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2009年2月12日 (木)

休日の過ごし方

asariとsuzuと、カメルーン料理食べ放題。

予想以上においしかったのだが、帰る頃には食べたことすら忘れていたくらい、
色んな話をした今日であった。

本人の与り知らぬところで出汁になってくれた後輩某氏に、
やはり本人の与り知らぬところで感謝していたら、
いや、あいつのおかげだなんて認めたくない、と言ったsuzuに、笑った。

いやはや、振り返ってみれば、
カメルーン料理に映画にチョコレート調達と、色々とこなした1日であったが、
やはり数時間に及ぶおしゃべりばかりが思い出されるという点に、
おばちゃんの卵たる素質を感じてしまう。

まぁでも、私はどちらかというと、おっさんだと思うが。

「007 慰めの報酬」 マーク・フォースター

ドミニク・グリーンさますてき、というsuzuと私を、一向に理解してくれないasari。

相変わらずボンドに余裕がない。
メカもなければボンドガールとの絡みもない。

これはこれで面白いけれど、
あっさりさっぱりすっきり爽快な、軽い007もすきなんだな。
まぁ、前作の続編だし、仕方ない、次作がどうなるかだな。

オルガ・キュリレンコは、日本の女優でそっくりな人がいると思うのだが、
名前が思い出せなくて何だかむずがゆい。
薬指の標本のときはそんなに思わなかったのに。

そうそう、asariさま、京都タンブラをありがとう。

そういえば最近はちょくちょく小旅行をしているはずなのに、タンブラが増えない。
車で出かけると、わざわざスタバに入らないしなぁ、煙草吸えないし。

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2009年2月 8日 (日)

疑問

携帯電話を2つ持ち歩いている。

ひとつは社用、ひとつは私用。
というのも半分くらい名目に過ぎない気がしているけれど。

2つ持つことになるまでは、なってからもしばらくは、
そもそも2つも持つ意図がわからなかったし、
何と面倒なことだろうと、複数の携帯を使いこなす人を見て、
感嘆よりも憐憫の思いが湧いてきたものであった。

しかしいざ2つの携帯を持つようになってみると、
案外、面倒でもない。

いやむしろ、しょっちゅう携帯を見失う私としては、
人に頼んで鳴らしてもらう手間をひとりで解消できるというだけでも、
面倒どころか便利グッズとみなしてやってもいい。
2つある分、携帯を見失う機会も倍増しているであろうことは、この際どうでもいい。

たまに使い方を混同してうまく操作できなくなることもあるが、
社用なんて私のお金で動くものでもないのに、
2つの携帯をそれなりにうまく便利に使っているのではないかと思う。

と思うがしかし、解せない。

社用携帯で全てを済ませてきた父が、
今になって私用携帯を持ったことが、どうしても、解せない。

なぜ今更。

退職までにはまだ時間があるし、
まさか取り上げられたわけでもなかろう、中学生じゃあるまいし。

たったひとつの携帯すら、中高年のステレオタイプそのままに、
うまく使いこなせていなかった父が、
一体どうしたら2つの携帯を持とうという気になったのか、私には甚だ疑問である。

と、そんな疑問をぶつけるほどの間柄でもない父娘。

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2009年2月 1日 (日)

ためになるおはなし

つぁんとF島と、恒例のだらだらごはん会をしてきた。

私はおいしいものがすきだが、日頃は別段グルメな生活をしているわけではない。
理由は様々あるが、懐の寒さと、
ひどくはない場所でお酒が飲めればそれでいいかな、というこだわりのなさが、
主なものかと思われる。

そんな2つの理由をもたないF島氏とのごはんは、
中々にグルメなものになるので、楽しい。

今日はふたりのすすめで、とんかつを求めて御徒町へ。
普段自分で選ぼうとはしないものだけに、人と行く楽しさを感じる。
もちろん食事そのものにも満足であった。

腹ごなしにアメ横をぶらつき、上野でコーヒー、つぁんを見送り、
秋葉原までてくてく歩いて、再びコーヒー。

先日、男性関係について心配されると書いたが、
もうひとつ、私は金銭関係についても心配されがちである。

特にこのグルメな彼は、私に常々、
保証人にはなっちゃだめですよ、お金を貸すときは一筆書かせるんですよ、
と言って聞かせてくれる。

で、今日も、連帯保証人と連帯債務者との違いから始まり、
金銭に関わるレクチャーを施してくれた。
いやはや、まったくもって、ためになるお話であった。

私はよくよく、人にお金を貸したことを忘れる。
あるいは意識的に忘れようとする。
よくないこととは重々承知なのだが。

しかし借りていることを忘れるわけにはいかないので、
もしも私にお金を貸している人があれば、すぐに遠慮なく申し出てください。
本当に、これはお願いします。

さて、なぜ貸したことを忘れたがるか。
単純に言うのならば、あの人お金返してくれないな、
と思ってしまうのが、何となく嫌だという、それだけのことかと思う。
相手に対しても、自分に対しても。

お金を返してくれない人のことは、どうしても嫌だなと思ってしまうし、
嫌だなというマイナスの感情を抱くことも嫌だし、
そうやって気に病むくせに返してと簡単に言えない自分も嫌なのである。

まぁでも、大した額でなければ、またお互い様の関係ならば、
本当に何とも気にしないのだけれども。
そういう場合はそもそも、貸しという名目でも、貸しという意識はない。

などと言ったら、F島氏に本気で心配をされ、
さっさと取り立てればいいんですよ、いや、僕が代わりに取り立ててあげますよ、
と親切にもまくし立ててくれたのであった。

私の今年の目標のひとつは、高圧的になることである。
まぁ笑い話のような響きではあるが、強ち笑い話でもなく。
強く出ることが必要である、という話で。

お金の話をする前に、クレームをつけるかつけないか、という話をしていたのだが、
この場合のクレームとは正当な主張のことだが、
彼と私とは、お互い極端なもので、彼はかなり強く言い、
私はなぜか下手に出てしまうか、あるいは泣き寝入り、ということがままある。

F島氏ほどの強さは望まないが、
まぁその半分くらいの強さを見習ってもいいよなぁ、と思った今日であった。

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幸福の科学

謙虚な人間でいたいなぁと思います。
思う時点で謙虚ではないわけですが。

人に親切にされることは、非常にうれしいことである。
普段、さして自分を顧みないように思われる人なら、尚更。
それがどんなに小さなことであっても。

先日、人に連れられバスに乗ったら、彼の人がバス代を出してくれた。
やたらうれしくて、申し訳なくて、
ありがとうとすみませんを交互に繰り返していた。

また別の機会。
同じ人がコーヒーを淹れてくれた。
外から戻ってきた途端、という絶妙のタイミングも手伝って、
ブラックでいいよね、という伝心も手伝って、
あ、私、今、幸せ感じた、と、つい口をついて出た。

当の相手は言う。
お前のそういうのって、謙虚さとか通り越して、日々の不幸の表れだよな。

幸せって、言ってるのに。

更に言う。
いつの日にか、いじめてもありがとうとか幸せとか言い出しそうで面白いから、
常に冷たくあしらってやろうかな。

まぁそういう彼は、ありがたいけれども。

話を聞いてくれる友人は、とても大事、と思った今夜。
あ、いや、私のこと大事でしょ、ってことじゃないよ、とかまた変なこと言って、
笑ってもらえた今夜でした。

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