2009年10月26日 (月)

かもめこわい

風邪を引いたので会社を休んだ。
風邪なのかさぼりなのか、よくわからないけれども。

週末のことを、とりとめもなくつらつらと。

土曜日に用事があって池上に行き、帰りに三田に寄った。
連れが、「お前の店に飲みに行こう」と言い出したので。
久々に大学にも足を運んでみたのだが、校舎が消えてて驚いた。
部室も鍵がかかってて、残念だった。

一服して、件の地下のお店に行ったら、
わけのわからないスーツの若者たちに貸し切られていた。
じいじに「何だよもう、昨日来るかと思って待ってたのに」と言われ、
ばあばに「だめよ金曜はお仕事なんだからねぇ」と言われ、
ちいにいに「昨日は後輩たちがゆっくりしていったんだよ」と言われた。

後々、その「後輩たち」がゆっくりしにいった際、
「こないだnyimaがきてたよ」とばらされてしまったら恥ずかしいので、
先に自分で言っておきました。

それで仕方なく、またきますと残して、巣鴨に帰った。
そのまま三田で餃子かタイ料理という選択肢もあったが、
飲んだ後に雨の中帰るのも、ねぇ、と、巣鴨に帰った。
そして、気の進まないホルモン屋に連れて行かれた。

おいしくなかった。

翌日曜日は勝どきに行って船に乗ってきた。
勝どきは何もなく、とても寒かった。
かもめにえさなどやったけれど、
松島の遊覧船でのはしゃぎようはどうしてか顔を出さず。
というか、かもめの落し物がこわくてたまらなかった。
でも弔事を終えた気分で、さっぱり、したのかどうかはよくわからない。

寒かったので、家に帰ってせっせと鶏団子を作り、
鶏と鱈の鍋にして温まった。
やはり冬は鍋である。

昨年は小さな土鍋を鍋敷きに移して食べていたが、
今年は電気鍋を買って正解だった。
当たり前だが、最後まで温かい。
当たり前だが、ゆっくり食べられる。

と、温まったはずだったが、朝起きたら熱っぽかった。
インフルエンザだったらまずいし、と自分を甘やかし、
休んでしまった。

最近、自分を甘やかしすぎ。

『それからはスープのことばかり考えて暮らした』 吉田 篤弘

知らないふり、と、嘘、の違い。

「物語が、はじまる」 川上 弘美

一度電源を落としてしまったら、再び同じように戻ることは難しくて、
だからたったひとことを言えずにいたり、言わないように努めたり。

『夜の公園』 川上 弘美

うーん、納得しかねる。

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2009年9月26日 (土)

美食三昧

初めて聞いたのはまだ夏だったと思うが、
老人の休日かよ、と思った、敬老の日だし。

そんなシルバーウィークは、1日年休をくっつけて、
前乗りで南東北めぐりをしてきた。
福島1泊、宮城1泊、山形1泊、新潟1泊、最後に埼玉1泊、
ようやく巣鴨に戻ってきたのだった。

1県1泊となれば移動旅行だったのは言うまでもないが、
しかしどこでも渋滞に巻き込まれることなく、快適なドライブ旅行であった。
テレビで見た渋滞は一体どこの出来事だったのかと思うほどに。

山形から新潟に抜ける間、
日本海沿いの、信号もない国道をひたすら走ったのだけれど、
海に沈む夕日が本当にきれいだった。

関東で生活をしているだけに、
太平洋からのぼる朝日というのはそれなりに見てきたが、
日本海に沈む夕日というのは、そういえば見たことがない。
いや、あるのかもしれないが、印象にない。

とにかく、よかった。

しかし日が落ちた後は、広いとは言い難い、暗い知らない道が、
私の運転を覚束なくさせ、連れの苛立ちを買ったのだったが。

他に行ったところと言えば、
裏磐梯、安達太良、白石、仙台、鳴子、次年子、山寺、湯殿山、
新潟では特に何も見ず、といった具合で、
思い返せば山ばかりだった。
デジカメを持って行ったので風景を写真に納めたが、
時系列で見ない限り、いまいちそれがどこなのかわからないと思う。

よかったのは山形。
そば街道ははずしたが、山寺も湯殿山もよかったし、
何より季節のおかげか、景色がものすごくのどかできもちよかった。
右も左も一面、稲穂。
これぞ休暇、という気分であった。

山形はごはんも美味しかった。
まぁ、どこも美味しかったのだけれど、特によかった。
山形らしいものでコース作ってください、などと適当に頼んだら、
おいしいものが大量に出てきて、飲んだくれる余裕もなかった。
あけびの天ぷらを初めて食べました、おいしかった。
十四代もおいしかった。
いやはや、よい飲み屋さんでした。

連休明けは何だかんだと忙しく、というほどでもないが多少忙しく、
祝日もないごく当たり前の1週間が耐え難く思われる。
まぁ休暇取って散財したら働かないと仕方ない。

雪の頃にまたどこかに行ければいいかな。
倹約しなきゃ。

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2009年9月13日 (日)

いいすぎ

痩せたらしい。

実家を出て以来、体重計とは疎遠になっているので、
自分がどれだけの重さなのか知らないが、
どうも最近、痩せたと言われる。

着ているものに余裕は生まれていないから、
私としては何の実感もないし、実際、痩せてもいないのだろうが、
どうも最近、痩せたと言われる。

私は体重という正確な数値よりも、
見た目という曖昧な感覚を重要視するので、
こうした指摘は喜んでしかるべきはずである。

が、どうも気に喰わない。

痩せたと言ってくる中年男性の例を挙げる。

男性:失礼ですが、ダイエットをしていらっしゃいますか。
私:いえ、特に何もしていませんが。
男性:そんなことおっしゃって、絶対お痩せになりましたよ。
私:そうですか、うれしいな、夏だからかな。
男性:またまた、ダイエットの成果ですよ。
私:そんなに痩せましたかね。
男性:さっきも他の方と話していたんですよ、痩せましたよねって。

気に喰わない。

失礼ですが、と頭にもってくるくらいだから、
ダイエット中の人がそれを指摘されるのを嫌がることはわかっているらしい。
痩せたことを、ではなく、ダイエットをしていることを、である。
にもかかわらず、重ねて言及してくれるご親切。
そして、それを他の人と噂していたことを報告してくれるご親切。

一度ならばさして気にもしないのだが、
これが度々あれば、私でなくともいらつくのではなかろうか。

また別の例。
私は最近、あまりうれしくない出来事を経験したのだが、
それを知る人が、そのつらさから痩せたのだと思い込んでいる。
つまり、ダイエットの喜ばしい成果、ではなく、
心労の哀れな結果、と思い込んでいる。

それならばなおのこと、そっとしておいて欲しいものだが、
気の毒そうに話に挙げる料簡は一体どんなものなのか。

まぁ、言うほど痩せてもいません。
毎日、苦しい苦しいと後悔するほどに食べています。

痩せていないじゃん、と言われるのが怖くて、
また人に会いづらくなってしまった。

『此処彼処』 川上 弘美

人生でいつがいちばんよい時期なのか、私はよくそう思ってしまう。

ひとまずシルバーウィークを糧にあと4日間を過ごそう。

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2009年9月 1日 (火)

インフルエンザではなかった

元気です、などと書いた途端、熱を出した。

月曜朝から微熱と咳と咽頭痛。
もしかインフルエンザかしら、とも思ったが、
直属の上司が休暇を取っていたのでひとまず出社してみた。
みるみる熱が上がっていって、昼過ぎには顔が真っ赤になってしまった。

医者に行ったら、問診とごく簡単な触診程度で、
インフルエンザじゃなさそうだね、よかったね、と言われる。
私にはよくわからないが、こんなにも簡単にわかるものなのか。

少し早めに帰って、あたたかいおそばを食べて寝ていたら、
つるのやで飲んでいる夢を見た。
他にも色んな夢を見たが、他は嫌な夢ばかりであった。
上司の年賀状を印刷する夢まであって、我ながら何を考えているのかよくわからない。

目が覚めても、下がったとは言え、まだ熱が残っていた。
咳はひどいし、全身痛い、何より今日は上司が出社する。
そういうわけで、休暇を取った。

5日間の夏季休暇のうち、2日は風邪休暇というのも哀しい話である。

諸症状は依然続くものの、眠気はない。
仕方がないので、おふとんを干して、掃除に洗濯。
何のために休んだのかよくわからない。
挙句、だるいだるいと思いつつ、久しぶりに開いたPCで、人の近況を窺う。

いかに自分がネット上のコミュニティから距離を置いていたかがよくわかった。

一度面倒だと思うと、人の日記やらブログやらを追うのは面倒である。
会社の同期に言われたことがあるが、私は人にさほど興味がないらしく、
いや、ないわけではないと思うのだがとにかく端から見ればそうらしく、
だから尚のこと面倒に思えてくるのだろう。

別に人に興味がないわけではない。
その人が何を思ったか、何を考えているか、
といったことは見聞きしていて面白いと思うが、
日々の出来事そのものには中々興味が沸かない、というだけのことであるが。

だから恐らく、風邪を引きました、なんていうこの日記は、
読んでも何も面白くないだろうと思う。

『つむじ風食堂の夜』 吉田 篤弘
『空ばかり見ていた』 吉田 篤弘

つむじ風~が気に入ったので、空ばかり~も読んでみたが、
後者はどうもしっくり来なかった。

つむじ風~に出てくる、とうがらしにまつわる伝説ばかり集めた本、
というものが気になってたまらない。
ものすごく下らなくて笑えそうで。
ありもしないものであっても、作中作というのは気になるもので、
そういえば青木淳悟『四十日と四十夜のメルヘン』中の仮想作品も気になる。
裸足の僧侶たち、だっけか。

そういえばついでに、そういえば私は昔から、
何か本を読み終わって、さて次は何を読んでみようかと思ったとき、
その作品の中で名前の挙がっていたものだとか、
巻末の既刊本紹介から次を探すことが多いのであって、
何も仮想作品に限ったことではなく、
1冊の本の中に作為的に仕舞われた作品に惹かれやすいのかもしれない。

たった今読んでいる、あるいは読み終えた作品との、
何かしらのつながりを期待し、安心できると踏んでいるのだと思う。

人間関係もきっと、そういうことだろうと思う。

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2009年8月30日 (日)

お久しぶりです

しばらくぶりですが、私は元気です。

と、挨拶をしてみたものの、ネット上での発言をしばらくしていなかったせいか、
いざ何を書いたものかわからず、
先ほどから数行書いては消去してを繰り返している。

最近、私の周囲では結婚の話題があちこちで飛び交っている。
会社の同期など、同じ部署の女性3人のうち、
ひとりが既婚、ひとりが秒読み、残る私が変わらず結婚予定なし。
おかげでおじさんたちからの風当たりがまぁ強いこと強いこと。

ある友人が、25歳と27歳が結婚ラッシュの年である、と言っていた。
さてその心は、と聞けば、
大卒入社3年目、院卒入社3年目、ということらしい。
3年目、というのが何の目安になるかは果たして知らないが、
それはお互いが同じ年齢か2年違いかの場合にしか当てはまらないのでは、
と思ったが、そう指摘して相手を傷つけてもならないと思って、
何も言わずになるほどね、と返しておいた。
いや、傷つけてもならない、というか、
単にさして興味もなかったという方が正しいかもしれない。

まぁそんなことはどうでもいいのだが、
とにかく私の思うことには、私と同じか大して変わらない年の男女が、
病めるときも健やかなるときも死がふたりを分かつまで、
とまで考えているかどうかは知らないが、それに近い覚悟を持って、
特定の誰かと生活、というか残る人生の大部分をともにしよう、と思えることが、
私には不思議、というと語弊があるかもしれないが、
自分には到底できまいと思えてしまって、
だからこそ結婚の話を聞くと、私にはできないことをする彼らを尊敬するし、
まるで上から見るような言い方だが、よかったね、と心から思う。

だから自分の兄が結婚したときには、特にうれしかった。
同じ家庭を見ながら、その中で育ったはずなのに、ねぇ。

結婚した方がよいのではないか、という考えがあるわけではないのだが、
今後、結婚もいいかな、と思えるようになると、いいだろうと思う。
子ども嫌いだったのが、いつの間にかちびっこだいすきになっていたように。

とにかく既婚の友人知人、結婚の決まった友人知人のみなさん、
心から祝福します、おめでとう。

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2009年6月25日 (木)

さくらんぼ

誕生日には、毎年母がさくらんぼを買ってきてくれた。

まさか記憶にはないが、私が生まれて家に帰るその足で、
季節のものでもと、さくらんぼを買って帰ったらしい。
それで毎年、誕生日になると母はさくらんぼを用意してくれた。
甘いものがあまり得意でなくなったここ数年は、
生クリームのケーキより、よほどうれしいプレゼントだった。

今年はそんなプレゼントも望めないと思っていたら、
別の人がさくらんぼをくれた。

先のエピソードを覚えていてかどうかは知らないが、
しかし私がさくらんぼがだいすきだということを覚えてくれていて、
この季節に贈ってくれた。

元に戻らないものを悔やまないことはないけれど、
そうして新しいもの、今あるものを育まないこととは違う。

でも本当は、こんなに美味しい産地直送の箱入りよりも、
母がスーパーで買ってきてくれた、小さなパックのさくらんぼが、いい。

祝ってくれたみなさん、ありがとう。

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2009年6月14日 (日)

おしらせ

昨日、引っ越しをしました。

転居先はおばあちゃんの原宿です。
住所は駒込ですが、最寄り駅は巣鴨。
まぁどちらからも徒歩圏内ですが。
ちびっこからおじいちゃんおばあちゃんまでいる住宅街で、
思っていた以上に住みやすい土地で驚いています。

まぁ住みやすい部屋かどうかはまだわかりませんが。
今のところ快適ですがね、まだ生理整頓されているし。

引越しもあり、また仕事もちょうど立て込んでおり、
その他諸々であれやこれやと何となく時間が作れず、
人と会うこともネット上でやりとりをすることも、
果てや携帯電話を通じてやりとりをすることすらも疎かにしていましたが、
私は何とか元気です。

6月になったら、とか7月になったら、とか前々から言っていましたが、
申し訳なくも、またしばらく空かない週末が続くかと思います。
でも遊んでください、遊びにきてください。

以上、ひとまずご報告・ご連絡まで。
なお、新住所を知りたいという方がいらっしゃれば、
メール等下されば折り返しご連絡さしあげます。

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2009年5月22日 (金)

人のふり見て

最近笑ったこと。

昨日は久々に同じ事業部の同期で揃って飲んだ。
出産のため、7月から産休をとる同期がおり、結婚・出産祝いも兼ねて。
昨日に限って、9人中8人が早く上がれて、奇跡的な出席率となった。
いやはや、めでたい。

で、そんな同期のひとり、T村の話。

日中、外出時にたまたまT村に会った。
行き先などわかっていたが、とりあえず今日はどちらまで、と尋ねてみると、
得意先、と、銀行、との答えが返ってきた。

彼は常々忙しそうで、私は常々彼を気の毒に思っていたので、
何だ、案外暇そうじゃないか、よかったよかった、と安心したのだが、
今日の飲み代でも下ろすのか、と勝手ながらまず間違いないことを想像し、
わざわざ銀行に行くなんて、手数料を考えてだろうから、
ケチだな、との感想を抱いた。

ちなみに私もできるだけ手数料はとられたくないと思っており、
お前は主婦か、とよくよく言われている。

で、飲食の席でもその話題になる。
T村が銀行行くとか言うからさぁ、と話し出し、
私としては、上述の感想をそのまま素直に口にするつもりだったのだが、
それを遮ってT村は言った。

いや、俺本当に金なくて、財形崩してきたんだって。

あぁ、そりゃまぁ、手数料だの何だの以前に、ATMでできることじゃないな。
給料日前とは言え、たかだか数千円の飲み代のために、
財形を崩すって、というか財形を崩さざるを得なかったって、
笑ったんだけど、笑い事でもなかったような気がしてならない。

さて、来週には事業部内で、1・2年目揃っての飲み会の企画がある。
お約束ながら、お会計は2年目が持つわけだが、
昨日の席にて、この会の店をあれやこれやと考えていた。

各人がおおよそ2人分を払えば事足りるわけだが、
そもそも1人分の予算をどのくらいに設定するか。
店というより予算で頭を悩ませる。

で、先のT村。
お金がないはずのT村。
財形を崩さざるを得なかったT村。

一応1年目に夢見せてあげないといけないし、あんまり安っぽいとこはやめようよ。
AとかBとかCとか(我々がよく飲みに行く店)はさぁ、あまりにも恥ずかしいよ。

もう、声をあげて笑うしかなかった。

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2009年5月11日 (月)

海の中には母がいる

母の日。

今週も実家に帰っていたので、お花でも買いに行こうかと思っていた。
私の母は、母の日定番の赤いカーネーションがあまりすきではないので、
淡い色のスプレーバラでも数本買ってこようかと思っていた。

お昼頃でいいかな、と、母のマッサージなどをしてやりつつだらだら過ごしていたら、
珍しくインターフォンが鳴った。

花キューピッド。

義姉からのフラワーバスケットであった。
淡いピンクの小ぶりのカーネーションが詰まった、フラワーバスケットであった。

淡い色のスプレーバラでも、との心がくじけた。

義姉はしっかりした方で、ちゃんとこういう気配りのできる方で、
引き換え私は、実母へのプレゼントすらものぐさに後回しにしており、
それどころか結局買い求めることを断念したのであって、
こういう人といれば兄も安泰だろうと、何だかもう、うらやましくもなったのであった。

まぁ来週には母の誕生日なので、改めて何か贈ればよいかな。

でも父の日には一切何もしない私。

『インド人の頭ん中』 冬野 花

日本人は人を待たせることができない、という件に思わず頷くが、
しかしよくよく周りを見渡せば、私を待たせる人間は多いような気もする。
そして待つことはあまり苦にならない私。

といっても、流石に音信不通のまま、
雪の降る中、1時間も2時間も待たされたときは、流石に帰りたかったなぁ。

胃が痛い。

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2009年5月 6日 (水)

さよなら諭吉さんたち

GWは、福島と青森に行ってきました。

鶴ヶ城とさざえ堂と恐山と八甲田と奥入瀬渓流と十和田湖に行ってきました。
あ、あと埼玉にも行きました、池袋にも行きました。
他、色々なところを通りました。

色々と回れて楽しかったのですが、
普段の私からは考えられない食生活を強いられた、
とはまさか言いませんが、とにかく日常とかけ離れた食事の日々だったので、
毎日毎日こっそり気分が悪く、いまだに胃もたれが消えません。
いえ、こっそりと言っても連れはよくよく見抜いていたので、
無理をしないよう言ってくれたのですが、
どうも勧められると断れないのは、我が実家の悪い癖なのでしょう。
またどれも美味しいから困ったものです。

さて、青森にて感じたこと。

青森は、東北は、広い。

行きたいところはいくつもあって、
まぁ全部は無理にせよ、一つの県の内なのだから、
どうにか回れるんじゃなかろうかと思っていたが、甘かった。
そもそも東京のようにどこもかしこも道が通じているわけではないのであった。

と、そんなことを言いたいのではなく。

お邪魔したのは八戸のお宅だった。
着いた途端、ありがたくも歓待を受け、早々に酒池肉林を堪能したのだが、
私が青森には馴染みがないと知って、酒の肴はご当地の話であった。

八戸は南部なので、北の方とは言葉も習慣も性格も違う、との話。

はてさて、南部せんべいは南部氏の土地だから南部ではなかったかと思ったが、
とりあえず話の中では、南北という意味で南部と言っていたように思う。
南北の、いや、恐らくもっと細かい、地理に疎い私では各地を挙げられないが、
下北だの津軽だの陸奥だの、そういう各地での意識の違いを感じさせられた。

東北地方と言えば、古くは何もかもが広くひとくくりにされていたわけだが、
蓋を開ければ、まさかこれほどの広大な土地に、
ひとしなみに生活が営まれていたわけはない。
ましてや山やら雪やらで分断せざるを得ない土地である。
いくつかの県に整理された現在でさえ、意識の違いが残るのは当然。

というのは、何も青森に限らず、東北に限らず、
恐らく日本各地に見られることなのだが、
東京・神奈川でしか生活をしたことのない私には、いまいち実感しにくいことであった。
土着民が少ない東京・神奈川では、
都道府県を同じくするというだけでアイデンティティを同じくすることは難しいし、
そもそも統一を図る必要も感じられない。

しかし当地・八戸では、青森という単位ではなく、もっと小さな単位で、
アイデンティティを一にしている人々がいること、
またそれがいくつも寄り集まって一つの県が、ひいては地方が成立していることを、
今更ながらひしひしと感じ、
あぁ、青森って、広いんだなぁ、と、ぽかーんと間抜けな感想を抱いたのであった。

私の家庭環境、日常生活では、そうそう生で体感できることではなかったので、
何だか面白いなぁ、と場違いかもしれないが、そんなことを考えていた休日であった。

しかし疲れた。
そして胃痛が治らない。

いや、でも、楽しかった。
夏か秋にまた行きたいなぁ。

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