2008年7月23日 (水)

日課

夏の朝はすることが多い。
シャワー、洗濯、お弁当。

私は人一倍汗をかくので、どうしても出る前に寝汗を流したくて、
夜にお風呂に入っても、朝もシャワーを浴びる。

夏はただでさえ洗濯物が増えるが、
放置しておいて汗染みでもついたらという恐怖もあり、
またついつい洗濯したくなる天気もあり、
ひとり分なのに、中一日くらいのペースで洗濯をする。

涼しいうちは、夕飯の残りを入れたり夜に下ごしらえをしたりができたが、
こう暑いとそんな危険も冒せず、朝になって一からお弁当を作る。

自然、起床は早くなり、当然、就寝が早くなることはない。
そりゃ眠くもなる。

電卓片手に数字をいじくっていたら、危うく落ちそうになった午後3時。

夜だけで言えば学生時代よりよほど寝ているはずであるだけに、
いかに授業時間を睡眠時間に充てていたかが感ぜられるという話。

あんなに寝ていて、頼る程の人脈もなくて、よく単位がきたものだ。
今更ながら不思議だなぁ。

新しい靴を履いたら、そうなることはわかっていたけれど、
やっぱり皮がむけた。
でも履く。

NINE WESTが半額のうちに、もう一足くらいパンプスが欲しいが、
カードの請求額が思いの外いっていたので、節制すべきかとも思う。
大体、請求内容が酒がらみというのは間違っている。

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2008年7月21日 (月)

母なる

夏バテで寝込み、寝込んで復活後、海水浴に出かけた。

あんなにふらふらへろへろして、
金曜に泊まっていったつぁんをはらはらさせてしまったのに、
どうしても海に行きたくて、行きたくて行きたくて、気合で復活。

asari、suzu、つぁん、土曜日は行けなくて本当にごめんなさい。
次の機会が今から楽しみです。

さて、私は一体、いつからこんなに海水浴がすきになったのか。
海といえば、しょっぱいしみるぎしぎしひりひり、であったはずなのに。

当日も、朝はいまいちな体だったけれど、
海へのドライブが始まれば、知らず知らずのうちに元気になっていた。
麻酔は効かなくとも、プラセボにはまんまと騙されるに違いない。

海では、ただただ浮き輪にはまってぷかぷかと浮かんで、
帰りの運転と弱った消化器官を考えて、
私にしては珍しく、お酒も飲まずに、しかし至福のときを過ごす。

さて、夏の海辺のお約束といえば、誰かを埋めること。
というのはわかるが、大体この場合、被害者は男性である。
フェミニストに怒られたくはないが、まぁ普通、女でなく男を埋めるだろう。

しかし、埋まったのは私だった。

とはいえ、別に埋められるのは構わない、というかむしろ割と楽しい。
以前、埋められて身動きをとれない状態にされたままに、
枕元、というか頭のすぐそばに、くらげの死体を置かれ、
そのまま置き去りにされたことがあったが、まぁそんなことさえなければいい。
そう思って、諾々と、むしろ喜々として埋められた。

が、埋め具合が半端ではなかった。

水を含んだ泥砂だったこともあってか、成形がうまくいくようで、
やたらと埋める側3人の創作意欲を刺激してしまったらしい。

当初は単にひびの入るのを埋めて楽しんでいたはずが、
いつの間にかサグラダ・ファミリア状態の壮大かつアーティスティックなものになる。

といって、首も動かせない私には、
果たしてそれがどんなものであったかはわからないが、
とりあえず3人はそう言っていた。
まぁ、人間を埋めた意味はない状態にまで泥を積んで成形した、
ということだけは確かである。

と思ったら、サグラダ・ファミリアからいつの間にか列島へと方向転換。
なぜか私はまるで皇居のように、海水の流れる堀に囲まれる。
中央部に山脈の走る島にされる私。
無駄に半島やら湾やらの成形にこだわる男性陣3人。

ところで、砂というのは案外重い。
普通に埋められるだけでも、埋められれば簡単には身動きをとれない。
まして、水を含んだ泥状の砂を、
私自身の体の厚みの何倍になろうかという高さまで積まれてみれば、
動ける動けないなどという話ではなく、
血の巡りやら呼吸やらがあやしくなるという話である。

熱心に1時間近くも砂を盛り続け、製作の喜びに興奮する3人と裏腹に、
だんだん呼吸が苦しくなり、どくんどくんと脈の打つのが全身に響き始める私。

多少の苦しさと、不安に加えて、
通行人にやたらと見られ、笑われるという恥ずかしさも相俟って、
いい加減終わらせて欲しいと思うが、
反面、こうなると納得のいくものを作って欲しくもなる。

とは言え、渚で人の視線を集めてしまうのも、こんな形ではごめんである。

じぃっと私を見つめるちびっこに、「こら、失礼でしょ」と言った母があったときには、
とうとう私も変質者の仲間入りか、とひどく落ち込む。
ひとしきり笑った後に、「うわ、埋まってるの女の子だよ」と驚かれたときには、
やっぱりフェミニストに怒られてもいいやと思う。

とにかく、羞恥を耐え、どうにかできあがったらしいので、
写真を撮ろうということになる。

こういうとき、ryoくんがいないとよくない。

携帯を取りに戻っただけなのに、中々帰ってこない。
いい加減苦しいし、恥ずかしいしで、N坂さんを前に、不機嫌に喚き始める。
島が喚くって、よく考えると怖い。

携帯だとうまく取れないらしく、あぁでもないこうでもないと言いつつ、
無事写真を撮り終え、島の解体、私の発掘が始まる。

こちらとしては、それなりに苦しいので、さっさと出して欲しいのだが、
携帯を手にした彼らは、片手しか自由にならず、
その上、あれほど泥を盛っておきながら、簡単に出てこられると思っている。
もう自力で起きられるでしょ、などと不審げな眼差しを受ける。

こうなるともう泣きたくもなり、不安からまともに喚く私。
そして実際、どれだけ掘っても見えてこない私の肌。
それなりに心配になってきたらしく、私の文句に従い発掘を続ける男性陣。

やっと日に曝された私の体を見て、
「あれ、nyimaさんてこんなに小さかったっけ」とN坂さん。

しかし、泥砂が取り払われたにしても、
重圧を負っていた体はうまく動かず、関節は痛み、
不随なままに引っ張られてどうにか生還したのであった。

まぁ喚きたてはしたが、それなりに面白かった。
事後の、うまく動かない体の状態も実は嫌いでないから、構わない。
して、どんな傑作ができたのか、と写メを見せてもらうが、
どう考えても、人間を土台にする必要のないものがそこにはあった。

なお、写真が不鮮明であったためということにしておくが、
私にはそれが島には思われず、笑った挙句、まぁ何か、山だよね、
という感想を抱いたに過ぎなかった。

ひとしきりはしゃぎ、賑わった海を満喫し、
たらたらと五反田へと帰り、動いた体にアルコールを染み渡らせる。

件の写メを見たなげちゃんの感想は、「餃子みたい」であった。
私としても、島というよりはよほど巨大な餃子に見えた。

まぁ、実物を全く見れなかったので、何とも言えないけれども、
製作者たちが島だというのだから、島だったんだろう。

とにかく、海はよかった。
ドライブ中、蝉の声も聴いて、あぁ夏も盛りなんだな、とやっと気付いた。
夏のうちに、あと2、3回は海に行きたいな。

そうしてまた1日ごろごろすることになったわけだけれど、
金曜日から今日まで、何だか心身ともに洗われた週末であった。

N坂さんのperfumeにつられて、結局林檎も買ってしまったしね。

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2008年7月16日 (水)

しかし眠い

珍しく仕事を早く上がれて、たまたまなげちゃんが暇な人を募集していて、
久々につるで飲んできた。

母は、高校時代を三田で過ごして、といって某女子高ではないが、
私が三田の大学に進んだことをひどく喜んだ。
いまだに三田と、大学時代を過ごした神楽坂とを、彼女は非常に好む。

行けやしないのに。

卒業してたかだか数ヶ月。
学生時代を懐かしむほど何もしていないのに、
そんな母の気持ちが何となくわかる気がした。

多分私は、あまり大学自体には愛着はないけれど、
いつまで経っても何となく彼の土地がすきなんだと思う。

みなさんと会えてよかったです。
特に素敵過ぎるhoriに会えてよかったです、ありがとう。

金曜もさっさと帰れるといいな、楽しみ。

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2008年7月14日 (月)

できないことはできない

英語ができない。

昨日は東京国際ブックフェアに行ってきた。
半分仕事、半分趣味。

出展の手伝いは午後からだったが、出展企業のパスを印籠に、
開場前から場内散策。
体が傾くほどの戦利品を得た。

色々買い込んだけれど、一番のお買い得品は、江戸の宗教美術の本。
仙厓と円空が一緒に収録されているという、何とも私好みの本。
多少古いけれども、大きくて重くて持ち帰るのは面倒だと思ったけれども、
2000円もしないって、そりゃ、買うわなぁ。

と、うはうはな気分で午前を終え、午後からは企業ブースの受付。
立ちっ放しという以外はさして何も問題はないという話だったので、
まぁ暇だろうと舐めてかかっていた。
実際、私が入っていたとき以外は、まぁ暇だろうで済んでいたらしい。

なぜかやたらと外国人に話しかけられる。

出入口の目の前という立地、informationと書かれた受付台、
外国人を寄せ付けるのもわからなくもないが、しかし多い。
一応、つい数ヶ月前まで大学生をやっていたので、
道案内くらいや簡単な商談、簡単な事業説明くらいなら何とか対応できたが、
それで終わってはくれなかった。

自称フランスのジャーナリストとやらに、取材を申し込まれる。
よりにもよって、誰も英語を扱えない、弱小企業を、なぜ。
えらそうに道案内などしてしまったのが悪かったのか、
どうしかしろ、と、なぜか通訳をさせられる羽目に。

が、私は本当に、英語ができない。

そんな私の語学レベルを察してか、相手もわかりやすく喋ってくれるので、
聞き取ることにはさして困らなかったが、
しかしどうにも、アウトプットができない。

そもそも、日本語でも理解していない事業に関して、
なぜわかりもしない英語で説明できるというのか。

言いたいことの半分も伝わらず、終いには筆談になり、図解になり、
それでも大したことは伝えられず、平謝りに取材を終えたのだった。

疲れた上に、心が痛かった。
多分、私だけじゃなく、みんなそう思っていただろう。
先方でさえ、きっと。

わざわざ遠くフランスから取材に来るくらいなら、
頼むから現地語、つまり日本語のわかる人を連れてきてくれよ。

入盆。
迎え火を焚いた、からには明後日はちゃんと帰って送り火焚かないとな。

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2008年7月 9日 (水)

快く心地よく

全く苦に思っていないときに、苦に思うなと言われてしまうと、困るよね。

久々に聴いたトライセラは、よすぎて何度も聴いている。
珍しく観たなげちゃんからのプレゼントは、よすぎて何度も観ている。

少し短めのスカートを買ってしまった。
苦手に思っていた、夏仕様のネイビーのスカートを買ってしまった。

買ってしまったその日、ワンピースを着ていた私は、
試着室から出るに出られず、だってワンピースだったから、
仕方なく狭い空間で丈を確認。
当然ながら少し高い目線で確認。
短いことに気付かず購入。

いざ穿いてみたら、フレアなのに膝上。
私らしくもなく、フレアなのに膝上。

こうして服装にも少しずつ変化が現れていくのだろうか。

まだ、公私をわけられるほどの稼ぎはない。
つまり、心配されるほどの法外な残業も、ないのですよ、stutsくん、k一くん。

心配すべきは苦労不足と教養不足か。

もっともっと、つらい環境に追い込んで、
もっともっと、せめて本でも読んでおくべきだったかな、とは、いつだって思う。
いつだって幸せすぎて、いつだって愚かすぎたかな、とは、いつだって思う。

そっか、日本史か、面白いよね、と言われて久々に嬉しく思えた今夜であった。

あぁもう、raspberry踊ろうよ、それですべてうまくゆく。
踊り明かしたい。

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2008年7月 6日 (日)

小さな憧れ

回転寿司。
デリバリーピザ。
カップ麺。
インスタントラーメン。
コンビニ飯。
冷凍食品。
マック、特に朝マック。

以上、今はさほどでないにせよ、少し前まで憧れだった食事の列挙。

決して我が家は裕福だったわけではない。
というか、逆に貧しい方が上記のような食事はできないと思うが。
何にせよ、徒歩圏内にコンビニがなく、手軽な食事どころもなく、
加えて母がやたらと食に気を遣う人だったため、
幼少の私は以上のような食事をとったことがあまりなかった。

いまだに、多少の憧れを抱きつつも、やはり何となく手が出ない。
健康の面でも、コストの面でも、何となく避けてしまう。

別にお嬢様なわけではないのだけれども。
大学名とこんなおかしな憧れからそのように推察されることが多いが、
確かに赤貧ではなかったにせよ、決して裕福ではなかったのである。

いい加減、iPodを買うべきか否か、迷い中。

朗読者 (新潮文庫)』 ベルンハルト・シュリンク

こういうの読むと、やっぱりドイツ人て何となく近いのかな、とか思う。
この翻訳は嫌な感じがしなくて馴染む。

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2008年6月29日 (日)

銀河鉄道

デートの日に限って雨なのは、私のせいではなく、季節のせい。

久々にverdeさんからランチのお誘い。
2人でランチなど、彼女の卒業前の三田以来である。
あおのときは、お洒落にランチという女子大生の柄でもお互いになく、
夜ならば見知ったはずの狭い三田をさまよった挙句、
煙草の吸えるフレッシュネスに落ち着いたのだったっけ。

今日はverdeさんのお導きで、おいしいイタリアンにありつく。
もちろん飲むのは昼からワインである。
ランチの誘いを受けた時点で、あれ、お酒じゃないのか、と思ったが、
まぁこの2人でいてお酒がついてこないこともないということで。
昼間から飲むお酒って、格別。

そうしてワインを傾けつつ、
付き合いの長い、某サークルの男性陣をべたぼめする2人であった。

カラオケとジェットコースターまで満喫し、実によい週末であった。
verdeさん、誘ってくださって、ありがとうございました。
銀河鉄道999のあらすじくらい、学んでおきたいと思います。

人と会う時間というものを、
貴重なだけに、以前より大切にするようになった気がする。

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思い違い

給与明細を見て、想像以上の額に驚き喜んだのも束の間、
定期代とわかって消沈、かつ安心。

オール明けで帰ってきて寝て、起きたら9時半だった。

何を勘違いしたか、大遅刻だと思い込み、
寝起き早々ばたばたと社用携帯を引っ張り出す。
とりあえず上司に電話を入れねば、と検索しながら、
あぁもう、飲んだ翌日に遅刻なんて最悪だ、などと落ち込み、はたと気付く。

そうだ、飲んだ翌日、というより朝まで飲んでたんだ。
そうだ、金曜だし朝まで付き合ってやれよ、
と言って、先輩を押し付けて去ったのは、当の上司だったんだ。

あぁ、電話をかけてしまう前に気付いてよかった。

所属する課に不満はないが、しかし私があそこに配属されたのは、
酒が飲めそうに見えたからなんじゃなかろうかと思えてならない今日この頃。
しかし朝まで飲んで出社するタフさは流石にないと知っていて欲しい。

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2008年6月27日 (金)

解せない

男性に下着のサイズを聞かれることがたまにあるが、
あれは何か有益な情報なのだろうか。

生々しくいえばカップサイズだが、それを知ったところで何か有益だろうか。
たとえば私がAカップだとして、何を得るのか。
あるいは私がHカップだとして、何を得るのか。

仮に私が、多くの男性の望むようなふくよかな乳房を持っていたとしても、
その情報を得たところで彼が恩恵を得ることはなかろう。

そのような問いに照れる女性に欲情するというのであれば、
さして照れもしない私に問いを立ててもしかたがなかろう。

今更不快にも思わないが、しかし不思議ではある。
異性とはかくも異なる世界であったか。

世界は深淵。

週末ともなればいい加減眠い

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2008年6月24日 (火)

毎年恒例

23歳になりました。

こんな年なのに祝ってもらえて、本当に幸せだと思いました。

いや、毎度のことながら、きれいごとと言われようと、
祝われる祝われないではなく、単純にだいすきな人たちに会えたことが、
会えなくともつながりを認識できたことが、結局そういうことが幸せなんだと思う。

いつかの誕生日に、
「プレゼントをあげるより、こうして集まって飲んであげた方がいいでしょ」
とwakに言われたけれど、まったく、否定できない。
いや、勿論プレゼントをもらうのはものすごくうれしいけれども。

だから、急で無愛想なメールに応じてくれたN坂さんは、素敵ですね。

金曜も土曜も日曜も、月曜までも、そういう意味ですごくうれしかった。
会ってくれた人も、メールをくれた人も、電話してくれた人も、
プレゼントくれた人も、食事に連れ出してくれた人も、
声かけてくれた人も、慌ててデザート買ってきてくれた人も、
こっそり思い出してくれた人も、思い出さなかったけれど私にとっては大切な人も、
みんなみんな、どうもありがとうございました。

本当に、週末から今日までずっと、幸せ幸せと言ってばかりです。

『片道切符』 ディディエ・ヴァン・コーヴラール

悪くはない、悪くはないし、きっと好みなんだろうとも思う。
が、やはりどうにも翻訳ものは苦手。
日本人作家の作品だったらきっとすきだったんだろうなと思う。

「鰻に呪われた男」 岡本 綺堂
「海亀」 岡本 綺堂

少し涼しくなれるかもね。

疲れた、とか、鬱だ、とか、つらい、とか、言うのは簡単だけれども、
本当に疲れるのも鬱になるのもつらくなるのも、案外難しい。
それよりよほど、たとえそれが何かを騙していたとしても、
楽しみを見いだす方が容易で、かつ健康的ではなかろうか。

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