統派という感じの、
「誰が見ても一般的にきれいな絵」ばかりがすきだった。
しかし最近は、何もそういったものに限定されない。

我が家のリビングには、母の趣味でシャガールの絵がかかっており、
私はこれが幼い頃からどうも苦手で、本気で怖がったりもしたものだが、
母が常々言うことには、
確かによくわからないし不気味だけれど、こういう絵は飽きないからよい、と。

ミュシャのカレンダーは、きれいとは思っても欲しいとは思わないが、
クリムトのカレンダーにはこうも執着する、というのは、
あるいは「誰が見ても一般的にきれいな絵」ばかりに嗜好が限定されないのは、
きっと母の言うような類の魅力、
あるいはそれに近いものを感じているということなのかなと思う。

もちろん、「飽きない」ということが第一義なわけではないが。

私の場合、年を経るごとに、そういうものを見出せるようになってきていて、
そういう点では、悪くな